『神のチートで勇往邁進!〜20年後の同窓会に現れた独眼竜は、三度(みたび)恋の火を灯す〜』 作:夜幻
春の風が、静かに街を吹き抜けていた。
高校を卒業してから、まだ数日。
それなのに。
中野四葉には、妙な違和感があった。
毎朝。
制服を着て。
学校へ行く。
当たり前だった生活が。
もう、ない。
目覚まし時計が鳴って。
起きて。
五つ子で朝食を食べて。
慌ただしく家を出る。
そして。
校門で悠飛たちと合流する。
そんな日々は。
もう終わった。
「……」
四葉は。
自分の部屋にある制服を見つめていた。
ハンガーに掛けられた。
高校最後の制服。
「もう着ないんだ……」
そう呟くと。
胸の奥が。
少しだけ痛くなった。
「高校生活って……」
もっと。
ずっと続くものだと思っていた。
「……」
四葉は。
ベッドの上に倒れ込む。
「寂しいなぁ……」
けれど。
四葉には。
もう一つ。
胸に引っかかっていることがあった。
如月悠飛。
幼い頃からの幼馴染。
いつも。
自分たちを助けてくれた。
笑って。
怒って。
時には厳しく。
時には優しく。
日の出祭では。
五月を守るために。
右眼を失った。
その姿を見たとき。
四葉の胸に。
強い感情が湧き上がった。
怖かった。
悠飛がいなくなることが。
何より怖かった。
「……」
四葉は。
枕を抱きしめる。
「私……」
一花は。
悠飛を好きだと言った。
それは。
つい昨日のこと。
五つ子で集まっていたとき。
一花は。
はっきり言った。
――私は、悠飛くんが好き。
四葉は。
あの言葉を。
何度も思い返していた。
「……」
胸が。
きゅっとなる。
「私だって……」
そこまで言って。
止まる。
「……」
言えない。
自分の気持ちを。
認めるのが。
怖かった。
◇
「四葉」
部屋の外から。
声がする。
「はい!」
四葉が。
慌てて起き上がる。
ドアが開く。
五月だった。
「朝ご飯ですよ」
「分かりました!」
「……」
五月が。
四葉を見る。
「どうしました?」
「え?」
「少し元気がありません」
「そ、そんなことないですよ!」
「そうですか?」
「はい!」
四葉は。
いつもの笑顔を作る。
五月は。
少しだけ。
心配そうに見つめた。
「……」
「どうしたんですか?」
「いえ」
五月は。
微笑む。
「今日、みんなで集まるんですよね」
「はい!」
四葉の表情が。
少し明るくなる。
「悠飛さんも来ます!」
「そうですね」
「楽しみです!」
五月は。
頷く。
けれど。
二人とも。
同じ人の名前を聞いた瞬間。
ほんの少しだけ。
胸がざわついた。
◇
昼。
公園。
五つ子。
六華。
莉々華。
悠飛。
そして風太郎。
いつものメンバーが。
集まっていた。
「遅いぞ」
二乃が。
四葉に言う。
「すみません!」
「まあいいけど」
一花が。
手を振る。
「四葉、おいで」
「はい!」
四葉が。
悠飛のところへ走っていく。
「悠飛さん!」
「おう」
「元気でしたか?」
「昨日会っただろ」
「それでもです!」
「そうか」
悠飛が。
笑う。
その笑顔を見るだけで。
四葉の胸が。
少しだけ軽くなる。
「……」
やっぱり。
好きなのかもしれない。
そんな考えが。
頭をよぎる。
けれど。
すぐに。
否定する。
「違います」
「ん?」
「え?」
「今、何か言ったか?」
「な、何でもありません!」
四葉は。
慌てて笑う。
「そうか?」
「はい!」
◇
昼食。
みんなで。
公園の芝生に座る。
四葉は。
悠飛の隣だった。
「四葉」
「はい?」
「これ」
悠飛が。
飲み物を渡す。
「ありがとうございます!」
「喉乾いてるだろ」
「どうして分かったんですか?」
「さっきからずっと口を動かしてた」
「……」
四葉は。
少し恥ずかしくなる。
「よく見てますね」
「幼馴染だからな」
「……」
その言葉。
なぜか。
嬉しくて。
同時に。
少し寂しかった。
「幼馴染……」
それだけ。
なのだろうか。
◇
午後。
四葉と悠飛は。
少し離れた場所を歩いていた。
「悠飛さん」
「ん?」
「高校生活」
「……」
「楽しかったですか?」
「ああ」
「一番楽しかったことは?」
悠飛は。
少し考える。
「……」
「みんなと過ごした時間かな」
「みんな?」
「ああ」
「一花も?」
「もちろん」
「二乃も?」
「もちろん」
「三玖も?」
「もちろん」
「五月も?」
「もちろん」
「六華も?」
