臍を曲げてしまったエルフ君は、それでも聖剣を手放したくないと駄々を捏ねて門の向こう側へ走り去ってしまった。
仕方ない子だなあと呟いて、置いてけぼりになった妹ちゃんの手を取って後に続く。
門を潜る直前、妹ちゃんは不意に疑問が湧いたのかおずおずとぼくに尋ねた。
曰く、昔お姉ちゃんから聞いた話では武器が消えちゃう迷宮なんて出てこなかったけどなあって。うん、普通の迷宮はそうなんだろうね。
「これは元を辿れば迷宮に立ち入らせないための警告なんだ」
疑問符が消えない妹ちゃんは曖昧に頷く。
「迷宮に挑もうとする子は自分の武器が命綱。それが足を踏み入れた途端に消えちゃうなんて、受け入れられないだろう?
だから大抵の子はその場で引き返す。そうやって無事に帰れるようにぼくが色々仕向けていたんだ」
その仕組みが迷宮に乗っ取られてうまい具合に利用された上に、より嫌らしく改造されたのがこれだ。相当苦い経験だったから、自分の声が少し低くなるのがわかる。
「没収した武器は門を離れれば手元に戻るようにしていたし、当初はセーフティとして上手く機能していたんだけど、いつしかそれも新たな被害者を呼び込むための景品扱いさ。奪った武器を宝箱に詰め込んでそこらに配置すれば、お宝に目が眩んだ新たな犠牲者が勝手に集まるって寸法らしい」
本当に、迷宮は昔から碌なことをしないんだよなあ。
「この場所を隠す結界を君達が担ってくれていなければ、もっと沢山の犠牲者がいたはず。思えば、こんな事もぼく達の大元は想定していたんだろうね」
興味津々に話を聞く妹ちゃんに少しお喋りが長くなったと詫びて、改めて一緒に門を潜る。
開けた視界の先は、青白い月が照らす城下街だった。
「わあ、景色が違う!」
感動の声をあげる妹ちゃんにとっては、簡単な転移の魔法も初めての経験なんだろう。
美しく静謐な街並みは一見すると迷宮には思えないけれど、その実魔物が跋扈する危険な領域であるのは間違いない。
冒険者君なら、この美しさも迷宮の罠だ、なんて言いそうだよね。何気なく呟いて、わかるーと嬉しそうに同調する妹ちゃんに、事実その通りなんだから気を引き締めるようにと注意を促した。
「うぅ、聖剣がなくなった」
少し歩いて、膝を抱えるエルフ君を発見する。
だから言ったじゃないかと窘めれば、斬ればいけると思ったと返される。
どうしよう、この子こんなに脳筋だったかな?
できるか出来ないかで言えば、出来てしまうんだろうけど、そんなにあの剣が気にいってたのだろうか。そう言えば冒険者君もやたら聖剣を好んでいたから、剣を使う者に通じる何かがあるのかもしれない。
「さっきのお話、ちょっと分かった気がします」
項垂れるエルフ君をよしよしとあやす妹ちゃんが神妙な面持ちで迷宮って意地悪だなあって呟いた。
▶︎
玉座にて足を組み、見知った気配が複数迷宮に踏み込んだのを感知した。
強大な力を持つものがひとつ。もうひとつはここ最近で慣れた管理者のものだろう。何が楽しいのか門から頻繁に語りかけてくるものだから、すっかり覚えてしまった。
そして、最後のひとつは・・・。
迷宮の主として誕生して以降、どうにも気怠く動く気が起きない日々が続いたが、精神を騒めかせる侵入者の登場は丁度いい気付けとなった。
曖昧な自己を持つ我にとり、初めての侵入者の相手はいいリハビリになるだろう。
人を攫って喰らおうと蠢めく本能と、勝手なことをするなという思念が、我の中で陣取りのように争っているのが分かる。我が出自は把握しているが、曖昧な自己というのも億劫なものだ。
──まあ、来るなら来るがいいさ。
迷宮の主らしい事など何もしていない身であるが、向かってくるのならもてなしてやろう。
肘掛けに頬杖をつき、まだ目的も何も分からぬ侵入者達にちょっとした歓迎の催しを贈る。
楽しんでくれ、帰ってくれ、死んでくれ、喰われてくれ、生きてくれ。
未だ喧騒が止まない胸の内で、相反する意思がまたぶつかり合った。
▶︎
城下街の景色は、都に足を運んだことのない私にとっての憧れの姿そのものだった。
門を潜った直後はその美しさにテンションが上がったけれど、次第に巨大な生き物が息を潜めているような居心地の悪さを感じて息苦しくなる。
人気はないはずなのに何かに見られているような、そんな不気味さを覚えて心が張り詰めていくのがわかった。
エルフさんや魔法使いちゃんは気にした素振りも見せないけど、これが経験の差ってやつなのかな。
まだ何も起こっていないのに足が竦んでしまう自分に驚く。そんな私を気遣う余裕がある二人は、やっぱり凄い人達なんだなあ。
魔法使いちゃんは、こんな寂しいところにずっと縛り付けられているんだ。
明るく振る舞ってはいるけれど、その苦難はどれほどのものだったんだろう。私がお姉ちゃんに甘えている時も、この子はたったひとりで戦っていた。
魂を分けた半身と言っていたけれど、私が同じ立場だったら魔法使いちゃんの様に気丈に振る舞えているだろうか。
「そこの角に武器屋があるから、エルフ君の剣をそこで手に入れておこう」
もしかしたらドラゴンが出るかも知れないからね。そう戯けて道案内をする魔法使いちゃんの小さな背中は、一体どれほどの悲しみや苦しみを背負っているんだろう。
私は、この女の子の事を何も知らない。
だから知らなくちゃいけない。来歴とか魂の半身とか、そんな情報なんかじゃない、門の迷宮で生きる孤独な少女のその全てを。
私が救うだなんて大それた事は絶対に言えない。でも、一緒に未来を歩いていく事はできるはず。
それを叶える鍵は、きっと私の中にある。
先をいく二人の後ろを歩きながら、私は密かな決意を固めるのだった。
【Tips】
《月下の城下街》
・青白い月が照らす石造りの街。
かつての迷宮は様々な階層を作り出し、それを出鱈目に繋げる事で核への道を隠した。美しい街並みも、目にすることが叶うのは稀である。
新たな主はそんな無駄な事はしない。ただ座して待ち人の到着を待つ。