始まりは只の魔力溜まりだった。
強力な魔物が力尽きた後、そこに淀みが出来て、負の思念が悪霊と他の魔物を呼び寄せる。そして生まれたのが原初の姿だ。
通常なら自然に淘汰される筈のそれは、運のいい事に時空の歪みを取り込んで、異界と繋がりを持つ事で迷宮としての形を得た。
そこからは度々訪れる人間達を喰らい、大きく大きく成長していく。
核を生成し、迷宮としての人格を手に入れて、更に多くの人間を喰らってより強大な存在となった頃に、その者共がやってきた。
「ここが件の迷宮か」
男が三人と、女が二人。
極上の餌だと思った。どれもが強大な力を秘めた魂を持ち、特に頭目の男と身の丈程の杖を持った魔法使いらしき女からは芳醇な魔力を感じられる。
──これらを喰らえば己の格は更に上がる。
既に多くの人間を呑み込んで知性を得ていた迷宮は、欲というものを知っていた。人間達が何を求めて迷宮に足を運ぶのかを把握していて、それを用意してやることで更に多くの人間が自分の胃袋に自ら飛び込んでくるという事も理解していた。
今回現れた人間達もその類いであると思っていた。徒党を組んで迷宮を訪れる人間は過去にもいたし、其れらは少しの夢を見せてやれば、より多くの同胞を勝手に差し向けてくれる。迷宮に取り、これらの行動は歓迎すべき事だった。
五人の来訪者が、餌ではなかったと気付いたのは、己の本体たる核に近付き過ぎたからだ。
明らかに最短の距離で此方に向かって来ている。目的を持って動く者の行動だった。何より、態々拵えてやった撒き餌(宝物)に見向きもしない。
不味いと直感した迷宮は、強力な魔物を生み出して迎撃させた。足止めは出来るが、退くことはなかった。むしろ勢い付いて足を進めて来る。
罠を仕掛けた。躱された。階層を隔離して封殺しようとした。破られた。いっその事、強制的に弾き出した。暫くすれば何度でも訪れた。最早、奴らの目的は明確だった。
──奴等は迷宮(自分)を滅ぼすつもりだ。
迫り来る五人に煩わしさと、その脅威度の高さを認めた頃、迷宮は五人のうちの二人を殺す事に成功する。
斥候の男と、重戦士の女。これを成した時、迷宮は残りの三人が諦めることを確信していた。今まで徒党を組んで迷宮を訪れた者達はそれで引いたからだ。
だが、三人になっても奴等は迷宮に挑む。
意味がわからなかった。恐ろしいと感じた。何より、奴等が何故そこまで自分を殺そうとするのか理解できない。
「辿り着いたぞ」
核が座する最奥の階層で、頭目と剣士の二人の男が、ついに自分を追い詰めた。
女の所在はわからない。迷宮の中で死んだのならば把握できるが、そうでないのなら迷宮に知る術はない。この場にいない女より、目の前の男達を退けるのが最優先と断じて、持てる力を結集させて依代を作りこれをぶつけた。
戦いは苛烈を極めた。
最奥の階層は荒れに荒れて、最早核を置くには見合わぬ場と成り果てる。
男達も迷宮も満身創痍だった。
だが、剣士の男の両腕を潰した事で天秤は迷宮に傾く。迷宮は此処を好機と見て猛烈に攻め立てた。自身の生存の為に、全霊を賭した。
相方を無力化された頭目の男は、自身も深い傷を負いながら、それでも諦めなかった。傾いた筈の天秤が、訳の分からない執念によって再び水平となる。
──恐ろしい。なんと恐ろしい魂だ。
迷宮には、頭目の男が自身を襲う悪鬼に見えた。
それでも、時間の経過は迷宮に優位に働いた。頭目は僅かながらでも徐々に力を失っていく。勝機が見えた。その時だった。
「よくやった」
突然、迷宮の力が失われていく。
混乱の中、己の領域に入り込んだ見覚えのある魂に、迷宮は全てを察した。
──あの女か!
依代に力を移し、二人の男との激闘の為にリソースを振り切った迷宮は、この場面にてようやく女がこの場に居合わせない理由を知った。
「業腹だが、お前はこの場で殺しきれん」
頭目が言う。だから、封印する事にした。
女はその為に身を捧げ、故にこの場に現れなかった。
迷宮は焦り、どうにかして内側に入り込んだ女の魂を除かんと意識を走らせる。
何処だ、何処から我が身を食い破った。
そうやって、弱くも輝く魂を見つけて手を伸ばす。魂は初めて見たときより弱っているように見える。これさえ除けば、こいつさえ喰らってしまえば!
「何処を見ている」
そうして、依代を貫かれた瞬間、迷宮を封ずる結界が完成した。
──忌々しい。絶対に許さぬ。いつの日か力を取り戻し、お前達の魂に永遠の責苦を与えてくれる。輪廻の輪を巡ってお前達が姿形を変えようと、必ずこの恨みは晴らす。忘れるな。お前達の魂は、既に我が核に刻まれた。
怨嗟の思念を残して、迷宮は沈黙した。
剣士は既に事切れている。
頭目の男は、迷宮の封印が成った事を確認し、自身もまたその命の灯火が消えていくのを感じる。
「ああ、その度にまた返り討ちにしてやろう。お前こそ忘れるな。俺達の力を、人間の意志を」
▶︎
封印された迷宮は、後に魔法使いの伝言を聞き入れた勇士達の手で建てられた門と共に、次元の狭間に幽閉される。
これは、誰も知らない英雄譚。
悪辣なる【門の迷宮】その成り立ちの物語。
【Tips】
《原初の勇者》
・悪名高い迷宮を封印する為に集まった五人の勇士達の頭目の男。寡黙ながら熱い性格の偉丈夫。
その物語は御伽噺にすら残らないが、ただ一人だけは、彼のことをずっと覚えている。
《魔法使い》
・迷宮を封印する為に身を捧げた。後にも先にも並ぶ者のない魔法の手腕は、彼女を賢者と呼び慕う者達の大いなる目標となる。
《剣士》
・頭目と共に戦い抜いた武人。その生涯を剣に捧げ、並ぶ者なしと謳われた。迷宮に挑む以前は、風変わりな幼いエルフを弟子として可愛がっていた。
《斥候》
・罠の看破や索敵のスペシャリスト。彼が持つ闇を照らす魔法は、光を閉ざした暗い迷宮内で仲間達を導く灯火となった。
《重戦士》
・女性ながらパーティー随一の体躯を持つ情に厚い戦士。その剛力によって迫り来る敵を幾度も打ち滅ぼした。