広場を後にして、白亜の城に辿り着く迄は何事もなかった。
竜との戦闘以降は相変わらず魔物の襲撃もなく、道中は警戒を解くことはしなくとも適度に息を抜くことが出来るくらいには静かだったと思う。
城に踏み入ってからポツポツと魔物が出現するようになって、それでも大した脅威でもないリビングアーマーを蹴散らしながら進んでいく内に少しの違和感を覚えた。
・・・・・・入城してから此処まで同種の魔物しか現れていない。
それ自体は迷宮内ではよくある事ではある。
あまり騒ぎ立てて疑心暗鬼にするのもよくないかと心の内に留めて、二人に守りの魔法だけは重ね掛けして備えよう。
妹ちゃんに危険が及ばないように複数個体が彷徨くエリアを避けて通り、時には隠れてやり過ごす。
そうやって迷路の如く複雑化した城内を進んでいくと、大広間に行き着いた。
「此処で少し小休止としようか。ここにはあの一体だけみたい」
迷宮にあって不釣り合いな程に豪奢な造りをしたホールには、直立不動に佇むリビングアーマーが待ち構えてはいるけれど、あれが単体ならばぼく達の敵じゃない。
それよりも、緊張しっぱなしで身が硬くなってしまっている妹ちゃんを少しでも休める方が良いと思う。
この広さなら部屋の中央に陣取れば奇襲の際の対応もやり易いし。サーチした感じは罠が敷いてあるってこともなさそうだ。
エルフ君に目配せをして、取り敢えず目の前の敵を処理してもらう。
「任せて」
言うが早いかエルフ君の剣が敵を両断して、それがトリガーだった。
「! モンスターハウスだっ」
両断された筈のリビングアーマーが立ち上がって、ぼく達は魔物の波に飲まれた。
▶︎
やられた!
雪崩れ込むように現れたリビングアーマーの群れに、慌てて妹ちゃんの安全確保に動く。
何とか結界を展開して、突然の出来事にフリーズしてしまった妹ちゃんをできるだけ害の及ばないように隔離した。
「そこから絶対出ないでおくれよ!」
叫んで、既に周囲の敵を斬り伏せているエルフ君にバフを掛ける。
流石の剣撃は一振りで複数のリビングアーマーを破壊していく。瞬く間に敵が減っていき、そして同じ数だけ敵が現れた。
「無限湧き、面倒」
舌打ちをしても淀みなく敵を捌いていくエルフ君。
頼もしいことこの上ないけど、状況はとても拙い。単体の力は歯牙にも掛からない程度だけれど、それが群体となって襲いかかってくればそれは竜以上の脅威たり得る。
数による蹂躙は強力な個を容易く飲み込んでしまう。迷宮がよく使う手ではあるけれど、魔物の撃破をトリガーにしたトラップは初めて見た。
「こんな手を使うだなんて」
冒険者君の精神が迷宮に呑まれてしまったとは思えない。
だけど、管理権限の行使によるリスポーンの妨害が効かないから、迷宮の主が何かしてるのでなければ説明がつかない。
待てよ。この無限湧きは迷宮に置かれる罠じゃなく、特殊な個体が持つ能力によるものだとしたら、その個体さえ仕留めてしまえば。
「ああーっ!うっとおしい!」
思考を邪魔するように倒しても倒しても押し寄せるリビングアーマー達に、衝撃の魔法を叩きつけた。
▶︎
いきなり雪崩のように現れた鎧の波に流されて、二人の背中が埋もれてしまう。
咄嗟に魔法使いちゃんが結界で守ってくれなければ、轢かれて踏まれて襤褸雑巾の様な姿になった自分が想像できて、私はへたり込んでしまった。
怖い。
竜の時は、何処か観客の様な立場でいられた。
恐怖は勿論あったけれど、遮蔽物の影に隠れて戦いの余波が届かない様に守られていたあの時は、演劇を見ている様な気持ちがあった事は否定できない。
常に視界の中には魔法使いちゃんとエルフさんがいて、二人の強さがそのまま安心感になっていた。──今は違う。
周りは沢山の騎士の様な鎧が無機質に蠢いて、二人の姿が隠れて見えない。結界に守られて安全な筈なのに、直接襲われている訳でもないのに、二人が視界にいないだけでこんなにも心細いなんて。
甘えていた。甘く見ていた。
ここまでの道筋が上手くいっていたからって、そのままお姉ちゃんの所まで何事も無く辿り着ける訳がなかったんだ。
物見遊山で訪れていい場所じゃない、少しの切掛でどんな事が起こるかわからない危険地帯。それが迷宮なんだ。
絶え間ない剣撃の音と魔法の輝きが、二人の奮闘を教えてくれているけれど、それでも魔物は一向に減らない。
──もし、このまま二人が倒れてしまったら。
「怖い、怖いよぉ」
涙が溢れて、情け無くて、恥ずかしくて、気持ちはもうぐちゃぐちゃで。
どうしていいかもわからなくて、
「大丈夫だよ」
エルフさん。
「安心しておくれ!すぐに終わるから!」
魔法使いちゃん。
二人の力強い言葉が、耳に届いた。
私が勝手に一人で蹲っていても、二人は必死に守ろうとしてくれているじゃないか。当たり前のように矢面に立って、戦ってくれているじゃないか!
・・・・・・そうだ、こんな事で泣いてちゃダメなんだ。
お姉ちゃんの役に立つんだ。その為にここに来たんだ。
だったら、立ち上がらなきゃ。
怖いものは怖くていい。でも、目を逸らすのだけはしちゃいけない。それは二人に依存しているだけだから。
戦うんだ。前を見て、自分に出来ることを必死に考えろ。聖女だって、戯けた台詞だけど、それを一度でも名乗ったのならやり遂げてみせるんだ!
「何か、あるはず」
お姉ちゃんが昔教えてくれた。
どうしようもない状況はある。ただ、大抵の場合それは何かを見落としているからだって。冷静に俯瞰すれば、何かしらの打開する術は転がっているものだって。
目を逸らさずに、しっかりと見ろ。
小さな違和感を見逃すな。
何か必ず、必ず突破口があるはずだから!
「これ、もしかして」
そうして、幾つかのピースを見つける。
倒されるリビングアーマーと新たに現れるリビングアーマー。常に減ったり増えたりしているように見えるけど、その総数が常に変わらない。
つまり、これは無限に増え続ける罠じゃない。そうだとしたら、何か基準になるものがあるはず。
他にはないか、他にもあるだろう。
もっとよく観察するんだ。敵の動きはどうだ。
何か不自然なところはないのか。小さな違和感ひとつでもとり溢すな。
「みつけた」
ああ、お前だ。