弛緩した空気の中で会話は続く。
私と少女、そして剣王を交えて、それぞれ何があったのか情報を共有した。その中で話題の中心となったのは、やはり迷宮の主との戦いだ。
特に少女が気にかけているのは、外法の代償について。体は大丈夫なのか、精神に異常はないか、矢継ぎ早に質問を浴びせ、挙句には剣王の魔眼を頼って魂を精査するとまで言い出す始末。
「落ち着け、少なくともあれが原因で死ぬ事はない」
死んだ後のことは知らないが。敢えてそこを伏せて言い聞かせる。納得がいかない様子でベタベタと人の体を弄る少女は、やがて折り合いをつけたのだろう。気を付けておくれよ、君に何かあったらぼくはもうどうしたらいいのか分からないんだから、そう言って眉を下げた。
見た目だけなら最年少の少女に慮られるのはこそばゆいが、滅多に使わぬ故に奥の手と言うのだと説けば、曖昧な笑みをもって返された。
「アナタはこれからどうするの?」
剣王が問う。そうだな、まずは家に帰る。先の事はまだ分からんが、妹に此度の冒険を語ってやって、暫くは大人しくしておこう。
「君は、妹ちゃんが大切なんだね」
微笑ましげに少女が言う。急に年長のような雰囲気を出す少女に何故か照れを覚えて言葉を濁す。
お前達はどうするんだと逆に問えば、剣王は暫く労働に勤しむと言う。聞けば、あの胡散臭い行商人に毟り取られたらしい。無一文なら着いてくるかと気をまわせば、いいの、と控えめに頷いた。
「ぼくはね!・・・・・・ぼくは、どうしよっか」
ああ、お前は迷宮を封印するために此処に囚われていたんだろう。なら、その役目はもうお終いだろうに。自由に過ごせばいい。なんなら、お前も我が家に来るがいいさ。
何気なく言葉にして、名案に思えた。篭りがちな妹の話し相手が増える分には歓迎だ。剣王も少女も、実年齢は兎も角見た目は幼い少女達だ。気後れする事なく妹も懐いてくれるだろう。
賑やかな我が家に思いを馳せて、少女が悲しげに黙り込んだ事に気がついた。
「ごめんよ、嬉しいけどそれは出来ないかな」
そうか。本体とやらが門にあると言っていたな。
なら、此方から出向くとしよう。いつかの茶番の時にお前がくれた霊薬があれば、妹も外に出られるようになる。なんなら、門の近くに移り住んでもいい。
剣王がそれはいいかも、と同調する。迷宮が死んだ後も魔物は出るだろうが、何、剣の女王が傍にいてくれれば何の憂いもない。
「ありがとう。でもごめん。そう言う事じゃないんだ」
困ったように笑う。
「待って、その体」
剣王が慌てた声を上げて、少女の体が徐々に色を失い始めているのに気がついた。
「ごめんよ、ごめんね。お誘いは本当に嬉しいんだ。でも、もう時間が来ちゃうみたい」
▶︎
冒険者君の提案は、ぼくがこの数百年の間に夢見た事を全部叶えてくれる素敵なものだった。
本当に、本当に嬉しい。
できる事ならすぐにでも手を取って、エルフ君と一緒にお邪魔したい。冒険者君と、妹ちゃんと、皆んな楽しく過ごせたらどんなに幸せだろう。
会った事はないけれど、妹ちゃんはきっととても良い子だ。冒険者君が妹ちゃんを語る時の優しい顔を見れば分かる。きっと、良い友達になれる筈。
エルフ君も会ったのは久し振りだけど、昔と変わらず誠実な良い子だ。あの時よりもとても頼もしくなったし、すごく助けてもらえた。
そして、冒険者君も。
とても、とても感謝してる。最初に姿を見せた時は怖い思いもしたけれど、ぼくの願いを聞き入れて、こうしてまた夢を見せてくれる。誰よりも強くて、誰よりも眩しい。──まるで、あの人みたいに。
「時間とは何だ、その体はどうした!」
珍しく慌てた様子の冒険者君が叫ぶ。
「落ち着いて。ちゃんと説明するから」
何かを察したように魔眼を発動させてぼくの魂を見たエルフ君は、もう気付いているかな。ぼくと迷宮の関係の、本当の意味を。
