伝説の剣豪、宮本武蔵は自著にこう記した。
「千日の稽古をもって鍛となし、万日の稽古をもって錬となす」
「基礎の定着には約3年。一つの完成に至るには30年の時間を要する。まあ要は、継続は力なりってことだ」
「しかし、ウマ娘の現役は3年。努力が必ず報われる保証などどこにもない。そんな綺麗事を宣うのはいつだって勝利を手に掴んだものだけだ」
「ま、そんな法則に当てはまらないのが俺という天才によって鍛えられたお前なんだけどな」
綺麗事を宣うのは当然だろう。客観なんて所詮は主観の集合体だ。勝者だけの客観と敗者だけの客観、どちらも偏った結果にしかならない。観測する位置によって観測結果が変わるのは当然。客観的に生きるなんて不可能だ。
「勝ったものの権利。勝者だけの義務。これから挑戦する奴に希望を与えなくてどうする?既に敗退したやつらに配慮する必要なんてない」
「突然わけのわからねぇことを言い出すな
「治すなんてとんでもない。それが勝者の責任だシリウス。無敵である必要はないが、最強であれ。星はいつか必ず燃え尽きる。燃え尽きるその瞬間まで輝き続けろ」
「お前に言われなくたってわかってる」
「それでこそだ。お前を相棒に選んで正解だったぜ」
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グッモーニン!
現役時代のシリウスとの夢を見たぜ。あいつもなかなか逞しくなったもんだ。
「そろそろアプローチの仕方を変えてみるかね」
いつまでも手をこまねいている俺ではない。
停滞したその瞬間に人は終わる。
残酷な現実を見るくらいなら偽りであっても夢を見せてやったほうがきっと皆救われる。
「さあ、仕事の時間だ」
そうはいっても具体案がすぐさま思いつくわけではない。というかそんなすぐに思いついた案に信頼性はないはず。だから思いつかないのは俺が天才ではない証明にはならないのだよ。
(運命の出会いは一生のうちに一度とは限らない。さて、俺には4度あったわけだが、5度目はあるかね)
そんなことを考えながら朝食を食べる。朝は食べないというかギリギリまで寝てたいから昔は食べてなかったが、シリウスに言われたので仕方なく続けている。
まあこういう時は過去の経験から振り返ってみれば案外いい案が思いつくかもしれない。時間はあるし。
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自分で言うのもなんだが昔の俺は今よりずっとピュアだったと思う。その在り方は周りから見れば中々面倒だったかもしれない。正義感に満ちあふれた少年だった。いや、それは今もか。
真実を重要視するあまり随分損をした。
10歳くらいだったか?あれは実に運命的な出会いだった。
スーツを着た礼儀正しく品行方正といった印象の男は、一人の女性から財布をスッた。
接触した際に女性はハンカチを落とし、それを拾うと見せかけ財布を取る。ハンカチを渡された女性は笑顔で去っていった。
その後、男は当然のようにバレない程度に財布から金を抜いて、財布を警察へ届けた。
一部始終を見ていた俺は男に聞いた。
「あなたはあの女の人から大切なものを盗ったのに、どうしてあの人はあんなに笑顔だったの?」
男は少し驚いた様子だったが、笑顔で俺にこう答えた。
「時に真実より美しいものがこの世界にはあるんだよ。彼女が認識したのは失ったものじゃなく手に入れたものだけなんだ」
そう言って男は俺の手を優しく掴んだ。
普段であれば振りほどいていたのだろうが、なぜかその時はそういう気分にはならなかった。
男は俺を公園へ連れて行った。普通の公園と比べ活気があり、人々は現れた男にこう言った。
「今日も面白いものを見せてくれるんだろう?」
男は答えた。
「もちろんです」
男はマジシャンだった。鮮やかなマジックは人々の心を惹きつけた。
男は俺に自らを魔法使いと称した。いくら小さい頃の俺でも流石にそれくらいはわかるというのに。変なところで嘘が下手な男だった。
