船全体に『円』を張るシーンは1話を書く前から考えていたので曲げる気はなかったのですが、まさかツェリの能力やらベンジャミンとの対決がああなるとは思わず……まあ連載中の原作で二次創作やってるんだからそういうこともあります。
【特戒令から15分】
一協会員として、ピトーは第一層の客室の配置を記憶している。『円』のサーチから漏れた第一層の住人は何人か存在するが、そのうちの一人がエイ=イ組の組長、モレナ・プルードだった。
二層と三層の間に設けられた居住空間と、下層の疎らに散らばった抜け穴や隠し部屋。三大マフィア勢力のうちの二つが己の縄張りに留まっているのに対し、エイ=イ組の姿が見えないことから、2.5層を根城にしているのはエイ=イ組であるとピトーは確信する。
事前に詰め込んだカキン国の勢力図とB・W号の乗客リストを思い出す。エイ=イ組のバックに付いているのは第4王子ツェリードニヒ。ピトーの『円』の中で射殺された王子だ。
おそらくは何かしらの手段で隠れ潜んでいたものと思われるが、ピトーの『円』に反応してベンジャミンに発見された。
よってツェリードニヒは死亡、何かしらの偽装手段を持っていたとしてもしばらくは表舞台に出られない状態であり、宙に浮いたエイ=イ組は恰好の獲物だ。
「……しかしエイ=イ組の組長が下層に降りていたのならば、ツェリードニヒお兄様を裏切って動いているのではありませんか?」
「ん? そうなの?」
「組長は第一層の客室に滞在する決まりです。それに、先程三層にいた兵の中にはお兄様の私設兵が混じっていました」
「モレナは王子を裏切って隠れ家に移動。それを追い掛けて私設兵が派遣されたけど特戒令が発令されちゃったってところ?」
「私はそう考えます」
ピトーに従って歩きながら、モモゼは『
意識して制御すれば、ただ暴れる以外にも人間を操作させられること。同時に『
ピトー達は三層で動くためのカモフラージュとして国王軍兵士の死体を連れ回していたが、国王軍の制圧区域を出る直前で彼らを解放し、モモゼが引き起こす暴動に加えさせた。
今後の足取りを掴ませないためだ。
ピトーの『円』とモモゼの撹乱によって、三層の鎮圧は遅滞している。
「……裏切りの理由によるね。モモゼが後ろ盾になるって言ったら案外受け入れるかも」
「そうでしょうか? むしろこの動きは、王族の干渉そのものを避けるためのものに見えます」
「まあ、いま考えても意味ないや。捕まえてから考えればいい」
2.5層へ出入りする人間は、明らかにワープしている。『円』の中で不自然な挙動をする人間の動向を追いかけ、ピトーは2.5層へ入り込むための経路を割り出した。
これだけ周到な計画だ。外部からの襲撃を凌ぐための手段は幾つも用意されているはずだが、ピトーにはそれら全てを破る自信があった。
この船に乗ってからというもの、全ては人間のスケールで話が進んでいる。
ベンジャミンの兵士でさえたかが念獣一匹に尻込みし、主たる武器である拳銃は、『絶』状態のピトーに痛痒も与えられない程だ。
ピトーを嵌める為だけに用意された念使いでさえ、あれほどの絶好のチャンスでピトーを殺すことはできなかった。
東ゴルトーに乗り込んできたハンターたちであれば、あそこからピトーを取り零すようなことはなかったはずだ。
残る対抗手段は団結であるが、それがどれほど難しいかをピトーは知っていた。
ピトーによって船全体の危機が訪れない限り、最早カキンにピトーを咎めるすべはない。
「捕まえる……マフィアを?」
「モモゼが従えるんだよ。キミが欲しがっていた刃でしょ」
「……ピトー様は、リグ様と同じ考えだと思っていました。私を死なせないまでも、勝たせる気はないのでは?」
「慎重だから消極的だけど、リグはモモゼが勝つ気なら止めないよ。ボクはもうちょっとテキトーだから、道にナイフが落ちてたら拾ってあげるくらいはするつもり」
ピトーにとっては退屈しのぎに過ぎない。下層で遊び相手を探しつつ、モモゼの手助けをする。
モモゼが知やカリスマによって王に相応しく成長するのならそれはそれで愉快だし、そうならなくともピトーは体を動かすことができる。
「まだ勝つ気はある?」
「当然です。……ただ、少し考えは変わりました。私自身が勝ち取らなければならない。そうでなければ、私には何も無いのだから」
「何もない?」
「『血』だけです」
「人間にはそれがあれば十分なんでしょ」
「そうは思いません。王には、上位者として相応しい能力が求められるはずです」
「それを示すのが継承戦でしょ? ただ勝てばいいんだよ。モモゼは人間なんだから、国民の全てより強くある必要も、賢くある必要もない。必要なのは『血』で、それは足りているんだから」
