『神のチートで勇往邁進!〜20年後の同窓会に現れた独眼竜は、三度(みたび)恋の火を灯す〜』 作:夜幻
如月莉々華には、世界でたった一人、絶対に譲れない存在がいる。
それは――兄、如月悠飛。
義理の兄妹。
血の繋がりはない。
だからこそ、幼い頃から莉々華にとって悠飛は「兄」であると同時に、「自分を守ってくれる世界で一番大切な人」だった。
頭がいい。
運動神経も抜群。
困っている人を見れば、迷わず手を差し伸べる。
どんなに大変なことがあっても、最後には笑っている。
そして何より。
妹を大切にしてくれる。
そんな兄を――。
莉々華が大好きにならない理由など、どこにもなかった。
「……お兄ちゃん」
朝。
如月家のリビング。
悠飛がソファに座って新聞を読んでいる。
莉々華は、その隣にぴったりと座っていた。
「ん?」
「今日の予定は?」
「午前中は学校。午後は生徒会の仕事。そのあと風太郎と勉強する予定だな」
「……風太郎さんと?」
「そう」
「二人で?」
「たぶん」
莉々華の目が細くなる。
「……女の子は?」
「なんでそうなる?」
「確認です」
「いないと思うけど」
「本当に?」
「本当」
「……ならいいです」
莉々華は満足そうに頷いた。
しかし。
彼女の頭の中では、すでに作戦会議が始まっていた。
――最近のお兄ちゃんは、忙しすぎる。
学校。
勉強。
生徒会。
友人との付き合い。
そして。
中野家の五つ子たち。
一花。
二乃。
三玖。
四葉。
五月。
さらに六華。
悠飛の周囲には、いつも女の子がいる。
もちろん。
莉々華は五つ子たちを嫌っているわけではない。
むしろ大切な友達だと思っている。
だが。
それとこれとは話が別だ。
「……お兄ちゃんの妹は私です」
「どうした?」
「なんでもありません」
莉々華は笑った。
そして。
静かに拳を握る。
「今日から始めます」
「何を?」
「――ブラコン大作戦です」
「……?」
悠飛は首を傾げた。
この時。
兄はまだ知らなかった。
妹が本気を出した時。
その作戦がどれほど大規模なものになるのかを。
◇
「作戦その一」
学校。
莉々華は一枚の紙を机の上に広げていた。
そこには大きく、
『お兄ちゃんをもっと大切にする』
と書かれている。
「……具体性がない」
自分で書いておきながら、莉々華は悩んだ。
「作戦その一。お兄ちゃんの昼食を作る」
完璧だ。
悠飛は普段、簡単な昼食で済ませることが多い。
なら。
妹が弁当を作ればいい。
莉々華は料理が得意だった。
兄の好物はすべて把握している。
甘いもの。
肉料理。
卵料理。
そして。
少し濃いめの味付け。
「完璧」
昼休み。
莉々華は悠飛の教室へ向かった。
「お兄ちゃん」
「莉々華?」
「お昼です」
「弁当?」
「はい」
莉々華は弁当箱を差し出した。
「今日は私が作りました」
「ありがとう」
悠飛が笑う。
その笑顔を見て。
莉々華の心臓が跳ねる。
「……」
「どうした?」
「なんでもありません」
そこへ。
「悠飛くん?」
一花がやってきた。
「莉々華ちゃん?」
「一花さん」
一花は弁当を見る。
「もしかして手作り?」
「はい」
「いいなぁ」
「お兄ちゃんのためですから」
莉々華は笑顔。
だが。
目は笑っていない。
一花もそれに気づく。
「……莉々華ちゃん」
「はい?」
「もしかして、私に対抗してる?」
「まさか」
莉々華はにっこり笑う。
「私はただの妹です」
「……怖い」
少し離れた場所で。
二乃が笑った。
「相変わらずね」
三玖も頷く。
「莉々華は悠飛のことになると強い」
四葉は。
「仲良し兄妹ですね!」
五月は。
「本当に微笑ましいですね」
そして。
六華だけが。
莉々華の目を見ていた。
「……ブラコン大作戦?」
「……」
莉々華が固まる。
「なぜ知ってるんですか」
「顔に書いてある」
「……」
莉々華は観念した。
「はい」
「やっぱり」
「でも」
莉々華は胸を張った。
「お兄ちゃんを大切にすることは悪いことじゃありません」
「それはそうだね」
六華は笑った。
「私も協力するよ」
「……本当ですか?」
「うん」
「ありがとうございます」
莉々華は笑った。
