しばらく前の感想で、作者の構想を一部言い当てている人がいて(展開予想ではなく感想として)すごく嬉しかったんですが、本誌を読んでいたら展開変えたくなってきて中々悩ましいです。
ツェリが魅力的すぎる……
【八日目・夕】
言い訳は色々あって、その最たるものが「相手は生後一年」だ。
人間の尺度を当てはめることが間違いであることは分かっている。分かっているが、これは討伐隊しか他に人間を知らないような彼女の幼さにつけ込んだ結果となってはいないだろうか。
言い訳も封鎖されつつあるし、今更逃げる気もないが、先延ばしにしているところはある。
この数日、ピトーはこの上なく上機嫌で俺の演奏を聴いていた。
モモゼ王子に「
ピトーが演じる演目のヴァリエーションを練習する。念とは恐ろしいもので、基礎能力の向上により、耳は良くなるし運指もスムーズになる。俺は芸術性には甚だしく欠けるが、それはそれとして演奏技術自体はぼちぼちと言ったところだ。
そして芸術性の部分はピトーに全て委ねることにした。
彼女にあるかも同じくらい疑わしいところだが、一旦気にしないことにした。
モモゼ王子の守護霊獣は王子の制御によってか、より生物らしい行動をするようになった。基本は縛っていないらしいが、宿主の影響を直に受けたせいだと言われれば納得はいく。
例えばソファに寝そべっていたり、少し小さなサイズでピトーの膝の上に座っていたり。
晩餐会の会場へ向かうまでの待ち時間、隣に座る守護霊獣を手慰みに撫でていた。念獣でありながら、実在する動物と遜色ない毛並みだ。
八日目の晩餐会は原作における一つのターニングポイントだ。
さらに言えば
「時間ですね。会場までは護衛します」
モモゼ王子は頷き、部屋中で歩き回っていた編みぐるみたちの操作を打ち切った。
自動操作も手動操作も随分スムーズになった。この調子なら、手紙の受け渡しくらいは容易だろう。
ダクトを通じて手紙のやり取りを行えば、軍や他の陣営に察知されずにネットワークを築くことができる。
モモゼ王子はまだ継承戦における一人勝ちを諦めていないが、たとえ一時的な同盟であっても隠密な手紙のやり取りが大きなアドバンテージになり得ることは疑いようがない。
効果的に使うにはクラピカを巻き込みたいところだが、今は少し難しい。
原作において、クラピカはチョウライ王子、ツベッパ王子と同盟を結んでいた。おそらく今回も同様。
俺達にはその二人に勝る政治的な価値を提供できない。よって貸し出せるのは武力だけだが、それもこの政治の場でどれほど有効かは疑わしいところ。クラピカならば当然、ピトーの牙がワブル王子に向くことも想定しているだろう。
専守防衛、とはいいつつ、いよいよ尻に火が付きつつある。特殊戒厳令までの猶予は一週間を切った。
今のところ俺が立てている作戦は、およそ作戦とさえ呼べない博打だ。
晩餐会からの退出が下位の王子からになるのと同じく、入場も下位の王子が先になる。
「それでは、演目を楽しみにしていますね」
「はーい」
モモゼ王子を送り出す。会場の奥に、オイト王妃の背中が見えた。
原作通りなら、ツェリードニヒ王子は晩餐会には来ない。よって彼がもし姿を現せば、少なからずピトーに興味を抱いていることが示唆される。
そうなるとクラピカの望みを果たす手段もいくらかは思い付くのだが……
出演者の控え室に到着すると、カチョウ・フウゲツ王子以外の演者は概ね揃っていた。
視線が一斉にピトーへ向かう。
優れた念使いであればあるほど、ピトーの常識外れのオーラ量を意識してしまう。『纏』ひとつをとってもオーラの密度が桁違いだ。
協会員達の警戒をそよ風のように受け流して、ピトーは椅子の端へ掛けた。センリツ、イズナビ、バショウ……ハンゾーもそうだが、クラピカが信頼して連れてくるだけあってかなりの念使いだ。
ピトーは興味を惹かれなかったらしく、尻尾で隣を叩いて俺に座るよう促した。
「貴方達がリグとネフェルピトーね。……私は協会員のセンリツよ。クラピカから話は聞いていたわ」
「ふうん、なんて?」
「信用していいって。私もそう思うわ」
「そ。クラピカに借りは返すケド、それ以外は別に興味ないから」
センリツがピトーに話しかけ、ピトーがすげなく返す。センリツは、おそらく心音を聴いた上でそれに気を悪くした様子もなく、バレエに関する話題をピトーに振っていた。
テレプシコーラは舞踏の
