異世界転生で女神様から魔法チートを貰えるって聞いたのにッ!!   作:鶏心太郎

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第九話「王命」

 手習(てなら)いは、三日前から休みになっていた。

 四日目の朝、そろそろ再開するかと思って帳場(ちょうば)へ行くと、なにやら中があわただしかった。

 

 人が多いだけなら祭りの前にもあったが、今朝は様子が違う。誰もが書類や器具を抱えて動き回り、喧嘩(けんか)じみた声で指示や報告を飛ばしている。

 入り口で呆然(ぼうぜん)と立ち尽くしていると、背後からハインに声をかけられた。

 

若旦那(わかだんな)様。石材置場までご一緒願います」

「何かあったのですか」

王命(おうめい)です」

 

 王命、と言われても、こちらには何も浮かばないのだが。

 自慢じゃないが、俺はまだ、この国の王様の名前すら知らない。そんな相手から命令が出たと聞かされても、『王様が命令を出したんだな』くらいの感想しか出てこない。

 お家芸の『やまびこ返事』で、危うく「王命」と繰り返しかけたが、なんだか墓穴(ぼけつ)を掘りそうな気がして飲み込んだ。

 ひとまず驚いたふりをして、ハインのあとについていくことにした。そのときのハインは少しあきれた顔をしていた気もするが、きっと被害妄想だろう。

 

 そうであってほしい。

 

 ◇◇◇

 

 王の使いがラウテルへ来たのは、三日前の朝だった。

 ラウテルの石座(いしざ)を預かる者たちを集め、王印(おういん)のある書付(かきつけ)を読み上げると、その日のうちに帰っていった。同じ日、ほかの街にも同じ文面が届けられたそうだ。

 

 町外れの小川に、定められた幅で、定められた重さの荷を積んだ荷車を通せる石橋を架けよ。工事を始める日と終える日は、後日、神殿が示す。工法は、それぞれの街の石座(いしざ)に任せる。

 

「どのくらいの川ですか」

(ひらた)は通りません。夏なら、歩いて越えられます」

 

 そんなのでいいのか。

 王命と聞いて、俺はてっきり大河にでも橋を架けるのだと思っていた。

 

「そんな川に、王様がわざわざ命令するのですか」

「小さいからこそいいのです。定められた幅と重さの荷車を通せる橋を、それぞれの街の石座(いしざ)に架けさせます。速さと、(つい)えと、出来を比べるのです」

「比べて、どうするのです」

「勝った街が、本番(・・)を任されます」

 

 公共工事の入札を、実物の橋でやっているようなものだ。同じ要求を与え、速さと、(つい)えと、出来を比べる。

 ずいぶん豪快な選び方だ。なるほど、と思った。思ってから、少しぞっとした。

 

 前世で何度も見た、公共工事を落札した日の事務所が脳裏に(よみがえ)る。

 予定価格をにらみながら、馬鹿みたいな安値を出した営業は、決まって晴れやかな顔をしていた。

 

「落札しました!」

 

 その一言で、事務所は地獄の戦場と化すのだ。

 積算(せきさん)担当は、自分が組んだ額から何割も削られた落札通知を、目を白黒させながら呆然と眺めている。

 工事部は空いている職人と重機を死に物狂いで探し、見つけた端から値引き交渉を始め、職人に「ナメてんじゃねぇぞ」とドスの利いた声で電話を切られ半泣きになる。

 

 俺の机には、『予算は増やすな、工期は延ばすな、提案書の約束は全部守れ』という三点セットと、赤字だらけの図面が次々に積まれていく。

 

 現場を任せるはずだった入社三年目の若手は、退職代行を使って「探さないでください」とだけ残し、忽然(こつぜん)と姿を消す。

 人が足りなくなった結果、名目上の責任者だけをどうにか据え、その下へ、まだアルバイト同然の仕事しか任されていなかった新入社員までが、現場監督として放り込まれる。

 

 いざ工事が始まれば、図面にない配管が地面から顔を出す。

 しまいには、数万年前の遺跡だの、戦国時代の石垣だのまで掘り当てる。

 

 工期と予算について営業へ相談すれば、最後にお決まりの一言が飛んでくる。

 

「そのあたりは、現場でうまく調整してください」

 

 思い出しただけで、胃のあたりが重くなった。

 

「ヴァルデン家だけ、この工事から降りることはできないのですか」

 

 俺が()くと、ハインは歩調を緩めずに答えた。

 

「できないわけではありません。資材を(おろ)すだけに回ることもできます」

「それをすれば」

「次の王命で、ヴァルデン家が石座(いしざ)の顔役として声をかけられることはないでしょうな」

 

 得をするために出ているのではない。抜けたときに失うもののほうが大きいから参加している。

 前の世界にも、そういう仕事が山ほどあった。

 

