『神のチートで勇往邁進!〜20年後の同窓会に現れた独眼竜は、三度(みたび)恋の火を灯す〜』 作:夜幻
三月。
まだ少し冷たい風が、校舎の間を吹き抜けていた。
冬の名残を残した空の下。
校庭の桜は、まだ蕾だった。
それでも。
春は、すぐそこまで来ていた。
「……今日で、終わりなんだね」
校門の前。
四葉が、ぽつりと呟いた。
いつもの制服。
いつもの鞄。
いつもの笑顔。
けれど。
今日だけは。
その笑顔に、少しだけ寂しさが混じっている。
「そうね」
一花が隣に立つ。
「三年間、あっという間だったなぁ」
「本当に」
三玖も頷く。
「もっと長いと思ってた」
「私は、まだ実感がありません」
五月が言う。
「卒業証書を受け取っても、明日また学校に来そうです」
「五月らしいわね」
二乃が笑った。
「でも……」
二乃は、校舎を見上げる。
「本当に最後なのよね」
その横には。
六華がいた。
「……うん」
そして。
莉々華。
「なんだか、変な感じ」
七人。
一花。
二乃。
三玖。
四葉。
五月。
六華。
莉々華。
いつも一緒だった七人の少女たち。
今日。
その七人が。
高校生として最後の日を迎える。
そして。
少し離れた場所には。
「おーい!」
悠飛が手を振っていた。
「みんな、もう集まってるのか?」
「遅い!」
二乃が叫ぶ。
「まだ式まで時間あるだろ」
「そういう問題じゃないの!」
「相変わらずだな」
悠飛が笑う。
その笑顔を見て。
六華は、胸の奥が温かくなるのを感じた。
四葉も。
一花も。
三玖も。
五月も。
莉々華も。
それぞれが。
ほんの少しだけ。
悠飛を見つめる。
今日という日は。
七人の少女にとって。
ただの卒業式ではなかった。
子供だった自分たちが。
それぞれの未来へ歩き出す。
その境目の日だった。
そして。
誰も口にはしなかったけれど。
七人の心には。
同じ願いがあった。
――この関係だけは。
――卒業しても終わらせたくない。
◇
「それじゃあ、行くか」
悠飛が言った。
「どこへ?」
四葉が尋ねる。
「教室」
「え?」
「卒業式」
「……あ」
四葉が笑う。
「そうでした!」
「大丈夫か?」
「大丈夫です!」
「本当か?」
「大丈夫です!」
「ならいいけど」
「悠飛」
六華が声をかける。
「ん?」
「今日、緊張してる?」
「俺が?」
「うん」
「別に」
「そう」
六華は笑った。
「私は、少し緊張してる」
「珍しいな」
「私だって緊張するよ」
「そうか」
「……」
六華は。
一瞬だけ。
悠飛の顔を見つめた。
今日が終われば。
この制服姿を見ることは。
もうなくなる。
それが。
少し寂しかった。
「六華?」
「何でもない」
「そうか?」
「うん」
六華は笑った。
「行こう」
◇
体育館。
卒業式。
壇上には。
校長。
教員。
そして。
卒業生たち。
会場には。
保護者たちが並んでいる。
ざわめきが。
少しずつ消えていく。
司会の声。
「卒業生、入場」
扉が開く。
生徒たちが。
一人ずつ入場していく。
そして。
七人。
一花。
二乃。
三玖。
四葉。
五月。
六華。
莉々華。
それぞれが。
並んで歩く。
その姿を。
悠飛は。
少し離れた場所から見ていた。
「……」
七人とも。
大人びた。
高校一年の頃とは。
まるで違う。
それでも。
悠飛には。
幼い頃から知っている少女たちの姿が。
重なって見えた。
「みんな……」
悠飛は。
小さく呟く。
「大きくなったな」
◇
式は。
静かに進んでいく。
校長の式辞。
在校生の送辞。
卒業生の答辞。
そして。
卒業証書授与。
名前が呼ばれる。
「中野一花」
「はい」