言いながら、ピトーは継承戦の道理について考えていた。
血族による継承は、間違いなく人間の道理である。しかし殺し合いは、獣が縄張りと群れを賭けて争うのに似ている。
王子個人の力でも、他人や状況を使う知恵でも、単なる運でも構わないところは自然の摂理でもあり、ただ一人の生存のみを条件とするところは人間のエゴに染まっている。
「……私は、手に入れたいのです」
「何を?」
「価値を。私の価値を示す……何かを」
理解できない価値観だ、とピトーは早々に共感を投げ捨てた。
この世でピトーだけが知る『
自分がどう在りたいか、どう見られたいか。
ピトーにも当然に備わっている考えではあるが、そのために己をねじ曲げることはしない。常に欲求が先にあり、我慢や忍耐、変化は手段として存在するのみだ。
正しくあるために我慢をすることはない。
相応しくあるために遠回りをすることもない。
ピトーの目には、モモゼが王になるのに必要ないものを欲しがろうとしているように映っていた。
王になるために必要なのは継承戦に勝利することただ一つ。裏を返せばモモゼが真に欲しているものは玉座ではなく、モモゼ自身の言う『価値』である。
王であるモモゼには価値があり、王でないモモゼには価値がない。
では『価値』とは何か。
(王こそ孤独だと思うケド……)
目的地に辿り着き、ピトーはモモゼに対する思考を中断した。その内、自ら気付くだろうと棚に上げる。
「着いたよ」
「……こちらですか?」
「ここが出発地点のハズ」
民間人の居住区域の一室。その扉を開け、中に入ると別の空間に転移する。それを何度か繰り返した後、大部屋に行き当たった。
モモゼは最初こそ空間転移に驚嘆していたが、すぐに順応し、途中の一室の隅に折り紙を隠しおいた。ピトーとの訓練の合間に折り溜めていたものだ。これによってピトーが『円』を展開し続けなくとも尾行がいれば察知できるし、マーキングにもなる。
「入るね」
「はい」
『円』を閉じる。
扉を開けると、そこはダイニング様の一室だった。控えている人数は八人。ピトーは全員のオーラを間近で観察し、改めて脅威にならないと判断する。
「わお、誰か来ちゃったよ」
「ネコミミだ。ホンモノ?」
「馬鹿、念能力に決まってんだろ」
オーラの多寡よりも、その扱いが使い手の強さを示す。淀みのない『纏』や『堅』、滑らかな『流』。直接立ち合わずとも、ピトーは『円』に触れたオーラだけで彼我の実力差を凡そ推察することが可能だった。
この船の中でピトーが『円』を触れさせた内、敵対し得る『戦力』として数えるのは20に満たない。
上層であればビスケ、
マフィアの念使いは、それよりも大きく格下だ。
考えるべきことはモモゼを害されないように立ち回ることのみ。
「てか後ろにいんの王子じゃね?」
「50ポイントキター!!!」
「ヨコタニ、王子は追い出せないんだっけ?」
「ええまあ、しかし護衛くらいは」
「オレ猫耳ちゃんと遊びたいんだけど」
ピトーは黙ってエイ=イ組の構成員たちのやり取りを聞いていた。
正しくピトーを警戒しているのは一人、カーリーヘアの大柄な男のみ。ピトーはそこから、血の臭いを嗅ぎ取った。殺し慣れている。
「モレナ=プルードはいる?」
この場にモレナはいない。そう確信しながら、ピトーは問いを投げ掛けた。
「50ポイントってどういう内訳になんだろ。念使いとか殺したやついたっけ」
「分かんね」
「とりあえずやるか。誰が獲っても恨みっこなしってことで」
「サンセー」
肩を竦める。期待した通りの『戦闘』が起こらないことを理解して、ピトーは失望に息を吐いた。
前髪を左右に分けたスーツ姿の男が一歩踏み出した。糸目の奥の視線はピトーに向いている。
「初めまして。自分はヨコ、タ──に?」
男の首が飛ぶ。死体が後ろへ倒れるよう、ピトーは丁寧に腕を払った。モモゼに血が飛び散らないようにするためだ。
そこまでしてようやく、エイ=イ組の構成員達に緊張感が走る。
ピトーの動きに視線が追いついた者さえいなかった。目の前の男が突然飛んだように見えているだろう。
「モレナ=プルードはいる?」
ピトーは再度同じ問いを投げた。唯一最初から警戒を露わにしていた
「……ここにはいない」
「じゃあ奥の部屋かな。道を開けたら殺さないでおいてあげるけど、どうする?」
「用件は?」
「仲間探しってとこかな」
「それなら無駄だ。モレナは受け入れない」
「道を開けろって言ってるんだけど?」
構成員達はぴたりと口を噤み、ピトーの様子を窺っていた。死への恐れ、楽観、怒り、緊張──
分かりやすく手詰まりを示している。
先程名乗ろうとした男──ヨコタニが防衛の要だったのだろうとピトーは読んだ。
