ナンバリング・ガール 作:管理局事案編纂室
倉庫街の外れ。海からの風が錆びたトタンを揺らしていた。
「近い」
探知魔法に反応があった。ジュエルシードが近くにある。それも、一つではない。
「……二つ?」
『Yes sir』
「……?」
首を傾げた。二つの反応が近くにあった。片方は微弱で、もう片方は強い。
「行こう」
地面を蹴った。金色の髪が後ろに流れる。飛行はまだ慣れなかった。訓練通りに身体を操る。高度を上げすぎない。遮蔽物を利用する。
(……母さん)
その言葉が、胸の奥で固まっていた。硬く、冷たい。でも離せない。
指先が冷たい。手袋の中で汗をかいている。
速度を上げた。
倉庫街を反応の強い方へと進む。潮風が髪を煽った。
(ジュエルシードを持って帰ったら、きっと喜んでくれる)
胸元に手を当てる。そう思うだけで胸の奥が温かくなる。
口の端が緩んだ。
だが、ふいに着地し、身を潜めた。
見知らぬ魔力。質は自分と似ている。だが微妙に違う。刃物のように冷たくて、こわい。
(これ、知らない)
無意識にバルディッシュを強く握りこむ。息を殺した。
27番は倉庫の屋上にいた。
魔力反応、風向き。周囲の建物。遮蔽物。逃走経路。ひとつずつ確認する。海からの風が頬を撫で、匂いを運ぶ。
錆。潮。腐った木。どれも不要な情報だった。
デバイスを握る。3個目のジュエルシードはこの倉庫の内部。ほぼ間違いない。
しかし。
(別の反応。接近中)
前方。移動中。魔力量、大きい。
視線を上げた。夜空を横切る、金色の光。
魔導師。旧市街で感じていたものと同じ質。こちらへ向かってきている。
黒いバリアジャケットにマント。金色の髪。手には斧のような形状のデバイス。年齢は自分と大きく変わらないように見えた。しかし、外見から戦闘能力を判断することに意味はない。
デバイスを構えた。だが、すぐには撃たない。相手の出方を確認する。敵性か、中立か。判断を保留する。
魔導師が地面に降り、遮蔽物の影に消えた。
(こちらを認識した)
倉庫の端へ移動した。相手との距離を測る。近距離と中距離の中間より少し遠い。相手の基本戦術は不明。判断材料が足りない。
(先手を取るべきか)
任務遂行のためなら障害は排除する。だが同時に、無用な戦闘は避けるべきだった。
(ジュエルシードが目的である可能性が高い)
この場所、このタイミング。偶然とは考えにくい。
倉庫の影から空中へ一歩、踏み出した。
「そこにいるのは分かっています」
声は、風に乗って消えた。返事はない。だが微かに魔力が揺らぐのを感じた。動揺ではない。警戒。それだけの情報を得た。
「ジュエルシードが目的ですか」
今度は、明確な反応があった。魔力の揺らぎが大きくなる。図星、あるいはそれに近い。
(敵性の可能性、上昇)
デバイスを隠れた遮蔽へ向けた。だが撃たない。まだ、確定ではない。
相手が動いた。
黒い影が遮蔽物から飛び出し、一直線に迫ってくる。
(高速。直線機動)
高度を上げた。魔力弾を三発、連続で放つ。牽制。
(低威力。反応を確認)
「ッ!」
フェイトに三発の魔力弾が迫った。
一つ目を弾く。二つ目をかわす。三つ目を防ぐ。
対処している間に、相手は距離を取った。
(近づかせたくないんだ。じゃあ、近づけばいい)
魔導師が勢いそのままに前進する。近づけばいい、そう判断したような動き。
後退しながら射撃を継続。通常弾を広く散らし、進路を塞ぐ。
フェイトはバルディッシュを振るい弾を払う。だが、次々と撃ち込まれる弾を次第に防ぎきれなくなっていく。防いでも、際限なく次が来る。
(訓練と違う。訓練では、こんなに来なかった。こんなに痛くなかった……ッ!)
退けば撃たれる。避ければ追い込まれる。足を止めたら、その瞬間に落とされるのが分かってしまった。だから、強引にでも前へ出るしかない。
(怖い。でも……!)
27番は観察する。魔導師は弾幕を強引に突破。デバイスを握る指先が白い。
(近距離型。判断遅延。中距離対応不慣れ。回避、防御は正確だが連続攻撃で崩れる。不要な力み)
観察内容から、一つの結論に至った。
(実戦経験が不足)
後退。高度有利。射撃継続を優先。距離の喪失拡大。
「バルディッシュ!」
『Photon Lancer』
魔導師が射撃魔法を発動。同数の魔力弾で迎撃、相殺する。
(射程に捉えられた)
魔導師への圧力が一瞬弱まり、その隙に距離が埋まる。
(接近は危険。学習される前に決着を)
周囲に魔力弾を生成。通常射のみで対処。
その瞬間、倉庫の内部から強烈な魔力の奔流が溢れ出した。
「ジュエルシードが!?」
倉庫のトタンが吹き飛び、鉄骨が悲鳴を上げる。青白い光が継ぎ目から漏れ出し、夜の闇を切り裂いた。
融合体の姿はない。代わりに魔力が嵐のように吹き荒れていた。
即座に判断を変えた。射撃の照準を嵐へ移す。魔力弾の出力を最大に切り替える。
(ジュエルシードの回収が最優先)
魔導師も同じ結論に至ったらしい。戦闘を中断し、倉庫へと向きを変える。下方へ構え直す。
「シーリングフォーム!」
『Yes sir!』
魔導師のデバイスが槍のような形状へ変形する。
(変形機構。応答能力。私のデバイスにはない機能)
相手は高性能デバイスを所持している。だが、今は関係ない。目の前のジュエルシードを止めることが優先される。
魔力嵐の中心を読む。ジュエルシードは倉庫の中央付近。建物の構造物と魔力が絡み合い、増幅していた。
一方、フェイトは倉庫の正面へ回り込んだ。槍を構え、光の束を放つ。封印魔法。ジュエルシードの動きを止めるための干渉。
だが、魔力嵐が壁となり、封印魔法を押し返される。
(このままじゃ……!)