 転生したなら、せめて公共工事からは逃げ切りたかったのだが。

 

 ◇◇◇

 

 石材置場は、城壁を出て坂を下った先にあった。秋に一度、リーゼと街を歩いたときにも来ている。

 あのときは、石が積んであるだけの場所に見えたが、今日は石より人のほうが多いように見えた。

 

 置場は坂に沿って段々に切られ、上の段には膝丈(ひざたけ)ほどの石材が並んでいる。下へ行くほど石材は大きくなり、いちばん下の列には、ハインの背丈を越すものまであった。

 あれを一つ動かすのに、何人と何頭が要るのだろう。

 

 紐を張って地面を測っている者。

 石の面に指を当て、爪で叩いている者。

 板に何かを書きつけている者。

 荷車の(わき)で数を数えている者。

 何もせずに、それを見ている者。

 

 いちばん下の列では、荷役(にやく)の男たちが石に縄を回していた。

 少し離れた日陰に、外套(がいとう)姿の男が一人立っている。石にも縄にも触れず、ただそちらを見ていた。

 

「サング・バァラァ」

 

 石が、指の幅ほど地面から離れた。男たちが一斉に縄を送る。

 男は最後まで、その場から一歩も動かなかった。

 

 ここにいるのは、みな石座(いしざ)に連なる者たちだ。その商いの側の顔役を務めているのが父で、職人の側をまとめているのが棟梁(とうりょう)のヨナスだった。

 

 ハインは俺の歩調に合わせて置場の中を歩き、あいさつ回りのついでに、集団ごとの役目を簡単に説明してくれた。

 

「あちらが積算(せきさん)です。石の数、人の数、日数を出す者たちです。わたしの仕事の半分は、あの者たちと喧嘩(けんか)することです」

「半分」

「残りの半分は、荷役(にやく)の者たちと喧嘩(けんか)することです」

 

 この番頭(ばんとう)は、たまにこういうことを言う。

 冗談なのかどうか、いまだに判断がつかない。

 

 ◇◇◇

 

 昼を過ぎて、置場の隅に台が出された。板を四枚並べただけの、間に合わせの台だ。その上に、大きな紙が広げられた。

 

 人が寄っていく。俺も近づいたが、今の背丈では人垣に埋もれるだけだった。ハインに手を借りて近くの巨石(きょせき)へよじ登り、そこからようやく図面をのぞき込んだ。

 線と寸法が、まるで魔法陣のように精緻(せいち)に書き込まれている。さまざまな符号(ふごう)が、楽譜の音符のように整然と並んでいた。

 

 橋だ。

 橋脚(きょうきゃく)が二基。両岸と橋脚(きょうきゃく)のあいだに、()が三つ。その上を、まっすぐな線が一本走っている。

 

 ()の頂点には、小さな三角の印があった。同じ印が、橋脚(きょうきゃく)の中心線にもある。高さを取る基点(きてん)だ。そこから寸法を示す線が枝分かれし、その間に石の輪郭(りんかく)が一つずつ描き込まれていた。

 

 見ほれるほど美しい図面だった。

 

 眺めているうちに、前世で何度も見た写真が浮かんだ。

 プラハのカレル橋。十四世紀に建てられ、六百年以上の時を経て、俺が死んだ時代でも現役だった。

 ゴシック建築のなかでも、俺はあの橋がとりわけ好きだった。

 一度でいいから、この目で見てみたい。写真を眺めるたびに、そう思っていた。

 

「橋の上を平らにするのは、ヨナスがここ数年、温め続けた案なのです」

 

 隣でハインが言った。

 

「今までの橋は、上が丸いでしょう」

「丸いと、どうなるのですか」

「荷を引いたドナーでは登れません」

 

 中庭の馬を思い出した。体重は一トン近い。石を積んだソリを、坂の上まで引き上げるためのばん馬だ。

 

「登れないのですか? ドナーが?」

「馬だけなら登れます。ですが、荷を引いたままでは勾配(こうばい)がきつすぎます」

 

 ハインは指で()を描いた。

 

「橋の手前で降ろして、担いで、向こうでまた積むのです」

 

 平らなら、積んだまま渡れる。

 それだけのことでも、石を運ぶ街にとっては大きな変化だ。

 

()を三つにすると、一つあたりの径間(けいかん)が広くなります」

「広いと、何が要るのです」

「ヨナスの案では、()を組む迫石(せりいし)を、これまでより大きく、精密に切ります。大きな石を、この数だけ(そろ)えられる家でなければ試せません。だから旦那(だんな)様が、石を出すのです」

「川の中に石を積むのですよね。水はどうするのです」

「囲いを立てて、内の水を()き出します。乾かしてから底を掘るのです」

「脚が二本なら、囲いも二か所」

左様(さよう)で。()を五つにすれば、四か所になります」

 

