多勢に無勢で、尚且つ此方は手負いの身。
状況は途轍もなく悪い。
単純に戦力差が大き過ぎる。勝てなくもないが、このままの状態で戦い続ければ、殲滅するのが先か力尽きるのが先かのチキンレースになる。
よしんばそれで勝てたとして、帰りを待つ妹の下に辿り着けるだろうか。あの少女の願いを叶えられるのだろうか。まあ、確実に無理だろうな。
・・・・・・仕方ない、使うか。
『満身創痍だな』
ドッペルゲンガーが近づいてくる。
此方が動けぬと見て勝ちを確信したか。態々手下が敷いた包囲網を解いて悠然と歩く姿は、実に滑稽だ。
絶望を演出したいのか?なら、模倣すべきは私じゃなくて吟遊詩人だ。
手負いと侮ったのか、これ以上体を損傷されても困ると考えたのか。どちらでもいいが、お前がやるべきは物量に任せて殺し切る事だろうに。
未だに敵が息をしている中途半端な状態で、なぜそこまで慢心できる。
「学べよ、だからお前は負けるんだ」
魂を炉に焚べる。悲鳴を上げるそれを打ちつけて形を整える。
呪いが損傷を隠し、急激に高まった内功が全身を駆けずり回り、それが膂力を押し上げる。溢れた魔力を聖剣に纏わせて、それでも卸しきれない力は無理矢理にでも内に留める。さあ、奥の手の完成だ。
喜べよ、滅多に見れるものじゃないぞ。
太古の魔法使いが永遠の命を求めて生み出した悍ましき失敗作。私が持つただ一つの魔法だ。
その名は──
「先立ちの外法」
最早、人外の域にまで達した魔力が暴風となって吹き荒れる。
一切の制限を取り払った外法の行使は、壊れかけた魂を更に蝕みながら周囲を侵し、そこにいる者を等しく塵芥へと貶めた。
始めに呆ける奴の腕を落として大鎌を奪った。
次に飛び込んできた剣王を聖剣の一振りで両断し、背後に迫る竜の眉間に魔力を纏わせた大鎌の鋒を叩き込む。
死角から迫る戦士長に聖剣の斬撃を飛ばして足を潰し、躓いたところで首を落とした。手強い敵を早々に処理して、魔物共の後ろに下がったドッペルゲンガーを追う。
駒のように旋回する事で周囲の魔物に痛撃を与えながら進めば、ほら、形勢逆転だ。
一手で盤面を覆す。これが奥の手というものだ。
「どうした、随分と劣勢だな」
先程と真逆の光景に、ドッペルゲンガーはなおも嗤う。
成る程見事だ。手駒が全部駄目になった。賞賛する様な言葉を吐いて、しかしその目は敗北を受け入れていない。
この期に及んでまだ何かやるつもりか。
『お前を真似よう、冒険者』
生き残った魔物や影の残骸が、奴の体に黒い光となって飲み込まれていく。光は奔流となり、渦巻き、混ざり、繭の様な力場を形成し、やがてそれが再び人の形を模った。
奴は奴で奥の手を持っていたと言うわけか。流石はドッペルゲンガー、そんなところまで模倣しなくても良いものを。
『否、ドッペルゲンガーなどではない。私は迷宮の意思にして迷宮の力』
──お前達が、迷宮の主と呼ぶものだ。
懲りもせずに私を模り、尊大に告げる。
先程までと違うのは、額に生えた鋭利な角と竜の尾。巨大剣と細剣をそれぞれ持ち、瞳は魔眼。赤は力を司るのだったか。胸の宝珠は迷宮の核だな?
まるで御伽噺の竜人だ。
「随分と着飾ってくれたものだ」
──何、嫌がらせだよ。
存外、似合っているだろう?
竜の尾を揺らして迷宮の主が嗤う。ああ、確かに似合っている。その角なんてお前の歪んだ性格がよく現れていて笑えるぞ。
軽口の応酬の後、大鎌と巨大剣がぶつかり合う衝撃が、神殿を階層ごと更地に変えた。
▶︎
奥の手によって人外の領域に立った私と、手駒の全てを一つの体に押し込めた迷宮の主。彼我の力は拮抗し、衝突する度に轟音と衝撃波が階層を揺らす。
──忌々しい魂だ。
迷宮の主が憎らしげに宣う。
「知った事か」
すげなく返せば、剣戟に激しさが増していく。
迷宮の主であるならば、もっと泰然と構えたらどうだ。お前のように小物の言動をとるなど、他の迷宮ではゴブリン以下の扱いだぞ。
──それこそ知らん。私こそが迷宮だ。
そうかよ。ならばそのまま沈むがいいさ。
巨大剣の大振りを大鎌でいなしてそのまま巻き取る。差し出された細剣を聖剣で弾いて身を翻した。迫り来る竜の尾による一撃を躱して斬り込めば、額の角を合わせる事でいなされる。
「芸達者だな」
──そう言うお前は口数が多い。
互角の応酬は続く。
煽りはするが、流石は迷宮の主と言ったところか。
奥の手を全力で行使してさえ決定打に欠けるのは、長い冒険者稼業の中で初めての事だ。だが、それでも無敵というわけではないらしい。血こそ流しはしないが、斬れば傷つくしダメージを負えば動きが鈍る。
これが壮大なブラフでもなければ、殺し切る事は十分に可能だ。流石にもう絡め手に引っ掛かるような愚は犯さないだろうが、手癖を見ていれば、胸の宝珠が弱点なのは明白だ。
──小細工を!
ほら、今もまた胸元への攻撃を嫌がった。
分かりやすく弱点を丸出しにしてくれてありがたい。お陰でやりやすくなる。残っているナイフはあと一本。聖剣と大鎌をブラフに、これを以てコアを破壊する。
連撃の最中、敢えて大鎌を手放す。
隙を突かんと振り上げた巨大剣を目一杯引き付けて躱し、纏う魔力を増幅させた聖剣を叩きつけて細剣の防御を誘導した。
「ここだ」
開いた胸元を目掛けてナイフを投擲する。
その態勢では、避けるも防ぐもかなうまい。
──舐めるな冒険者。
怒号と共に、竜の尾がナイフを弾き飛ばした。
凌いだ事に勝ち誇るような表情を浮かべ、反撃に出ようとして。
──なん、だと。
魔力の糸で手繰り寄せた大鎌による一線が、その首を刈り取った。
勝ち誇った顔が驚愕に歪み、地面に落ちる。
やがて膝をついて倒れ伏した迷宮の主は、その体を灰として崩壊させていく。
残ったのは、赤黒く輝く宝珠だけだった。
「どんなに強靭な体を用意しても、それが生物を模る以上、首を落とせばそれは死ぬよ」
ここに、永い時の中で悪逆を尽くし、誰も成し得なかった門の迷宮の攻略が、完了した。
【Tips】
《先立ちの外法》
・不老不死を求めた魔法使いは、魂を固定して輪廻の輪から外れる事で死という概念から逃れようとした。
魂を加工するというアプローチは予想だにしない結果を齎らす。副次的に莫大な魔力を得られたが不老不死は得られず、魂の損傷という代償は使用する者を死後必ず亡者にする。輪廻の輪に加わる事のない彼等は、永久に救われる事はない。
《迷宮の主》
・冒険者を模したドッペルゲンガーを素体に、強者達の要素を取り込んで姿を現したダンジョンボス。その力は凄まじく強大だが、門の迷宮の歴史に於いて、発生から現在まで姿を現した例はなかった。
『冒険者君に執着しなければ、負ける事は無かったはずなのにね(煽り)』