「ああ」
「莉々華も?」
「ああ」
四葉は。
最後に。
小さく聞いた。
「……私も?」
悠飛は。
少し驚いた。
「当たり前だろ」
「……」
「何を今さら」
「……」
四葉は。
笑った。
「そうですよね!」
けれど。
心の中では。
泣きそうになっていた。
「……」
――私だけじゃない。
当然だ。
悠飛さんは。
みんなを大切にしている。
だから。
自分だけ特別なんて。
考えるほうがおかしい。
「……」
それでも。
胸が。
少し痛かった。
◇
夕方。
みんなと別れたあと。
四葉は。
一人で帰っていた。
「……」
夕暮れ。
桜の花びらが。
風に舞う。
四葉は。
一枚の花びらを手に取る。
「……悠飛さん」
名前を呼ぶ。
それだけで。
胸が温かくなる。
「私」
四葉は。
歩きながら。
自分の気持ちを考える。
いつから。
好きだったのだろう。
幼い頃から。
いつも一緒だった。
困ったとき。
悠飛が助けてくれた。
泣いたとき。
笑わせてくれた。
自分が失敗したとき。
「気にするな」と言ってくれた。
日の出祭。
右眼を失っても。
「五月のせいじゃない」と。
五月を責めなかった。
そんな悠飛を。
四葉は。
ずっと見ていた。
「……」
そして。
ある日。
気づいてしまった。
「私……」
「悠飛さんのこと……」
好きなんだ。
◇
その夜。
五つ子の家。
リビング。
一花が。
ソファに座っていた。
「四葉」
「はい?」
「ちょっと話さない?」
「……」
四葉は。
一花の隣へ座る。
「何ですか?」
「昨日のこと」
「……」
「私が悠飛くんを好きって言ったこと」
四葉の胸が。
跳ねた。
「はい」
「四葉は?」
「え?」
「どう思った?」
「……」
四葉は。
黙る。
「正直に言っていいよ」
「……」
「怒らないから」
四葉は。
膝の上で。
手を握る。
「……私も」
「……」
「悠飛さんのこと」
「うん」
「好き……なのかもしれません」
一花は。
驚かなかった。
「やっぱり」
「え?」
「そんな気がしてた」
「……」
「四葉は分かりやすいから」
「そ、そんな!」
四葉の顔が。
真っ赤になる。
一花は。
笑った。
「でも」
「……」
「四葉らしいと思う」
「……」
「だから」
一花は。
優しく言う。
「諦めなくていいよ」
「一花……」
「私も譲るつもりないけどね」
「……」
四葉は。
少しだけ笑った。
「はい」
「じゃあ」
一花が。
手を差し出す。
「恋敵だね」
四葉は。
その手を見る。
そして。
ぎゅっと握った。
「……はい!」
◇
翌日。
四葉は。
大学の入学準備をしていた。
新しい生活。
新しい仲間。
新しい道。
けれど。
胸の中には。
変わらないものがある。
悠飛への想い。
四葉は。
自分に言い聞かせる。
「私は」
「……」
「私らしくいよう」
無理に。
誰かを真似する必要はない。
一花のように。
大人っぽくなくても。
二乃のように。
強気でなくても。
三玖のように。
静かでなくても。
五月のように。
真面目でなくても。
六華のように。
悠飛との距離が近くなくても。
「私は四葉です」
そして。
四葉は。
笑う。
「だから」
「……」
「私らしく、悠飛さんを好きでいればいい」
◇
それから。
二十年。
時間は。
あっという間に流れた。
四葉は。
スポーツ関係の仕事に進んだ。
学生時代から続けていた運動能力を活かし。
指導者として。
多くの若者たちを支えるようになった。
明るく。
元気で。
誰にでも優しい。
昔と変わらない。
そんな四葉だった。
ただ一つ。
変わらなかったものがある。
「……」
仕事帰り。
四葉は。
スマートフォンを見る。
画面には。
一花からのメッセージ。
『同窓会、明日だよ』
「……」
四葉は。
胸の奥が。
きゅっとなる。
二十年。
二十年ぶりに。
悠飛さんに会う。
「……」
あの頃の自分は。
まだ。
恋というものを。
よく分かっていなかった。
でも。
今なら。
分かる。
自分が。
何を求めているのか。
誰に会いたいのか。
「悠飛さん……」
四葉は。
空を見上げる。
「元気かな」
テレビで。
悠飛の名前を見たことはある。
世界的投資家。
世界有数の資産家。
経営者。
そして。
黒い眼帯をした独眼竜。
二十年前。
右眼を失った少年は。
今や。
世界に名を知られる男になっていた。
「すごいなぁ……」
けれど。
四葉にとっては。
どれだけ成功しても。
