異世界転生で女神様から魔法チートを貰えるって聞いたのにッ!! 作:鶏心太郎
四日目の朝、そろそろ再開するかと思って
人が多いだけなら祭りの前にもあったが、今朝は様子が違う。誰もが書類や器具を抱えて動き回り、
入り口で
「
「何かあったのですか」
「
王命、と言われても、こちらには何も浮かばないのだが。
自慢じゃないが、俺はまだ、この国の王様の名前すら知らない。そんな相手から命令が出たと聞かされても、『王様が命令を出したんだな』くらいの感想しか出てこない。
お家芸の『やまびこ返事』で、危うく「王命」と繰り返しかけたが、なんだか
ひとまず驚いたふりをして、ハインのあとについていくことにした。そのときのハインは少しあきれた顔をしていた気もするが、きっと被害妄想だろう。
そうであってほしい。
◇◇◇
王の使いがラウテルへ来たのは、三日前の朝だった。
ラウテルの
町外れの小川に、定められた幅で、定められた重さの荷を積んだ荷車を通せる石橋を架けよ。工事を始める日と終える日は、後日、神殿が示す。工法は、それぞれの街の
「どのくらいの川ですか」
「
そんなのでいいのか。
王命と聞いて、俺はてっきり大河にでも橋を架けるのだと思っていた。
「そんな川に、王様がわざわざ命令するのですか」
「小さいからこそいいのです。定められた幅と重さの荷車を通せる橋を、それぞれの街の
「比べて、どうするのです」
「勝った街が、
公共工事の入札を、実物の橋でやっているようなものだ。同じ要求を与え、速さと、
ずいぶん豪快な選び方だ。なるほど、と思った。思ってから、少しぞっとした。
前世で何度も見た、公共工事を落札した日の事務所が脳裏に
予定価格をにらみながら、馬鹿みたいな安値を出した営業は、決まって晴れやかな顔をしていた。
「落札しました!」
その一言で、事務所は地獄の戦場と化すのだ。
工事部は空いている職人と重機を死に物狂いで探し、見つけた端から値引き交渉を始め、職人に「ナメてんじゃねぇぞ」とドスの利いた声で電話を切られ半泣きになる。
俺の机には、『予算は増やすな、工期は延ばすな、提案書の約束は全部守れ』という三点セットと、赤字だらけの図面が次々に積まれていく。
現場を任せるはずだった入社三年目の若手は、退職代行を使って「探さないでください」とだけ残し、
人が足りなくなった結果、名目上の責任者だけをどうにか据え、その下へ、まだアルバイト同然の仕事しか任されていなかった新入社員までが、現場監督として放り込まれる。
いざ工事が始まれば、図面にない配管が地面から顔を出す。
しまいには、数万年前の遺跡だの、戦国時代の石垣だのまで掘り当てる。
工期と予算について営業へ相談すれば、最後にお決まりの一言が飛んでくる。
「そのあたりは、現場でうまく調整してください」
思い出しただけで、胃のあたりが重くなった。
「ヴァルデン家だけ、この工事から降りることはできないのですか」
俺が
「できないわけではありません。資材を
「それをすれば」
「次の王命で、ヴァルデン家が
得をするために出ているのではない。抜けたときに失うもののほうが大きいから参加している。
前の世界にも、そういう仕事が山ほどあった。
転生したなら、せめて公共工事からは逃げ切りたかったのだが。
◇◇◇
石材置場は、城壁を出て坂を下った先にあった。秋に一度、リーゼと街を歩いたときにも来ている。
あのときは、石が積んであるだけの場所に見えたが、今日は石より人のほうが多いように見えた。
置場は坂に沿って段々に切られ、上の段には
あれを一つ動かすのに、何人と何頭が要るのだろう。
紐を張って地面を測っている者。
石の面に指を当て、爪で叩いている者。
板に何かを書きつけている者。
