異世界転生で女神様から魔法チートを貰えるって聞いたのにッ!! 作:鶏心太郎
結論から言えば、想像していたほど大きくはならなかった。
祭りの翌日から、暇を見つけては試し始めた。
小さなものは自分の部屋で、水や石を使うものは、客の来なくなった地下室で。
まず分かったのは、一度に扱える規模には上限があるらしい、ということだった。
◇◇◇
地下室は寒かった。石の見本と工具を置く部屋で、窓は一つもない。
壁も床も石なので、吐いた息は白いまま、なかなか消えなかった。
魔法を試すには、都合のいい場所だ。
まずは光の魔法から始めた。
天井の下、俺の背丈より高い位置に、頭ほどの光。
明るさは日暮れ前の窓くらい。百を数えるあいだ、消えない。
場所も明るさも、持続時間も大きさも決めた。
前の晩に、それだけ細かく指定すれば出せるはずだと考えたのだ。
光は出た。
ただ、豆粒ほどしかなかった。
位置は思った通り。明るさも、おおよそ合っている。違うのは、大きさだけ。
明るさを二倍にすれば、少し明るい豆粒が出た。
大きさだけは、二倍にしても三倍にしても変わらなかった。
消えるまでの時間だけは、どう決めても同じだった。
百と決めても、五十と決めても、豆粒はそこに浮かんだままだった。
消せば消える。消すまでは、消えない。
俺は頭をひねり、別の魔法も試してみることにした。
次は水の魔法だ。
光では、力が足りないのか、やり方が悪いのか分かりにくい。今度は量を目で確かめられる。
厨房から空の桶を借りて床へ置き、なみなみと水が満ちるところを思い描く。
桶の底が、うっすら濡れた。
そのまま念じ続けると、少しずつ水面が広がっていく。だが、
さらに押し通そうとすると、頭の後ろが重くなった。
なんだ、この効率の悪い水差しは。
首の付け根を揉みながら、その場へ座り込む。
しばらく休んでから、桶の底をまじまじと観察した。
水は澄んでいて、ただ底に溜まっていた。
気を取り直して、石の魔法を試した。
棚には白や灰色、緑がかった石が並んでいる。玄関広間の床に敷かれていたものと、同じ種類だ。
抱えるほどの
びくともしなかった。
さらに軽いものを探し、石畳の隙間へ落ちていた欠片に狙いを変える。
欠片は、指一本ぶんだけ浮いた。それより上へは行かなかった。
念じるのをやめると、乾いた音を立てて床へ落ちる。
拾って
最後に、壁を直してみることにした。地下室の壁には、腰の高さを横切るヒビが一本ある。
祖父の代に建て増した継ぎ目で、そこだけ石の目が合っていないのだと、リーゼから聞いていた。
何も起きない。
少し考え、やり方を変えてみた。
まず、ヒビの中の
棚の下には、補修用らしい
できたものをヒビの奥へ押し込み、表面を壁と同じ高さへ
爪の先ほどの範囲だけが、濡れた灰色に埋まった。
そこから先へ広げようとしても、何も動かなかった。
ヒビは、塞がったうちに入らなかった。
できたのは、
気づけば、地下室はひどい有様になっていた。石の欠片が作業板の上へ並び、壁際には、寄せたり戻したりした石灰と砂が小さな山になっている。
立ち上がろうとした拍子に、
残っていた水が床へこぼれ、石の継ぎ目を伝って薄く広がっていく。
さらにひどくなった。
もう一度魔法を使う気にはなれず、手で桶のほうへ寄せようとしたが、水は広がるばかりだった。
拭くものを探して立ち上がったところで、階段の上に灯りが見えた。
「坊ちゃま」
リーゼだ。
指先に光をともしたまま三段目で止まり、床を見て。桶を見て。最後に俺を見た。
「……何をなさっているんですか、こんなところで」
「実験だ」
「何の実験です」
「いろいろ」
リーゼは答えを待たなかった。残りの段を下りると、棚の下から布の切れ端を取り出し、桶の
彼女は
俺が手で寄せたときには広がるばかりだった水が、二度ほど布を動かしただけで消えた。
「このような石の上へ水を置いたままになさると、輪が残ります」
「輪?」
「白いものが浮くんです。あれはなかなか落ちませんよ。ここに置いてあるのは見本ですからね。お客様にお見せするものです」
知らなかった。
「それに、先にマーゴが見つけたら、叱られるのはわたくしです」
「……なんでだ」
「坊ちゃまが叱られるとお思いでしたか」
一度だけこちらを見て、すぐ手元へ視線を戻す。
「ずいぶん幸せなお育ちですわね」
返す言葉がなかったので、俺は壁際の粉を集めた。片づけというより、証拠隠しだった。
「なあ」
「はい」
「光は、大きくならないのか」
「なりませんよ」
手は止まらなかった。
「わたくしのものは、儀のときからこれです。三年経っても、増えも減りもしません」
「型を教われば、大きくなるのか」
「なりません。型は、出し方を揃えるためのものです」
リーゼは布を絞り、桶の
俺は教わっていない。それでも思った通りに出せる。
ただし、教わった人間と同じ程度の大きさでしか出ない。
どちらが妙なのか、そのときの俺には判断がつかなかった。
「魔法のことが書いてある本は、どこにあるんだ」
「本ですか」
リーゼは、今度こそ手を止めた。
「神殿にはあるでしょうね。あとは、
「うちには」
「ありませんよ。
もっともだった。
「
リーゼは桶を抱え、
「見たことがあるのか」