どれだけ有名になっても。
悠飛は。
あの日の悠飛のままだ。
「私にとっては」
四葉は。
笑う。
「ずっと、悠飛さんです」
◇
同窓会前夜。
四葉は。
自宅の鏡の前に立っていた。
「……」
服を選ぶ。
何度も着替える。
「これじゃ子供っぽいかな」
別の服。
「こっちは地味すぎる……」
さらに別の服。
「うーん……」
悩む。
最後に。
四葉は。
シンプルなドレスを選んだ。
「これでいい!」
鏡を見る。
大人になった自分。
高校時代とは。
少し違う。
でも。
笑顔は。
変わっていない。
「……」
四葉は。
胸に手を当てる。
「明日」
悠飛さんに会う。
二十年ぶり。
それだけで。
心臓が。
早くなる。
「どうしよう……」
四葉は。
顔を赤くする。
「緊張してきました……」
◇
そして。
同窓会当日。
会場へ向かう道。
四葉は。
何度も。
深呼吸した。
「落ち着いて」
「大丈夫」
「いつも通り」
けれど。
会場の入口に立った瞬間。
そんな言葉は。
全部吹き飛んだ。
「……」
中から。
聞き慣れた声。
笑い声。
懐かしい声。
そして。
一番聞きたかった声。
「……」
如月悠飛。
四葉は。
扉の向こうを見つめる。
胸が。
高鳴る。
「……会える」
二十年。
長かった。
でも。
待っていた。
ずっと。
この日を。
四葉は。
ゆっくり。
扉を開けた。
◇
「四葉!」
一花が。
手を振る。
「久しぶり!」
二乃。
「遅い!」
三玖。
「久しぶり」
五月。
「お元気でしたか?」
六華。
「四葉!」
莉々華。
「久しぶり」
そして。
その奥。
一人の男が。
振り返った。
金髪のウルフヘア。
長身。
鍛えられた身体。
右目を覆う黒い眼帯。
二十年前と。
変わらない。
いや。
二十年分の時間を重ねた。
大人の男。
「……」
四葉は。
息を呑んだ。
「悠飛……さん」
悠飛は。
少し驚いた顔をして。
そして。
昔と同じように笑った。
「四葉」
「……」
「久しぶり」
その一言。
たった一言なのに。
四葉の胸は。
いっぱいになった。
「……はい!」
四葉は。
笑った。
「お久しぶりです!」
涙が。
少しだけ。
滲んだ。
けれど。
泣かなかった。
今は。
笑いたかった。
再会できたことが。
嬉しかったから。
◇
同窓会が始まる。
昔話。
高校時代の失敗。
文化祭。
修学旅行。
日の出祭。
「あの頃は大変だったな」
悠飛が言う。
「本当に」
一花。
「悠飛くん、右眼を失ったんだよね」
「そうだな」
「……」
一瞬。
空気が静かになる。
けれど。
悠飛は笑う。
「もう昔の話だ」
「……」
四葉は。
悠飛を見る。
そして。
思う。
――生きていてくれてよかった。
それだけで。
十分だった。
◇
夜。
同窓会が終わった。
外へ出る。
春の夜風。
四葉は。
悠飛の隣を歩いていた。
「四葉」
「はい?」
「元気そうでよかった」
「悠飛さんこそ!」
「俺は見ての通り」
「すごく立派になりましたね」
「四葉もだろ」
「私は全然ですよ」
「そんなことない」
悠飛は。
優しく笑う。
「昔と変わらない」
「……」
四葉は。
立ち止まる。
「悠飛さん」
「ん?」
「私」
「……」
二十年。
ずっと胸にしまっていた言葉。
今なら。
言える。
「私は……」
しかし。
その瞬間。
一花の声が聞こえた。
「悠飛くん!」
少し先から。
一花が手を振っている。
「……」
四葉は。
言葉を飲み込んだ。
「どうした?」
「……何でもありません!」
四葉は。
いつもの笑顔を作る。
「また今度、お話しましょう!」
「ああ」
悠飛は。
そのまま一花の方へ向かった。
「……」
四葉は。
その背中を見る。
胸の奥が。
少しだけ痛い。
でも。
四葉は。
笑った。
「……まだ」
「まだ、終わってません」
二十年。
ずっと好きだった。
その気持ちは。
今も消えていない。
だから。
いつか。
ちゃんと伝える。
逃げない。
諦めない。
誰かを傷つけるためではなく。
自分の気持ちに嘘をつかないために。
「悠飛さん」
四葉は。
小さく呟く。
「私のことも」
「いつかちゃんと見てくださいね」
春の夜。
桜の花びらが。
一枚。
四葉の肩に落ちる。
四葉は。
それを手に取る。
高校最後の春から。
二十年。
長い年月を越えて。
少女だった恋心は。
大人の女性の決意へと変わっていた。
そして。
四葉の恋もまた。
今。
静かに。
動き始めた。