次は8日目に飛んで、その次の次くらいですかね
【四日目・早朝】
『おヒマ?』
目が覚めると、デカい黄色のネズミのマスコットが俺の顔を覗き込んでいた。
2段ベッドの上段に頭がめり込んでいる。
「暇じゃない」
『おヒマになったら教えて?』
「断る」
『えー。おヒマになったら、ね、ね?』
俺に憑いている分には良いのだが、万が一半強制型の操作以外の能力を持っていたら困る。
守護霊獣をどかして顔を洗い、シャツのままジャケットを羽織ってモモゼ王子のいるリビングへと移動する。赤い首輪を着けた黄色のネズミは、テコテコと俺の後ろを歩いてついてきた。
リビングでは多数の編みぐるみがテーブルの上に並べられていた。ピトーと王子がそれを眺めてなにか話し合っている。
「モモゼ王子。急で申し訳ありませんが『絶』をしていただきたく……」
俺の足音を聞いて二人が振り返る。
ピトーは守護霊獣に粘着されている俺を見てニタニタと笑った。
「リグ様、申し訳ありません。気付いたらこのような事態に……」
並べられた編みぐるみ達が一斉に立ち上がり、俺の方を見上げる。ヤギ、クマ、ヒツジ、ウサギ、ネコ、ペンギン代表的な種類の動物たちが一様に赤い首輪を着けている。
ピトーの能力ではない。となれば、モモゼ王子の『発』だろう。
──赤い首輪?
振り返る。守護霊獣は首を傾げた。そこには赤い首輪が着いている。
「……ピトーから守護霊獣を嗾けるように頼まれましたか?」
「はい」
「ビックリした?」
「眠気は吹き飛んだよ」
念能力について話し合う予定だったが、見事に狂った。
ピトーやモモゼ王子が俺の言いつけに叛いたわけではないだろうから、天才によくある暴発的な念能力の発現だろうとあたりをつける。
予定を修正しつつ、話し合うためにまずは朝食の用意をする。俺一人なら珈琲を淹れるのだが、二人のことを考えて豆茶に。カキンの特産故か、積荷の中でもやけに種類が多い。
冷凍された食材を流水解凍する。
俺とピトーの食事は護衛用のレトルトや缶詰でも構わないので、まずはモモゼ王子に手製の食事を用意するのが朝の仕事だ。クラピカの念講習に参加する前に昼食の準備も軽く進めておく必要がある。
俺が元来持っているカキンの料理に関する知識は、前世の中華料理に大きく引っ張られたものだけだ。それも日本にローカライズされたものばかり。焼き餃子なんぞをお出しした瞬間にドン引きされること間違いなしだろう。
まあモモゼ王子は俺たちに合わせて簡素な食事で済ませることも許してくれるだろうが、ただでさえ極限のストレス環境であるこの壺中卵の儀において食事由来のストレスを少しでも減らせる可能性があるなら、手間を惜しむべきではない。
休めていた寸胴鍋を開ける。中には老鶏と干し肉、いくつかの香味野菜を入れて煮込んだスープが入っており、そこからスープを掬って粥を煮込む。
豆と人参、豆腐を加え、調味料で味を整えたスープも作り、これで2品。
用意されていたトリュフで炒り卵を作り、餡を掛ける。
粥を作る間に昼の蒸し物の準備をしておいて、ピトーのためにレシピを書き起こしておく。かなりレパートリーの限界に近い。
朝食の配膳を終えると、先に俺とピトーが毒味をしてから食べ始める。
国王軍の警備体制は食糧にも及ぶ。王族用の食材に毒を混ぜるのは困難だから、俺とピトーが特に警戒しているのは念能力による毒殺だ。
たとえば、具現化系の能力を使って無味無臭の毒液や偽装した食材を作り出すことは容易い。
念能力の制約と誓約を組み合わせれば、特定の人物にのみ作用する毒も簡単に作れる。一定の年齢以下にしか効かない毒であるとか、王族をターゲットに絞るとか、能力の性能を上げて隠匿性に振り切ることも考えられるのが厄介だ。
その手の毒に関しては、『凝』で見抜けなければどうしようもない、というのが今の回答になる。歯痒いが、都合の良い魔法は存在しないのだ。
「リグ様は、料理がお得意なのですか?」
「いえ、それなりには修めていますが、自炊レベルですね。本来であれば王族の方々の前にお出しできるものではないです。カキン料理も知りませんし……」
「言う割には手が込んでいらっしゃいますね。宮廷料理とは違いますが、食べ慣れない類いのものではありません」
「そう言って頂けると救われます」
ピトーは追加で缶詰を開けてスパムを齧っている。
俺のエセ中華料理はギリギリ及第点を超えているらしい。それはそれとして、改善の余地はおおいに残っている。
いっそ念講習の際にシマヌに習うか? さすがにナシだ。お料理教室に来ている訳じゃない。
朝食を済ませて、食器を下げる。茶を淹れ直し、念講習の前にモモゼ王子が発現した能力についての検証を行うことになった。