「掃除で入ります。
「入れるのか」
「入れていただくんです。勝手に入ることは、
「鍵はハインさんがお持ちですよ」
そう言い残し、彼女は部屋を後にする。
俺が次に何を考えるか分かったうえで、あえて触れないようにしている気がした。
◇◇◇
その晩、
桶いっぱいの水は出ない。
小さな欠片なら、指一本ぶん浮く。ヒビは塞げないが、中の
できないことが多い。
そう思いかけて、別の見方が浮かんだ。
一度に扱える規模が決まっていて、その範囲で何を、どう動かすかだけが、こちらへ任されているのではないだろうか。
前世では、人の要望を寸法へ直す仕事をしていた。
「明るい部屋がいい」を、窓の高さと数へ変える。「広く見せたい」を、天井の高さや
要望を口にする側は、寸法で考えていない。
だからこちらが
壁を直せ、では動かない。
ヒビの
石灰と砂を寄せろ。
水を混ぜろ。
奥へ押し込み、表面を均せ。
規模は小さくとも、驚くほど正確に動く。そんな類の力なのではないだろうか。
白い部屋で女神と話したときは、無限の力を持つ万能の
実際には、有限の力を持つ精密な工具を渡されたらしい。
女神は嘘をついていない。
想像した通りに実現する力だと言っていた。
実際、許された範囲では、光も水も石も、こちらが指定した通りに動いた。
想像した規模で実現するとは、一言も言われていない。
勝手に条件を足したのは、俺のほうだった。
◇◇◇
数日後、壁の補修跡を指で押してみると、爪の先ほどの部分だけは固まっていた。
工程は間違っていない。足りないのは、一度に扱える量だった。
それからも十数日、同じ条件で試し直した。
光の大きさも、水の量も、石の高さも変わらない。だが、小さな範囲なら、何度やっても指定した通りに動いた。
それでも、もう一つ気になることがあった。
自分の力が、何なのか分からない。
リーゼは自分を
だが、俺は水も出せる。石も動かせる。
三つ使えるなら、三つの力を持っているということかもしれない。
そうなら、悪い話ではない。
どれも冗談のように小規模ではあるが。
水を出せるのは何力か。石を動かせるのは何力か。そう
問い詰められると面倒だ。もしかしたら、儀を終えていないのに魔法が使えると知られれば、
なら、自分で調べるしかない。
石を運び、
つまり、あれを読むしかない。
ファンタジー世界のお約束。
◇◇◇
ハインの手習いは、冬のあいだも続いた。朝の一刻、
「
ハインは毎回そう言った。だが、それほど不思議そうな顔はしなかった。
病のあとで頭がはっきりした。そういうことになっている。
便利な説明で、俺もそろそろ寄りかかり始めていた。
冬の半ばには、
納品の控え。荷の受取。職人への支払い。
文字そのものは難しくない。難しいのは中身で、こちらは字が読めても分からないことが多かった。
ある日、ハインが古い紙を一枚見せてきた。線が繋がっていて、どこで一字が終わるのか分からない。
同じ言葉で書かれているはずなのに、絵にしか見えなかった。
「これは古い書き方です」
ハインは笑い、その紙を元の棚に戻した。
こっちは数週間前まで文字すら読めない子供だぞ。なめないでほしいものだ。
「大
覚える必要のないものが、この家には山ほどあるらしい。
そして、そのほとんどは例の地下室の奥。資料室に保管されているとのことだった。
◇◇◇
三日間、屋敷の動きを観察した。
四日目、父が
リーゼは
これ以上ない頃合いだった。
昼食後、地下室へ下りた。
鉄の扉は、近くで見ると思っていたより大きい。黒く光る
鍵はハインが持っていて、もちろん俺は持っていない。だが、試してみたい方法があった。
中がどうなっているかは知らない。それでも鍵を差して回すなら、回されて動くものが中にあるはずだ。
麦粒ほどの光を出し、鍵穴へ入れる。
薄い板が四枚、縦に並んでいる。
下から支えられ、鍵の歯が当たるところに段が切ってあるようだ。奥には、横向きの太い
まず、掛け金へ横に動けと念じてみる。
びくともしない。
一枚目の板を持ち上げる。
動いた。
石の欠片より、ずっと軽い。
同じ要領で二枚目も上げる。三枚目へ取りかかったところで、一枚目が落ちた。
何度かやっても、同じところで落ちてしまう。
床の砂粒を一つ浮かせ、鍵穴へ入れた。
一枚目をさっきと同じ高さまで上げ、板と枠の隙間へ砂粒を押し込む。力を抜いても、今度は落ちなかった。
二枚目、三枚目も、同じように固定する。
四枚目を持ち上げると、板に刻まれた切り込みが一列に揃った。
掛け金へ、もう一度だけ念じる。
今度は横へ滑り、かちり、と音がした。
板を支えていた砂粒を一つずつ抜く。板は元の位置へ落ちたが、掛け金は戻らなかった。
立ち上がろうとして、足が
扉を肩で押し、身体半分ぶんだけ開ける。
十歳の身体を隙間へ滑り込ませ、中へ入った。
中は真っ暗だった。
紙と革と、
豆粒の光を一つ出す。
天井まで続き、紙の束が奥行きいっぱいに詰まっている。
ここがこの家で、最も多くの情報が集まっている場所だと思うと、胸が高鳴った。
何が書いてあるのか。ここで何を知れるのか。
そればかり考えていた。
だから、背後の扉がわずかに開いたことに気づかなかった。
「悪い子ですね、坊ちゃま」