裏ではあんなことをしている男がなぜこんなにも笑顔で迎えられているのか不思議だったが、マジックを見て納得した。
マジックを終え人々が去った後男は俺にこう言った。
「見えないからこそ美しいものもあるんだ。その美しさが例え偽りだったとしても、偽物が本物に劣るとは限らない」
今まで抱えてきた疑問が、この男の言葉を聞いてようやく腑に落ちた。
それからというもの俺は毎日のように男に付いて回った。
男は見学料と称して俺に100円を要求した。
まだ幼い俺には中々痛い出費だったが必要経費だと割り切った。
それから3年ほどして、いつもの公園で待っていたが男は来なかった。
来なくなってから3日目、遂にやってきた男は俺にこう言った。
「偽るなら、決してバレてはいけないよ。隠し続けるんだ。それが魔法使いの責任ってやつさ。これは君への餞別だ」
そう言って男は俺に花束を渡して去っていった。
3年間 、毎日100円を渡し続けたんだからどう考えてももっといいものを渡せたはずだったが、それは多分、時間がなかったんだろう。どれだけ綺麗に見せようと結局は犯罪者だ。多分、バレたんだろう。悪は罰せられて当然だ。
それでも、最後まで鮮やかだった。
このことを誰かに話したことはない。
なんでって?そりゃあ…
犯罪者に物の道理を教わったなんて、恥ずかしいだろ。
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ま、結局シリウスに俺の嘘の大半はバレてるわけだが。
「半人前の詐欺師から習った俺は四分の一人前らしい」
思わず自嘲する。
「真っ当なトレーナーとは言えないだろうな。なんせ、嘘で塗り固められてるんだから」
俺もあの男と同じで、本性を隠して生きている。
(だが、それを他の誰かに悟られる気はない。それが世界一のウマ娘、シリウスシンボリのトレーナーとしての責任だ)
そんなことを考えていればいつの間にか朝食を食べ終えていた。
「さて、そろそろ出るか」
「案外打算的な行動より流れに身を任せたほうが上手くいくってもんだよな」
三女神様お願いお願いお願いお願い!なんとかしろやぁ!
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と゛お゛し゛て゛た゛よ゛お゛お゛お゛!
「落ちつけ…心を平静にして考えるんだ…」
「こういう時どうする?」
「落ちつくんだ…素数を数えて落ちつくんだ…」
57…57は素数じゃない!?あのグロタンディーク先生が素数だとおっしゃったのだから素数だろうが!
神は死んだ。
進化した科学の前では神など不要。願いを叶えてくれない神とか意味ねーじゃん!
そろそろ担当契約をしないと死ぬぜ!
なぜ俺には担当契約ができないのか。シリウスが手を回してることが大きいだろうが、明らかにそれ以外にも原因があるはずだ。じゃなきゃおかしい。
「だって、俺は世界一のトレーナーだぞ?」
え?担当ウマ娘が世界一だからといって自らを世界一と称するのは正しくない?
「黙れ!シリウスは俺が育てました!」
おっと、つい発作が。トレーナー室でなければ通報されるところだった。
(う〜ん…担当がつかなきゃトレーナーなんてなーんにもできないしなぁ。いっそのことシリウスに飼われる?)
(でも主従関係ってイチャイチャじゃなくてヨシヨシじゃん?犬扱いは人としての尊厳的にきつくね?流石にまだそこまで堕ちてないぞ)
ていうか俺に主導権がないのがヤダ。
しかし打開策がないのだ。俺はもう駄目かもしれない…
そう思っていると突然俺の中のプロテニスプレイヤーが囁…いや、叫んでるなこれ
がんばれがんばれできるできる絶対できるがんばれもっとやれるって!!
やれる気持ちの問題だがんばれがんばれそこだそこだ諦めんな絶対にがんばれ積極的にポジティブにがんばれがんばれ!!
北京だって頑張ってるんだから!
「いやでももうダメだよパトラッシュ…」
大丈夫、どうにかなるって。
Don't worry!
Be happy!
…そうだよな!諦めちゃだめだよな!
だからこそ、もっと!熱くなれよおおおおおおおおおおお!!!
