久しぶりの帰還は、何回味わっても浮き足立ってしまう。
今日は風が心地良い。
戻ったら、あの子を連れ出して少し散歩なんてしても良いんじゃないだろうか。
そんなことを思いながら町を歩く。
大きくはないが活気のある村の住人達は、いつ姿を見せても暖かく迎えてくれる。私達、姉妹の事を誰もが気にかけてくれていて、彼等が居てくれるおかげで、私は冒険に出向くことができる。
ありがたい事だ。本当に。
久しぶりだな、元気だったか。そんな風に声をかけてくる馴染みの食堂の店主に答え、すれ違う婦人に会釈をすれば、通り掛かりにもらってやってくれと差し出された菓子を受け取る。
たまにはうちにも顔を出せよと肩を叩く武器屋の親父に訪問の約束をして通りを抜けると、小高い丘に建てられた我が家が視界に収まる。
この道を辿るのが、冒険の締めだ。
血生臭い戦いや悪意とは無縁なこの場所が、妹が生きるこの場所が、私を冒険者からただの人に戻してくれるのだ。
ゆっくりと丘を登り、聴こえてくる優しい歌声に、今日は調子は良さそうだと安堵した。体調が良い日が珍しい彼女は、元気な時は決まって裏庭のテラスで歌を唄っている。
土産話は何から語ろうか。そんな些細な事を考えながら、辿り着いた我が家の裏手に回り、歌声の主に声を掛けた。
「相変わらず良い声だ」
少しびくっとして、そして振り向いた少女は、喜色満面にあふれた笑顔で私を迎えた。
「お帰りなさい、お姉ちゃん」
ふわりと、風がふたりの間を吹き抜ける。
ああ、ただいま。そう笑って返して、小走りに近づく妹の頭を撫でた。
▶︎
「冒険者君!冒険者君!」
あの子があたし達を治療して、止まった時を再び動かした。
事情が飲み込めないあたしに向かい、あの子が説明しようと口を開いたその時、あの女の人が闇に呑まれた。
どぶん、と、まるで深い沼に身を投げた様な音が広間に鈍く響く。
一体、何が起こっているのだろうか。
あの子の尋常じゃない慌て様に、先ずは落ち着いて貰おうと声を掛け、それでも取り乱す彼女を背中から抱きしめた。
「ふーっ、ふっー」
一緒にいた時には決して見せなかった錯乱する姿に、あたしが此処に来た事が間違いだったんだろうと思い至る。
きっと、あの人は大切な人だったんだ。
あたしはあまり頭が良くないけど、それくらい察する事はできる。
なんで斬りかかってしまったんだろう。
あの時、魔法陣から出てあの人を視界に入れた瞬間、悪いのは此奴だって。あの子を苦しめる元凶なんだって、なんの根拠もない思考が頭を支配して、それであたしは──
こんな顔を、させたかった訳じゃないのに。
「・・・・・・ありがとう、ごめんよ。取り乱しちゃった」
どれくらい経っただろうか、抱きしめた手を優しく外しながら口を開く。
「まずは状況を整理しよう」
君のお話も聞かせておくれ。
そう言って優しい顔をしようとして、でもやっぱり出来なくて泣きそうな顔をした少女に、胸が締め付けられるように痛んだ。
▶︎
荷物を一旦部屋に入れて、ついでにあの子が好きなお茶と、道すがらに貰った菓子を用意する。
いいと言うのに、手伝うと後ろをついてまわる妹に苦笑しながら、ティーセットを持ってテラスに戻る。
わざわざ椅子を引き摺ってきてここに座ってと言う妹に、対面だろうと変わらないだろうにと返せば、お隣がいいもんねと無邪気に笑った。
「ねえねえ、今回はどこに行っていたの?」
急に居なくなっちゃったから吃驚したんだよ。
そう言って、まあ心配はしなかったけどねと戯ける。
微笑ましい妹の冗談に口角が上がるが、姉の威厳を崩すのも良くないとティーカップを口許に近づけて誤魔化した。
穏やかな時間が流れていく。
──この時間が、永久に続けばいい。
ふと脳裏を掠めた思いに、そうだな、それも良いかもしれないと、素晴らしい名案のように感じて、少し検討してみる。
妹に何があっても守れる力は身につけた。
貯えは充分にある。
冒険譚などよりも、ふたりで日常を過ごしていく方が、この子も喜んでくれるのではないだろうか。考える程に、これ以外の選択肢が無いように思える。
「もう、黙り込んじゃ嫌だよ」
膨れる頬に人差し指を突き、吹き出した妹と笑い合う。まさしく、幸せだ。
──この幸せで愛おしい時間こそ、《私》が目指したものじゃないか。
ああ、その通りだ。
それを目指して冒険者を志した。体の弱いあの子に、外の世界を教えてやる為に。あの子には笑っていてもらわねばならない。ならば、私がやる事はひとつだけだ。その為には。
「まずは、この迷宮を攻略せねばな」
妹の顔が、醜悪に歪んだ。
▶︎
目覚めると、先程までの広間ではなく、どこかの神殿の様な場所に立っていた。
周りには剣王の姿もなければ少女の気配も感じられない。砕けたペンダントの紐だけが、ヒラヒラと首元で揺れている。
どうやら分断されてしまったらしい。成る程、ようやっと迷宮らしくなってきたじゃないか。
「良い夢を、見せてくれたものだな」
正面に立つ影に語りかける。
陽炎のように揺らぐ影は、私の声に反応したのか、徐々に形を定めていく。
『ああ。よく眠れたか冒険者』
そうして固まった影は、生意気にも私と瓜二つの姿と声を持って武器を構えた。
何を思ったか、迷宮内で世話になった手製の大鎌まで真似ている。
『行商の男から奪った。お前が拵えた本物だ』
さいで。
哀れな行商人に同情はするが、奴のことだから無事だろう。迷宮の魔物や剣王の様な英雄とは違った意味で、あれもまた底が見えない怪物だ。
しかし、まあ。
「わざわざ格の劣る武装を用意して、何がしたい」
私が手にしているのは聖剣だぞ。
相手を模るなら、もう少し工夫したらどうだ。
『偽物を有り難がる意味があるのか』
・・・・・・何だと?
無駄話をしたことを後悔して、ふざけた物真似野郎に鉄槌を下さんと『聖剣』の一撃を叩きつけた。
【Tips】
《門の迷宮》
・剣王が仕事をしてくれたお陰で、管理者を引き剥がせた。思考を少し挟んだだけで、人はこうも容易く争う。──後はお前を喰らうだけ。
《行商人》
・ああ、ああ!こりゃあ酷いっ!あっしみたいな殊勝な商人から商品を奪うなんて!