『神のチートで勇往邁進!〜20年後の同窓会に現れた独眼竜は、三度(みたび)恋の火を灯す〜』 作:夜幻
春の夜は、静かだった。
東京の街を、無数の光が彩っている。
高層ビルの窓。
車のヘッドライト。
遠くに見える東京タワー。
そのすべてを、地上より遥か高い場所から見下ろしている男がいた。
如月悠飛。
世界大富豪ランキング第2位。
投資家。
実業家。
そして――。
「独眼竜」と呼ばれる男。
右眼には、黒い眼帯。
左眼だけで夜景を眺めながら、悠飛はグラスを傾けた。
「……静かだな」
自宅のリビング。
巨大な窓。
夜景。
一人で過ごすには、あまりにも広い部屋。
それでも。
悠飛は孤独を感じていなかった。
テーブルの上には、一枚の写真。
二十年前の卒業式。
そして、その隣には。
つい先日撮った写真。
七人の女性と。
一人の男。
同じ八人。
二十年前と。
二十年後。
「……」
悠飛は写真を見る。
一花。
二乃。
三玖。
四葉。
五月。
六華。
莉々華。
みんな、大人になった。
それぞれの人生を歩んでいる。
それぞれの夢を叶えつつある。
そして。
自分も。
自分なりの人生を歩いてきた。
「……」
悠飛は。
写真を指でなぞる。
高校時代。
彼女たちと過ごした時間は。
自分にとって。
かけがえのないものだった。
だが。
あの頃の自分は。
恋愛というものを。
深く考えたことがなかった。
守る。
助ける。
支える。
それだけでいいと思っていた。
けれど。
今は違う。
二十年ぶりに再会した瞬間。
胸の奥に。
忘れていた感情が。
確かに蘇った。
「……」
悠飛は。
静かに目を閉じる。
そして。
一人の少女――。
いや。
今は一人の女性の顔を思い浮かべた。
四葉。
「……」
なぜ。
最初に四葉を思い出したのか。
悠飛自身にも。
まだ分からない。
◇
翌朝。
午前七時。
悠飛は。
いつものように起床した。
シャワーを浴び。
軽く身体を動かす。
朝食。
新聞。
経済ニュース。
市場の確認。
二十年前と変わらない。
規則正しい生活。
しかし。
その日は。
少しだけ違った。
「……」
スマートフォンを見る。
グループチャット。
昨夜のメッセージ。
四葉。
『今日は子供たちの大会です!』
その一文。
悠飛は。
しばらく見つめていた。
「……」
そして。
返信する。
『頑張れ』
送信。
数秒後。
既読。
四葉。
『ありがとうございます!』
さらに。
『悠飛さんもお仕事頑張ってください!』
悠飛は。
笑った。
「……昔と変わらないな」
だが。
その直後。
自分の胸に。
小さな違和感を覚えた。
「……?」
心臓が。
少しだけ。
速くなっている。
「まさか」
悠飛は。
苦笑する。
「俺も年を取ったな」
恋愛など。
とうの昔に。
忘れたと思っていた。
◇
その頃。
四葉は。
スポーツ施設にいた。
「先生!」
子供たちが。
大声で呼ぶ。
「どうしました?」
「今日、絶対勝とう!」
「もちろんです!」
四葉は。
笑顔で答える。
だが。
心の中では。
別のことを考えていた。
「……」
昨夜。
悠飛から届いた。
『頑張れ』
たった四文字。
それだけなのに。
嬉しかった。
二十年前も。
同じだった。
いつも。
自分たちを気にかけてくれた。
何かあれば。
必ず助けてくれた。
でも。
今は。
違う。
「……」
四葉は。
胸元に手を当てる。
高校時代。
悠飛のことを。
好きだった。
けれど。
自分の気持ちを。
抑え込んだ。
五つ子の姉妹。
六華。
莉々華。
みんな。
悠飛を大切に思っていた。
だから。
自分だけが。
前に出ることはできなかった。
それが。
四葉の優しさだった。
でも。
二十年。
時間は。
四葉を変えた。
「……今度は」
小さく。
呟く。
「逃げません」
◇
大会。
