はずだった。
だけど子犬は間違って余計なものまで入れちゃった!
それは…
” SiriusSymboli ”
『さあ、第四コーナーを抜けフォルスストレートに入りました!先頭はダンシングブレーヴ!』
『残り400m!依然先頭はダンシングブレーヴ!』
『内からベーリング!先頭はベーリングか!ダンシングブレーヴか!』
『――そしてなんと外から鹿毛のウマ娘!日本の夢を一身に背負ってシリウスシンボリだ!残り300m 先頭はシリウスシンボリだ!』
スタンドが轟音で揺れる。歓声か、もしくは悲鳴か。それほどまでに異例な事態。
『栄光まで残り200m 先頭はシリウスシンボリ!しかし外からもう1人!ダンシングブレーヴが迫ってきている!』
『シリウスシンボリ!ダンシングブレーヴ!どっちだ!』
誰もが呼吸を忘れてしまいそうになる。
『やったぞシリウスシンボリ!ついに悲願達成!パリの空に天狼星が輝いた!』
『幾度となく挑戦し敗れてきた。しかし!日本のウマ娘、シリウスシンボリ一着!門を潜って凱旋だ!』
シリウス、お前が
「あーあ、なーんもやる気起きねぇ」
あれから時は経って今、俺はトレーナー室の椅子にもたれかかっていた。
『さっきからメールを閉じたり開いたり、仕事してるフリしてるだけなんだからそりゃ暇に決まってんだろ。てか、昼間っから酒飲んで大丈夫なのかよ?仕事中だろ』
同僚から近況報告という旨で電話がかかってきたが、特に聞く気もなかったので流していると、あまりにも長かったので俺は酒を飲みながら談笑していた。
なんだか最初は声が震えてた気がするが気のせいだろう。
「昼間っから酒を飲んだくれたって許される。なんてったって俺は――」
『日本史上初の凱旋門賞制覇を成し遂げたあの!シリウスシンボリのトレーナーだからな!とかいうんだろ?』
「一番大事なとこお前がとってどうすんだよ!」
『うわ、マジで言うつもりだったのかよ引くわ』
「このクソガキ…」
『お前俺より3歳年下だろうが』
「そこで年齢を持ち出してきちゃうのが幼稚、稚拙、最低!この世の全てのデバフを手に入れた男!って感じだよな」
『ぶっ殺すぞてめぇ!!置物トレーナーのくせによ!』
「あーはいはい、どうせ世間からの俺の評価なんてシリウスの安いおまけですよーだ…」
『おいおい、冗談だっつーの。まあそう卑屈になんなよ。お前の身近な連中はちゃんとわかってくれてるんだろ?』
(まあ俺は冗談じゃねぇけどな)
「身内からは理解されてるとかなんの慰めにもならねぇだろ。井のなかの蛙でしかねぇじゃねぇか。凱旋門賞だけじゃねぇ。秋天だって連覇したんだぞ?いくらなんでもおかしいだろうがよ!世界一だぞ世界一!」
「そりゃあいつの実力のおかげなのは理解してるけどよ、俺が何もしてねぇってのはちげぇだろ。あいつら頭おかしいんじゃねぇのか?」
『まあお前メディア露出しねぇし、仕方ねぇんじゃねぇの?』
「どうせしたところであることないこと書かれるだけだろ。してない今でこれだぜ?嫌になるぜまったく。トレーナーとして泊がつくどころかその逆だ」
『凱旋門賞ウマ娘のトレーナーとは思えねえくらいにはお前スカウト成功してねぇもんな』
「あいつら皆言う事おんなじなんだよ。存在感薄いし他のウマ娘のトレーニングの指導してるのはシリウスだから〜ってよ。そのトレーニングメニューを考えてるのは誰だって話よ!」
『あ〜はいはい…』
「めんどくさがってんじゃねぇ!」
『メンヘラかよめんどくせぇな!こっちはお前と違ってウマ娘のことで忙しいんだよ』
「てめぇから掛けてきたんだろうが。けっ、どうせ俺なんか誰もスカウトできねぇ一発屋トレーナーだ。そんなやつと関わってる暇はエリートトレーナーサマにはねぇだろうな。くたばりやがれ」
『醜い嫉妬だな…そういうところが出ちまってるんじゃねぇの?』
「うるせぇ!」
ガッシャーンという音が電話から聞こえてきた。
『は!?嘘だろうそだろ、ここまで追いかけてきやがんのかよ!?』
気分がナーバスでろくにこいつの話を聞いてなかったことと酒のせいで近況報告に聞こえたが、もしかしたら緊急報告だったかもしれねぇ。
『待ってくださいよトレーナーさん!!』
「あっスーッ…俺しーらね」
巻き込まれたくない俺は電話を切った。
あいつが退社するまで秒読みだな。これだから複数のウマ娘を担当してる奴はダメなんだ。俺みてぇに一途でなきゃあぁやってうまぴょいされるんだ…
いやよかったぜ担当が1人しかいなくて泣
そんなわけねぇじゃん!
