門の迷宮   作:いとあと

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聖女 10

 

 ──馬鹿、何をやっている!?

 

 剣王の窮地に焦ったか、その身を投げ出した管理者の行動に、理解が及ばず足が止まった。

 管理権限を失った少女がその身を構成する魔力を解けば、もう元には戻れない。

 現に結界の維持すら出来ずに崩壊してしまっているだろう。自棄になるなど愚かな真似を。

 まさか心が折れてしまったのか? 大人しくしていてくれればそれでよかったと言うのに!!

 

 ──何故じっとしていられない。

 

 精神の動揺は致命的な隙を生み出し、そこを見逃すほど剣の女王は愚かではない。

 苦痛の表情を浮かべて攻め立てる剣王の剣撃は、それでも我が身に手傷を負わせるに止まる。

 まさか、この隙を作るためだけに身を投げたのか?

 何て愚かな、どうしようもなく馬鹿な真似を。

 言葉を失い、それでも魔王の体は剣王に向かって牙を剥く。

 元々が消耗していた剣王は、反撃の猛攻にその勢いを削がれていき、生み出したはずの好機は活かされる事なく去っていった。

 あの子が、命を投げ出して作ったのは、こんなに呆気ないものなのか。

 動揺が失望に変わり、そして暗い影を落とす。

 

 ──もう、いい。それ以上はもういらない。

 

 管理者の少女が消えてしまえば次に危ういのは妹だ。これ以上は、不要な戦いになる。

 食い下がる剣王に引導を渡して、さっさとお終いにしてやらねば。失ったものを嘆くのは後に回せる。だが、これ以上の損失は許容できない。

 

 ──終わりだよ、剣王。

 

 振り上げた大鎌が、ぴたりと止まった。これは管理者の──

 

「間に合った。お姉ちゃん、君の周りの空間を固定させてもらったよ」

 

 よそ見なんてしないでよね。その力強い芯の通ったような言葉に、視線を向ける。

 黄金の瞳を輝かせた妹が、その背に数多の魔法陣を背負って立っていた。

 

 ──これは、どういう事だ。

 

「説明は後で。エルフさん!お願いっ」

 

「承知した」

 

 渾身の一振りが、我が体を切り裂いた。

 

 

 

 ▶︎

 

 

 

「エルフさん、魔眼を!」

 

 魔法使いちゃんの作戦は私と魔法使いちゃんの魂を統合する事で古の大魔法使いとしての力を取り戻し、それで管理権限を奪い返すところから始まる。

 奪った権限と大魔法使いの振るう魔法、そこに剣王たるエルフさんが加われば、いくらお姉ちゃんだとしても一筋縄にはいかない。

 魔法使いちゃんの姿が消えてしまった事に動揺してくれたのも優位に働いた。

 後はスピード勝負だ。正念場だぞ、頑張れ私達!

 

「捕まえた」

 

 エルフさんの魔眼を以てお姉ちゃんの魂に取り憑いた迷宮の残骸を縛り上げる。

 絶叫するお姉ちゃんの痛ましい姿に目を逸らさずに、分離の魔法を使って迷宮の残骸を引き剥がす。

 

 抵抗するな!お前はとっくに負けてるんだぞ!

 

 お姉ちゃんの魂を壊さないように慎重に、抵抗する迷宮の残骸に負けないように。大魔法使いが振るった古の叡智が、私の望みに叶えようと力を発揮する。

 

「んっ、しつこいなあ、もうっ!」

 

 初めて使う魔法の負荷に、ばちばちと火花が弾けるような痛みを堪える中で、それはついにお姉ちゃんから引き摺り出された。

 

「よくやったよ、妹ちゃん!」

 

 ポケットから勢いよく飛び出した魔法使いちゃんが、体一杯に抱えたお守り毎突っ込んで、迷宮の残骸を閉じ込めた。

 明滅する視界の中で、状況は目まぐるしく進んでいく。

 もう一仕事だ!!