試合が始まる。
子供たちは。
一生懸命走る。
四葉も。
声を張る。
「最後まで諦めないで!」
「はい!」
「頑張って!」
そして。
試合終了。
「勝ったー!」
「やった!」
子供たちが。
四葉の周りに集まる。
「先生!」
「よく頑張ったね!」
「先生のおかげ!」
「違います」
四葉は。
笑う。
「みんなが頑張ったからです」
その瞬間。
スマートフォンが震える。
『お疲れ』
悠飛から。
四葉は。
思わず笑った。
『勝ちました!』
送信。
すぐに。
『おめでとう』
「……」
胸が。
熱くなる。
二十年前。
自分が欲しかった言葉。
今も。
変わらない。
◇
その日の午後。
悠飛は。
予定を変更した。
「会長」
秘書が驚く。
「午後の会議ですが――」
「延期」
「またですか?」
「悪い」
「いえ……」
秘書は。
少しだけ笑った。
「会長が予定を変更されるなんて、珍しいですね」
「そうか?」
「はい」
悠飛は。
窓の外を見る。
「今日は」
「会いたい人がいる」
◇
スポーツ施設。
四葉が。
片付けをしている。
そこへ。
「四葉」
「え?」
振り返る。
「悠飛さん!?」
悠飛が。
立っていた。
「どうしてここに?」
「近くまで来たから」
「……」
四葉は。
目を丸くする。
「わざわざ?」
「ああ」
「……」
四葉の顔が。
少しずつ赤くなる。
「試合」
「見てた」
「え!?」
「途中からだけど」
「……」
四葉は。
恥ずかしそうに。
視線を逸らす。
「どうでした?」
「よかった」
「本当ですか?」
「ああ」
「……」
四葉は。
嬉しそうに笑った。
「ありがとうございます」
◇
二人は。
近くの公園を歩いた。
昔と。
同じ場所。
桜。
ベンチ。
風。
「懐かしいですね」
四葉が言う。
「ああ」
「高校時代」
「よく来たな」
「はい」
四葉は。
笑う。
「私たち。
いろんなことがありました」
「そうだな」
「楽しかったこと」
「喧嘩したこと」
「泣いたこと」
「……」
そして。
「悠飛さんが」
四葉は。
立ち止まった。
「右眼を失ったこと」
悠飛は。
黙った。
「……」
四葉は。
拳を握る。
「ごめんなさい」
「何で謝る?」
「私たちを守ってくれて」
「……」
「私、ずっと」
四葉の目に。
涙が浮かぶ。
「ずっと気にしていました」
悠飛は。
四葉の前に立つ。
「四葉」
「はい」
「俺は後悔してない」
「でも……」
「君たちを守れた」
「それだけで」
悠飛は。
笑う。
「十分だ」
四葉は。
涙を拭う。
「……ずるいです」
「何が?」
「そんな顔で言われたら」
「……」
「また好きになっちゃいます」
悠飛は。
固まった。
「……え?」
四葉は。
顔を真っ赤にした。
「……」
そして。
逃げるように。
前を向く。
「今の、聞かなかったことにしてください!」
「いや」
悠飛は。
追いかける。
「待て」
「嫌です!」
「四葉」
「恥ずかしいです!」
二人は。
公園の中を歩く。
そして。
四葉が。
小さく笑った。
◇
その夜。
四葉は。
自分の部屋で。
ベッドに倒れ込んだ。
「……」
顔が。
熱い。
「言っちゃった……」
高校時代。
言えなかった。
二十年後。
今度こそ。
言ってしまった。
「……」
でも。
後悔はない。
むしろ。
胸が軽かった。
「私は」
四葉は。
天井を見る。
「悠飛さんが好き」
二十年前と。
同じ。
だけど。
今度は。
逃げない。
◇
一方。
悠飛は。
車の中。
運転手に。
「少し遠回りしてくれ」
「承知しました」
窓の外。
夜の街。
「……」
四葉の言葉。
『また好きになっちゃいます』
その一言が。
何度も頭の中で繰り返される。
「……」
悠飛は。
右眼の眼帯に触れる。
二十年前。
自分は。
彼女たちの気持ちに。
気づいていなかった。