「俺だって色んなウマ娘と青春したい!取り戻したい!お願い3女神様!なんとかしろやぁ!!」
姿勢を正して両手を組み三女神に祈った。
そんなことをしてるとヴー…ヴー…と電話が鳴った。
「あぁ?誰だよ電話なんか掛けてきやがって。こっちは虫の居所が悪いってのによ…って、シリウスだと?」
「忙しいんじゃなかったのかよ。あーあー…よし、こんなもんかな」
声の調子を整え電話に出る。
「もしもし。シリウス?」
『いるんならとっとと電話に出ろ』
「ごめんごめん。ちょっと仕事があって。急にどうしたの?」
(相変わらず気色悪い話し方だなこれ…トレーナーが俗な喋り方するわけにもいかねぇから取り繕ってるが、なんとかならないのかね)
『別に大した話でもねぇが、近々そっちに帰るって話だ』
「……それは大した話じゃない?なにせ君は凱旋門賞ウマ娘なんだし。そんな君が帰国するなんて大ニュースになると思うけどね」
シリウスは海外に遠征に行っていたため、帰国するのは約半年ぶりくらいである。
『その凱旋門賞ウマ娘の担当トレーナーが日本に残ったままなんだ。愛バの私が帰ったところでおかしな話でもねぇだろ』
「前々から思っていたけど、君は自分の持つ影響力を本当に理解しているのか心配になるよ」
『そのウマ娘の担当トレーナーが今更何言ってやがる?さぞ忙しいだろうな』
「……まぁ、毎日大変だよ。色んなウマ娘に囲まれて仕事をしなきゃならないわけだし」
(言えねー…本当はやることもなくただ適当にページを開いたり閉じたりしてるだけの社内ニートとか言えるわけねぇだろ…担当がシリウスじゃなかったら多分一発でクビ切られてるぞ…)
『…あんたが誰のトレーナーなのか、忘れたわけじゃねぇよな?もし忘れてるんなら、『躾』をしてやらねぇと…』
「もちろん、君のことを忘れたことはないよ。俺の担当ウマ娘は世界でたった1人、君だけだ」
(まあこれは事実だわ。にしても悲しいぜ…なんで凱旋門賞ウマ娘の担当トレーナーがウマ娘のスカウトすらろくにできねぇんだ…)
『その気色悪い話し方、どうにかならねぇのか?』
「どうしたんだい突然。いつも通りじゃないか」
『あー、それ一旦なしなし』
ウマ娘っていつもそうですね。担当トレーナーのことなんだと思ってるんですか!?