荷車の
何もせずに、それを見ている者。
いちばん下の列では、
少し離れた日陰に、
「サング・バァラァ」
石が、指の幅ほど地面から離れた。男たちが一斉に縄を送る。
男は最後まで、その場から一歩も動かなかった。
ここにいるのは、みな
ハインは俺の歩調に合わせて置場の中を歩き、あいさつ回りのついでに、集団ごとの役目を簡単に説明してくれた。
「あちらが
「半分」
「残りの半分は、
この
冗談なのかどうか、いまだに判断がつかない。
◇◇◇
昼を過ぎて、置場の隅に台が出された。板を四枚並べただけの、間に合わせの台だ。その上に、大きな紙が広げられた。
人が寄っていく。俺も近づいたが、今の背丈では人垣に埋もれるだけだった。ハインに手を借りて近くの
線と寸法が、まるで魔法陣のように
橋だ。
見ほれるほど美しい図面だった。
眺めているうちに、前世で何度も見た写真が浮かんだ。
プラハのカレル橋。十四世紀に建てられ、六百年以上の時を経て、俺が死んだ時代でも現役だった。
ゴシック建築のなかでも、俺はあの橋がとりわけ好きだった。
一度でいいから、この目で見てみたい。写真を眺めるたびに、そう思っていた。
「橋の上を平らにするのは、ヨナスがここ数年、温め続けた案なのです」
隣でハインが言った。
「今までの橋は、上が丸いでしょう」
「丸いと、どうなるのですか」
「荷を引いたドナーでは登れません」
中庭の馬を思い出した。体重は一トン近い。石を積んだソリを、坂の上まで引き上げるためのばん馬だ。
「登れないのですか? ドナーが?」
「馬だけなら登れます。ですが、荷を引いたままでは
ハインは指で
「橋の手前で降ろして、担いで、向こうでまた積むのです」
平らなら、積んだまま渡れる。
それだけのことでも、石を運ぶ街にとっては大きな変化だ。
「
「広いと、何が要るのです」
「ヨナスの案では、
「川の中に石を積むのですよね。水はどうするのです」
「囲いを立てて、内の水を
「脚が二本なら、囲いも二か所」
「
ハインはそこで一度、川のほうへ目をやった。
「今年は、雪解けの出が少のうございました」
「それが、何か」
「囲いが低くて足ります。水を
今年の川が引いていることまで勘定に入れて、この橋は決まっている。
悪い話ではない。条件のいいときに、いい仕事をする。前世でも同じだった。
俺はそう思って、図面へ目を戻した。
小さな
その代わり、一つの
父と
俺はもう一度、紙を見た。
石の目の向き。
しかし、その下の図面は、どうも白く見えた。
この距離では数字は読めない。線が引いてあるかどうかしか分からない。分かるのは、そこだけ文字や線が少ないということだ。
囲みが少し崩れたとき、俺は
大柄な男が、紙の端を押さえていた。
「
俺が思わず声を出すと、ヨナスが顔を上げた。
「お久しぶりでございます、
「あの、下のほうですが」
「下ですか?」
「川の底です。
ヨナスは紙を見た。見て、それから俺を見た。
馬鹿にした顔ではなかった。
「
「まだ測っていないのですか」
「雪解けの水が引いてから、手前どもで測ります」
「この紙には載せないのですか」
「これは、上の石の数と大きさを出すための紙です。石を切る者へ回すのは、
それも道理だった。道理だったので、俺は引き下がった。
引き下がったが、紙の白いところだけは目に残った。
ヨナスは図面を巻き始め、ついでのように言った。
「
「……はい」
「仕事は、上手くやれておりますか」
よくしてくれている。
冬のあいだ、あの娘は俺のために灯りを持った。
俺には読めない古い字を読んだ。
鍵のかかった部屋の中で、俺と一緒に
全部、内緒のことなので答えに困ったが、目をそらしながら返事をした。
