殉教者共へ鎮魂歌を 作:与ル太族
アイラが情報屋と連絡を取り始めた頃、レンズもまた行動を始めるべく自室で準備を始めていた。
ミコトの抹消という厄介極まりないミッションの代わりに得た、オークション前日の雑務から解放され自由に時間を使えるというアドバンテージ。レンズはこのアドバンテージを使って何をするか、その最適解を自分の中で定めていた。
「……昨日一昨日までに話した他の組の連中の話を総合すると、ノストラード
レンズの導き出した最適解──それは自分が所属している組のボス、ゼンジが目の敵にしているノストラード
必ず当たる占いとは、言い換えれば即ち未来予知を意味する。マフィアの重鎮達が大金を払ってまで欲しがる未来の情報、それはつまり「こうすれば成功する」という情報だけでなく、或いは「こうしなければ危機が降り掛かる」というような警告の予言も含まれるはずだ。
ミコトの目的がレンズの想像通り「マフィアに対して強い攻撃意識を持っており、復讐のような行為を働こうとしている」というものであり、念能力による攻撃をこのヨークシンシティで行うつもりがあるなら、ノストラード
更に先程アイラから聞いた「幻影旅団が
だが、昨日までの雑務の中でノストラード
(……俺自身を占ってもらう必要は無い、寧ろ一番欲しいのは十老頭のような、マフィアのトップに君臨するような重鎮達の占いの結果! 勿論俺のことを占ってもらえたならそれもベターではあるが、なるべく多くの占いの結果が欲しい)
自分自身の占いの結果は確かに「自分自身に降り掛かる危機」を教えてくれる為、重要であることは間違いないのだが、レンズはこの占いに対して自分自身の目的である「姉を探し出すこと」に繋がる情報も求めている。勿論、占いの結果に自分の姉に繋がるようなものが現れる可能性が高いとは思っていないが、それでもまだ姉についての情報を掴めていないレンズの占い結果よりも、他の組のボスのような人物の占い結果の方が姉に繋がる情報が隠れている可能性は高い。それに、マフィアの重鎮に近付くということは、それだけコミュニティの内情に踏み込むということでもある。アイラという協力者がいる間に、少しでも多くの情報が欲しいレンズにとっては今このタイミングが、最善にして唯一無二の瞬間なのだ。
レンズは携帯のメモアプリに保存しておいた、ノストラード
「……まずやるべきは、カフェに行ってパソコンで残ったノストラード
一旦の目標が定まったレンズは自室を出て、ホテルの入口へ向かう。一応レスターに外出する旨を伝えた方がいいかと考えたが、ある程度信用されていればあとは自身の動きまで逐一共有する必要は無いと判断し、まっすぐホテルを出ることにした。
フロントを通過し、入口のドアを開ける──そしてホテルの外に出た瞬間、レンズはドアに対する違和感を覚えた。それは彼の「
「……これは、アイラの能力か……?」
彼が感じた違和感、それはアイラが隠を使用してドアに付けた「
(昨日警察官を外へ逃がし、もう一度ホテルに戻る時にこのマーキングは無かった! レスターさんや他の組員に見つからないように最大の警戒を払っていたから、いくら隠を使って隠されていたとしても、昨日の夜このマーキングに俺が気付かないことは有り得ない! つまりこのマーキングは今日、先程アイラが出て行った時に付けられたものだと判断して間違いない!)