いや。
気づかないふりをしていたのかもしれない。
大切だった。
だからこそ。
壊したくなかった。
けれど。
今は。
もう。
高校生ではない。
みんな。
大人だ。
自分も。
大人だ。
なら。
自分の気持ちを。
誤魔化す必要はない。
「……」
悠飛は。
静かに。
目を閉じた。
「四葉」
◇
翌日。
一花は。
撮影現場にいた。
休憩時間。
スマートフォンを見る。
グループチャット。
四葉。
『昨日、悠飛さんに会いました』
一花。
『え?』
二乃。
『は?』
三玖。
『……』
五月。
『そうなのですか?』
六華。
『二人で?』
莉々華。
『詳しく聞きたい』
四葉。
『……』
しばらく。
返信がない。
そして。
四葉。
『好きって言いました』
「……」
一花の手が止まった。
二乃。
『ちょっと待ちなさい』
三玖。
『四葉……』
五月。
『……』
六華。
『先を越された』
莉々華。
『とうとう動いたね』
一花は。
画面を見つめる。
「……」
四葉。
昔から。
一番優しかった。
一番我慢していた。
一番。
自分の気持ちを後回しにしていた。
だから。
一花は。
微笑んだ。
『よかったね、四葉』
四葉。
『一花さん……』
一花。
『でも』
『私も負けないよ』
四葉。
『……!』
二乃。
『私も』
三玖。
『私も』
五月。
『私もです』
六華。
『私も』
莉々華。
『もちろん』
一花。
『これで全員、宣戦布告ね』
◇
その日。
七人の女性たちは。
それぞれの場所で。
同じことを考えていた。
――今度こそ。
自分の気持ちを。
伝える。
高校時代。
一度目の恋。
卒業後。
それぞれの人生の中で。
二度目の恋。
そして。
二十年ぶりの再会。
三度目の恋。
同じ人を。
もう一度。
好きになる。
それは。
過去に戻ることではない。
新しい恋だった。
今の自分で。
今の彼を。
好きになる。
◇
一花。
撮影の合間。
鏡を見る。
「……」
昔より。
綺麗になった。
自分の努力。
積み重ね。
そして。
今なら。
言える。
「悠飛くん」
「私は」
「まだ好きだよ」
◇
二乃。
厨房。
包丁を置く。
「……」
悠飛に食べてもらいたい。
それだけじゃない。
自分の作った料理で。
彼を幸せにしたい。
「負けるもんですか」
◇
三玖。
研究室。
本を閉じる。
「……」
昔は。
自信がなかった。
でも。
今は違う。
好きなものを。
好きだと言える。
だから。
「悠飛」
「好き」
◇
五月。
教室。
生徒たちを見送る。
「……」
母から受け継いだ夢。
教師。
そして。
自分自身の恋。
「私も」
「逃げません」
◇
六華。
自宅。
卒業写真。
悠飛の顔を見る。
「……」
あの日。
言えなかった。
今度は。
言う。
「悠飛」
「私の気持ちを」
「ちゃんと聞いて」
◇
莉々華。
仕事机。
企画書を閉じる。
「……」
人の気持ちは。
よく分かる。
けれど。
自分の気持ちだけは。
いつも後回しにしていた。
「今度は」
「私が主人公」
◇
そして。
四葉。
ベッドの中。
スマートフォンを胸に抱く。
『また好きになっちゃいます』
あの言葉。
言ってしまった。
「……」
恥ずかしい。
でも。
嬉しい。
「悠飛さん」
「今度こそ」
◇
数日後。
八人は。
再び集まった。
場所は。
東京タワー近くのレストラン。
二乃が。
予約した店だった。
「遅い!」
二乃が言う。
「悪い」
悠飛が入ってくる。
「仕事が長引いた」
「世界的大富豪様は忙しいわね」
「嫌味か?」
「半分ね」
笑い声。
一花が。
グラスを持つ。
「今日は」
「何?」
三玖。
「四葉の告白祝い」
「ええっ!?」
四葉の顔が。
真っ赤になる。
「言わないでください!」
「でも本当でしょ?」
二乃。
「私たちも負けないけど」
