辺境の小さな村に生まれた子供が、たまたま体が光ると言うだけの異能に目覚めてしまったが為に、神の子と祀り上げられた。やがて本人が知らぬまま御輿とされた彼は、勇者などという大層な肩書きを以ってその生涯を縛られる。
国に召し上げられ、両親と別れたのはまだ五つの頃だ。
それからは苦難の連続だった。
神の子であれば救い給へ、導き給へ。勇者ならば戦い給へ、我等を守り給へ。
そうやって数多の試練を押し付けられ、様々な土地を転々とした。
無垢な期待や懇願が、光で照らすだけの少年に、勇者の心に暗い影を落とすなど大衆は知ろうともしなかった。
勇者として崇められる彼にも、真の友と呼べる者がいた。
流転の神の手から溢れ、次元の狭間より来た忌み子が、勇者の心を支えた唯一の友だった。
《渡り》と呼ばれ、人から離れるような生活を送っていた友は、勇者の試練に付き添う事を望んだ。それが勇者の救いになった。
彼女との旅は素晴らしいものだった。
試練の日々は辛かったが、それでも側に友がいてくれれば、どうと言う事はなかった。
「あっちで流行ってたゲームって奴さ。見てよ、このキャラクター。勇者だって、君と同じだね」
友は勇者が知らない事を沢山知っていた。知らない道具を沢山持っていた。
内緒だよと口に手を当てながら見せてくれた異界の遊具は勇者に好奇心を齎したが、勇者の心を歓喜の色に染めたのは、友が秘密を共有してくれたという事実だった。
心が通じ合った旅の途中、渡りと言うだけで迷惑をかけると遠慮する友を慮った勇者は、折を見ては人目につかぬように隠れ、二人で夜通し遊んだ。幸せだった。
別れは唐突だった。
渡りである故に短命だった友は、短い生涯を勇者の腕の中で閉じた。
ある時、勇者の胸に脈絡もなく抱きついた友は、顔を赤く染める勇者に微笑みながら己の運命を語り、感謝と激励の言葉を告げて逝った。
その顔は穏やかで、安らぎに満ちていた。それが勇者には信じられなかった。
喪失感が勇者を襲い、心を傷つけた。それでも、世界は勇者に試練を与えることをやめない。
友という心の支えを失ってなお、人は勇者に偶像を押し付ける。
勇者の心は荒み、されど友の願いを無下に出来ない。表向きは高潔な勇者を演じ、心の内では侮蔑と嘲笑を吐きつける。そうやって、勇者は友の願いを叶え続けた。
魔物に怯える村を救った。
町を脅かす野盗を討った。
私服を肥やす領主を諌めた。
虚飾に塗れた貴族から娘を差し出された時、勇者の心は限界を知った。
もう、知らぬ。世界などどうでも良い。自棄になりかけた時、門の迷宮に招かれた。
▶︎
迷宮は、それまでにない特大の試練だった。
門の管理者を名乗る少女の案内がなければ、生きて帰る事は出来なかっただろうと思う。
「うおおん、何て健気な子なんだ君は!」
「システム?レベル?他の迷宮ではそれがあたりまえなのかい?」
「なるほど!この仕組みをうまく利用すれば、迷宮の被害者を減らせるって算段だね!」
「君はとても賢いね!ありがとうっ」
それにしても君はキラキラして眩しいね。
そう言って笑う少女は、心配になるほど素直で純粋だった。
都合のいいところだけを抜粋した他人の半生に涙を流したかと思えば、内心で揶揄う為に吐いた下らない嘘を本気で信じ込む。
挙句には、ただ光るだけのこの力をキラキラしてると称してにこにこと笑っている始末だ。
最初は馬鹿な子だなと冷笑した。
次に窮地に絶叫しながら助けてくれた姿に絆された。
最後に、よかったと笑う顔に在りし日の友を思い出した。
道すがら少女の生い立ちは聞いた。
そして、終わりのない宿命も。
世間知らずの子供が、自分より過酷な環境にいて、それでも心を汚さずに立ち向かっている。
横面を殴られたような衝撃だった。
「何を捻くれていたんだろう」
この少女が背負わされた運命と比べれば、勇者の重圧なんて軽いものだ。
友が望んだのは卑屈になって他人を見下すような人生を歩くことじゃなかったはずだ。
光るばかりで役に立たないと思っていた力も、この通り、少女を笑顔に出来たじゃないか。
そうだ。ここから生まれ変わろう。
みんなが望む勇者じゃなくて、友と自分が夢見た、誰もが笑って過ごせる世界を作る人になろう。
心を新たにし、元気でねと手を振る少女に手を振り返して別れを告げる。歩き出して見上げた空の眩しさに、名案を思いついて笑みが溢れた。
ただの勇者じゃ今までと一緒だ。
キラキラとみんなを照らす勇者。そうだ、今日から僕は《輝く勇者》だ。──友が笑顔で頷いた、そんな気がした。
▶︎
迷宮を脱した勇者は、新たな思いを胸に抱いて旅を続けた。
変わらず世界は試練を与えようとしたが、最早心が晴れた勇者にとって、それは試練でも何でもなく、ただ目の前の人々を笑顔にしたい。その一心で人を助け続けた。
そんな彼に賛同し、その道を共に歩む事を望む者たちが集まって、その中には商いで身を立てる者たちがいた。
輝く勇者の名の下に、必要なものを必要とする者に届ける事で笑顔の輪を育む。
この理念が後の大商会の原型である。黎明の際に培われた独自の技術や知識は、やがて衰退した商会が歴史の中に埋もれた後も世界を巡る行商人達に受け継がれている。
【Tips】
《渡り》
・世界と世界の狭間にあると言う魂の廻廊から弾き出された人々。世界を跨ぐ行為は魂を大きく傷つける。輪廻の輪に戻り魂が癒えるまで彼等の苦難は終わらない。
稀に自身を転生者と呼び世間を混乱させる者が現れる為、渡りへの風評は厳しい。
《大商会》
・かつて大陸一と謳われた商業ギルド。隆盛を極めたが、後年の一部の者達による私物化や身勝手な行いが起因し、解散した。
場所と人を繋ぐ特殊な転移の魔法を開発し、それを基に市場を席巻したが、その魔法も一部の特殊な血筋の者達しか扱えなかった為、現在は失伝しているらしい。
《門の管理者》
・勇者を迷宮から守り切った。幼い言動や素直な性格は世間知らずによるもの。──本当に?