「冗談じゃなくダメージはこれで限界。これ以上一発熱くなったらヤバイって、体全体が悲鳴を上げているのが分かるぜ…。」
やめて!炎の妖精の特殊能力で、これ以上周りの温度を上げられたら、トレーナーの精神まで燃え尽きちゃう
お願い、死なないでトレーナー!
あんたが今ここで倒れたら、シリウスさんや犯罪者との約束はどうなっちゃうの?
ライフはまだ残ってる。ここを耐えれば、ウマ娘と契約できるんだから!
次回
「トレーナー 死す」
デュエルスタンバイ!
(ん?扉のところに誰かいるな…)
よく見てみれば、シリウスが気の毒なものを見る目でこちらを見ていた。
「何やってんだ仔犬?」
「お、落ち着け。今の一部始終だけを見られて話されては困る。もっと多角的な視点で話してもらわないと…」
「お前の奇行なんて今更だろうが。どれだけ振り回されて来たと思ってる?」
(ふむ。俺が元気よく走り回る犬で、さも自分はその飼い主だとでも言うような口振りだな。訂正しなければ)
「引き攣った顔で言われても困る。話せばわかる」
「分かり切ったことを話す必要はねぇ」
(ううむ、こいつには何を言っても無駄らしい)
「まあそれはいいとして、何の用?わざわざトレセン学園内まで来ちゃってさ」
「別に。指導の依頼が入ったからついでに会いに来ただけだ」
「はあ?なんで俺じゃなくてシリウスの方にはいるんだよ」
「そりゃお前が目立たない置物トレーナーって認識だからだろ」
「くぁwせdrftgyふじこlp」
「俺に担当がいないのはお前が手を回してるからだろ!」
「本当にそうか?お前みたいな珍獣、私以外に誰が制御できる?」
「実際がどうであれ俺は完璧なトレーナーを演じられる。お前が他のウマ娘に対して脅しなんてしなけりゃ担当契約なんて余裕だ」
(俺は知ってるんだ。シリウスが他のウマ娘に対して脅しをかけて担当契約しないようにしてることを)
「…担当契約まではいけてもその後は?変に夢を見せられてガッカリさせられるより最初から契約しないほうがいいだろ?」
「結局は俺のことが大好きで独占したいんだろ?」
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今こいつはなんて言った?
私がこいつのことが大好きで、独占したいって?
わかってんじゃねぇか。わかってんのに、なんでこいつは私に応えねぇ?
(違う。こいつはバカなんだ。直接言ってやらないとわからないくらいの)
(ご主人様が仔犬に対してそこまでやってやるなんてそんなの…)
(気に食わねぇ。気に食わねぇが、どうやら私とアンタは対等だったらしい。だったら、言ってやる)
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(なんだ?シリウスの様子がおかしい。そんなにショックだったのか?ちょっと凹むぜ)
無言でシリウスが近づいてくる。
(やべぇ。また怒らせちまったか?逃げるしか…)
「逃さねぇぞ?」
(はやっ!?)
「なあ仔犬。お前は直接言ってやらねぇと分からないみたいだから言ってやるよ。お前の言う通り、私はお前が好きだ。認めてやる。アンタと私は対等だ」
(…は?今こいつなんて言った?)
「ここまで言わせたんだ。わかってるよな?」
俺は、何も言えなかった。
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まだわからねぇらしい。本当に困った仔犬だ。
私はトレーナーの顎に手を添え、そしてトレーナーと唇を重ねた。
困惑した様子のトレーナーに声をかける。
「私から離れるな」
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初めてのキスの味はレモンだとか、いちごだとか言うが、そんなのわからなかった。
あぁクソ。結局俺は狼になんてなれなかったな。
ま、四分の一人前がよく頑張った方か。
「あぁ。離れる気なんてない」
ここまで読んでくださった方、ありがとうございました。
シリウスとの話はひとまずここで完結です。
後日談や番外編については、気が向いたら書くかもしれません。
次回からは、他のウマ娘を担当するIF世界線の話を書いていこうと思います。
主人公は概ね同じですが、シリウス編とは別の世界のお話です。
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ありがとうございました。