「追い出す」という発言があったことから、おそらくは名乗ることを条件にした、非殺傷の防衛機構。スーツの弁護士バッヂと、モモゼを追い出せないという発言から、この空間とカキンの法律を制約にした能力だったと推測する。
己の立場や身分を利用した能力の多くは、その身分を事前に明かすことを必要とする。おそらくはその例に漏れない。
そして目の前の男はピトーを警戒し、ヨコタニを庇おうとしていた。直接戦闘や防御に長けた能力があるものと考えられる。
ギミック的な防衛手段は弾切れに近い。放出系の空間移動を用いたトラップがある程度だと判断する。
「……ついてこい。案内する」
「トレベルム! それは──」
「お前らは残ってろ」
トレベルムが先導した扉は、ピトーが事前に読み取って記憶した経路と同じだった。
扉の放出系能力者が誰であれ、リアルタイムで扉の接続をスイッチされる恐れはないだろうとピトーは判断した。それが可能なのであれば、利便性を考えてこんな複雑な移動経路は組まない。
モモゼは一部始終を黙したまま見届け、ピトーに従って歩いた。
特殊戒厳令のアナウンスが再度鳴った。
アナウンスが鳴り止むと同時にトレベルムが扉を開け、他よりも少々豪華に設えられた部屋に出た。デスクチェアとソファ、モニターとゲーム機とテーブル。少なくともマフィアの組長の部屋には見えない。
部屋に控えていたのは七名。その内、額から左目を通過して左頬にかけて二本の線状の傷跡を残した女と真っ先に目を合わせた。
二線者。継承権を持たない王族の血筋。カキンのマフィアの長は、代々二線者が務めている。
直後、モモゼの背後から影が飛び出した。
奇襲の狙いはモモゼではなくピトー。
両手でピトーを羽交い締めにするため、姿勢低くタックルを繰り出そうとした男の動きを、ピトーは起こりから正確に捉えていた。
先程の部屋にいた面子とは一線を画す練度だったが、あくまで彼らと比べての話。
ピトーはタックルを跳躍して躱し、その背中を踏みつけて背骨を粉砕した。
「ドグ……!」
「おぉ、無理だ……レベル、ごせん……」
何か言いかけた男の頭を踏み砕く。犬を模したマスクの下から脳漿と血液がこぼれた。
部屋に残った人間を数える。
今しがた屍に変えた
「初めまして、モレナ=プルード」
「……ええ、初めまして。ネフェルピトー、モモゼ=ホイコーロ王子」
「ボクたちのサプライズは気に入ってくれた?」
「大変困ってるわ。こんなの、全く想定していなかったもの。まさか五分足らずで全滅の危機に陥るだなんて」
言いながら、モレナは平静を崩さない。
手段が残っているが故の余裕では無いだろう、とピトーは見積もった。
この場で滅んでも、それはそれで構わないと思っている。同時に、ピトーがこの場で皆殺しにする気はないと予想し、この局面を乗り切れる可能性を見てもいる。
「カードゲームをしてたの? そこの私設兵はまだ念使いじゃないみたいだから新参かな?」
「ええ、彼女は新たに私達の仲間になってくれたボークセン。重要な役割を担ってもらおうと考えていたのだけど……それどころじゃないわね」
「ふうん。キミ達の目的は?」
「カキンを壊すこと。ひいては世界の全てを滅ぼせたら嬉しいなとも思っているから、それまで頑張ることが目標かしら」
「どれくらいの確度でそれが可能だと思っているの?」
「カキンを滅ぼせる可能性は1パーセントくらいかしら? どう思う?」
「……まあ、それくらいなんじゃない? キミの答え次第では10パーセントくらいに上がるかもね」
「それじゃあ頑張らなくちゃ。あなた達が私たちに求めるのは何?」
「モモゼに従うこと」
モレナの視線がモモゼに移る。
モモゼはソファに座ったまま、モレナに話しかけた。
「貴方は、カキンを憎んでいらっしゃるのですね」
「ええ。滅ぼしたいと思っているし、そのために何でもするつもり」
「憎い王族に従うことも、でしょうか」
「それはモモゼ王子次第だけれど、そうね。今の私たちは絶体絶命だから、とりあえずは従うしかないのでしょうね」
モレナが合図をすると、テーブルの端に置かれたカードを
「すこし悠長かもしれないけれど、ゲームをしましょう。あなたの目的と、私たちにできること、やりたいこと、やりたくないこと。すり合わせをしておきたいわ」
モモゼはもうピトーを振り返らなかった。
「……受けます」
「ではルールを説明するわね。まず最初に言っておくけれど、このゲームは私の能力の条件の一つよ。あなたを能力の対象にするつもりはないし、おそらくはできないけれど、情報交換の形式として便利だから使う。納得してもらえる?」
「受ける、と言いました。ピトー様を動かさない保証が欲しいですか?」
「いいえ、不正をするつもりはないもの。あくまでゲームの目的は円滑な情報交換。違えることはしない」