どうすればいい。分からない。焦りだけが募っていく。
一度封印魔法を解除する。上空の相手はまだ動かない。助けを期待していたわけじゃない。それでもほんの少しだけ、残念に思った。
(私が、わたしがやらなきゃ……っ!)
27番は上空から魔力嵐の構造を分析していた。流れ。密度。回転。中心点。ジュエルシード本体は渦の核にある。
(一点突破。核に直接干渉すれば停止するはず)
だが、接近は危険。魔力嵐の内部は乱流。まともに突入すれば吹き飛ばされる。
(ならば、外から狙う)
嵐の中心へ向け急降下。重力と魔力で加速。魔力弾を新たに生成。速度、貫通力特化。狙うは一点。
「
加速の負荷に左腕の傷口が開いた。無視して弾丸を放つ。同時に身体を引き起こして上昇し、嵐を回避。痛覚信号が強まった。
弾丸が魔力嵐の外縁に触れた瞬間、大気が震えた。光の筋が嵐を貫き中心へと到達する。
手応え、あり。
だが、わずかに逸れた。嵐は不安定になったが完全には止んでいない。そこに、魔導師が再度行動を起こした。
「ジュエルシード封印!」
金色の光がジュエルシードを包む。封印の光。今度は嵐を貫き、ジュエルシードを封じ込めていく。
(取られる)
空中で静止した。デバイスを魔導師に向ける。排除可能。
だが、撃たなかった。
(回収済み。奪取は追加戦闘。現状では確実性に欠ける)
魔導師が27番を見上げた。互いに構えたまま、視線が交差する。
数秒の沈黙。風が二人の間を吹き抜ける。潮。鉄。焦げた魔力。
魔導師が口を開いた。
「あなたもジュエルシードを集めているの?」
答えなかった。情報を与える意味がない。
「……そう」
魔導師は沈黙を肯定と受け取ったらしい。デバイスを胸に抱く。
「邪魔を、しないで」
絞り出すようなその声から、競合相手への勧告とは別のものを感じた。
「次に会った時は、戦うかもしれない」
「そうですか」
「でも、今は……」
魔導師は言いかけてやめた。口元がわずかに歪む。27番にはその動作の理由が分からなかった。
(表情の変化。意図不明。敵対行動には該当せず)
分からないという事実が残った。
魔導師が飛び去る。金色の光が夜空に消えていく。
その軌跡を見送った。追撃はしない。判断は既に下されている。
(初期評価完了。近距離突撃型。高性能デバイスを所持。次回遭遇時優先的に対処)
魔導師の情報を処理していくなかで分類できないものがあった。最後に見せた表情。あれは何だったのか。
(不要な情報)
そう判断し、記憶の底に沈めた。沈めただけだった。
デバイスを収納し、地上に降りた。ユーノが倉庫の影から駆け寄ってくる。彼は戦闘中、ずっと隠れていた。それが正しい判断だった。
「大丈夫だった?!」
「問題ありません」
「あの子、誰?」
「不明。ですが、ジュエルシードを回収したことは確かです」
表情が曇る。彼も、あの魔導師を警戒しているらしい。
「……戦わなきゃいけないの?」
その声が、わずかに耳に残った。
「敵対行動を確認しました。次回遭遇時、対処します」
彼は何か言いかけて、やめた。その動作に既視感があった。
(言語化を回避する行動パターン。意図不明)
彼から視線を外し、もう一度夜空を見上げた。
(あの魔導師は、何のために戦っている)
問いが浮かんだ。右手が枷に触れる。問いを棄却する。
倉庫を一度振り返った。ジュエルシードは既に回収されている。三つ目のジュエルシードは、27番の手にはない。
(回収失敗)
失敗は失敗として記録する。だが、致命的ではない。ジュエルシードは全部で二十一個。まだ十八個残っている。
魔力残量を確認する。危険域にはまだ遠い。が、無視できる消耗でもない。汚れた包帯を取り換える必要もある。
「休息が取れる場所を探します」
「うん……」
彼が後ろを振り返る。魔導師が消えていった方向を見ていた。
その横顔に、27番は言葉にならない何かを感じた。輪郭を掴む前に、彼が向き直った。
(不要な情報)
歩き出す。足音が追いかけてくる。その音が、先ほどまでとは少し違って聞こえた。
夜空に、金色の残滓がまだ微かに漂っていた。海からの風が潮の香りとともに吹き抜ける。
枷の変わらない冷たさが、少しだけ重かった。
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