『神のチートで勇往邁進!〜20年後の同窓会に現れた独眼竜は、三度(みたび)恋の火を灯す〜』 作:夜幻
放課後の旭高校。
西日が教室へ差し込み、机の影を長く伸ばしていた。
いつものように勉強会が始まる。
「今日は英語からだ」
風太郎が問題集を開く。
「えー、また英語?」
四葉が声を上げる。
「昨日、英語が苦手だって言ってただろ」
「だからこそ、今日は逃げたいです!」
「逃げるな」
「はい……」
そのやり取りを見て、一花がくすくす笑う。
「四葉、諦めなよ」
「一花まで!」
「だって、悠飛くんもいるし」
「……」
悠飛が顔を上げる。
「俺?」
「うん」
一花は悪戯っぽく笑った。
「悠飛くんが教えてくれるなら、私も頑張れるかなって」
「なら、今日は俺が見る」
「本当?」
「もちろん」
「じゃあよろしくね、先生」
「だから先生じゃないって」
悠飛が苦笑する。
「友達だろ?」
「……ふふ」
一花は微笑んだ。
「そうだったね」
その言葉に。
なぜか一花の胸が、少しだけ高鳴った。
◇
一花は問題集を開く。
だが。
ペンを持ったまま、なかなか問題を解こうとしない。
「……」
「一花」
悠飛が声をかける。
「何?」
「問題解かないのか?」
「うん」
「うん?」
「悠飛くんが見てるから、ちょっと緊張してる」
「なんで?」
「だって」
一花は頬杖をつく。
「私、悠飛くんに頭悪いって思われたくないから」
「そんなこと思わない」
「本当に?」
「ああ」
「……」
一花は少し驚いた。
「即答なんだ」
「友達だからな」
「……友達」
その言葉が。
なぜか嬉しかった。
「じゃあ、頑張ろうかな」
「そうしてくれ」
一花は問題を解き始める。
「……」
「ここ」
「ん?」
「この文章」
悠飛が指差す。
「主語を見つけてみよう」
「主語?」
「そう」
一花は問題文を読む。
「これ?」
「正解」
「じゃあ、次は?」
「動詞」
「これ?」
「そう」
「……分かった」
一花は少しずつ問題を解いていく。
「できた」
「正解」
「やった」
一花は笑った。
「なんだか、悠飛くんに褒められると嬉しいね」
「普通に褒めただけだぞ」
「でも嬉しいものは嬉しい」
「そうか」
「うん」
一花は悠飛を見つめる。
――変な人。
そう思った。
普通なら。
自分のような女の子が少し甘えた態度を取れば、男の子は意識する。
少なくとも。
これまで出会ってきた男子はそうだった。
でも。
悠飛は違う。
こちらが少し距離を縮めても。
優しく笑うだけ。
特別扱いもしない。
かといって冷たくもない。
誰に対しても平等。
「……」
それが。
一花には妙に気になった。
◇
「一花?」
「……」
「一花」
「え?」
気づけば、悠飛が目の前にいた。
「どうした?」
「……何でもない」
「問題分からない?」
「違うよ」
一花は笑った。
「ちょっと悠飛くんのこと見てただけ」
「俺?」
「うん」
「何か変なところある?」
「ないよ」
「ならいいけど」
「……」
一花は心の中で呟いた。
――そういうところ。
自分が見つめていることを指摘されても。
まったく動じない。
「ねえ、悠飛くん」
「ん?」
「好きな人とかいる?」
突然の質問。
教室の空気が止まった。
四葉が顔を上げる。
二乃も。
三玖も。
五月も。
六華も。
風太郎までも。
「……」
悠飛は少し考える。
「今はいない」
「……今は?」
一花が反応する。
「昔はいたの?」
「分からない」
「分からない?」
「ああ」
悠飛は困ったように笑った。
「子供の頃の記憶が曖昧なんだ」
「……」
一花の胸が少しだけ痛む。
「そうなんだ」
「うん」
「じゃあ、今後できるかもしれないね」
「そうだな」
「どんな女の子がタイプ?」
「うーん……」
悠飛は考える。
「一緒にいて楽しい人」
「ふうん」
「あと、自分の夢を持ってる人」
「へえ」
「それから……」
「それから?」
「笑顔が素敵な人」
「……」
一花の顔が少し熱くなる。
「それって」
「ん?」
「私でも可能性ある?」
「もちろん」
悠飛は自然に答えた。
「一花は笑顔が素敵だと思う」
「……!」
一花の心臓が跳ねた。
「そ、そう?」
「ああ」
「……ありがとう」
一花は顔を伏せた。
頬が熱い。
――何これ。
たった一言。
ただの褒め言葉。
それなのに。
どうしてこんなに嬉しいんだろう。
◇
「一花」
四葉が近づいてくる。
「何?」
「顔赤いですよ?」
「そう?」
「はい!」
「暑いだけ」
「教室、そんなに暑くないですよ?」
「……」
一花は四葉を見る。
「四葉」
「はい?」
「余計なこと言わない」
「ええ!?」