 ハインはそこで一度、川のほうへ目をやった。

 

「今年は、雪解けの出が少のうございました」

「それが、何か」

「囲いが低くて足ります。水を()き出す人手も、ほとんど要りますまい。例年(れいねん)の水なら、こうはまいりません」

 

 今年の川が引いていることまで勘定に入れて、この橋は決まっている。

 悪い話ではない。条件のいいときに、いい仕事をする。前世でも同じだった。

 

 俺はそう思って、図面へ目を戻した。

 

 小さな()をいくつも並べるより、川の中に立つ橋脚(きょうきゃく)は少なくて済む。流木も、春の氷も、詰まりにくくなる。

 その代わり、一つの径間(けいかん)は広くなり、橋脚(きょうきゃく)一基が受ける重さも増える。一基が傾けば、その左右の()がまとめて影響を受ける。

 

 父と棟梁(とうりょう)が三つの()にこだわる理由は、そこにあるのだろう。

 俺はもう一度、紙を見た。()のあたりは、線と数字で真っ黒だった。

 

 迫石(せりいし)の形。

 支保工(しほこう)の組み方。

 石の目の向き。

 橋脚(きょうきゃく)の上のほうまで、びっしり書いてある。

 

 しかし、その下の図面は、どうも白く見えた。

 この距離では数字は読めない。線が引いてあるかどうかしか分からない。分かるのは、そこだけ文字や線が少ないということだ。

 橋脚(きょうきゃく)の下端は、川床(かわどこ)を示す一本の線で途切れていた。その先には、寸法も石の輪郭(りんかく)もない。

 

 囲みが少し崩れたとき、俺は巨石(きょせき)から下り、小さな体を生かしてするりと抜け、図面の目の前まで出た。

 大柄な男が、紙の端を押さえていた。

 

棟梁(とうりょう)

 

 俺が思わず声を出すと、ヨナスが顔を上げた。

 

「お久しぶりでございます、若旦那(わかだんな)

「あの、下のほうですが」

「下ですか?」

「川の底です。橋脚(きょうきゃく)の下に、何も書いていないように見えます」

 

 ヨナスは紙を見た。見て、それから俺を見た。

 馬鹿にした顔ではなかった。

 

川床(かわどこ)の測り書きは、別に作ります」

「まだ測っていないのですか」

「雪解けの水が引いてから、手前どもで測ります」

「この紙には載せないのですか」

「これは、上の石の数と大きさを出すための紙です。石を切る者へ回すのは、川床(かわどこ)を測ってからになります」

 

 それも道理だった。道理だったので、俺は引き下がった。

 引き下がったが、紙の白いところだけは目に残った。

 

 ヨナスは図面を巻き始め、ついでのように言った。

 

若旦那(わかだんな)。娘は、元気にしておりますか」

「……はい」

「仕事は、上手くやれておりますか」

 

 よくしてくれている。

 

 冬のあいだ、あの娘は俺のために灯りを持った。

 俺には読めない古い字を読んだ。

 鍵のかかった部屋の中で、俺と一緒に(ほこり)をかぶっていた。

 全部、内緒のことなので答えに困ったが、目をそらしながら返事をした。

 

「……よくしてくれています」

 

 ヨナスはぱっと顔を明るくし、大きく(うなず)いた。

 

「そうですか! それは何よりです!」

 

 娘には直接()けないらしい。

 石座(いしざ)棟梁(とうりょう)にも、苦手な仕事はあるようだった。

 

 ◇◇◇

 

 帰りは、置場の裏手を通った。

 塀の外に、荷車が一台停まっていた。積まれているのは石ではなく、布をかけた木箱だった。

 

 箱の(わき)には、外套をまとった男が三人立っている。

 旅装(りょそう)だ。靴も外套も泥で汚れ、置場の職人たちとは明らかに様子が違う。

 

 木箱の一つは、蓋が開いていた。その中で、何かが光った。

 親指ほどの大きさの石くれだ。黒い金属のようなものに、半透明の結晶が食い込んでいる。

 

 俺の視線に気づいたのか、ハインがすぐに説明してくれた。

 

「あれは魔石(ませき)です。城壁の外へ討伐(とうばつ)に出た者たちが、こうして売りに来るのです。石座(いしざ)で預かり、エルフの商人へ取り次ぎます」

 

 さすが、できる番頭である。

 

 男の一人が、置場の番をしていた者へ紙を渡すと、番の男はそれを台に広げ、木箱から魔石(ませき)を取り出しては、一つずつ数え始める。

 

 俺はハインに頼んで番の者の許しをもらい、(わき)から紙をのぞき込んだ。

 今の背丈で見えたのは、上の数行だけだ。

 数と、地名と、それから短い言葉が並んでいる。

 