何故アイラがこの場所にマーキングを付けているのか。勿論、彼女は表向きは「ゼンジのボディーガード」という役職である為、外に出つつも表向きの仕事を全うする為、ゼンジに何か起きた場合瞬間移動でいつでも戻ってこれるように……という保険で付けている可能性も考えられる。だが、レンズは彼女がそこまでして表向きの仕事を真っ当にこなすとは思っていなかった。
となると、考えられる可能性として浮上するのが、「念能力者──或いはミコトの攻撃の気配を察知したから」というものになる。わざわざマーキングを隠を使ってまで隠しているなら、念能力者の気配を察知した可能性は非常に高い。昨日、操作されていた警察官がこのホテルを襲撃した際、その警察官を尾行していたか、或いは操作対象の居場所等が遠隔でも認識できるような能力であった場合、このホテルにマフィアが滞在していることはミコトにも知られている情報となる。今日、新たな刺客がこのホテルに放たれていた可能性は決して低くない。
(仮に昨日、警察官のことを尾行していた念能力者がいたとしたらまあまあ最悪だな……俺の能力はほぼ間違いなく見られている。尾行に気付けていないという事実も含めて、俺は戦闘慣れしていない念能力者であることがバレバレだ)
だが、仮に昨日から尾行されており、今日改めて刺客が放たれていたとするなら──アイラが先にホテルを出て、このマーキングを付けているという事実は不幸中の幸いと言っていいだろう。アイラがわざわざ隠を使ってマーキングをしているということは、少なくとも「念能力者の監視、或いは攻撃の気配」を察知しているということであり、そして彼女は間違いなく警戒しながらもその刺客が何処にいるのかを炙り出そうとするはず。敵の刺客目線でも、「少なくともこのホテルには念能力者が複数いて、そのうち一人は戦闘慣れした能力者である」という情報を与えていることになる。
レンズは念の為アイラに無事かどうか確認するメールを送ろうとしたが、現時点で何もこちらに連絡が来ていないことを鑑みて、彼女を信じて何も連絡を送らない選択肢を取ることに決めた。仮に現在戦闘中、或いは敵を炙り出す為に神経を使っているとするなら、携帯のコール音はその静寂を破る悪手になりかねない。少なくともドアに付いているマーキングが残っているということは、間違いなく生きていると判断していいだろう。
「……ただ、俺も今以上に警戒レベルを引き上げて動かないとダメだな。クソッ、舐めてたつもりは無いが……念能力者同士の戦いっていうのはここまで神経使うものかよ」
神経を研ぎ澄ませ、周りの気配を探ってみるが、少なくともレンズの最大級の警戒範囲には今危険と思われる気配は存在しない。改めて今の自分が置かれている状況、そしてヨークシンシティに渦巻き始めた念能力者達の戦いの気配に大きく息を吐きながら、レンズは歩き始めた。
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世間一般で想像される「指名手配犯」というものは、警察や司法組織から放たれる追手に見つからないよう、或いは狩人から逃げるように、人目から離れ、闇に紛れて忍ぶように生きているものだろう。或いはその思考を常に危険なものに支配され、舌なめずりしながらバレるかどうかの綱渡りをして人を殺め、モノを奪い、そして人の皮を被ることも出来なくなって壊れていく。
──だが、それはあくまでも一般的な指名手配犯のパブリックイメージでしかない。
警察に追われる身だとは微塵も思っていない、狩人に狩られる獲物だとも思っていない。或いは自らが寄ってきた狩人を喰らい尽くす捕食者であることを理解し、だからこそ人目を忍ばず、人の集まる巨大都市ヨークシンシティ内でも自然体で街中を闊歩できる──構成メンバー全員がA級首である幻影旅団にとって、街中を隠れて歩くことなど不必要なものでしかなかった。
「ハンターサイトを見ても地下競売の行われる場所が解らないとは思わなかったな。マフィアンコミュニティーとやらもそれくらい警戒してるってことか?」
「いや、俺たちがオークションを狙ってることなんて向こうは知らないからね。大方、ハンター協会にマフィアンコミュニティーなんてアウトローの動向を逐一チェックしている物好きが少ないってことじゃないかな」
インターネットを使用できるカフェから出てきた二人の男──フィンクスとシャルナークは、シャルナークの持つハンター証を使ってハンター専用サイトにまで足を運んだというのに、目当ての情報が無かったことに少しだけ驚いていた。
スモークの情報通り──或いはヒソカの提供した情報通り、幻影旅団は地下競売を襲うべく、その構成員は全員ヨークシンシティへ集まっていた。そして来る明日──9月1日に行われる地下競売。それを襲撃する為の情報収集を二人一組となって街へ繰り出しているのである。
幻影旅団の中でも指折りの武闘派であるフィンクスと、唯一のハンター