一花が立ち上がる。
壇上へ向かう。
証書を受け取る。
一礼。
席へ戻る。
次。
「中野二乃」
「はい」
二乃。
「中野三玖」
「はい」
三玖。
「中野四葉」
「はい!」
元気な声。
「中野五月」
「はい」
そして。
「六華」
名前を呼ばれた瞬間。
六華は。
一度だけ。
悠飛を見る。
目が合う。
悠飛が。
小さく頷いた。
「……はい」
六華は。
壇上へ向かう。
証書を受け取る。
そして。
席へ戻る。
最後。
「莉々華」
「はい」
七人。
全員が。
卒業証書を手にした。
その瞬間。
体育館に。
拍手が響き渡った。
◇
「卒業生、起立」
全員が立つ。
「礼」
一礼。
「着席」
そして。
最後の校歌。
七人は。
歌った。
三年間。
何度も歌った校歌。
けれど。
今日だけは。
まったく違って聞こえた。
四葉の目には。
涙が浮かんでいた。
三玖も。
静かに目元を拭う。
五月は。
唇を噛んで。
涙をこらえている。
一花は。
笑顔を作っていた。
二乃は。
そんな一花を見て。
「……泣けばいいのに」
小さく呟いた。
「二乃だって」
「私は泣かない」
「泣いてるよ」
「泣いてない!」
「……ふふ」
三玖が。
少し笑った。
六華は。
前を向いていた。
けれど。
頬には。
一筋の涙が流れていた。
莉々華も。
静かに泣いている。
七人。
それぞれ違う。
けれど。
同じ時間を生きてきた。
その三年間が。
今日。
一つの節目を迎えた。
◇
式が終わる。
体育館を出た瞬間。
四葉が。
大きく息を吐いた。
「終わりましたー!」
「声、大きい」
三玖が言う。
「だって!」
四葉は。
両手を広げる。
「卒業ですよ!」
「分かってるわよ」
二乃が笑う。
「でも……」
四葉は。
校舎を見る。
「本当に、もう来ないんですね」
「来ようと思えば来られるでしょ」
一花が言う。
「卒業生なんだから」
「そうですけど……」
「四葉」
悠飛が。
後ろから声をかける。
「……はい?」
「また来ればいい」
「え?」
「学校そのものに来なくても」
「……」
「みんなで集まればいいだろ」
四葉は。
少し驚いたあと。
笑った。
「そうですね!」
「だから、泣くな」
「泣いてません!」
「泣いてるだろ」
「これは感動の涙です!」
「そういうことにしておく」
「はい!」
◇
教室。
黒板には。
担任が書いた。
『卒業おめでとう』
その下には。
生徒たちの寄せ書き。
机は。
いつもより少なく見える。
荷物も。
ほとんどない。
三年間。
ここで過ごした。
笑った。
怒った。
喧嘩した。
勉強した。
恋をした。
夢を語った。
全部。
ここに残っている。
「……」
一花が。
教室を見渡す。
「ここも、最後か」
「そうね」
二乃。
三玖は。
自分の机を撫でる。
「懐かしい」
五月は。
黒板を見る。
「たくさん勉強しました」
「本当に?」
二乃が聞く。
「もちろんです!」
「じゃあ何で赤点ギリギリだったのよ」
「それは……」
五月が黙る。
「ふふ」
一花が笑う。
「最後まで五月は五月だね」
「一花!」
◇
四葉は。
窓際に立っていた。
窓の外。
校庭。
桜の木。
まだ。
花は咲いていない。
「桜……」
四葉が呟く。
「今年は卒業式に間に合いませんでしたね」
「毎年咲くんだからいいだろ」
悠飛が言う。
「そうですけど」
「入学式には咲くかもしれない」
「……」
四葉は。
笑った。
「それも、いいですね」
一花が。
二人を見ている。
六華も。
見ている。
そして。
二人とも。
同じことを考えていた。
――この先も。
――悠飛の隣にいたい。
◇
「ねえ」
一花が。
突然言った。