能力の名前とするくらいにはピトーにとってバレエが思い入れのあるものであることは確かだ。ピトーが選んだ演目はかなりとっちらかっているように思える。意図が分かるのは彼女の能力の名前を知っている俺だけだ。
待機中は、会場から漏れ聞こえてくる演奏を聴きながら時間を潰した。バショウとリッジのフリースタイルバトルはなかなか面白かった。俳句(川柳)を念能力に用いているだけあって、バショウのワードセンスと瞬発力は光るものがあったと思う。
生憎、俺はあの手のカルチャーに造詣が深くないが、会場が沸いていたのが全てだろう。それから、イズナビとジュリアーノのロック演奏。どうせならイズナビとクラピカが共演してくれていたら一原作ファンとしては面白かったろうが……イズナビがギターを弾けるのはなんというか、風貌のイメージ通りだ。
前半が終わり、俺たちの順番が回ってきた。
『さあ、続いての演目は協会員ネフェルピトー氏によるバレエです。伴奏は同じく協会員のリグ氏が務めます』
晩餐会の会場を真っ直ぐに突っ切る。この数日で無理やり手に馴染ませたヴィオラと、松脂を塗っていない弓。
キメラアントであるピトーを前にしても、晩餐会の客は概ね好意的な反応を示した。これがユピーであればそうはいかなかっただろうから、人間の特徴を色濃く残したピトーの容姿のおかげだろう。
『ネフェルピトー氏は亜人種として初めてハンター試験に合格した新進気鋭の協会員でもあります。またリグ氏は我が国で数年に渡って活動していた密猟団を壊滅させた実績のあるシングルハンターです。そんなお二人の演目は『アポロ』より「テルプシコーラ」、『ジゼル』より「ミルタ」、『コッペリア』より「スワニルダ」のヴァリエーションです。どうぞお楽しみください!』
ステージに登り、礼をする。バレエダンサーらしい流麗な所作で頭を下げたピトーは、ステージの中央に立つと、ポジションを取った。
俺は完全に門外漢なので評価はしかねるものの、バレエの型に嵌めるような動きと、ピトーの柔軟性や身体能力から繰り出される所作には美が宿っているように感じられる。
『アポロ』においてピトーが演じるテルプシコーラは、舞踏によってアポロに見初められる女神の一人だ。跳躍せず、細やかな足さばきで進める踊りに、俺の演奏を合わせる。
『アポロ』から『ジゼル』へ。ミルタは、死者を妖精として操るウィリの女王だ。墓を暴いてジゼルをウィリの仲間に加え、アルブレヒトを踊り死にさせようと目論んだ。
ヴィオラを奏でながら、俺は久方振りの演奏会に少々高揚していた。
『
大道芸に寄っても良いならば、解いたネクタイを弓として演奏することだって可能だ。
演奏しながら、晩餐会に視線を落とす。
目標だったツェリードニヒ王子は来ていないし、逆に懸念であったベンジャミン王子も然り。
想定外といえば、ワブル王子とオイト王妃の出席だろうか。モモゼ王子の傍でVIPらしき誰かと話している。
最後にピトーが『コッペリア』スワニルダのヴァリエーションを踊り終え、俺はヴィオラを下げた。
演目の終わりに拍手が鳴り響き、俺たちは舞台を辞した。
「来なかったね」
ピトーは涼しい顔で言った。ツェリードニヒ王子のことだろう。
彼は今頃、念の訓練に熱を上げているはずだ。
「予想通りではあるけどな」
「せっかく踊ったのに」
次にステージへ上がるキーニとすれ違い、会場を出るための通用口へと向かった。扉を抜けると、センリツに加えて、カチョウ・フウゲツ王子が待機していた。
フウゲツ王子は祈るように手を合わせている。兵士に気取られかねないぞ、とは思ったが、兵士が警戒していたところでどうにもならないのだったか。
ピトーは王子を見て、耳を傾けた。
「ガンバってね。なんか失敗しそーだけど」
「なっ──」
唐突に飛び出した無礼な一言に、カチョウ王子が刹那、言葉を失った。
ピトーの真意が読み取れず、反応が遅れた。まさか二人の逃走計画に気付いた? ピトーとはいえ、それは流石に──
「余計なお世話よ!」
「優しく応援したげてるのに」
本当に悪意があったわけではないらしく、ピトーは不満顔でそのまま通用口を通り抜けた。センリツが無言のまま俺に頷いたので、彼女に任せてピトーと共にその場を離れる。
ピトーが読心能力を持っていることは有り得ない。
あるとすれば、センリツと同様の技能だが……いくら猫が人間の数倍の聴力を持っているとはいえ、念能力及び闇のソナタの影響を受けているセンリツと同等の聴力が得られるものだろうか。
