自分を相手に戦うのは、初めてではない。
他者の姿を模倣する類いの魔物は、然して珍しい存在ではないからだ。
大体は表面的な姿を真似るだけのつまらない敵ではあるが、その点で言えば此奴は及第点をつけてやってもいい。
聖剣を幾度か打ち込んで反応を見てみれば、行動パターンや癖も私のそれをよく再現できているのが分かる。これだけでもドッペルゲンガーとしては破格の性能だ。
それに加えて、大鎌の扱いが明らかに私より上手い。膂力に関して言えば、私と比較にならないほどに強化されている。ただ単に姿を映しただけではないのだろう、単純なスペックではあちらに軍配が上がる。
物真似野郎にしては、よく頑張ったじゃないか。
煽ってやれば、斬撃の余波が鎌鼬となって私の頬に傷をつけた。
『威勢がいいのは初撃だけか』
挑発まで熟せるのは高評価だ。
だが、悲しいことに経験が足りていないな。
私が攻めあぐねているとでも思っているのか?
お前、自分の得物を見てみろよ。
『!?』
馬鹿が。この程度のブラフに掛かるとは。
意識が逸れた僅かな間に、ナイフを二本投擲する。狙いは足元と胴。当然これは捌かれるが、わざわざ刃で弾いたのは悪手だ。
こう言う時は盾で防ぐか、足を使って体ごと距離を取るものだ。そうしないと、ほら。
そんなふうに首を落とされる羽目になる。
『成る程、次は気をつけよう』
転がった首が嫌らしく嗤う。
負け惜しみの言葉を残して、力を失った体が倒れ伏し、やがて崩れていく。手の込んだ登場をした割に、嫌にあっさりと退場したものだ。
次は、と言ったな。ならば勿体ぶるんじゃない。
面倒事を早々に済ませて、私は少女と合流してやらねばならない。
『そう焦るな。お楽しみはここからだろう』
揶揄う様な声が響いて、新たな影が立ち上がる。
性懲りも無く私の姿を模ったドッペルゲンガーの手には、今度は剣が握られていた。
「大鎌はいいのか」
偽物を有り難がる意味はなかったんじゃないのか。剣で以て斬られたからと言って宗旨替えするのは、あまりに安直だろうに。
『勿論、使わせてもらうさ』
そう言って転がっていた大鎌を拾い上げて、肩に担ぐ。二刀流だと愉しげに宣って、更に別の影が複数立ち上がる。
竜と戦士長、それに剣王。
この迷宮で随分と苦労させられた面々を模った影に、駄目推しとばかりに敷かれた魔法陣からは多種多様な魔物達が姿を現わす。
個を数で蹂躙するという、最も分かりやすい戦略。しかも個々の力量も極めて高い連中を用意すると言う悪辣さ。──これは流石に、分が悪いか。
『総力戦だ』
先頭に立つ《私》が嗤う。
竜の咆哮が神殿を揺らし、戦いの第二幕は幕を上げた。
▶︎
迷宮が本体にちょっかいを出したことで、冒険者君とのリンクが途切れてしまった。
これじゃ、前みたいに冒険者君が囚われた領域に直接飛ぶことができない。
ぼくが知り得る階層を隈無く探してもその姿が見つからない事から、多分、普段からぼくが手を出せない領域、迷宮の最深部に連れて行かれたんだと思う。
最深部の場所は、ぼくですら知らない。
誰かが足を踏み入れるたびに新たな階層を作り出す迷宮は、蟻の巣みたいにそれぞれの領域を複雑に連結する事で自分の核に近づけないように隠した。
虱潰しにローラーを掛けるにしても、時間も空間も異なる領域を網羅するには、迷宮が生まれてからこの瞬間までと同等のリソースが必要だ。
そんなところに冒険者君を連れて行ったとなれば、もはやぼくが手を出せる状況ではないってことになってしまう。
せめて、冒険者君を捕捉できれば波長を辿って飛べるのに。
その役を担うペンダントは壊れてしまった。
足りない。時間も手段も。
どうにかしないといけないのに、焦る気持ちばかりが募っていく。
「あの、大丈夫?」
不安げに声をかけてくれたエルフ君に大丈夫だよとは答えたけど、その実、そんなに大丈夫じゃない。
どうして、なんで。
迷宮の底意地の悪さなんて、嫌になるほど身に染みていたというのに。
それで何回も涙を流してきたっていうのに。
色んな対策を練って、ここ数回うまく行っていたから楽観視しちゃってたのかな。
ここで嘆いていてもどうしようもないのはわかってる。わかってるけど。
「泣かないで」
エルフ君にまた抱きしめられる。
迷宮に騙されて、自責の念に駆られている筈の少女は、瞳に強い力を宿して続けた。
「あたしが、何とかする」
ぼくを助けるためにここに来たと宣言する彼女は、ぼくの手を取って大丈夫だと言う。
ここ百年で剣の腕も魔眼の力も磨き上げた。完成した剣の女王が本気を出したなら、斬れないものは何もない。それが例え世界を隔てる次元の壁だとしても。
「だから、あたしに任せて」
きっと何とかしてあげるから。その力強い言葉に、ぼくはさっきとは違った意味で落涙を禁じ得なかった。
▶︎
この迷宮に足を踏み入れて初めて戦った竜は、その後に刃を交えたどの敵よりも厄介だった。
まともな武器も持たずに挑んだからではない。
単純に奴が強かったからだ。
巨大な体躯も、強靭な鱗も、吐き出される火炎も、魔法を使う賢さも。どれをとっても勝てる見込みが全くなかった。
伝説たる所以を全身で味わったし、かつてないほど死を感じた。だからこそ、早々に奥の手を切って封殺したのだ。
奴の死骸から武器を拵えたのも、死してなお迷宮に消化されずに遺り続ける存在の強大さ故に出来た事だ。今は憎たらしい表情をした私の成り損ないが振るってはいるが、あれがあったからこそ、ここまでの戦いが優位に運んでいたという事実がある。これは素材となった竜の力の証左に他ならない。──あれだけでも、取り返しておけばよかったか。
その竜が、今またこうして暴威を振るっている。
悪い事に、今回は戦士長と剣王のおまけつきだ。
随分と雑な模倣なのが救いではあるが、それでも元が名だたる英雄達。ひどく劣化しているとはいえ、同じ様な状況だったトラップの時の取り巻き達とは一線を画す。
魔物達の存在も邪魔だ。片手間に屠れる程度の雑魚ではなく、其々が高位の魔物達。連携などと言う、まず以て見ることのない行動を取るあたり、迷宮の本気が推し量れるというものだ。
総じて、今までにない窮地だ。業腹だが、これを覆すのは無理がある。
『どうした、随分と劣勢だな』
生意気にも高みの見物を決め込んだドッペルゲンガーが言う。
──間違っても消し炭になどなってくれるなよ、お前の体は私が後々いただくのだから。なあ、冒険者。
裂傷と打撲、そして骨も幾らか折れたか。
襤褸切れのような姿を晒す私を見下ろし、迷宮の悪意は嘲笑の声を上げたのだった。