困り事
1.サイマジョの犯人
2.TSKの治療法
3.カイザルの『奥の手』の中身
4.モモゼ担当のソエモノ
5.ハルケンブルグVSベンジャミィ
何より、こんなに色々考えているのに全陣営を書けないからその殆どを表現できないのが悲しい。
まあ全陣営書いてたら確実に失踪しますが……
二十四話 Release
【十二日目・昼】
ピトーの走らせる王妃人形を、モモゼの編みぐるみが追いかけている。
床の上で、編みぐるみの足はしばしば滑った。操作の精度はまだ甘い。
「編みぐるみの関節を考えなよ。そんなに動かないって。重心もさー、後ろに寄せすぎ」
モモゼは返事をしなかった。目を閉じて、編みぐるみに集中している。息が浅く、指先が小さく動く。編みぐるみの足取りが、それに合わせて少しだけ直った。
キッチンからは水の音がしている。リグが昼食の支度をしている間、モモゼの相手をするのはピトーの役目だった。
人間の王族に興味があったかといえば、否だ。
キメラアントの道理で言えば、王は生まれながらに王であり、誰よりも賢く、誰よりも強い。人間の王はそうではない。武勇にも知にも拠らず、血脈と生まれた順番で決まる。
非合理だとピトーは思う。ただ、人間が歴史を積み上げる生き物である以上、血脈を保つことそのものに見た目以上の価値があるらしい、ということは分かってきた。王族は、文化や風習を継いでいくための象徴なのだろう。
壺中卵の儀には少々関心を惹かれた。血を壺に落とせば、念を知らない人間の背後にも獣が生える。血族を間引き、国民を殺し、胤を撒き、それでも血を繋いできた国が、数千年かけて作った仕組みだ。
リグという人間に抱く感情に、ピトーはまだ名前をつけていない。
執着かもしれないし、独占欲や所有欲かもしれない。恋や愛と呼んでも間違いではないだろう。
モモゼに関係を問われた際、リグの返答が煮え切らなかったのは不満だった。その後、なし崩しに触れ合う機会を増やせたので、そこは良しとしている。
何より、リグがピトーのために頭と手を尽くしているのを眺めているのは気分が良い。
モモゼを庇ってトノグラに斬られたときは腹が立ったが、そのあとのリグの怒りと焦りは、見ていて満足だった。ピトーが出向けば一日で片が付く継承戦を、ピトーが人類の敵にならずに済む形で終わらせようと、あちこちに手を回している。それも面白い。
台所の音が止んだ。昼食の支度が済んだらしい。
──襲撃にピトーが反応できたのは、絶えず部屋の内部に『円』を張っていたからだった。
まず最初にピトーが目視したのは、おもちゃのような装飾が施された扉が、宙に浮いている場面だった。扉が開き、誰かが出てくる前に、ピトーは微かに誰かが息を吸う音を聴き取った。
反射的に、ピトーは耳を伏せていた。
モモゼの方へと近付きながら、扉との間に割り込む。
フルートの音色が意識を攫い、気が付けばピトーは、風のない花畑の中に一人で立たされていた。
花の匂いばかりが濃く、人の匂いは一つもなく、どれだけ耳を澄ませても演奏の他には何も聞こえない。
それでも、身体を動かす手立てだけは用意してあった。『
布の擦れる音。モモゼの短い吐息。雑音が、演奏にごく僅かなノイズを生み出す。
人形と化した身体が、直前までモモゼがいた場所へ飛び込んだ。
「なんてこと──!」
センリツの言葉と同時、演奏の世界が閉じる。
直後、ピトーの視界に映ったのは、一層の客室とは造りの違う部屋で、フルートから口を離したセンリツの姿だった。すぐに視線はモモゼの姿を探し、
眼は四人の『敵』を捉え、耳が伏兵の存在を否定する。
ピトーは無言のまま、モモゼの隣へと移動した。センリツでさえピトーの姿を捉えることはできず、ピトーはカチョウとカイザルの至近を横切る。
遅れてピトーの移動に反応したカイザルが、平静を保ちながらメガネの位置を直した。
ピトーの首の傷が熱を持つ。
心地よい感触に、ピトーは僅かに機嫌を取り戻した。
「司法局の次長であれば王子を誘拐しても良いっていうのは、王室保護法の第何条に書いてあるのかな」
「……言い訳はしないが、状況の説明をさせて欲しい」
「ふぅん? ボクの機嫌を損ねないようにね」
カチョウは衰弱していた。呼吸は浅く、重心が崩れている。体調不良とオーラの枯渇。
強硬手段に出た原因はこれだろう、とピトーは当たりを付けたが、なおのこと理由がわからない。モモゼには治療に役立ちそうな能力はない。
フウゲツが宙に浮いている。リグの予想通り、守護霊獣と融合したのだろう。ピトーは一度だけ爪の先を向け、それから警戒を解いた。双子の代替が本質の能力に、攻撃性は高くなりようがない。