「最後にさ」
「何?」
二乃が振り返る。
「みんなで写真撮らない?」
「いいわね」
「賛成」
三玖。
「撮りましょう!」
四葉。
「私も」
五月。
「もちろん」
六華。
「じゃあ」
莉々華が。
スマートフォンを取り出す。
「先生にお願いしましょう」
「待って」
一花が。
悠飛を見る。
「悠飛くんも入って」
「俺?」
「当然」
「俺は卒業生じゃないぞ」
「いいじゃない」
「そうです!」
四葉が言う。
「七人だけじゃなくて、悠飛さんも!」
「……」
悠飛は。
少し考えた。
「分かった」
◇
校門前。
八人。
横一列。
中央に。
七人の少女。
その隣に。
悠飛。
「はい、笑って!」
シャッター。
一枚。
二枚。
三枚。
「もう一枚!」
四葉が言う。
「今度はもっと近く!」
「近く?」
「はい!」
七人が。
悠飛の周りに集まる。
一花が左。
六華が右。
四葉が前。
二乃。
三玖。
五月。
莉々華。
「……」
悠飛が。
少し苦笑する。
「狭いな」
「我慢して」
二乃が言う。
「はい、撮ります!」
シャッター。
その一枚は。
後に。
七人にとって。
最も大切な写真の一つになる。
◇
写真を撮り終えたあと。
七人は。
校門前に並んだ。
「……」
誰も。
すぐには帰ろうとしない。
「帰らないの?」
悠飛が尋ねる。
「帰りたくない」
四葉が。
即答した。
「今日だけは」
「四葉……」
一花が。
優しく笑う。
「分かるよ」
「……」
三玖が。
呟く。
「この時間が終わったら」
「……」
「みんな、それぞれの道に行く」
「うん」
五月が。
頷く。
二乃は。
空を見上げる。
「でも」
「……」
「離れても、私たちは姉妹でしょ」
「もちろん」
一花。
「ずっと五つ子です」
五月。
「当たり前」
三玖。
「はい!」
四葉。
そして。
六華。
「私たちも」
莉々華が。
頷く。
「ずっと友達」
「幼馴染だろ」
悠飛が言う。
六華が。
少し笑う。
「……うん」
◇
そのとき。
四葉が。
突然。
「約束しましょう!」
「何を?」
二乃が聞く。
「二十年後!」
「二十年?」
「はい!」
四葉は。
拳を握る。
「二十年後に、またみんなで集まりましょう!」
「……」
全員が。
顔を見合わせる。
一花が。
笑った。
「いいね」
「二十年後かぁ」
三玖が。
少し遠い目をする。
「私たち、何歳になってる?」
「考えたくない」
二乃が言う。
「二十年後……」
五月が。
真面目に計算する。
「かなり大人ですね」
「五月」
一花が笑う。
「今でも十分大人だよ」
「そういう意味ではありません!」
「ふふ」
六華が。
笑った。
「私は賛成」
莉々華も。
「私も」
悠飛は。
少し考えた。
そして。
「分かった」
「本当ですか?」
「約束する」
四葉が。
嬉しそうに笑う。
「絶対ですよ!」
「ああ」
悠飛が。
右手を差し出す。
「約束だ」
◇
七人が。
手を重ねる。
一花。
二乃。
三玖。
四葉。
五月。
六華。
莉々華。
その上に。
悠飛の手。
「せーの!」
四葉が。
声を上げる。
「二十年後も!」
「みんなで!」
「会おう!」
声が。
春の空へ響く。
誰も。
そのときは知らなかった。
二十年後。
本当に。
この約束が果たされることを。
◇
帰り道。
四葉は。
悠飛と並んで歩いていた。
「悠飛さん」
「ん?」
「今日」
「……」
「すごく楽しかったです」
「ああ」
「でも」
四葉は。
少しだけ俯く。
「寂しいです」
「……」
「明日から」
「……」
「学校で会えないんですよね」
「学校じゃなくても会える」
「……」
「連絡すればいい」
「……はい」