「え?」
悠飛が。
首を傾げる。
七人。
「……」
「……?」
一花が。
笑う。
「本当に鈍感なんだから」
「何が?」
「秘密」
七人が。
顔を見合わせる。
そして。
乾杯。
「再会に!」
「乾杯!」
グラスが重なる。
悠飛は。
その光景を見ながら。
思った。
――幸せだ。
金では買えない。
地位でも得られない。
この時間。
この仲間。
この笑顔。
それが。
自分にとって。
一番大切なものだった。
◇
食事が終わった後。
悠飛は。
一人で店の外へ出た。
夜風。
東京タワーが。
目の前にある。
「……」
その後ろから。
足音。
「悠飛」
一花。
「一花?」
「少し話さない?」
「ああ」
二人は。
並んで歩く。
「四葉」
「うん」
「告白したね」
「ああ」
「どう思った?」
悠飛は。
少し考える。
「……嬉しかった」
一花は。
目を細める。
「それだけ?」
「……」
「もう一つ」
「何?」
「俺も」
「……」
一花の心臓が。
大きく跳ねた。
「四葉のこと」
「大切に思ってる」
一花は。
笑う。
「そっか」
けれど。
その笑顔の奥。
少しだけ。
寂しさがある。
「でも」
一花は。
立ち止まる。
「私も」
悠飛を見る。
「負けないから」
「……」
「今度は」
「ちゃんと」
「私のことも見てね」
悠飛は。
驚いた。
一花は。
笑って。
その場を離れる。
「おやすみ」
「……おやすみ」
◇
その夜。
悠飛は。
一人。
東京タワーを見上げた。
高校時代。
世界なんて。
何も知らなかった。
今は。
世界を知っている。
世界中の企業。
世界中の市場。
世界中の人々。
けれど。
結局。
自分が欲しいものは。
あの頃と同じだった。
「……」
大切な人たちと。
笑っていたい。
それだけ。
そして。
もう一つ。
自分自身も。
誰かを愛したい。
守るだけではなく。
支えるだけでもなく。
自分も。
愛されることを。
受け入れたい。
「……」
悠飛は。
静かに笑った。
「三度目の恋か」
悪くない。
そう思った。
◇
翌朝。
悠飛のもとへ。
七人から。
一斉にメッセージが届いた。
一花。
『今日、時間ある?』
二乃。
『店に来なさい』
三玖。
『話したい』
四葉。
『また会いたいです!』
五月。
『ご相談があります』
六華。
『会いたい』
莉々華。
『ちょっと付き合って』
悠飛は。
画面を見る。
「……」
思わず。
笑ってしまった。
「忙しいな」
けれど。
嫌ではない。
むしろ。
嬉しい。
「分かった」
一人ずつ。
返信する。
『会おう』
送信。
そして。
悠飛は。
立ち上がった。
鏡の前。
黒い眼帯。
金髪。
四十代の男。
世界大富豪ランキング第2位。
独眼竜。
けれど。
今の彼は。
ただの一人の男だった。
恋をする。
誰かを好きになる。
そんな。
普通の男。
「……行くか」
扉を開ける。
春の風が。
吹き込んだ。
桜の花びらが。
舞う。
二十年前。
少年だった自分が。
恋を知らなかった。
二十年後。
大人になった自分は。
恋を知った。
そして。
今。
三度目の恋の火が。
確かに。
灯った。
その炎は。
小さくても。
決して。
消えることはない。
一花。
二乃。
三玖。
四葉。
五月。
六華。
莉々華。
そして。
悠飛。
八人の未来は。
まだ。
決まっていない。
誰が。
誰を選ぶのか。
どんな人生を歩むのか。
それは。
誰にも分からない。
ただ一つ。
確かなことがある。
二十年という歳月を越えて。
再び巡り会った八人は。
もう一度。
青春を始めようとしている。
今度は。
子供ではない。
大人として。
自分の意志で。
自分の言葉で。
自分の恋をする。
――三度。
恋の火を灯す。
その火は。
春の夜空に。
静かに。
そして。
確かに。
燃え始めていた。