「時系列を追って話そう。カチョウ王子とフウゲツ王子の守護霊獣の能力は見ての通りの空間移動能力だが、使用は一日一回という制限があった。……それが、三日前から何度も使用できるようになっていたんだ。しかし、能力を使う度にカチョウ王子の身体が弱っていった」
「使わなきゃいいだけじゃないの」
「そうだが、禁断症状があることがわかった。よって我々はこれを念能力による攻撃と判断し、犯人を探すことにした」
「それでモモゼを疑ったって? 禁断症状と麻薬との類似を考えれば、まずは第7王子を疑うのが自然でしょ」
「その通りだ。勿論、僕たちもルズールス王子を疑ったとも。だが、フウゲツ王子が1010号室でモモゼ王子の編みぐるみを発見した。モモゼ王子の守護霊獣の能力も操作系だと推察されることから、有力な容疑者として浮上したわけだ。加えて、モモゼ王子が犯人ではなくとも、部屋を覗いていたのなら手がかりを握っている可能性が高い」
「一応、道理は通ってるね。だけど残念、モモゼにそんな能力はないよ」
二日前に配られたフウゲツの遺言書は、扉を繋ぐ目印だったのだろう。ピトーはそこで考えるのをやめた。企みの先を読むのはリグの仕事で、リグはここにいない。
黙っているフウゲツ。フルートを手放さないセンリツ。主導しているのはカイザルだ。
誰から潰すか。
「事情は聞いた。良い作戦だったけど、惜しかったね」
ピトーがついてくることは想定外だったのだろう。センリツの心音がそう言っている。モモゼが孤立していれば暗殺は容易だったし、遺体はカチョウの能力で海に捨てれば済んだ。
尻尾の先が、床を叩いていた。
ピトーは、自分が苛立っていることに気が付いた。
「さて、シナリオはこんなところかな? 司法局の幹部カイザルは、協会員センリツと共謀し王子の誘拐を企んだ。被害者はカチョウ王子とモモゼ王子。モモゼ王子の護衛である協会員ピトーが誘拐に気が付き、二人の王子を救出した。うーん、主犯はセンリツの方が良いかもね? せっかく王子の逃亡幇助の疑いで拘留されてるわけだし」
オーラを練る。
平均的な念使いの『練』でも、一般人を戦意喪失させ、幽霊を祓い得る。それをピトーが行なえばどうなるか。
カチョウやカイザルどころか、センリツでさえも足が震えていた。フウゲツがオーラに圧倒され、波に流されるかのように後退する。
「カチョウ王子は殺さないけど、念獣に王室保護法は適用されないよね」
まずはフウゲツ、次いでセンリツとカイザルを仕留める。
その後のリスク管理も含め、ピトーが諸々の計算を終えたところで、カイザルが床へ額を擦り付けた。
「どうか、僕の命だけで済ませて貰えないだろうか」
「ダメだよ。ワープ能力とセンリツ、どっちも残したら同じことができちゃうじゃん。耳栓を付けて生活するのも面倒だし、それなら敵を減らしちゃった方が良いよね」
「……なら私の命で済ませて頂戴。王子達は私の指示に従っただけよ」
センリツの要請も黙殺する。話し合いに応じる隙を見せながら、ピトーの意思は固まっていた。カチョウを残し、あとは全て殺す。
最優先で狙うべきは守護霊獣となったフウゲツだが、フウゲツを排しても彼女が持つ空間移動能力はカチョウに渡る可能性が高い。よって次点で狙うべきはセンリツ。
懸念は、リグが関係を良くしたがっているクラピカの仲間であることだが、これ以上は譲れない。
次も同じ手で仕掛けられれば、今度こそモモゼを守り切れるか分からないからだ。聴覚を塞いで暮らす手もあるが、二人きりの護衛体制ではそれもかなりの負担になる。
カチョウはここまでずっと無言だった。
状況は把握しているはずだし、モモゼによればカチョウはかなり頭が切れるということだったが、それどころではなく弱っている。
垂れ流しているオーラの量も『絶』に近いほど。
このままピトーの目の前にいれば、それだけで心身が壊れかねない。
これまで静観を保っていたモモゼがピトーの右腕に触れ、口を開く。
「ピトー様、おやめ下さい」
「言っておくけど、コイツらを生かすことにあんまり価値はないよ?」
「この場でカチョウお姉様を脱落させられないなら、どちらにせよ意味がありません」
「意味はあると思うけどな〜。この子の周りってロクな護衛残ってないし、直ぐに死ぬでしょ」
「私の心情の問題です。クラピカ様とは交流を保ちたいですし、司法省の幹部の方々とも仲良くしたいのです」
判断が揺れる。
モモゼの意思を尊重すべきだとリグは言うだろう。平時であればそれでも構わないとピトーは思う。
だが、ここでセンリツを許すのはリスクが大き過ぎる。
直後、スピーカーにノイズが走った。