その瞬間。
六華の耳元へ莉々華が顔を近づける。
「ただし」
「?」
「お兄ちゃんを泣かせたら、私の敵です」
「……分かった」
六華は苦笑した。
◇
作戦その二。
「お兄ちゃんの身の回りを完璧にする」
翌朝。
悠飛が目を覚ます。
「……あれ?」
机の上に朝食。
制服。
鞄。
必要な教科書。
さらに。
弁当。
「……」
悠飛は首を傾げる。
「莉々華?」
「はい」
キッチンから莉々華が顔を出す。
「全部準備しました」
「ありがとう」
「どういたしまして」
「でも」
「はい?」
「俺、自分でできるぞ?」
「知ってます」
「じゃあ……」
「お兄ちゃんのためにやりたいんです」
悠飛は少し黙った。
そして。
「ありがとう」
莉々華は満面の笑み。
「はい!」
その日。
悠飛の朝は。
人生で一番快適だった。
◇
ところが。
学校に着いた瞬間。
「悠飛!」
風太郎が走ってきた。
「お前、今日の弁当すごいな」
「莉々華が作ってくれた」
「……」
風太郎が弁当を見る。
「愛されてるな」
「妹だからな」
「……そういうところだぞ」
「何が?」
「いや、なんでもない」
そこへ。
一花たちがやってくる。
「悠飛くん、おはよう」
「おはよう」
「今日も莉々華ちゃんのお弁当?」
「そう」
「いいなぁ」
一花が笑う。
二乃が言う。
「私も今度作ってあげようか?」
「二乃が?」
「何よ、その顔」
「いや、嬉しいけど」
「なら決まり!」
莉々華が割って入る。
「お兄ちゃんのお弁当は私が作ります」
「毎日?」
「毎日です」
「負けないわよ」
二乃が笑う。
「望むところです」
莉々華も笑う。
火花が散る。
それを見ていた三玖が。
「……すごい」
四葉は。
「お弁当対決ですか!」
五月は。
「楽しそうですね」
六華は。
「……悠飛、人気者だね」
悠飛だけが。
「なんで弁当で勝負になってるんだ?」
と困惑していた。
◇
作戦その三。
兄との思い出を増やす。
「お兄ちゃん」
「ん?」
「放課後、買い物に付き合ってください」
「いいぞ」
「二人で」
「もちろん」
莉々華は心の中でガッツポーズ。
――成功。
しかし。
「悠飛」
背後から声。
風太郎だった。
「今日、勉強する約束だろ」
「あ」
「……」
莉々華が風太郎を見る。
風太郎も莉々華を見る。
「……莉々華」
「はい」
「俺は敵か?」
「場合によります」
「怖いな」
「冗談です」
莉々華は笑う。
「今日はお兄ちゃんを借ります」
「分かった」
風太郎はあっさり引いた。
「じゃあ明日にする」
「ありがとうございます」
莉々華は満足した。
しかし。
その日の夜。
「莉々華」
「はい」
「今日、楽しかったな」
「はい!」
「また行こう」
「……!」
莉々華の顔が明るくなる。
「約束です!」
◇
そして。
数日後。
ブラコン大作戦は。
思わぬ方向へ進んでいた。
「お兄ちゃん」
「ん?」
「今日は私が学校まで送ります」
「大丈夫だぞ」
「いいんです」
「でも……」
「お兄ちゃん」
「?」
「妹孝行だと思ってください」
「……分かった」
学校へ向かう二人。
その姿を。
五つ子たちが見つける。
「……」
一花。
「……」
二乃。
「……」
三玖。
「……」
四葉。
「……」
五月。
「どうしたんですか?」
四葉が聞く。
二乃が腕を組む。
「莉々華、最近すごくない?」
「何が?」
「悠飛へのアピール」
「妹なんだから普通じゃない?」
一花が言う。
「でも」
二乃が指を差す。
「昨日も一緒に帰ってた」
「今日も一緒に登校」
「昼も一緒」
「放課後も一緒」
三玖が呟く。
「……ブラコン」
五月も。
「かなりのものですね」
四葉が笑う。
「でも仲良しでいいと思います!」
一花たちは。
「……まあね」
と頷いた。
そこへ。
莉々華がやってくる。
「皆さん」
「おはよう」
「おはようございます」
そして。
莉々華は言った。
「今日、放課後にお兄ちゃんと映画に行きます」
「……」
一花。
「いいなぁ」
二乃。
「また?」
三玖。
「……羨ましい」
四葉。
「楽しそうです!」
五月。
「お気をつけて」
莉々華は笑う。
「はい」
そして。
心の中で。