四葉は。
笑う。
「じゃあ」
「ん?」
「明日、連絡します!」
「分かった」
「絶対ですよ!」
「分かったって」
「約束です!」
「約束」
四葉は。
嬉しそうに笑った。
◇
一花は。
その二人を。
少し離れた場所から見ていた。
「……」
二乃が。
隣に立つ。
「気になる?」
「何が?」
「四葉」
「……」
一花は。
笑った。
「うん」
「私も」
「二乃も?」
「別に」
「ふふ」
「何よ」
「素直じゃないなぁ」
「うるさい」
二人は。
笑い合う。
けれど。
その胸の奥には。
それぞれの想いがある。
一花。
四葉。
六華。
そして。
まだ口には出していない少女たち。
恋は。
まだ始まったばかりだった。
◇
六華は。
一人。
教室へ戻っていた。
忘れ物。
机の中から。
小さなノートを取り出す。
最後のページ。
高校一年の頃。
悠飛が書いてくれた言葉。
『困ったときは、いつでも頼れ』
六華は。
それを見る。
「……」
涙が。
一粒。
落ちる。
「ありがとう」
ノートを。
胸に抱く。
「ずっと」
「頼っていい?」
もちろん。
返事はない。
それでも。
六華には。
悠飛の声が聞こえた気がした。
――ああ。
◇
夕方。
校舎の時計が。
五時を告げる。
先生たちも。
少しずつ帰っていく。
生徒たちも。
いなくなっていく。
静かな校舎。
今日。
卒業した。
もう。
自分たちは。
ここの生徒ではない。
それでも。
七人にとって。
この場所は。
永遠に。
思い出の場所だった。
◇
校門前。
最後に。
全員が集まった。
「じゃあ」
一花が言う。
「本当に帰ろうか」
「はい」
五月。
「……」
四葉は。
校舎を振り返る。
三年間。
ありがとう。
心の中で。
そう呟く。
二乃。
三玖。
五月。
一花。
六華。
莉々華。
そして。
悠飛。
全員が。
同じ方向へ歩き出す。
少しずつ。
距離が離れていく。
けれど。
完全に離れることはない。
「また明日!」
四葉が叫ぶ。
「また明日」
悠飛が返す。
その言葉に。
四葉は。
笑った。
◇
数日後。
桜が咲いた。
卒業式の日には。
まだ蕾だった桜が。
満開になった。
誰もいない校庭。
風が吹く。
花びらが。
舞い落ちる。
その桜の木の下に。
一枚の写真が残っていた。
卒業式の日。
八人で撮った写真。
七人の少女。
一人の少年。
笑顔。
それぞれの夢。
それぞれの恋。
それぞれの未来。
その写真の裏には。
四葉が書いた言葉があった。
『二十年後も、みんな一緒!』
そして。
その下に。
七人全員の名前。
一花。
二乃。
三玖。
四葉。
五月。
六華。
莉々華。
最後に。
悠飛。
「……」
誰もいない校庭に。
風が吹く。
桜の花びらが。
写真の上に落ちる。
二十年。
それは。
高校生だった彼らには。
途方もなく長い時間だった。
それぞれが。
夢を追う。
仕事をする。
恋をする。
失敗する。
成功する。
大人になる。
そして。
いつか。
もう一度。
この写真の続きを。
始める。
その日まで。
七人の少女たちは。
それぞれの人生を歩いていく。
そして。
その中心には。
いつも。
一人の少年がいた。
如月悠飛。
彼もまた。
自分の道を歩き始める。
右眼を失った少年は。
やがて。
世界に名を知られる男になる。
しかし。
どれほど時が流れても。
この日のことだけは。
忘れなかった。
七人の少女と。
一人の少年。
最後の制服。
最後の教室。
最後の校門。
そして。
「二十年後も、みんなで会おう」
あの日の約束。
それは。
青春の終わりではなかった。
むしろ。
長い物語の。
新しい始まりだった。