 集落。幼体(ようたい)

 

 去年の冬までなら、この紙を見ても線の集まりにしか見えなかっただろう。

 今は読める。しかし、なぜその二つが討伐の記録に並んでいるのかは分からなかった。

 

若旦那(わかだんな)様。そろそろ屋敷へ戻りませんと」

 

 ハインに促され、俺は紙から目を離した。

 帰り道、鼻の奥に残った鉄臭さが、なかなか消えなかった。

 

 ◇◇◇

 

 屋敷へ戻ると、帳場(ちょうば)に神殿の者が来ていた。白と灰の装束(しょうぞく)を着た男が二人。一人が帳場(ちょうば)の者へ日取りを告げ、もう一人が、その内容を紙へ書きつけている。

 

 示される日付は二つ。起工(きこう)の日と、竣工(しゅんこう)の日だ。その間が、そのまま工期(こうき)になる。二つ目の日に間に合わなければ、次の吉日(きちじつ)まで竣工とは認められず、速さの評価も大きく下がるという。

 

 どの街も、同じ日に礎石(そせき)()え、同じ日までに橋を仕上げる。比べるためなら、これでいい。

 いいのだが、日取りを動かせないということでもある。

 日数を足せないなら、遅れた現場で最後に足されるのは、一日の中の働く時間だ。

 

 置場でハインが言ったことを思い出した。

 例年の水なら、こうはまいりません。

 

 ◇◇◇

 

 その晩、リーゼが都合をつけた時間に、地下室へ下りた。資料室の(じょう)は、百も数えないうちに開いた。

 

「今日は何をお探しですか」

「橋だ」

「橋を作る魔法は、ないと思いますけれど」

「魔法じゃない、壊れた話を探す」

「……縁起(えんぎ)でもありませんわね」

 

 この家がこと細かな記録を残すのは、たいてい支払いで()めたときだ。

 払え、いや払わない。直せ、いやこちらの落ち度ではない。

 

 そういうものばかりが、この部屋には残っている。冬のあいだに、それだけは分かった。

 証文(しょうもん)の棚には近づかず、向かい側へ回った。そこに並ぶ修繕(しゅうぜん)記録の束を、端から一つずつ(ほど)いていく。

 

 束を(くく)るものは、年代によって違った。新しいものは麻紐(あさひも)で、古いものは革の細帯だ。どちらも(ほこり)をかぶっていて、解くたびに指が黒くなった。

 文字の線がつながった古い書き方は、いまだに一字も読めない。リーゼがそちらを引き受け、俺は新しいほうを見た。

 

 三つ目の束を解いたところで、リーゼの手が止まった。

 

「坊ちゃま」

「なんだ」

「これ、橋です」

 

 束は薄かった。中身は二枚だけだ。

 リーゼが読み上げるのを聞きながら、一枚目を見た。請求書だった。修繕にかかった(つい)えが並んでいる。

 石の数。人の数。日数。

 

 二枚目は、その請求への返事だった。『払わない』と書いてある。『こちらの落ち度ではない』とも。

 どちらの紙にも、なぜ壊れたのかは書かれていない。

 

「どこの街だ」

「読めますか」

「読めない」

「もう少し、お勉強されたほうがよろしいようで」

「……うるさい」

 

 リーゼは紙の上の地名を読み上げる。

 聞き慣れない名で、一度では覚えられなかった。

 

「ラウテルではないのか」

「ええ。わたくしも、聞いたことがありません」

「どこが壊れた」

「五年で橋の脚が、傾いたそうです」

「五年で?」

「はい」

 

 五年。

 カレル橋は、修繕を重ねながら六百年以上も使われ続けていた。石橋は、きちんと造り、手を入れ続ければ、何世代にもわたって使える。

 それが、わずか五年で橋脚(きょうきゃく)が傾いたとなれば――

 

「架けた年も書いてありますわ」

「年?」

「請求するときは、いつの仕事か書かなければ通りませんから」

 

 リーゼは光を紙の端へ寄せ、数字を読み上げた。

 統合歴(とうごうれき)一四四二年。俺が生まれるより、ずっと前だ。

 

 いつ架けて、何年で傾いたか。

 その二つだけが、はっきり残っている。

 払う払わないで揉めたおかげだった。

 

 一件では、まだ何も分からない。この橋は、たまたま傾いただけかもしれない。

 どこかの街の、どこかの職人が、下手だっただけかもしれない。だとしたら、それきりだ。

 

「もう一件、同じのが出てくると思うか」

「さあ。ですが、出てきたら面白いですわね」

 

 俺は面白いとは思えなかった。紙の白いところが、まだ(まぶた)の裏に残っていた。

 

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