『特殊戒厳令発令! 特殊戒厳令発令! これは訓練ではない! 繰り返す! これは訓練ではない! 第5層の全市民は──第2層の全市民は直ちに自室へ戻り! 所持品を一切持たない状態で扉を開け、待機しているように!』
「わお。……もしかしてこれを待ってた?」
「まさか。僕に制御できるものではないよ」
内心で舌打ちする。
最悪のタイミングだ。
これでピトーは彼らを殺すわけにはいかなくなった。
センリツとカイザルを殺したが最後、カチョウもモモゼも何かしらの因縁を付けられて殺害対象になるだろう。
閉所であればともかく、解放空間で全方位からの射撃を受けてモモゼを庇う手段はない。
加えてこの状況では、当初リグと考えていた仮病、及び暴力という抑止力を用いた遅延戦術は使えない。
『練』を解く。
「カチョウ王子。三層以下に繋げられる場所はある?」
この場に残るという選択肢はない。よってピトーに選べる道は三つ。二層のどこかに隠れ潜むか、1012号室に戻るか、下層に降りるか。二層に潜むことは難しい。密航者の少ない上層では、潜り込む隙間が少ないからだ。
さらに、ピトーは早々に一層の1012号室へ戻ることを諦めた。
リグの視界が借りられない。1012号室には誰も兵士が来ていないのか、リグが全く抵抗せずに部屋を明け渡したか。
前者であれば問題ないが、後者であれば、タイミングによっては致命的だ。兵士ごときにリグが殺されるわけはないとピトーは確信しているものの、それも状況による。
リグ一人ならば協会との関係の維持を考えて手出しされなかったはずの状況を、ピトー達が戻ることで悪化させる可能性がある。
さらに敵が悪意に満ちていれば、罠を仕掛けて待ち伏せているかも知れない。
カチョウ、フウゲツの空間移動能力はベンジャミンに割れている可能性が高い。だとすればその弱点にもあたりはついているはず。移動してくる場所に毒でも撒かれていれば、一網打尽だ。
リグの鼓動は一定だ。罠の可能性はかなり低い。
『円』を使えば状況は把握できるだろうが、敵と対面している状況で『円』は使えない。
そこまで考えて、ピトーは結局、1012号室へ戻ることを断念した。リグもピトーと同じ考えに至るだろう。よって戻ってきたピトーをリグは歓迎しない。
「三層の、昇降口なら」
カチョウは長く息を吐いた。
「じゃあそこに繋げて。そしたら見逃してあげる」
「……わかったわ」
能力を使うのも億劫に見えたが、ピトーはそれを慮りはしなかった。
宙に浮かんだ扉を通る。敵の能力ではあるが、そこにリスクはないと判断した。扉を潜った者を嵌める手段があるなら、とっくに使っている。
「モモゼ、多分出たら兵士が沢山いるから、守護霊獣を使って」
「わかりました。ですが、何と命じれば?」
「錯乱させてくれればいいよ」
カチョウの守護霊獣となったフウゲツが作った扉を開けると、繋がった先が海や上空ではないことを確認してから飛び出した。
遮蔽物に隠れた場所に扉が開いたため、二人を目撃した兵士は五名に満たなかった。ピトーはその四名を瞬きの間に殺害し、『
同時に壁や遮蔽をすり抜けてモモゼの守護霊獣が動き出し、離れた方で騒ぎを起こし始めた。
ピトーの聴覚が、錯乱した市民と兵士の乱闘の音を拾う。
──そして、ピトーの『円』が花開いた。
第一層は意外なほど静かだ。
1012号室には五人が控えている。リグが拘束されている様子はない。
戻っても何とかなりそうだったが、後の祭りだ。扉はもう消えている。
耳が、一度だけ伏せられた。ピトーはそれを直し、二層の検問を越えているという利点の方を数えた。
1004号室にはベンジャミンとその私設兵が詰め掛けていた。
部屋の中には『絶』をしている人間がいたが、ピトーの『円』に反応して『絶』が解ける。
直後、その人間は射殺され、四肢と頭を踏み砕かれた。
1002号室には死体が三つ、王子は生存。
1003号室はもぬけの殻。王子は三層に降りている最中。
1005号室、1006号室は無抵抗。
1007号室は王子が不在。同じく下層へ向かっている。
1009号室はオーラの壁に塞がれて見えない。1013号室も観測不能。
1014号室は平静を保っている。
王や王妃、マフィア、ハンター協会、
各層を隔てる関所と、それを掻い潜るために作られた幾つもの抜け道、隠れ家さえも。
ピトーの嗅覚が、恰好の獲物を捉えた。
「モモゼ、選ばせてあげる。逃げるか、殺すか。キミは、どうしたい?」
「……まずは、ピトー様に見えているものを教えてくださいますか。私は、険しくともより多くが手に入る道を選びます」
「それじゃあ、まずは住処を探そっか。隠し部屋へ連れて行ってあげるよ」