迷宮の主は滅ぼした。
蓋を開けてみれば、随分と厄介な敵だった。妙に人間臭い反応をしていてくれたお陰で此方の土俵に持ち込めたが、あれがもっと無機質なものだったとしたら、おそらく奥の手を使い切っていたとしても負けていた。
何が奴を駆り立てていたのか知った事ではないが、今まで挑んだどの迷宮よりも異質なその在り方は、私の記憶に生涯残り続けるだろう。
「流石に、疲れた」
外法の行使の際に誤魔化した傷が、今になって騒ぎ出している。正直、立っているのも辛いところではあるが、このまま横になる訳にもいくまい。
分断された少女と合流しなければならないし、帰還を果たすまでが迷宮探索だ。今度こそまやかしではない妹の顔を拝まなければ、ここまでやった意味がない。
「土産は、これでいいか」
宝珠を拾い上げて、さてどうしようかと考える。
気を利かせて迎えに来てくれと言うのは、流石にないか。少女の方には剣王がいたが、私がこうして分断された以上、あちらの状況が分からない。
剣王自身も何か思い違いをして斬りかかってきたのだろうというのは、戦闘に少女が介入してきた際の狼狽えようで察する事は出来る。
しかし、此方は一度襲われた身だ。詳しい話を聞く前に分断された経緯はあるが、両手を挙げて信用するというのも無警戒が過ぎるというものだろう。
場合によってはもう一戦か。出来れば味方であって欲しいものだ。
「ともかく、ここを出なければな」
だがどうやってと疑問が頭に湧いた時、目の前の空間が切り裂かれた。
▶︎
エルフ君の魔眼の力で、冒険者君の閉じ込められた領域を特定できた。
これで合流できるぞと喜んだ束の間、今度はその領域が馬鹿みたいに厳重なセキュリティで守られている事に気がつく。
ちくしょう!やりやがったなあの野郎!
どこまでも周到に冒険者君を攫った迷宮に対して怒りを爆発させてみても、このセキュリティを突破しない事には話が進まない。
だけど、このセキュリティの仕様は異常だ。強引に突破すれば領域ごと消滅する最悪のトラップ。中身を暴かれるくらいなら消してしまえと言わんばかりの徹底ぶりに頭を抱えた。
「本当になんなんだ!」
この段で冒険者君を攫ったのは、きっと迷宮としても後に引けなかったのだと思う。冒険者君は正に迷宮荒らしだ。放っておけば、自分の身の内から食い潰される。
冒険者君を迷宮が付け狙うのは、迷宮にとって本当の意味で死活問題だから。いや、これはもう生存戦争の域なんだ。つまりそれほど迷宮は本気で、ぼくが時間をかければかけるほど冒険者君の身が危ない。
切迫した状況の中、手を差し伸べてくれたのは横で見守ってくれてるエルフ君だった。
「あたしなら、それごと斬れるよ」
ま?
▶︎
「冒険者君っ!」
空間の裂け目から飛び出した少女が、勢いをそのままに飛びついてくる。
こら、手に武器を持っているのが見えなかったのか。危ない真似をするんじゃない。
涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった少女を仕方なく受け止めてあやしてやれば、いっそう喧しく騒ぎ立てる。
「うおおん!生きてる、生きてるよお!!」
落ち着け、これが戦闘中だったらどうするつもりだ。
「ぞんなのわがっでるよお」
・・・・・・話にならんな。
少女の頭を撫でて取り敢えず落ち着かせることを優先して、裂け目からこちらを伺う様に顔を出す剣王に話を振る。
「大丈夫、戦いが終わってたのは、この眼で分かってたから」
そうかい。
なら、隠れてないでこっちにきたらどうだ。
「あの、その、ごめんなさい」
おずおずと身を晒した剣王は気まずいといった様子で謝罪を口にする。
大体は察している。怒ってるわけじゃないから、そう萎縮するな。
先の戦闘で味わった強者の風格がまるで感じられん。本当にこれがあの剣王か。
「む、それは違うよ。あたしは偽物じゃない」
そう言う意味じゃないんだよなあ。
どこか間の抜けた空気は、迷宮の主との戦いの余韻を一気に吹き払ってしまう。
「お前も、いい加減泣きやめ」
ぐしぐしと頭を押し付けて未だに泣き止まない幼子のような少女に声をかけ、死闘をこなした後とは思えない雰囲気の高低差に笑ってしまう。
そこまで長くない付き合いではあるが、この少女を泣かせたままでは落ち着かない自分がいる。場違いではあるが、自然と口が動いていた。
「ただいま」
「おぉかぁえりぃい!」
返答は怪しいが、ようやっと少女が笑顔を見れる。その表情は、陽が差したような明るさだった。
【Tips】
《新しい御伽噺》
・ひとりの冒険者が、永きに渡り暗躍した悪き迷宮を踏破しました。
彼女の物語は最も新しい伝説として多くの人に親しまれ、長く愛されることでしょう!──その輝かしい物語の影に隠れた数多の悲劇を知ろうともしないくせに。