剣王が持つ魔眼は危険な代物だ。
一度この身で味わったからこそ、その厄介さは疑いようがない。
実際のところ詳細を知る由はないが、あれ程の力、行使するにはそれなりの代償が必要な筈だ。少なくとも魂を捉える魔眼など、気軽に使える類いの力ではない。
あれは、まず間違いなく剣王の奥の手と見ていいだろう。
──大盤振る舞いだな。
紫色の瞳がまるで鬼火のように揺らめいている。
その短躯から発せられる剣気に、奴の本気を垣間見た。
「わからず屋にお仕置きするだけ」
迷宮の主たる魔王を前に、随分と大きくでたな。
先の一戦で白星を上げたのがそんなに嬉しかったのか。魔眼を使うにしても、手札を切るべき場所を選べないようなら我が敵には成り得んぞ。
それとも使わねば拙いと判断したか。いずれにせよ、向かってくるなら容赦はしない。殺すとまではいかないが、手足の何本かは諦めてもらおう。
・・・・・・未だに立ち上がる事ができていない二人の少女は、捨て置いても邪魔にはなるまい。
圧倒的な魔力による威圧は、剣王の邪魔立てが入っても心を折るには充分だっただろう。
この場で一番厄介な管理者は、その力の大半を奪ってやった。あれならば自分達の身を守るのに精一杯である筈だ。
結界に引き篭もっていてくれるのならば、態々手を下さずとも良い。
だから、頼むからそこで大人しくしていてくれ。
「いくよ」
刃が閃いた。
相変わらず鋭く速い。そして上手い。
何処に刃筋を置けば相手が嫌がるのかを熟知している剣の舞は、膂力が圧倒的に上回る此方の優位を意に介さない。
流石は剣の女王。
並の英雄ならば最初の一合で斬って捨ててやれるものを。
魔眼によるデバフも厄介だ。
かつての冒険者がひと睨みで屈したそれは、迷宮の主と成り果てたこの身を以てしても抗い難い。
成る程、お前は確かに最強だ。足手纏いを二人も連れ歩く余裕がお前にはあるのだろう。だが、それでも魔王には届かない。
剣撃は苛烈さを増していく。
大鎌と聖剣、変則的な二刀でもって捌き、返し、薙ぐ。
剣王が凌いで斬り返せば、弾いて突いて叩きつける。
技量では此方が劣る。魔眼による縛りも健在。数百年の研鑽は、素直に賞賛してやってもいい。
対して、膂力と魔力、そして生き汚さでは此方が勝る。そもそも魔王とエルフでは存在としての格が違う。このまま続けば、いずれ地に伏せるのは剣王の方だ。
「貴方は何も分かってない」
この期に及んで問答か。
聞く耳など持つと思うな。
管理者を無力化した今、お前さえ沈めれば事は治まる。
精神を揺らして隙を誘おうなどという常道に、此方が付き合う義理はない。
食い下がるのならそれもいいだろう。
これは結果の見えた戦いだ。
お前の我儘に付き合ってやるから、出来れば早々に退場願おう。
お前達をこの場から排除して、この迷宮を永遠に閉ざす。
そうすれば、こんな面倒はもうしなくていい。
──だから早く諦めてくれ。
最早、聖剣とも呼べぬほどに変質した愛剣を、膝をつく剣王に突きつけた。
▶︎
手を出す事も叶わない戦いの外で、私と魔法使いちゃんはお互いの身を抱いて震えている。
魔法使いちゃんが張ってくれた結界は私達を戦いの余波から守ってくれてはいるけれど、心までは守ってくれない。
お姉ちゃんがあんなに怒っている理由は、本当はわかってる。
きっと、来てほしくなかったんだ。
この迷宮から離れられないという魔法使いちゃんは仕方ないにしても、私やエルフさんはそうじゃない。
あの村で穏やかに生きていて欲しい。
きっとそんな事を願っていたんだと思う。
魔法使いちゃんにしても、わざわざ最奥に降りてこなければ危険な目に遭うこともない。
寂しい思いはするけれど、お姉ちゃんが迷宮の主として君臨する限り、辛い思いをさせないように立ち回っていた筈だ。
お姉ちゃんは優しいから。
「でも、そんなの嫌」
私は、皆んなに囲まれて笑っていたい。
お姉ちゃんだって本当はそうしたいと願ってる。
私には分かるんだ。だって私は妹だもの。
その証拠に、今も膝をついたエルフさんに止めを刺そうとしない。
剣を突きつけて、負けを認めさせようと悪ぶるだけだ。
エルフさんの事も、別に傷つけたくはないって思ってるのがバレバレだ。
怒ってはいる。でも、本気で私達を排除したいのなら、迷宮の主ならもっと別のやり方があるでしょう?
「冒険者君らしいや」
魔法使いちゃんが呟く。
そうだよね、お姉ちゃんらしいよね。
魔法使いちゃんもきっと、私と同じような結論に辿り着いたんだろう。
私たちはお互いに魂の片割れだから、きっと同じことを考える。
魔法使いちゃんはお姉ちゃんの相棒として、私は妹として。立場は違っても、私達はお姉ちゃんの事が大好きなんだ。
体の震えは治まった。
抱き合って怯えていた無力な挑戦者は、もうここにはいない。
ここにいるのは、叱られて反省して、それでも自分の我儘を押し通す妹と、相棒のご機嫌取りに気を揉む一人の女の子だ。
「怒ってるのは、お姉ちゃんだけじゃないんだからね」
口に出せば、違いないねと魔法使いちゃんが笑う。
「ぼくにいい考えがある」
穏やかに覚悟を決めたような横顔に、私は耳を傾けた。
【Tips】
《ガールズ・ラブ》
・壮大な冒険譚も、蓋を開けてみればお互いを想い合う人々のすれ違いが起こすありふれた痴話喧嘩にすぎない。
性愛も友愛も家族愛も、その正体はきっと同じだろう。──ええ、ええ!盛り上がってきたじゃないですかい!やっぱりあっしは此方が好みだ、お客さんもそうじゃないですかい?