雄弁は銀、沈黙は金。
どういう意味かと尋ねたら、お師匠は分からないことに余計な口を出したり、自分を大きく見せようと言葉を重ねるのは悪いことだ。って言っていた。
お師匠の死後、あたしはその言葉に従って生きてきた。
剣の腕は、自分で言うのも何だけど、あたしより強い人はいないと思う。なんせお師匠のお墨付きだ。この世で一番強かった剣士が言うのだから間違いない。
ある時、町を魔物の群れが襲おうとしているところに出くわした。
とても嫌な気分になったから全部斬った。
その時に色々な人から色々な事を聞かれたけど、大体が何を言っているのか分からなかったから、黙っていた。
そうしていたらすごく感謝されて、沢山のお金を貰った。
やっぱりお師匠の言う通りじゃないか!
分からない事は口を噤むのが正解なんだ。
気をよくしたあたしは、それから同じような事を何回も何回も経験して、いつの間にか剣王だなんて呼ばれるようになっていた。
黙っていれば周りのみんなが勝手に良くしてくれる。そうして鼻高々に過ごしていたら、突然門の迷宮に放り込まれた。
剣もなしにどうすれば、なんて右往左往していたら、女の子に出会った。
門の管理者をしていると言う女の子は、あたしが知らない色んなことを知っていた。
もしかしたらお師匠より賢いのかも知れない。
女の子はあたしを助けてくれた。迷宮で生き残るための立ち回りも、武器の確保も、あの子がいなければひとりで何もできなかったと思う。
迷宮から脱出して帰還する時も、素敵な音楽と魔法で飾ったちょっと難しい文章でお祝いをしてくれた。
生き残ってくれてありがとう。そう言って喜ぶ女の子に、何度も何度もお礼を言った。
嬉しかった。
だから、気持ちが昂って、ちょっとだけ見栄を張って知ってるふりをしちゃった。雄弁は銀だけど、銀でもいいよね。そう言う軽い気持ちだった。
あたしの魔眼に映る少女の魂が、普通の人の半分しかなかったと気付いたのは、迷宮を出た後の事だった。
エルフは長い時を生きると人である事を辞める。そうすると、魔眼に目覚める事がある。
迷宮内では目覚めたばかりで上手く使えなかったけど、たくさん勉強していっぱい練習した。
完全に使いこなせる様になった魔眼で色々な人の魂を見ていたら、あの女の子のそれが欠けているんだと分かった。
どうしても教えてあげたくて、どうにかしてあげたくて、彼女がいる門の迷宮をもう一度訪ねる事にした。
──あの子を助けてあげなくちゃ。
そこから長い年月が経った。
門の迷宮は招かれない限り足を踏み入れる事は叶わない。例え一度訪れていても何人たりとも自由に出入りは許されない。
何とか手段はないのかと色んな人に聞いて回った。そうして、やっと例外に出会えた。
「ええ、ええ。あっしは構いませんがね。丁度、あっこの迷宮に商売しに行くとこでさぁ」
その代わり、ちいっとお高くつきますぜ。
そう言って対価を求める行商人に全ての財産を渡して、あたしは迷宮に連れて行ってもらった。
知ってる魂にある程度近づけば、あたしの魔眼で何処にいるのか分かる。
そうやってあの子の痕跡を追いかけて、遂に見つけたと思ったら。
あの子の魂は、見知らぬ女の人の首元に揺れるペンダントに囚われていた。
──あれがあの子を苦しめる原因だ。
「待ってて、今助けてあげる」
▶︎
剣撃をブラフに、体術と小道具で仕留める。
そのつもりだったが、よもやここまで力量に差があるとは。
搦手は剣王の手から剣を弾き飛ばすところまでは成功していた。
予想外だったのは、奴が手刀でこの身を切り裂いた事だ。
「ぬかった」
倒れ伏す間際、どうにか喰らわせた一撃で距離を取らせることは出来た。だがそれは、奴が取り落とした剣を拾う余裕を与えたと言う事だ。
此方も立ち上がりはしたが、手痛い状況に変わりはない。
幸い傷は深くない。致命傷とは程遠いが、利き腕をやられた。
剣ばかりを警戒してこの醜態。冒険者の手腕などと格好をつけていた自分が恥ずかしい。──なんて言うとでも思ったか。
止めの一撃を放たんと剣を振り上げる動作に合わせて聖剣を投げつける。
当然、あっさりと弾かれるがそれでいい。
距離が、縮まったなあ?
組み付いてしまえば剣も手刀も関係ない。驚愕に目を見開く剣王に頭突きを見舞ってそのまま我が身を巻き込みつつ地面に叩き付ける。
受け身など取らせん。ここで沈め。
「・・・っく」
駄目押しに腕の関節を潰そうとして、心臓を握られたかのような激痛に悶えた。
隙を突いて此方を蹴り上げた剣王がゆっくりと立ち上がる。その瞳は紫に輝いていた。
「魔眼、だと」
「そう。戦いで使ったのは貴方がはじめて」
そしてこれが貴方の終わり。
手刀を構えて、そして世界が静止した。
『ごめん、ごめんよ冒険者君』
首にかけたペンダントが砕ける。
砕けた欠片は粒子になり、やがて光を増して人の形をとった。
少女が、戦場に現れた。
▶︎
失敗した。
迂闊だった。
まさか迷宮が冒険者君や分身じゃなくて、ぼくの本体にちょっかいを出すだなんて。
裏ステージをあっさり進められていたのは冒険者君が強過ぎるからだと思い込んでいたけど、ぼくの方にリソースを回していたんだ。
迷宮が部外者の侵入を許していたのもこのせいか。
よりにもよってエルフ君に疑念の種を植え付けて、冒険者君を襲わせたな。
「あ、あの」
止まった世界で身動きができない戸惑いに、声を上げるエルフ君。──迷宮の干渉は、もうなくなっているね。
「エルフ君もごめんね、でももう少し待っていて欲しい。今、二人の傷を癒すから」
癒しの魔法を掛けながら、大事に至らなかった事にまずは胸を撫で下ろした。
【Tips】
《エルフ》
・自然と精霊に愛された彼等は長い時を経て自らをそれらと同化する。その性質故、彼等が人の世に関わる事は珍しい。
《魔眼》
・人のようで人でない何かだけが持つ異能。瞳に現れる色によって宿す能力が分類されているが、厳密には同じ魔眼というのは存在しない。
《天の声のペンダント》
・門の管理者が力を分けて拵えた謂わば管理者の分身。──分けたと言う事は、其々の力は半分ずつと言う事だろう?