「リグが起きる前に検証した感じ、非生物を対象にした操作系能力。制約はモモゼ王子が作ったものであることかニャ」
「編みぐるみ限定ではないんだな」
「
「寄生型の念獣が王子の被造物にカウントされるかは諸説あるが……」
被造物という括りはミスリードになりかねないが、それらしい条件であることは確かなので検証までは一旦保留にしておく。
守護霊獣が制御できるようになったのはかなり大きな収穫だ。抜け穴やしっぺ返しがないか確認する必要はあるが、それほど気にしなくても良いだろう。守護霊獣が原則王子の味方であるというのが論拠だ。
現状のように引きこもっている場合は役に立たない守護霊獣だが、乱戦が始まればこれ以上なく活きる可能性がある。
「能力は視覚や聴覚の共有。まだ操作はぎこちないけど、練習次第で伸びそうな感じはあるね」
「……ダクトを通した偵察と情報伝達ができそうだ。ネットワークが作れるのは大きいな。……モモゼ王子、ここからは能力を伸ばす方向で進めましょう。目的に沿った編み物の補充も有効かと」
編みぐるみをメインにしつつ、例えば折り紙を教えてそれが操作可能なら、手紙の配達はとてつもなくやりやすくなる。
「それから、一つ検証させてください。王子は、『折り紙』をご存知ですか?」
「いえ」
「簡単に言えば、紙を折り畳んで動物の姿を象る手遊びです。このレベルでも王子の能力の対象になるなら、さらに手軽に情報アドバンテージが得られる可能性があります」
鶴やカエル、ウサギや犬など何パターンか折り方を見せてみて、実際に折ってもらう。
この手の手遊びは得意なのか、モモゼ王子の習得は早かった。出来上がった鶴やカエルは無事に移動している。手描きで付け足した目でも視覚共有には十分らしく、カエルはダクトの出入りも可能だった。
折り紙では編みぐるみのような複数の動作は組み込めそうにないが、使いようはありそうだ。
「編みぐるみや折り紙の操作の練習をすれば宜しいのですか」
「その認識で構いません。ただし、『纏』と『練』の訓練は続けてください。これは兵士たちの筋トレや走り込みのようなものです。何をするにも活きてくる土台作りだと思ってください」
「わかりました」
ピトーに引き続きの訓練を託す。
四大行以外にモモゼ王子に教えておきたいのは『凝』と『隠』だ。特に後者は物質操作型の操作系の必須技能と言っても良い。
ネフェルピトー式促成栽培によって、技術レベルの難題はかなりスキップできそうな気配がある。問題となるオーラ量も、モモゼ王子は最初から最低限土俵に立てている。戦闘力はともかくとして、数日後には一端の念使いと呼べる段階まで引き上げられるかもしれない。
「ピトー、すまないが、任せる」
「んー」
起き抜けに叩き込まれた情報を整理しながら廊下を歩く。
エリア14──1014号室にはぱらぱらと受講者が集まりつつあった。
扉の近くに立っていた
「君、少し良いか」
「構わないが」
「『念』の習得と銘を打っているこの集まりだが、抽象的な説明と瞑想ばかりで進歩が感じられない。同じ協会員としての意見はどうだろうか」
「率直な意見が聞きたいならば第1王子の私設兵に当たった方が良いと思うが?」
「そちらにも訊くとも」
「……そうだな、クラピカがやろうとしていることは分かる。俺も第1王子私設兵も同じ予想を立てているだろう。それを貴方達には伝えられないし、現時点で伝えてもあまり意味がない。しかし貴方が言うように、進捗が分からない故の不信も理解できる」
どうしたものかと首を傾げて唸る。マオールの信用が得られれば良かったが、いずれにせよクラピカより優先されることはないだろうから、ここでのやり取りにはあまり意味がない。
俺とクラピカ、ハンゾーが親しげにしていれば向こうから見えるこちらの繋がりも深いものとなるだろうが……
「今貴方が受けているのは、念を感じる入口に立つまでの下準備だ。普通の念使いは、数ヶ月から年単位の時間を瞑想に費やした経験がある。だから俺たちは今の修行に違和感を覚えていない」
「そういうものか……」
「クラピカの意図を断定できない故に何も話せないが、疑念が深まるようであれば10日目辺りで問うのが良いだろう。ここまで大掛かりなことをやらかしたんだ。14日目にやっぱり修得できません、なんて展開は有り得ない」
マオールは一応の納得を見せ、1014号室へ入っていく。
クラピカの能力のことを喧伝するわけにもいかないから、上手い返しが思い浮かばなかった。
【四日目・昼】
普段通りに念の講習を終え、段々と募っていく不満げな空気に対してどうしたものかと考えていると、終わり際にクラピカから声を掛けられた。
「リグ、貴方に頼みがある」
「聞こう」
「やはり8日目の晩餐会に出て貰えないか?
