門の迷宮に、ですかい?
「うん。この子と、あたし。出来るでしょう?」
ええ、ええ。まあ、出来ないことはありやせんが。
ご高名な剣王様なら兎も角、そっちの子は些か危険じゃありやせんか?
可愛い子に旅をさせたいのなら、適した場所はいくらでもありやしょう。
「旅も楽しいけど、今回はそれが目的じゃない。この子にあの人を合わせてあげるの」
何か事情がおありの様で。
そういうことなら構いませんぜ。あっこにはちょいちょい足を運んでますんで、そのついでに送って差し上げやす。
「ありがとう、助かる」
はい、はい。ですんで、その剣を鞘に納めてもらえりゃあ、あっしとしては穏やかにお話しができるってもんなんですが。
「うん、わかった」
ああ、ああ。やっと息ができまさあ。
「凄い、これが交渉術ってやつですか!」
・・・・・・お嬢さん、そりゃあちっと見当が違うというもんですぜ。
▶︎
エルフ君が妹ちゃんを連れて門の迷宮に来る。
その知らせを受けたのは、迷宮の主となった冒険者君が眠りについて暫く経った頃だった。
静まり返った迷宮を前に、それでも管理者としての役割を放棄するわけにもいかない。
定期的に冒険者君の精神に話しかける以外にやれる事がないぼくが、自分の無力さに打ちひしがれていた時だ。
そんな折、気がつけば彼が目の前に立っていたものだからすごくびっくりした。
どうやって隠された門の迷宮に侵入しているのか全くわからない行商人君が、挨拶もそこそこにへらりと笑って教えてくれた。
「ええ、ええ。お連れの方々に依頼を受けまして、近々此方に案内させていただきやす。お嬢ちゃんも、そろそろ顔を見たいと思っていたんじゃありやせんか?」
胡乱な言葉と態度で人を惑わせる彼は、ちょっと苦手なタイプだ。
悪い子ではないと思うのだけど、心の内を見透かすような物言いは、あんまり好きになれない。
それにしても、妹ちゃんか。
大好きなお姉ちゃんを奪ってしまったぼくが彼女の前に姿を晒すのは、正直怖い。
いずれこうなるかもしれないってことは予想していた。嫌われてしまうのは明白で、それでもぼくには何も出来ない。
本当は仲良くしてみたいけど、ぼくなんか彼女からすれば憎むべき仇敵なんだろうなぁ。
だけどそれはぼくが受け入れるべき咎だ。
ひとつ八つ当たりをするのであれば、その知らせを持ってきたのがよりにもよって冒険者君に偽物の聖剣を握らせた悪徳商人って所なのだけれど、君はどう思ってるんだい?
「ああ、ああ!そう臍を曲げなさんな。あっしは、ただ真摯に商売をしてるだけ」
思わずジトッとした視線を向ければ、態とらしく大袈裟な身振りで弁明する。
「あっしの扱う商品は、どこに出しても恥ずかしくない逸品名品だけでさぁ。姐さんにお売りしたあれも、ただ名前が大袈裟ってだけで物は一級品ですぜ」
それは、そうかもしれないけどさ。
・・・・・・いや、ごめんよ。ぼくのこれはただの癇癪だった。
「ええ、ええ!分かっていただければ充分御の字でさぁ。今日の訪問も、何も裏があるわけじゃありやせん。ただ、一度取引をさせてもらった姐さんに顔を繋いでおこうと思い立ったわけでして」
間の悪いことに空振ったもんで、どうせなら何か御用聞きでもと顔を出した次第でさあ。
そう言って、気まずいぼくの目の前に麻布を敷いたかと思えば、色んな物を並べていく。
その手つきは鮮やかで、つい感心してしまう。
「相変わらず手品みたいだね」
思わず呟けば、我が意を得たりと笑みを深めた。
しまったと思ってみても、もう遅い。
この子に対しては不用意に反応しちゃ駄目だ。商いの事なら尚更、すぐにペースに巻き込まれちゃう。
気づけば必要じゃない物を手に取らされて、それでも悪くないなってその場では思い込まされる。
商人の手腕というのだろうか、人を誑かす技量は、迷宮にだって負けてはないんじゃないかな。
「そう、そう! 迷宮! 聞いてくだせえ、あっしの商いの成果を横取りしちまった迷宮には、ほとほと困り果てておりやす。お嬢ちゃんにはあっしを助けると思って、一品だけでも手に取っていただけりゃあ嬉しいんですが」
本当に困っているのかそうでないのか。胡乱な笑みは変わらずに、揉み手をしながら迫られる。
しかし、うーん、まあ。そう言われるとぼくも管理者として負い目があるのかなあ?
八つ当たりしてしまったし、少しだけなら何か買ってあげようか。
「流石だお嬢ちゃん! いやあ、ありがてえなあ! 持つべきものはいい隣人ってねえっ」
ぱちんと指を鳴らして、笑みを深めた。
結局その日は、ぼくに取って使い所のない物を掴ませれて。
そのこと自体は、記憶の端に追いやられていった。
▶︎
「行商人さんから買った物?」
うん。ついさっき思い出したんだけど、あの子がぼくに売りつけたのは、この身代わり人形なんだ。
ポケットに収まる程度の小さな人形を取り出して妹ちゃんに見せると、彼女は更に首を傾げる。
「これでエルフさんを助けるの?」
それもでもいいけど、今回はそうじゃない。
これは、普通に使えばダメージを肩代わりするだけのスケープゴートなんだけど、何もそれ以外に使えない訳じゃない。
妹ちゃんが持ってる記録の魔法を施したお守りとこの身代わり人形、そしてエルフ君の魔眼の力が合わされば、冒険者君を迷宮の主の座から引き摺り下ろす事ができる。
そして、冒険者君の奥の手を利用させて貰えば全てが上手くいくはず。
ぼくも含めて、誰も犠牲にさせない最良の作戦さ。
「先ずは詳しく説明するから、よく聞いて」
▶︎
魔法使いちゃんが教えてくれた作戦は、色々と衝撃的な内容だった。
前に私がはっきり断ったはずの魂の統合をやるって言い出した時は流石に怒ったけど、詳しく話を聞いていくと、確かに言ってることは理解できる。
切迫したこの状況をひっくり返せる一手だというのは、間違いない事実だった。
「この作戦の要は、君だ。管理権限を失った以上、ぼくにできるのは知識の提供と術式の補佐だけ。この結界も、魂を渡してしまうと維持することは出来ない。
矢面に立つのは君になる。正直危険だし、やりたくなければ強要はしないよ」
どこまでも私を案じる言葉に、それでも私は強く頷く。
本当に皆んなで笑える未来を掴めるのならば、いくらだって危ない目にあってあげる。
「・・・・・・ありがとう」
もう一度私を強く抱いて、魔法使いちゃんは意を決したように表情を引き締めた。
「エルフ君も、何とか凌いでいるけれど劣勢なのは変わりない。作戦のことは念話を繋げて伝えるから、タイミングは合わせてくれる。あとは君に託すよ」
そう言って、目を伏せた魔法使いちゃんは立ち上がって魔法を唱えた。
お姉ちゃんに食い下がるエルフさんも、念話を受けてチラリと此方に視線を向ける。
「いくよ、二人とも。──反撃開始だ」
私達を守る結界が消えて、魔法使いちゃんの姿が虚空に溶けた。