「……よくしてくれています」
ヨナスはぱっと顔を明るくし、大きく
「そうですか! それは何よりです!」
娘には直接
◇◇◇
帰りは、置場の裏手を通った。
塀の外に、荷車が一台停まっていた。積まれているのは石ではなく、布をかけた木箱だった。
箱の
木箱の一つは、蓋が開いていた。その中で、何かが光った。
親指ほどの大きさの石くれだ。黒い金属のようなものに、半透明の結晶が食い込んでいる。
俺の視線に気づいたのか、ハインがすぐに説明してくれた。
「あれは
さすが、できる番頭である。
男の一人が、置場の番をしていた者へ紙を渡すと、番の男はそれを台に広げ、木箱から
俺はハインに頼んで番の者の許しをもらい、
今の背丈で見えたのは、上の数行だけだ。
数と、地名と、それから短い言葉が並んでいる。
集落。
去年の冬までなら、この紙を見ても線の集まりにしか見えなかっただろう。
今は読める。しかし、なぜその二つが討伐の記録に並んでいるのかは分からなかった。
「
ハインに促され、俺は紙から目を離した。
帰り道、鼻の奥に残った鉄臭さが、なかなか消えなかった。
◇◇◇
屋敷へ戻ると、
示される日付は二つ。
どの街も、同じ日に
いいのだが、日取りを動かせないということでもある。
日数を足せないなら、遅れた現場で最後に足されるのは、一日の中の働く時間だ。
置場でハインが言ったことを思い出した。
例年の水なら、こうはまいりません。
◇◇◇
その晩、リーゼが都合をつけた時間に、地下室へ下りた。資料室の
「今日は何をお探しですか」
「橋だ」
「橋を作る魔法は、ないと思いますけれど」
「魔法じゃない、壊れた話を探す」
「……
この家がこと細かな記録を残すのは、たいてい支払いで
払え、いや払わない。直せ、いやこちらの落ち度ではない。
そういうものばかりが、この部屋には残っている。冬のあいだに、それだけは分かった。
束を
文字の線がつながった古い書き方は、いまだに一字も読めない。リーゼがそちらを引き受け、俺は新しいほうを見た。
三つ目の束を解いたところで、リーゼの手が止まった。
「坊ちゃま」
「なんだ」
「これ、橋です」
束は薄かった。中身は二枚だけだ。
リーゼが読み上げるのを聞きながら、一枚目を見た。請求書だった。修繕にかかった
石の数。人の数。日数。
二枚目は、その請求への返事だった。『払わない』と書いてある。『こちらの落ち度ではない』とも。
どちらの紙にも、なぜ壊れたのかは書かれていない。
「どこの街だ」
「読めますか」
「読めない」
「もう少し、お勉強されたほうがよろしいようで」
「……うるさい」
リーゼは紙の上の地名を読み上げる。
聞き慣れない名で、一度では覚えられなかった。
「ラウテルではないのか」
「ええ。わたくしも、聞いたことがありません」
「どこが壊れた」
「五年で橋の脚が、傾いたそうです」
「五年で?」
「はい」
五年。
カレル橋は、修繕を重ねながら六百年以上も使われ続けていた。石橋は、きちんと造り、手を入れ続ければ、何世代にもわたって使える。
それが、わずか五年で
「架けた年も書いてありますわ」
「年?」
「請求するときは、いつの仕事か書かなければ通りませんから」
リーゼは光を紙の端へ寄せ、数字を読み上げた。
いつ架けて、何年で傾いたか。
その二つだけが、はっきり残っている。
払う払わないで揉めたおかげだった。
一件では、まだ何も分からない。この橋は、たまたま傾いただけかもしれない。
どこかの街の、どこかの職人が、下手だっただけかもしれない。だとしたら、それきりだ。
「もう一件、同じのが出てくると思うか」
「さあ。ですが、出てきたら面白いですわね」
俺は面白いとは思えなかった。紙の白いところが、まだ