それこそなんでもありが過ぎる。
ピトーは俺よりも頭が回るが、それを踏まえても非現実的だ。
「なんであんなこと言ったんだ?」
「何かやらかすのかと思ったから。どっちかの王子の守護霊獣の能力で、大それたことを企ててるんじゃない? いくらなんでも緊張しすぎだったし、かまかけてみたら大正解。催眠か逃走か……操作? リグはどう思う?」
「それが正しいなら逃走だろうな。催眠も操作も、大多数には効いても肝心の相手には効かないだろう。センリツがその可能性を見逃すとは思えない」
半分は当てずっぽうだったか。ピトーの非凡な観察眼故にと言われればギリギリ納得ができる。
「リグの予想では、継承戦からは逃げられないんだよね。あの子たち、死ぬかもよ」
「だとしても止められないし、止める義理もない」
もはや原作をなぞるようなことをするつもりはないが、彼女達の決死の作戦に口を挟むことはできない。
逃げれば死ぬと知っているのは俺だけだし、そもそも彼女達が逃げようとしていることを俺が知っているのも不自然だ。
ペナルティーの話も、現時点で他人に示せるのは俺の仮説という形になる。俺よりも長く念に触れているだろうキーニや、カチョウ王子が比較的信用しているセンリツが作戦を許している時点で、説得は困難だ。
「ボクの予想として話してきてあげようか?」
「……信じないだろうな」
ピトーの助言によってカチョウ・フウゲツ王子が逃走計画を凍結したとして、こちらが感謝されることはないだろう。ペナルティーの有無は、誰かが確かめるまで分からない。
二人が生き延びることそれ自体は喜ばしいが、モモゼ王子の敵を残すということでもある。彼女達が二人で閉じている間は、同盟も難しい。
「…………いや、やめておこう」
「そんな顔するくらいなら言ってきちゃえばいいのに」
ピトーが呆れ顔で言って、壁にもたれながら座った。しばらくはモモゼ王子の退出待ちだ。
「リグもワガママだよねぇ。いつまでも頷いてくれないし」
「……タイミングが悪いんだよ」
「えー、よくわかんない」
人の気も知らないで、とは思ったが、九割九分俺が悪いので何も言い返せない。半端なものから死んでいくこの世界ならば、俺のような人間の先は短いのだろう。
欲するほどに失いたくなくなる。
暗黒大陸へ踏み込むことそのものに恐れはないが、ピトーを失うことには怯えている。
ピトーは俺に執着しているが、今はまだ、いずれ薄れる類いのものだ。
これ以上踏み込まなければ、俺たちの距離は保たれる。
まだ、ピトーは俺を見捨てるという選択ができる。
俺はほぼ確実に暗黒大陸で果てるだろう。『
集団行動の最中に誰も助けを求めない、という状況はまず考えられないし、単独行動もしくはツーマンセルであっても、果たせる役割はせいぜい斥候役程度だろう。暗黒大陸の初見殺しに何度も遭遇して生き延びられると思うほど、俺は能天気じゃない。
一方で彼女には大陸を踏破する可能性も、無傷で生還する可能性も残っている。それを損ねるような真似はしたくない。
俺を見上げるピトーの頭をくしゃりと撫でた。細くクセのある銀髪が揺れ、耳がぱたぱたと動いた。
しばらくそうしていると、スピーカーに僅かなノイズが走った。
ピトーの耳が立ち、スピーカーに視線が向く。
『皆様、突然の放送、大変失礼致します──』
アナウンスが入り、センリツとカチョウ・フウゲツ王子の説明が入る。
センリツの演奏が始まる、と身構えた瞬間、俺の意識は演奏が見せる風景に攫われた。
美しい森、未知の模様の翅を羽ばたかせる蝶、渓流のせせらぎ──タネがわかっていても全く反応ができなかった上、抜け出すことも困難。耳栓で対策できるとか、攻撃性がないとかはさておいて、本当に馬鹿げた出力だ。
演奏が終わり、意識が現実に引き戻される。
ピトーが飛び上がって耳を立てた。彼女の背後には一瞬だけ
「すっごい! これはちょっと予測してなかったな〜」
キメラアントであるピトーには通用しない、という仮説も立てていたのだが、ここまで精神性が人間に近いと普通に効くらしい。俺たちよりは多少効きが悪い可能性があるが、逆に言うとそれくらいか。
ユピーくらいなら耐えられるのか、それとも知的生命体である限りは避けようがないのか。センリツの能力よりもむしろ、演奏能力が異次元すぎるのかもしれない。
ピトーが大はしゃぎしている間に、兵士たちが小隊を組んで駆けていった。