▶︎
まだ色んな神様が地上にいた時代の話さ。
ぼくたち、ああ、厳密にはぼくの元になった人物だけど、分かりやすくぼくって事にしておくね。
ぼくを含めて五人の英雄が、神々の命を受けて迷宮に挑んだ。当時の迷宮は際限なく人を呑み込む災害みたいなものでね。ぼく達以前にも多くの勇士が挑んで帰れなかったんだ。
それはもう大変でさ。全員が当時の最高峰に立つ英雄達だったんだけど、迷宮を滅する事は出来なかった。だから討伐を諦めて封印する事にしたんだ。
問題はここからで、迷宮を封印する為には魂を迷宮と同化させる必要があった。迷宮が自由に動けないようにする楔としての生贄ってところかな。
「その生贄が、お前なのか」
そう言うことさ。そして、迷宮と魂を同化させた以上、迷宮が死ぬと言う事は、ぼくも存在を失うって事。
ぼくの言う本体っていうのは、門に刻まれた刻印の事なんだ。大魔法使いだったぼくが遺した、迷宮の権限を一部分だけでも掌握して抑え込む為の力の根源。
魂のバックアップはあるけれど、迷宮自体が力を失えば、それを使うこともできない。だから、ごめんね。君達と一緒にはいられないんだ。
でも、お誘いは本当に嬉しかったよ!
完全に消えてしまう前に、こうしてお話ができて嬉しかった。ぼくはもうすぐ消えてしまうけど、こうして使命を全うできた。
だから、ありがとう。ぼくは充分救われた。
ほら、だから、君達はもうここを出るといい。
帰り道は繋げておいたから、さっきの空間の切れ目を通ればすぐに外に出れるよ。・・・・・・早く行っておくれ。あまり、消えちゃうところを見られたくないんだ。
「知らん」
え?
▶︎
悲壮な顔で語る少女に、溜め息を吐いて額を小突いた。
私は女子供が泣きじゃくりながら消えていくのを黙って見過ごすほど薄情じゃないぞ。
迷宮が力を失ったのがお前が消える原因ならば、もう一度迷宮に力を戻せば済む話だろうに。丁度、さっき拾った核がある。これを使えば迷宮は存えるだろう。
「な、にを、言っているんだい?」
困惑した少女が助けを求めるように剣王を見る。
剣王は察したか。魔眼というのは便利なものだ。剣王の場合、魂に関する事なら何をしようとしているのか視認できるのだから。
「まって、それは駄目だよ。それは禁忌だ、貴方がすべき事じゃない!」
止めに入ろうとしても無駄だ。
もう、外法は発動している。
「嘘、核を取り込んで君が迷宮の主になるつもりかい!?なんて無茶を!やめておくれ冒険者君!それじゃ君が報われないっ!それに、妹ちゃんはどうするんだよ!」
──そうだな。だから、剣王。お前に妹を頼む。
そう告げて、霊薬を投げる。それで妹を治してやってくれないか。戸惑う剣王はそれでも霊薬を受け取った。出会って早々世話をかけるが、よろしく頼む。
「なんで、そこまで」
何故だと。そんな事、語る必要があるのか。
冒険者の矜持に従えば、此処は大人しく身を引く場面なんだがな。だが、まあ致し方あるまい。お前を失うくらいなら、この身の一つでもくれてやろうと、そう魂が叫んだからだ。何故だかは知らんが、難儀な事だ。
「やめて!まって!」
──思えば、お前はいつも泣いているな。笑ってくれよ。かつてのように。
注がれる魔力に耐えきれなくなった宝珠が砕ける。砕けた宝珠は魔力の粒子となって全身にまとわりつく。全身が引き裂かれて、それがチグハグに縫い合わされる様な痛みの奔流に、私は意識を手放した。
あまりに莫大な魔力の余波に、剣王が少女の手を取って駆ける後ろ姿が、私が最後に見た光景だった。
【Tips】
《新たな迷宮の主》
・古い迷宮の主を打ち倒した冒険者は、残骸を取り込んで自らが新しい主となった。そこにどんな思いがあったのか、何故そうしたのか。それを知るのは本人だけだ。──おはよう。そしておかえりなさい。誇り高き魂よ。