街角に掲げられた剣の意匠は、迷宮の中に於いて数少ない安全地帯。管理者としての力をやりくりして、迷宮にバレない様に頑張って拵えた。
冒険者君の時は見向きもされなかった武器屋だけれど、ここで戦う為の準備を整えるのは迷宮の探索においてマストな選択だと思う。
「もっと早くにこれが出来ていれば救えた命もあったんだけどね」
少しの後悔を口に出してみても、過去に失われてしまった子ども達の無念は晴らせないけれど、それでもこれがあるだけで生存率は上がる。
妹ちゃんに聞かせる話じゃないとは思うけど、当の本人がそれでも聞きたいと言うものだから、ぼくとしては無視するわけにもいかない。
興味本位、ではなさそう。妹ちゃんにとって物珍しいのは間違いないとして、それ以上になにか思いがあるのを感じる。それが何かはまだわからないけれど。
「でもここがあるから助かった人もいたんじゃないかな?」
そうであって欲しいと願うような言葉に、ぼくが答える前にエルフ君が頷く。
「あたしがそうだよ」
壁際に並べられた剣を一本ずつ持ち比べながら、少なくとも当時のあたしは剣がなかったらただのか弱いエルフだったからね、と続ける。
その回答に妹ちゃんも安心したように微笑んだ。
「まあ、得物もなしにこの迷宮で戦えるのは冒険者のお姉さんくらいだと思う」
今ならあたしも出来るけど。そう言って一振りの剣を掲げてうむ、と頷く。──いい武器は選べたかい?
「うん。これはいい剣。聖剣IIと名付けよう」
「おお、いいですね!」
この子はもう何でもいいんじゃないかな(苦笑)
武器屋を出て通りを進む。
襲撃は今のところない。
冒険者君が主となってから深い眠りに入った事で、迷宮内の魔物の活動も抑えられているのかもしれない。
念話を使って語りかけてはいるけど明確な反応がないのは、完全に迷宮の主として精神が変質してしまったのか、それとも抗っているのだろうか。
「たぶん、後者だろうなあ」
あの冒険者君が、いくら核を取り込んだからと言って迷宮の意思に呑まれるとは思えない。ぼくの願望であるのは否定しないけど、それでも冒険者君が妹ちゃんを遺して逝くとはどうしても考えられない。
軽い冗談を交わしながらも警戒だけは怠らずに進み、やがて広場に辿り着く。ここは冒険者君がこの迷宮で初めて敵と戦った場所だ。
あの時はいきなり竜が現れて焦ったものだけど、あれはイレギュラー。普通あんなことは何度も起こらないはず。
さてさて今回は何が来るかな?
ゴブリンか、オークか。はたまた人狼。大物が出てもオーガかな。ゴーレムあたりも警戒しとこう。
欲を言えば、何も出ないで欲しいよねえ。
『歓迎しよう、門の管理者とその一党。ささやかだが、これは心ばかりの気持ちだ。──精々抗え』
声が響いて、赤い竜が舞い降りた。
・・・・・・そんな事ある?
▶︎
「ひゅー!ドラゴン様のエントリーだ!」
どこかで聞いたような叫び声を妹ちゃんが上げて、それでも事前に教えていた通りに建物の影に向かって駆けていく。
接敵の際はぼくとエルフ君で対処して、戦闘の術を持たない妹ちゃんは距離を取って身を守れる場所に隠れるという取り決めは、迷宮に入って一番最初に話し合った約束だ。
勿論、妹ちゃんには守りの魔法をかけているからフォローできる状況なら目の届くところにいてもらうけど、今回は離れるのが正解。
相手が竜ともなれば本気の戦闘は避けられないから、真っ先に駆け出した妹ちゃんの判断に間違いはない。むしろパニックにならずに走り出せるのは感心すべき事だと思う。
一応、駆け込んだ建物の周辺に結界を張れば、物陰から顔を出した妹ちゃんがこっちに向かって大きく手を振った。──妹ちゃん、大物だなあ。
「本物の竜、生きているのは初めてみた」
言いながら、既に斬りかかっているエルフ君にも焦りは見られない。
流石は剣の女王様だ。巨大な竜を相手にすればどんな英雄も身構えると言うのに、怯むどころか物珍しい珍獣を見たような態度を取れるのは、彼女の自信の表れなんだ。
実際、その剣捌きに淀みはない。
「サポートするよ!ヘイトはこっちで取るから君はダメージを与えておくれ!」
竜の目の前に躍り出て、目眩しの魔法を竜にぶつけた。
▶︎
小さい頃にお姉ちゃんが読んでくれた御伽噺に登場する竜は、実はお姉ちゃんがこの迷宮で一番最初に戦った相手らしい。
さっき聞いたばかりのお話に合わせつけたような登場に吃驚したけど、同時に言われていた通りに動けた自分に安堵する。
ひゃー!大きい!こわいっ!
調子に乗って物陰から身を乗り出して魔法使いちゃんに手を振って、竜と目が合ってすぐに引っ込んだ。
ドキドキする心臓の鼓動を押さえつけて、今度はそろーっと頭を出して様子を伺う。そして二人の戦いに、自分がどんな人達にお世話になっているのか思い知る。
「すごい」
息を呑んだ。
エルフさんはなにか凄い動きで飛び回っているし、魔法使いちゃんは多種多様の魔法を使いこなして竜の注意を引き付けている。
二人とも私が隠れている建物と同じ大きさの竜を相手に一歩も引かない。
それどころかエルフさんが剣を振る度に竜から血が吹き出すし、魔法使いちゃんが指を鳴らせば魔法陣から大きな手が飛び出して竜に掴み掛かる。
何をしているのか全くわからないけれど、二人が何かする程に竜が傷付いていく。凄い!
竜が弱いだなんて思わない。
目にしたらそんな風には絶対思えない。
生き物としての格差と言うのだろうか、村一番の力持ちの親方さんも、村を襲う魔物を追い返した狩人さんも、あの竜を前にすれば何ができるだろう。
本当は出会ってしまった時点で命をいかに守るかを考えるべき存在。身を隠してやり過ごす事が正解の、大嵐とか地震とかそう言う類のもの。
間違っても戦おうだなんて思ったらダメだと思うし、戦いになるなんて思えない。そのはずなのになあ。
「すごすぎてすごい!」
やがて竜が力尽きて倒れるまで、私は興奮しっぱなしで英雄達の戦いを見つめていた。・・・・・・ん?
「たったひとりで武器も持たずに竜に挑んだ人がいるって?」
【Tips】
《武器屋》
・管理者が迷宮から武器を奪われた探索者達を助ける為に階層毎に設置したセーフティーエリア。
迷宮の目を掻い潜り少しずつ設置している為に置かれた階層は多くはないが、それでも少なくない命を救う切掛となった。──ええ、ええ。見たところ、品揃えに不足がありやせんか?よければあっしがお力添え致しやしょう。
《火の竜》
・でかい!つよい!かっこいい!