四葉が慌てる。
「だって本当のことです!」
「はいはい」
一花は笑う。
しかし。
その笑顔には。
いつもとは少し違うものが混じっていた。
◇
帰宅後。
中野家。
五つ子と六華はリビングに集まっていた。
「ねえ」
一花がソファーに寝転がる。
「何?」
二乃がスマートフォンを見る。
「悠飛くんって、どんな女の子が好きなんだろう?」
「……」
二乃の手が止まる。
「急に何?」
「ちょっと気になって」
「本人に聞けば?」
「今日聞いたよ」
「……」
二乃が一花を見る。
「聞いたの?」
「うん」
「何て?」
「一緒にいて楽しい人。夢を持ってる人。笑顔が素敵な人」
「……」
二乃は少し考える。
「普通じゃない?」
「そうだね」
一花が笑う。
「でも、なんとなく気になった」
三玖が口を開く。
「一花」
「ん?」
「悠飛のこと、好き?」
「……」
一花は一瞬黙った。
「まだ分からない」
「まだ?」
「うん」
一花は天井を見る。
「でも」
「……」
「気になる男の子ではあるかな」
その言葉に。
四葉が目を丸くした。
五月も。
六華も。
「……」
六華は胸の奥がざわつく。
一花は五つ子の中で一番恋愛に積極的だ。
もし。
一花が悠飛を好きになったら――。
「……」
六華は何も言わなかった。
◇
翌日。
学校。
「おはよう」
「おはよう、悠飛くん」
一花が声をかける。
「おはよう」
「今日も勉強会ある?」
「ある」
「じゃあ、楽しみ」
「昨日の英語の続きやるか?」
「うん」
一花は笑う。
その笑顔を見て。
悠飛も自然に笑った。
「……」
少し離れた場所。
六華が二人を見ていた。
「……」
四葉も見ている。
「……」
二人の視線が重なる。
「六華ちゃん?」
「四葉」
「どうしたんですか?」
「……何でもない」
六華は笑う。
「今日も頑張ろう」
「はい!」
◇
放課後。
勉強会。
一花は英語の問題を解いていた。
「できた」
「見せて」
悠飛が答案を見る。
「正解」
「やった」
「昨日より速くなったな」
「悠飛くんが教えてくれたから」
「一花自身の努力だ」
「でも」
一花は悠飛を見る。
「悠飛くんがいなかったら、こんなに勉強してなかったと思う」
「そうか?」
「うん」
一花は微笑む。
「だから、ありがとう」
「どういたしまして」
「……」
まただ。
一花は思う。
――この人の隣は、居心地がいい。
大女優を目指している自分。
いつか人前に立つ仕事をする自分。
周囲から期待され。
自分を演じることも増えていく。
だけど。
悠飛の前では。
無理をしなくていい気がする。
「悠飛くん」
「ん?」
「私ね」
「うん」
「将来、女優になりたい」
「知ってる」
「本当に?」
「ああ」
「応援してくれる?」
「もちろん」
「……」
一花の胸が温かくなる。
「じゃあ、約束ね」
「約束」
二人は小指を絡める。
「……」
一花は固まった。
悠飛は何も気にしていない。
ただ。
約束しただけ。
でも。
一花にとっては。
それだけではなかった。
「……ふふ」
小さく笑う。
「どうした?」
「何でもない」
一花は指を離した。
「ただ、嬉しいなって」
◇
その夜。
一花は自室のベッドに横になっていた。
「……悠飛くん」
名前を口にする。
「変なの」
自分でも分かっている。
まだ出会って間もない。
幼馴染だったらしいが、その記憶も曖昧。
それなのに。
どうしてこんなに気になるのだろう。
スマートフォンを見る。
今日撮ったノートの写真。
そこに。
悠飛の字がある。
「……」
一花は微笑む。
「もっと知りたい」
彼が何を考えているのか。
何が好きなのか。
どんな未来を望んでいるのか。
そして。
自分のことをどう思っているのか。
「……」
胸に手を当てる。
鼓動が少し速い。
「これって……」
一花は小さく呟いた。
「恋なのかな?」
まだ答えは出ない。
けれど。
少なくとも。
如月悠飛という少年は。
一花にとって。
「気になる男の子」になっていた。
◇
翌朝。
教室。
悠飛が席につく。
「おはよう」
「おはよう、悠飛くん」
一花が笑う。
いつもの笑顔。
けれど。
昨日までとは少し違う。
悠飛は気づかない。
「今日も頑張ろう」
「うん」
一花は頷いた。
その横顔は。
少しだけ恋する少女のものになっていた。
そして。
それを見つめる少女が二人。
四葉と六華。
三人の間に。
まだ名前のついていない感情が。
静かに芽生え始めていた。
――春。
新しい学校。
新しい友達。
そして。
新しい恋。
一花の「気になる男の子」は。
やがて。
彼女の人生そのものを変える存在へと成長していくことになる。