もう一人の私設兵ダンジンもリスクは避けたいタイプらしく、露骨に距離を置いている。
クラピカが言う通り、彼が正攻法で
「俺ではなくピトーが、という話だな」
「そうだ。前言を翻してすまないが」
クラピカは目を伏せた。
次回の晩餐会は音楽会だ。
ピトーに音楽的な素養があるとは思えない。
演者側が無理なら、護衛としてピトーを同行させられるように考えるか……
「承知した。方法は考えるが、おそらく可能だろう。ピトーに確認してから連絡する」
「……頼む」
1014号室を去り際に、部屋割りとダクトの位置を再確認した。基本的にはどの部屋もほとんど同じ間取りらしい。
1012号室へと戻る。
モモゼ王子は『凝』の訓練の最中だった。原作でビスケがゴン達にやっていた修行とイメージは同じだ。
ルールはよく分からないが、二人の『発』と『凝』と『隠』を用いた陣取り合戦をしているらしい。人間の姫をモチーフにした編みぐるみをピトーが操り、モモゼ王子の動物たちを翻弄していた。大人げない。
「リグ様、もう戻られたのですね」
「ええ。一つ相談があるのですが、よろしいですか?」
「何でしょうか?」
「クラピカから、ピトーの晩餐会への参加を頼まれました。借りを返す意味でも、できれば引き受けておきたいのですが……」
「私も引き受けるべきだと思います。……ピトー様は音楽にも造詣が?」
彼女が楽器を弾いているところは見たことがない。期待は薄いが、一縷の望みをかけてソファに寝そべるピトーを見下ろした。
「楽器は分かんないケド、バレエならできるよ」
バレエね。
全くの門外漢だが、たしかに彼女の能力の名前はバレエの演目の名前だし、馴染みがあるのかもしれない。
だとすれば、俺と出会ってからのことではないだろう。彼女の元になった人間は、バレエを習っていたのかもしれない。
「バレエですか。それならば無理なく演目に差し込めると思います。お母様を通して式部に言っておきましょう。……しかし、伴奏はどうされますか? 都合の良い音源が船に積まれているとは限りません」
意外と何とかなりそうだ、とひっそり胸を撫で下ろしていると、ピトーが面倒なことを言い出した。
「リグはヴィオラ弾けるよね? 伴奏してよ」
「無茶を言うなよ。もう一年は弾いてない」
「まだ四日あるでしょ」
俺の拠点に置いていたヴィオラを見ていたらしい。
師匠に買い与えられ、『
「ガキの頃の手遊びなんだが……」
当然、こんな場で演奏できるような腕前ではない。が、背に腹はかえられないか。
主演はピトーだから、それを邪魔しなければいい。ほかのツテを探しつつ練習はしておくことにする。
ハンターはなんでもできるのですね、とモモゼ王子が言い、俺は疲労混じりの謙遜を返した。
ピトーが指を1本立て、王子が『凝』をする。浮かぶ数字は3。編みぐるみが三体、バタバタと動き始めた。
ざっと見た感じ、並列での手動操作に手こずっているらしい。慣れないオーラ操作によるマルチタスクであるし、苦戦するのは当然だ。
俺の『
仮に俺が同じ能力を得ても、一体動かすのがせいぜいだと思われる。
「あ」
ピトーが思い付いたように声を上げる。
「『
「構わないが……」
何が楽しいのか、今日はやけにテンションが高い。
ピトーが操る人形の下に『
人形の体幹はなかなかのものだった。
モモゼ王子は『凝』をしたまま俺の方を見、首を傾げて言った。
「お二人は恋人関係なのでしょうか」
「いえ──、「そうだよ?」」
反射的に飛び出しかけた否定を、ピトーが食い気味に噛み潰した。
目を輝かせたモモゼ王子を尻目に、否定材料を持ち合わせていないことに改めて気がつく。
【名前】モモゼ=ホイコーロ
【系統】操作系能力者
【性別】女
【年齢】13
【所属】カキン帝国王家 第12王子/第7王妃セヴァンチ第一子
【性格】丁重/不遜/寂しがり
【能力】
『
自分が作った動物形の非生物を操作することができる。同時に操作できる数は、モモゼの情報処理能力に依存する。
操作した動物には赤い首輪が出現し、操作されていることを示す。
操作された動物とは五感を共有できるが、耳や目などのパーツが表現されている必要がある。
『守護霊獣 能力:
ネズミ型の念獣。大型の個体はモモゼの背後に座し、ときに部屋を離れて動く。
周囲の者に「おヒマ?」と問いかけ、内容を問わず返事をした者の肩に小型の個体を取り憑かせる。小型の個体は憑かれた本人にしか見えず、執拗に「おヒマ?」と問い続ける。「ヒマだ」と答えた時点で宿主は操られる。
半強制型で、宿主の意識と記憶は残る。霊獣は王子を直接攻撃できないため、操作の標的は護衛や従者に向かう。