「でも、有用な情報もゲットできたよ。ほら、今日までにヨークシンシティ行きの交通機関を使用したマフィアのリスト。これを使ってマフィアの足跡を辿れば、あとはどこで競売が行われるか聞き出せばいい」
「その情報も買うのにそこそこの額が必要だったがな。インターネット越しの情報は盗むってわけにもいかねえ」
「お金は幾らでも盗めばいいさ」
「まあな。それにマフィア共を見つけ出してぶっ飛ばし、情報を吐かせる方が俺も楽でいい」
まるで今日の天気について話すような、世間話をしているかの調子で会話が続く。ヨークシンシティを歩く人々は一々通り過ぎていく会話を聞くような物好きもいないからこそ成り立っているとも言えるが、それでも陽の当たる人通りの多い街中で、それがさも当然かのように会話を続ける二人は異常と言っていいだろう。
「んじゃ、とりあえず適当なマフィア見つけてぶっ飛ばすか──さっきの店に多分いた使い手っぽい奴からいくか?」
フィンクスはそう呟きながら、先程まで入っていたネットカフェを振り返る。
「いや、さっきの店にいた奴がマフィアとは限らない。間違いなく念能力者ではあったと思うけど」
シャルナークは振り返らずにそう答えた。フィンクスはシャルナークの方に向き直り、歩を進めながら疑問を口にする。
「なんだ、今のヨークシンシティで武闘派や念能力者がいるとするなら、それはアウトローに関わりのある奴等なんじゃないのか?」
「その可能性もないとは言い切れないけど、今回はサザンピースオークションの方にハンター専用のゲームも売りに出されるらしい。そっちを目当てにして集まっているハンターも一定数いると思うよ」
「ハンター専用のゲーム? なんだそりゃ」
「俺も詳しくは知らないけど、念能力者じゃないと起動すら出来ないゲームらしい。クリアデータに莫大な懸賞金がかけられているらしいよ」
「へぇ……面白そうじゃないか」
「俺も少し興味はあるけどね。……話は逸れたけど、さっき俺たちがネットカフェで調べものをしていた時、確かに強い視線を感じた。だけどそいつは多分俺たちのオーラを感じ取ったのか、すぐさま視線を送ったことを後悔し、一瞬で絶まで使って気配を消した。間違いなく念能力者の挙動だし、俺たちより弱いのも間違いないが自身の能力を過信していない動きだ。こういう手合いは下手な武闘派よりよっぽど厄介だし、カフェの中はかなり人がいたから、絶まで使って隠れた相手を探すのは困難だ。仮に見つけたとしてもマフィアと関わりのないハンターだった場合、骨折り損だよ」
「……なるほどな。よくよく考えりゃ一人をぶっ飛ばしたところで確実な情報を得られる訳でも無いか」
「そういうこと。拷問から得た情報は相手が複数いないと確証が持てないからね。勿論、さっき店にいたであろう使い手が俺たちを追ってきたなら話は変わってくるけど──」
「──今のところ追ってきているような気配も無い、か」
シャルナークの説明に納得したフィンクスは首を鳴らしながら意識を前に向け、ポケットに手を突っ込みながら歩を進める。シャルナークもフィンクスの様子を見て納得して貰えたと判断したのか、印刷しておいたマフィアのデータを眺め始めた。
「他のメンバーも情報収集に歩いてるんだ、すぐ見つかると思うよ」
「だろうな」
あくまでも自然体は崩さない。この場に於いて、それが最も強く、そして何者も自分達を妨げることは出来ないと信じているから。
──彼等こそが幻影旅団。ヨークシンシティという巨大な舞台に現れた、ト書きが通用しない狂気の役者達である。
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──生きた心地がしなかった。
震える手を必死に取り繕いながら、レンズはネットカフェの一つの座席に座っていた。
ノストラード
明らかな違和感、或いは日常に溶け込み切った死の気配。それは並のハンターでも嗅ぎ分けることが出来ないかもしれないが、レンズの能力と性格が生み出した、彼自身に備わった「危険察知能力」と言ってもいい特殊な第六感がそれを感じ取ったのかもしれない。ブースの奥にいた二人組の男が念能力者──それも飛び抜けた使い手であることを感じ取ったのだ。彼はクセで反射的に凝を使ってその映像を記憶したが、その瞬間にオーラの気配があの二人に勘付かれる可能性に行き着き、即座にオーラを消した。レンズの判断は正しく、仮にそのまま凝で二人を見ていたなら、その場で敵と認定され殺されていただろう。
レンズは絶を発動してから、極めて平静を装いながら、二人組から最も距離の離れたブースに座り、震える指でパソコンを起動する。そして自身が何を目的にここへやってきたのかも一瞬忘れ、どうやってこの場から逃げ出すかを考えてしまっていた。
(……なんだあの二人は!? あの一瞬の凝でこちらに気付くかのような雰囲気、そして圧倒的な死の気配! 念能力者であることは間違いない、それも凄まじい使い手! あいつらもミコトの手の者か……? もしそうだとするなら、俺はおろかアイラでもミコトを倒すのは間違いなく不可能!)
