超古代に『剣』の概念を生み出した男の話 作:柴犬ダックス
神獣を討ち取ったあの日から、集落の空気は一変した。
人々は俺を『神を殺した英雄』としてひれ伏そうとしたが、俺はそれを一蹴した。
「勘違いするな。俺が勝てたのは神獣より強かったからじゃない。この『剣』という武器と、あいつらには無い『体の効率的な動かし方』をしたからだ。それが無かったら到底勝つ事は出来なかったろうな。それに俺一人に依存したって、俺が死んだらどうする?そうなったらこの集落はまた蹂躙されるぞ」
そう言うと集落の人々は不安を覚えたのか、一斉に顔を青くしていく。
「な、ならどうすれば!?」
「教えてくれ!我々はどうやったら奴らから身を守る事が出来る!?その『剣』っていう道具があればいいのか!?」
「だから『剣』だけじゃ勝てないっての」
俺は努めて冷静に彼らに説明した。
しかし、集落の人々は余程俺が神獣を殺した光景が頭に焼き付いてるのか、何度も奴らに対抗する手段や『剣』の作り方について尋ねてくる。
やがて根負けした俺は、彼らに『剣』の作り方と一緒に奴らに対抗する為の『体の効率的な動かし方』───即ち、『剣術』の型を教える事となった。
俺も人に教えられる程の腕前じゃないんだが……仕方ないか。
俺は集落の広場に粘土で簡易的な炉を組むと、俺と同い年くらいの若者や大人達を集めた。
「いいか。まずは『剣』の作り方、鍛造の基本からだ。これは炉と言って、これに空から落ちてきたあの
実際に工程を見せてみると、最初はめちゃくちゃどよめきが広がっていた。
そりゃあこの時代に鍛造技術は無いし、驚くのも無理はない。
火を怖がる者もいたが、やがて何人かの若者が恐る恐る石のハンマーを手に取り、鉄を叩いていく。
俺は彼らのそんな様子を傍で見守りながら、一切の容赦なく指導していった。
「だから火の温度は下げるなって言っただろ!『疲れた』?泣き言は聞かん!腕が千切れそうになっても気合で維持しろ!!」
鍛造についてあらかた教えた後は、剣術の型を教えて行く。
俺が前世で習っていたのは一般的な剣道だが、型や足捌きについては転生して十数年経った今でもしっかり身体に染み付いてる。
元剣道部員は伊達じゃない。
俺は木を削って作った素振り用の木剣を何本か用意し、若者や大人達に手渡して行った。
「石斧みたいに腕の力だけで振り下ろすな。足裏全体で地面を捉え、腰の回転を手に伝えろ。それが『剣術』の基本だ」
みんなは初めて体験する剣道の体捌きや型といった慣れない体の動きに最初は非常に苦戦していた。
しかし、やがて時間が経つと何人か飲み込みが早い者が現れ、その中でも俺が目を付けていた一人の若者──とある少年の才能は別格だった。
「すれ違いざま、相手が踏み込んできたその一瞬の隙に、体重をすべて乗せて刃筋を立てる。……そうだ! 今の踏み込み、筋がいいぞ!」
少年は俺からの賞賛の声に嬉しそうに微笑む。
その後も体中汗だくにしながらも木剣を振り続け、それを見ていた者達も負けじと剣を振るう。
俺はそんな光景を見ながら、何処か胸の奥が温かくなるのを感じていた。
病室のベッドの上で何も残せず、ただ死を待つだけだった前世の自分。
でも今、俺の目の前にはかつての稽古場と同じ光景が広がっている。
俺の手から「生きていくための技術」が、この時代の人々に受け継がれていく姿を見ると、どうしようもなく胸が熱くなってくるのを感じた。
「…………いいぞ、もう一回だ! 刃筋をブレさせるな! 相手の急所を断ち切るイメージを絶やすなよ!」
もしかしたら、俺はこの為にこの世界に転生したのかもしれない。
そんな益体も無い事をぼんやりと考えながら、俺は更なる指導に熱を入れた。
▽▽▽
一方、その頃。
人類が知る由もない、大地の底――『星の内海』。
本来、この時代の人類は「神々の与える権能」にすがり、石器を用いてかろうじて生存するはずだった。
それが、たった一人の人間の手によって、金属器の精錬技術と、洗練された
このままでは、神々による人類支配のシナリオが崩壊し、人類史の構造そのものに致命的な
――だが、それを阻んだのも同じ抑止力の化身である
それは、『彼』と集落の若者たちが、血と汗を流しながら地表で叩き続ける人類の「音」と「祈り」だった。
──たたけ。のばせ。すれちがいざまに、ぜったいに断ち切る。
───だれかをまもるために。生きのびるために。
星の精霊たちは、その美しさに息をのんだ。
神々が振るう身勝手で圧倒的な「権能」ではない。
力なき羽虫のような人間たちが、泥を舐め、手を焼き焦がしながら、生きるために生み出した純粋な「意志の形」に。
『すごい……! 神様の力じゃないのに、こんなにも鋭く、こんなにも美しい「
『見なさい、彼らが叩いている鉄の形を。あの「真っ直ぐで、両側に刃がある刀身」……!』
『ボクたちが求めていたこの星を護るための「
星の内界の深層───アヴァロンで、いずれ『はじまりの六人』と呼ばれる六人の星の精霊達は主人公が地脈に刻みつけた「剣の型」とそれを振るう「運動の軌跡」をまるで宝物のように抱きしめ、一心不乱に模倣し始めた。
───この男の生み出す『
『彼』が集落の人々に素振りを教えているまさにこの瞬間。
星の内海では、彼の振るう木剣の軌道が『はじまりの六人』によってリアルタイムで
▽▽▽
「よし、今日の稽古はここまで!」
俺が汗を拭いながら声をかけると、少年を始めとする集落の若者達は「ありがとうございました!」と頭を下げた。
教えたとはいえ、前世の剣道場の挨拶までしっかり定着しているのが少し可笑しかった。
「見てくれよ! 俺の叩いたこの剣、だいぶ刃筋が真っ直ぐになってきただろ?」
剣を打っていた村人の一人が、嬉しそうに自らの手で叩き伸ばした隕鉄の短剣を見せてくる。
「ああ、上手に打ててる。これなら神獣の皮も切り裂けるぞ」
その時、俺はふと遠くの地脈の裂け目に視線を遣った。
いつも噴き出す青白い光が、今日はなぜかわずかに温かく、まるで俺達を祝福するように揺れている気がしたからだ。
「……気のせいか」
俺は妙な感覚を覚えながらも、自分の『剣』を鞘に収めた。
この時はまさか、自分達が叩いている無骨な鉄くずと、ヘタクソな素振りの一閃が、いずれこの星の命運を握る「聖剣の母体」になっているとは夢にも思わずに。