 意識を失いそうな情報の奔流に耐え抜いて、背負っていた魔法陣が回り出す。

 分離の魔法のリソースが魔法陣に戻って、漸くその魔法が完成した。

 

「出戻りの魔法」

 

 それは、お姉ちゃんの奥の手だと言う外法の反転魔法。

 無理矢理に形を変えられた魂を、真の姿に取り戻す。

 お守りに封じた迷宮の残骸を燃料に、歪められたお姉ちゃんの魂も、分けられて統合した私たちの魂も、正しい形に修復していく。

 重ねて癒しの魔法を全員に振りかけて、玉座の間に眩い光が走った。

 

 

 

 ▶︎

 

 

 

「やったぜ!」

 

 身代わり人形にその意識を移した魔法使いちゃんが飛び跳ねる。

 布と綿で作られた人形は、魔法使いちゃんの魔力に染められて、魔法使いちゃんをそのまま小さくしたような姿に変わっている。

 ちっちゃくて可愛い! 妖精さんみたい!

 

「可愛い。でも、大丈夫?」

 

 剣を鞘に納めたエルフさんが、魔眼を揺らめかせて問う。

 あれ、説明しなかったの?

 足元にトテトテと寄ってきた魔法使いちゃんに問えば、頬を掻きながらその時間もなかったからね、と答えてくれた。

 

「魂は確かに妹ちゃんに返したよ。今のぼくは門の本体に刻んだバックアップさ」

 

 私の掌の上に乗せてあげれば、エルフさんを見上げて体いっぱい使って説明してくれる。とても可愛い。

 

「本来は、迷宮が力を失えばバックアップも同様に失われるところだけど、出戻りの魔法のお陰でこの通り。魂の形を固定出来たから、ぼくはもう僕だけで存在できる」

 

 妹ちゃんがこの迷宮を訪れなければ魂の記憶を忘れたままだったから、こんな手は思いつかなかったし、この人形がなければ魂を固定してもそのまま露散してただろうね。

 ついには私の掌のうえでくるくると踊り出して、歌うように言葉を紡いだ。

 

「ホムンクルスとか、使い魔だとか、そんな感じのイメージかな」

 

 じゃあ、あの行商人さんのお陰って事?

 

「その通り。だけど、それだけじゃない。君達の誰が欠けていてもこの作戦は成せなかった」

 

 ウインクをひとつ。

 どうしよう、魂を分けた半身がこんなに可愛い妖精さんになってしまって、私はもう辛抱たまらんです。

 

「それよりも、妹ちゃんがあの魔法を完成出来たことの方が凄い事だよ。以前見た冒険者君の外法はずっと解析していたけれど、形にできたのは君の才覚あってこそだ」

 

 勿論、エルフ君の力と魔眼のサポートあってこそだよ。そう言ってまた嬉しそうにはにかむ魔法使いちゃん。とても可愛い。

 エルフさんも、そう言う事なんだねって納得してくれたみたい。魔眼を閉じて、安心したような笑顔で笑ってくれた。

 

「和気藹々としているところ悪いが、随分と気を揉ませてくれたな」

 

 !?!?!?

 

「お、お姉ちゃん。もう起き上がって大丈夫なの!?」

 

 いつの間にそこに!?

 ついさっきまで意識を失って眠っていたはずなのに、私達を見下ろすように仁王立ちして腕を組んでいるお姉ちゃん。

 無表情だけど、これは不味いぞ!お説教モードだ!

 

「ああ、色々と言いたいことはあるが、先ずは此度の無茶の弁明を聞こうか。・・・・・・おい、逃げるな剣王」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【Tips】

《出戻りの魔法》

・皆んなで明日を生きるため、二人の少女が力を合わせて組み上げた。

 歪んだ魂も、決め付けられた不幸も、全てを平らげてあるべき姿を与える大魔法。──おかえり。ただいま。今度こそよろしくね。

 

《身代わり人形》

・本来は一度だけ使用者の傷を請け負うだけの呪いの人形。

 その効果の割に安価で製造が容易なため、知っているものは必ず身につけるが、見た目から男性には人気が低く、男所帯の冒険者達の間では思ったほど普及していない。

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