相手は一体何者なのか。レンズの第六感がプロハンターではないと告げていた。あまりにも漂う死の気配が、表舞台に立てるようなオーラではないことを強く語りかけている。そうなると考えられる可能性は三つ。ミコトの仲間か、或いは十老頭直属の実行部隊とされる陰獣と呼ばれる者達、そしてもう一つの可能性は──
(──アイラの言っていたことが本当だとすると、あいつらはまさか幻影旅団……!? あれだけの死の気配を纏っておきながら、この普通の昼間のネットカフェに馴染んでしまっているのも、あいつらが
陰獣の可能性は捨てた。マフィア最強の実行部隊がここまで昼間の表社会に馴染むような行動を取るとは思えなかったのだ。そしてミコトの実行部隊である可能性も捨て切れなかったが、少なくともあの気配は先日レンズがミコトを見た時に感じた雰囲気よりも遥かに悍ましい。彼女がいくら操作系の能力を有していたとしても、彼等を御しきれるとは思えなかった。そうなると残った可能性は一つ──幻影旅団。
(あの二人が本当に幻影旅団だとするなら……非常にマズい! あんなオーラを纏った奴ら、アイラでも勝てる訳が無い! そしてアイラの言う通り、本当に地下競売を狙っているとすると……明日の夜、地下競売の会場はとんでもない騒ぎになるのは間違いない! 最悪の場合、出席したマフィアは皆殺し、いやそれ以上も有り得る……?)
既にパソコンの電源はオンになり、検索が出来る状態になっているのに、レンズの指は震えてマウスを碌にクリックすることすら出来ない。とにかく少しでも息を潜め、困惑しながら無意味に回転し続ける頭を必死に抑えつけ、平静を装うことしか出来なかった。
(そもそも何を調べている? 本当に地下競売に出品されるお宝を狙っていると仮定するなら、それに繋がる情報……そうか、地下競売の行われる会場はマフィアンコミュニティーにしか発表されない! 地下競売の噂こそ広まれど、仮に情報サイトに会場の場所をリークするような奴がいたとしたら、コミュニティ総出で発信源を特定し、粛清されるのは確実! いくら幻影旅団だとしても、地下競売の会場までは特定出来ていないから、今この場で会場に繋がる情報を検索している……と考えるのが自然!)
だとしたら、自分がマフィアの関係者であることは絶対にバレてはいけない。レンズはそう確信した。仮に自分がマフィアの関係者であることが判明し、そして先程の凝が自分であることもバレてこの場で詰められたなら、その時点で情報源として拘束、或いは最悪最後には殺されることは想像に難くない。早鐘のように鳴り続ける心臓、渇き始める喉。今すぐ堅を使って少しでも身を固めたいが、そんなことをしたら念能力者はここにいると言っているようなものだ。
──突如、二人組がブースから立ち上がり、少しずつこちら側へ歩いてくる。まさか気付かれたのかと思わず振り返りそうになる身体を理性で堪え、意味もなく検索画面に適当な文字を打ち込み始めた。震えは止まらず、ミスタイプをしてはそれを消しての繰り返しになる。
やがて二人組の気配は少しずつ近付き──そして遠ざかっていく。階段を降り、恐らくはネットカフェを出て行ったのだろう。それでも尚指先の震えは止まらず、レンズはしばらくその場から動けずにいた。