クソ、大人を舐めやがって…
いや、面がいいしなんでもいいか。この世の99%の物事は顔で解決される。
「バカ、今トレセン学園内にいるんだからどうにもできねぇよ。偽ってトレーナー試験をパスしたなんてバレたら俺の今後が危うい」
聞き耳を立ててる奴なんざいねぇだろうが、念のため小声で話す。
『取り繕ったところで
「シリウス、お前はやっぱりわかってねぇ。シリウスシンボリというブランドはもはや界隈全体に関わる。そのトレーナーに問題なんて見つかりゃどうなることか…」
『やっぱり、そっちの取り繕ってないあんたのほうが、私は好きだぜ?』
(やっぱわかってねぇなだめだこりゃ。)
「……とにかく、帰国の準備とか諸々はこっちでどうにかしとくから、くれぐれも君は気をつけてね」
『相変わらず心配性だなあんたは。そんじゃあ話は終わりだ。じゃあな』
「はぁ…面接は嘘つきが勝つってのは先生が教えてくれたが、その後どうなるかまでは教えてくれなかったわ。必修科目にして欲しいくらいなんだが。俺みてぇな奴を増やす前に片っ端から嘘つきは滅殺して救ってやらねぇと…死は救済。がはは」
(がははじゃねぇよ。何をやってんだ俺は…俺が目指したトレーナーってのはこんなのじゃなかったんだが)
「賞金で毎日優雅に過ごしてタワマン生活、愚民どもを見下す算段だったんだが…むしろ見下されてやがる。一般平民どもより凱旋門賞ウマ娘のトレーナーのがぜってぇに上なはずなのに、評論家気取りのカスどもはなんで見下せるのやら…いや、こんなものに縛られてる時点で俺は下なのか…?」
まあいくら露出してないと言えど全く情報が露呈しないのは無理がある。わざわざプライベートまで追ってきて俺のことを記事にしようとした奴がいたが、そいつは闇に葬り去られた。きっと今頃は刺身のうえにたんぽぽを乗せる仕事をしてるはずだ
「現実逃避はやめて準備しねぇと…一挙手一投足が世間を騒がすってマジでなんなんだよ。俺からしたら地雷原が歩いてくるのと一緒だぞ。
全てがあいつ主軸とか首輪付きの飼い犬じゃねぇか。
イラつくぜ…
野良犬に…憧れたんだ…
「待てよ、そもそも俺は犬でも仔犬でもねぇ!!」
(はっ!?ニュータイプの俺だからわかるが、今なにかが来る気配がしたぞ)
「とっととずらかるか…」
パリーン!という爽快感のある音ともに窓ガラスを割って俺は部屋から出た。
待てよ、パリーンという音で割れるガラスは瓶くらいなのでは…?
この世界の真理に触れそうになったがこれ以上面倒事を増やすわけにはいかないので考えるのをやめた。
「はぁ…はぁ…おい、匿ってくれ!!って、あいつどこ行っ
た?」
(ふむ、あの間抜け面がどうなるのかを見守るのも一興だろう。)
(しかし、巻き込み事故で死にたくはないので逃走するか)
「この窓ガラス…あいつ、逃げやがったな!?薄情者がぁぁ!!」
「トレーナーさん!おとなしく捕まってください!」
「クソッ、もう来やがったのか!俺のトレーナー人生まだ終わる訳にゃいかんのよぉ!」
(…あいつも大変だな。今度焼き肉でも奢ってやろう。いや、ご祝儀を渡すことになるかもしれねぇな)
「…やっぱり逃げ出して正解だったぜ。巻き込まれれば屍になっていたことだろう」
「あ?てか窓ガラス割れてんじゃねぇか。あとであいつに請求しとこ」
犯人は現場に戻るというが、あいつが戻ってくることはきっとないな…
まあそんなことは些細なこと。すぐにシリウスの迎えの準備をしなければ。
「ククク…見とけよシリウス…俺が愛くるしい表情で出迎えてくれるとお前は思っているんだろうが、そうはいかねぇからな」
愛くるしい表情で飼い主を出迎えるのは犬だけだ。俺は犬じゃねぇ。誇り高き狼だ!その寝首、すぐにかいてくれよう。
「海外遠征お疲れ様、シリウス。人払いは済ませてあるし、関係者しかここには立ち入れないから安心して移動できるはずだよ」
「あぁ。相変わらず手際がいいな」
ふむ、仕方ない。寝首をかくのはもう少し先にしておこう。
帰国後、シリウスは1人トレーナー室でゆったりとしていた。
「相変わらず仔犬は勘が鈍い。凱旋門賞ウマ娘の担当トレーナーが誰とも契約できないなんて…そんなこと、あるわけねぇのにな」
深紅の瞳が優しく、しかし情熱的な熱を帯びた目で凱旋門賞制覇時のツーショット写真を見つめていた。
「リードはきちんと、引いておかねぇとな」