「落ち着いて下さいよ冒険者の姐さん」
へへ、と下手に出る男に瞬きの隙をついて肉薄し、大鎌を振るう。
逆袈裟の斬撃は大きく体を移動させねば避けることは叶わない。
取り得る手段は接近に合わせて距離を大きく取るか防ぐかの二択だ。いや、転がるという手もあるか。
そして、歪曲した鎌の形状は剣とは異なる軌道を描く。特殊な武具に心得のないものがこれを防ぐのは至難の業だ。
避けられればナイフの投擲を、防がれれば拳の殴打を、初動を潰すようなら組み付いて大地に叩きつけよう。転がるならそのまま蹴り殺す。
二段構えが成らぬなら手札と手順を増やすまで。
さあ、お前はどう捌く。
「ひぁあっ」
情け無い声をあげてあっさりと両断された男に、私は虚をつかれた心持ちになった。
なんだこれは、奴は強者ではなかったのか。
血飛沫に沈む男の首を落としながら、私はやるせ無い感情を持て余す、──事はなかった。
「ああ、ああ酷い。これじゃあ商売あがったりだ」
何食わぬ顔で隣に立つ男に拳を見舞い、間抜けな声を上げながら錐揉みして飛んでいく男に追撃を加えようとナイフを掴んだその瞬間、腕を押さえられた。
「痛い痛い。落ち着いて下さいってば。あっしは敵じゃありやせんて。ただのしがない商人で、ってうおお、力強いなっ」
ギチギチと両手を使い押さえ込もうとする男に、迂闊だなと笑いかけてやる。
私の片手が空いているぞ。密着していれば大鎌は振るえぬとでも思っているのか?
「っひぇ!バケモンかよ」
一瞬の力みと全身の脱力と共に行う駒回りの斬撃。
虚実を交えた必殺すら凌ぎ切った男は、両手を上げて地面に伏した。
「勘弁ですって姐さん!この通り、あっしは無抵抗だ!」
あまりに情け無いその姿に、火のついた闘争心が急速に萎えていくのを感じた。
だが。迷宮内で怪しい奴がいたら排除しておくのが無難だ。たとえこちらがひとりでもパーティーでも、相手が同業者でも無い限り、いや、同業者だとしても無闇に関わりを持つのは推奨されない。
・・・・・・やはり、首を落としておくか。
『や、止めてあげてよう、可哀想だよぅ』
冗談だ。
何やらトラウマが刺激された様子で必死に制止してくるペンダントを撫で、私は武器を収めた。
▶︎
「見ての通りあっしはただの行商人でして、ここには商いに参った次第です」
嘯く男に呆れた視線を向ける。
ただの行商人にしては、随分と戦い慣れているな。
それに、最近の商人は不死身か何かなのか?
迷宮に商いをしにきたというのも明らかに怪しい。そも、他の迷宮ならいざ知らず、門の迷宮がただの行商人を招き入れる訳がない。
「こんな生業ですもんで、それなりに荒事も経験するってもんでしょうや。不死身に見えるのは勿論仕掛けがありやすが、そんな簡単には明かせませんぜ。それに、姐さんも冒険者なら聞いたことありませんか?商いの神は冒険神と親友だって」
親友ならば、それを奉ずる者の為にちっとばっかり融通を利かせることもあるんですよ。
そう続ける胡乱な男は、そうでしょう?と私の首元に視線を向けた。──油断ならない男だ。
『わかんない。こんな事初めてだよ』
ペンダントから思念が伝わる。
門の管理者でさえ知り得ぬ手段を持って迷宮に侵入しているという事は、この男の言うように神が関与しているのだろうか。
私に接触してきた目的は、何だ。
「ああ、ああ!そりゃあ、商人がやる事と言ったらひとつでさぁ」
冒険者の姐さん、何か御入り用はございやせんか?お安くしときますぜ。
我が意を得たりと声色明るく、行商の男は笑うのだった。
▶︎
ええ(困惑)
この子は一体全体何なんだ。
いきなりあらわれて冒険者君にボコボコにされたと思ったらケロッとした顔で冒険者君相手に商売を始めちゃう。
ついさっきまで首チョンパの危機に遭ってたって言うのに、あんなにニコニコと愛想笑い出来るのは職業柄ってレベルじゃないぞ。
「姐さん、この手斧なんて如何です?西の大砂漠でしか採れない奇跡の鉱石を使った逸品でさぁ」
「悪くはないが」
「おや、あんまり気に入ってませんね?ならこっちはどうだい」
何だか冒険者君も楽しそうだし、ちょっと複雑な気分。
次から次へと剣やら槍やら取り出しては蘊蓄を交えて説明する様子は、手品みたいで面白いなってぼくも思うけど。
って言うかどうやってそれ持ち込んでるの?
迷宮に武具は持ち込めない筈なのに。
「ええ、ええ!そっちのお嬢ちゃんなかなか鋭いねえ。だけど秘密さ。悪いけどねえ」
!やっぱりぼくのことも知覚してる。
本当にわかんない。一体全体なんなんだ。
「いやー、それにしても冒険者の姐さん、目が肥えてらぁ!それならこっちも、とっておきを出しやしょう」
「・・・・・・これは」
「流石だ姐さん、わかりますかい?こいつのヤバさが」
そう言って見せびらかすように掲げたのは、どこかで見たことのあるモノだった。
なんだったかなあ、喉元までは出てるんだけどなあ。
んー?
▶︎
行商の男は、いくつかの品物と引き換えに手製の大鎌と盾を持って行った。
曰く、そのペンダントとなら全部の品を交換したって良いなどと宣っていたが、交渉決裂を匂わせるとあっさりと引いたあたり本気だったのか交渉術の一環なのか判別がつかない。
手製とは言え伝説の竜の素材だ。持って行ったアレらにも相当の価値はあったのだろう。
ペンダントを強請られた時の、あの少女の騒ぎようと言ったら、宥めるのに苦労した。だから、そう拗ねるな。
『そんなこと言って、ちょっと揺らいでたじゃないか。これは君とぼくの絆なんだよ、そこんとこ自覚して欲しいなっ!』
さもありなん。
しかし、こんなところでこの剣を手に入れられるとは思わなかった。
まあ、真偽の程は正直言って判断する術はないが、仮に贋作であっても、これ自体は実用的な武器として申し分ない出来だ。大鎌に慣れてきた頃合いではあったが、やはり剣の方が肌に合う。
「聖剣、か」
かつての勇者達が振るったとされる伝説の一端が、私の手の中で鈍く輝きを放った。
──うん、これはとてもいいものだ。
『君って男の子みたいな趣味してるよね』
【Tips】
《行商人》
・ええ、ええ。あっしら商人はお客さんがいるならどこにだって足を運びますぜ。なんせそれが生業なもんで。例え火の中水の中、迷宮だって商いの場にすぎませんや。
《勇者の聖剣》
・紛う事なく偽物である。それなりに希少な素材を投じ、高名な鍛冶屋が鍛えた名剣ではあるが、所詮はよく切れる頑丈な剣にすぎない。──棒切れだって、勇者が振るえば聖剣さ。