「――作戦成功」
と呟いた。
◇
だが。
その日の帰り。
莉々華は。
悠飛と並んで歩きながら。
ふと口を開いた。
「お兄ちゃん」
「ん?」
「私」
「うん」
「ちょっとやりすぎでしょうか?」
悠飛は驚いた。
「何が?」
「最近、ずっと一緒にいることです」
「別にいいだろ」
「でも」
莉々華は少し俯く。
「お兄ちゃんには、お兄ちゃんの友達がいます」
「うん」
「五つ子さんたちもいます」
「そうだな」
「六華さんも」
「うん」
「だから……」
莉々華は。
小さく笑った。
「私が独占するのは、よくないかなって」
悠飛は。
しばらく黙っていた。
そして。
莉々華の頭に手を置いた。
「莉々華」
「はい」
「お前は俺の妹だ」
「……はい」
「俺にとって、大切な家族だ」
「……」
「だから遠慮する必要なんてない」
「お兄ちゃん……」
「一緒にいたいなら、一緒にいればいい」
莉々華の目に。
涙が浮かぶ。
「……はい」
悠飛は笑う。
「ただし」
「?」
「俺だけじゃなくて、お前自身の友達も大切にしろよ」
「……分かりました」
莉々華は笑った。
「お兄ちゃんがそう言うなら」
「うん」
「でも」
「?」
莉々華は。
悠飛の腕に抱きつく。
「お兄ちゃんが一番大切なのは変わりません」
「……そうか」
「はい」
◇
翌日。
莉々華は。
五つ子たちと六華を呼び出した。
「皆さん」
「どうしたの?」
一花が聞く。
「宣言があります」
「宣言?」
莉々華は。
胸を張った。
「私はこれからも、お兄ちゃんの妹として全力でお兄ちゃんを支えます」
「うん」
「そして」
少しだけ笑う。
「皆さんがお兄ちゃんを幸せにしてくれるなら、私は応援します」
「莉々華……」
六華が驚く。
「ただし」
莉々華の目が鋭くなる。
「お兄ちゃんを泣かせたら」
「……」
「私が怒ります」
二乃が笑った。
「分かったわよ」
一花も笑う。
「約束する」
三玖が頷く。
「私も」
四葉は。
「絶対に幸せにします!」
五月も。
「はい」
六華は。
「私も約束する」
莉々華は。
満足そうに笑った。
「ありがとうございます」
そして。
全員で笑った。
◇
その日の夕方。
悠飛は知らなかった。
自分の知らないところで。
妹と大切な人たちが。
一つの約束を交わしていたことを。
「……お兄ちゃん」
莉々華は。
遠くにいる悠飛を見る。
「大好きです」
それは。
恋ではない。
家族としての愛。
誰よりも深く。
誰よりも強い。
極度のブラコン。
それでも。
その愛は。
悠飛を縛るためのものではない。
悠飛が幸せになることを。
誰よりも願う愛だった。
そして。
莉々華は決めていた。
兄の隣に立つ人たちを。
敵ではなく。
大切な仲間として受け入れることを。
ただし。
「……でも、お兄ちゃんの妹の座は譲りません」
小さく呟く。
「そこだけは絶対に」
その言葉を聞いた六華が。
後ろで笑った。
「莉々華」
「はい?」
「私も負けないよ」
「……何がですか?」
「悠飛の隣」
「……」
莉々華は。
六華を見る。
そして。
「望むところです」
二人は笑った。
その様子を。
少し離れた場所から見ていた五つ子たちも笑う。
「なんだか楽しそうね」
一花。
「負けられないわね」
二乃。
「……うん」
三玖。
「私も頑張ります!」
四葉。
「皆さん、仲良くしてくださいね」
五月。
そして。
その中心で。
「なんでみんな俺を見てるんだ?」
悠飛だけが。
相変わらず何も分かっていなかった。
そんな悠飛を見て。
七人の少女たちは。
思わず笑った。
兄妹。
友達。
仲間。
そして。
恋する者たち。
形は違っても。
想いは同じだった。
――如月悠飛を大切にしたい。
莉々華の「ブラコン大作戦」は。
こうして。
大成功を収めた。
ただし。
作戦終了の翌日。
「お兄ちゃん」
「ん?」
「明日、デート――じゃなくて、兄妹でお出かけしましょう」
「いいぞ」
「やった!」
莉々華は拳を握る。
「第二次ブラコン大作戦、開始です!」
「……第二次?」
悠飛の疑問をよそに。
莉々華は満面の笑みを浮かべた。
兄を愛する妹の戦いは。
まだまだ。
終わりそうになかった。