牛頭の魔人が大斧を振るう。
渾身の力を込めた兜割りの一撃は、かの戦士を彷彿とさせるが、所詮はそこ止まりだ。
彼が放つ一撃は、受けて返そうという選択肢を奪う。それ程の威力だ。それに剣を振り切った直後の、通常なら隙が生まれるはずの瞬間ですら、彼はすぐさま万全の構えを取って何度でもそれを繰り出す。
掠めることすら致死に繋がる必殺の剛剣。
少なくとも、横合いから叩いた程度で軌道が逸らされることは絶対になかった。
この力だけの馬鹿の様に、一撃をいなされれば渾身ゆえにタタラを踏むような間抜けな隙も、彼は決して晒さない。
「比較にすらならん」
生意気にも大英雄を模した構えを取り、大した力量もなくバタバタと駆け寄ったかと思えば粗末な一撃を放って隙を見せる。
悪気があるのかないのか知らないが、こんなに腹立たしい事はない。似ているのは体躯だけか、そのご立派な角の生えた頭は飾りなのか。
「一度と言わず何度でも死んで出直してこい」
出来の悪い牛頭の首を斬り飛ばし、死に際に手放した大斧を拾って、慄く様子で足を止めた魔人の群れに投げつける。
回転しながら強襲する大斧に涎を垂らして逃げ惑う愚か者どもに肉薄し、勢いのままその全てを斬り殺した。
『・・・・・・うわぁ』
ペンダントが明滅する。
呆れか恐れか、あるいはその両方が混じったような声をあげる少女に、これで終わりかと問いかければ是と返される。
暫く気配を探り、残心を解いた。
行商人と別れた後、玉座の間を検分した私達は隠し通路の入り口を見つけて侵入した。
長い階段を降り、広間に行き着いたと思ったら背後に鉄格子が降りて退路を塞ぐ。
それと同時に現れたのが、先の間抜けな牛頭の群れだ。
各々が金棒や大斧、大剣を持ち、やたら興奮している様子だったので期待してみればこの顛末。あの闘技場での戦いを、戦士達の勇姿を侮辱されたように思えて非常に気分が悪い。
『随分武器が馴染んでるみたいだね』
気遣わしげに問われる。
実年齢は兎も角、見た目通りの幼い気質の少女に気を遣わせるようでは、冒険者としてまだまだと言ったところか。
ふむ、聖剣か。
ああ。やはりこれは本物なのだろうな。
冒険の合間に色んな武器を手に取ったが、これ程馴染むのは初めてだ。元々剣は愛用していたが、これを超えるものに出会うのは、おそらく生涯ないだろうさ。
聖剣は担い手を選ぶと聞く。これ程の剣が私を選んだと言うのなら、勇者の仲間入りを果たしたと誇っても良いのではないかと思うくらいだ。
『お、おう』
何故か引き気味に答えるペンダントを撫で、広間に出現した魔法陣に意識を向けた。
何かしらの行動を起点に発動する類の罠か。先の牛頭を殲滅したのがトリガーだったらしい。
『あれは、召喚の魔法だよ』
気をつけておくれ。そう言い終わるや否や、新たな敵が姿を晒す。
牛の次は、山羊ときたか。
痩せた男の体に山羊の頭、蝙蝠の羽。空中に胡座を組みニヤニヤとした笑みを浮かべる姿は、御伽噺の定番。英雄達の敵役、その代表。
「悪魔か。聖剣の相手に相応しい」
悪魔が嗤う。
黒い魔力を迸らせ、魔法を展開していく山羊頭を見据え、先の鬱憤を晴らすべく私は駆け出した。
▶︎
悪魔を斬り、そして魔法陣から現れる敵を斬り殺す事六回。
七回目に召喚陣から現れたのは、小柄な体躯にフード付きのローブを纏った剣士だった。
その極限まで研ぎ澄まされた殺気と、不釣り合いな程に悠然とした佇まいから相当な強者の雰囲気が見て取れる。明らかに、これまでの敵とは一線を画す存在感だ。
『・・・・・・アレは、そんな、どうして』
動揺した少女の声が耳を打つ。
見覚えがあるのだろうか。その正体について心当たりがあるのなら、戦いの後に話を聞くとしよう。
今は、余裕がないからな。
「っ!」
聖剣を構え、次の瞬間には斬り込まれていた。
速い、そして上手い!
低く地を這うような挙動で視線を外し、軸足を狙うと見せかけて、相手に体を浮かせておいてからの胴打ち。
斬撃に何とか聖剣を割り込ませ防ぎはしたが、弾かれた勢いを利用しての旋回からの二の太刀が襲う。それを転身して何とか回避を成功させ、そのまま距離を取った。
仕切り直しといきたいが。
「困った」
斬り合いで勝てる道筋が見えない。
そうではないかとは思っていたが、今の一合で実感した。あれは、剣の頂に立つ者だ。
此方から仕掛けるにしろ、出方を伺うにしろ、向こうの技量は此方の何枚も上を行く。
どうにか凌いで持たせても、そう何手も重ねないうちに斬り殺されるのが関の山。ここまでの窮地は、本当に久方ぶりだな。──これが剣技を競うと言う話であれば。
生憎と此方は剣士に非ず。冒険者だ。
武人として挑むなら話は変わるが、今は迷宮に挑んでいる最中で、そして格上殺しは迷宮探索の華だ。お前の剣と私の手腕、どちらが上か見せてやろう。
都合のいいことに補給は万全になったばかりだ。さて、悪いが此方の流儀に付き合ってもらおう。覚悟はいいか。
「なあ、剣王」
先のやり取りの際に顕わになった顔は、誰もが憧れる生ける伝説。
森と共に生き、弓と魔法に秀でたエルフにあって、それらを全て捨てて剣を極めた、ただひとり現存する御伽噺の生き残り。剣の女王その人だった。
何故こんなところにいるのか、何故剣を向けてくるのか。そんな事はどうでも良い。相手が刃を向けるなら、冒険者はこれを退けて行くだけだ。
「いくぞ」
激しく明滅するペンダントを敢えて無視して斬りかかる。
──そして、私は血の海に沈んだ。