見慣れた町並みをゆっくりと歩く。
夢などではない、本物の息遣いを全身で感じて帰還の喜びを噛み締める。
お、今回はどこに潜ってたんだい?腹減ってるならこいつを持ってきな。そう声を掛けるご婦人から堅焼きのパンを受け取り、暫し足を止めて談笑する。
礼を告げれば恰幅のいいご婦人は豪快に笑い、側に控えた細身の青年の肩を叩いて手を振って去っていく。
「あの子、貴方のことずっと見てたね」
剣王が揶揄うように笑い、彼が見てたのはお前だと教えてやる。
意外に鈍感だな。お前ほどの英雄ならば色目を向けられる機会もそれなりにあったろうに。そうでなくともお前は美しいのだから、顔も隠さずに往来を歩けば幼気な青年を虜にもするさ。
揶揄ってやれば、顔を赤くして俯いてしまった。
「そういうのは、卑怯」
エルフが持つ笹耳をパタパタと動かす様は、とても生ける伝説とは思えない可憐な少女のものだが、これで私に勝ち越しているのだから世の中はわからんものだ。
戯れ合いながら町並みを抜けて、丘の上に立つ我が家へと続く道を進む。
あの迷宮から帰還して、既にそれなりの時が経った。
剣王と元管理者の少女は私達の棲家に根を下ろして、こうして偶に連れ立って依頼をこなしている。最初は慣れない生活に戸惑っている様子だったが、今では随分と慣れたものだ。
依頼主に分けてもらったチーズと、先程いただいたパンが今回の土産だ。どちらもシチューに合う。帰ったら妹に頼んでみようか。
「いいね。確か、この間狩った大角鹿の肩肉がまだ残ってた」
ならば今夜はご馳走だな。
まだ陽も高い。今からならば夕飯の支度には充分間に合うだろう。
頷きあって、共に夕飯を囲む事が日常になりつつある事に胸の内が熱を持つのを覚えた。
「おねーちゃーん」
手を振りながら丘を駆け降りて出迎えてくれる妹を受け止め、嘗てよりも格段に活動的になった少女の頭を撫で回す。
くすぐったいと戯れつく妹を一旦離して土産を渡してやれば、やったぜと喜んで両手に抱えながら走り出す。
随分と、お転婆になった。
「しみじみしてないで、早く帰ろう」
呆れたように掛けられた声に返事をして、我が家へと向かって歩き出した。
▶︎
いえーい、今日はご馳走だ!
お姉ちゃんからチーズとパンを受け取って、一足先にお家に帰ると、魔法使いちゃんがエプロンを着けながら出迎えた。
あの日から妖精さんみたいに小さくなった魔法使いちゃんだけど、最近大きくなる魔法を開発したらしい。
やっぱり小さいと不便だからね。そう言って肩を竦める魔法使いちゃんは、今や大きくなったり小さくなったりを自由自在に行き来する不思議な少女になってしまった。
むむ、エプロン装備って事は今日はお料理を手伝ってくれる日なのかな?
そう聞けば、これも経験だよ、なんて戯けている。
永い時間を食事を摂らずに生きてきた魔法使いちゃんは、実は料理がとても苦手だった。ちょっと前にその事をエルフさんに揶揄われて、少し気にしてるみたい。
だから時折、こうやってお手伝いと称して練習している。ふふ、可愛いでしょう?
ちなみにエルフさんはその後お姉ちゃんからお説教を受けて暫くの間しょんもりしていた。
「パンとチーズ! そしてお肉は既にある。ここから導き出せる今日のメインデッシュは、ずばり! シチューだねっ」
指を立てて推理してみれば、背中から正解、と声を掛けられた。
軒先に四人が集う。それがとても嬉しい。
振り返って、大変なお仕事を終えて帰ってきた二人を労う。
「おかえりなさいっ」
「ああ、ただいま」
「ただいま、良い子にしていた?」
ほんの少し前は、途切れてしまっていたやり取りが、ここ最近は毎日行われている。
それだけじゃない。今はエルフさんと魔法使いちゃんもいて、前よりもずっと賑やかだ。
もう、思い通りに動けない体を煩わしく思う事もない。
独りで寂しくて泣きそうな夜に、怯える事もない。
何でもないようでかけがえのない幸せを噛み締めて、私の日常は続いていく。
「おかえり、二人とも。今夜はぼくが腕を振るおう。覚悟しなよ、パーティーナイトだ」
魔法使いちゃんも楽しそうだ。
「この幸せが、ずっと続けばいいのになあ」
「続くとも。私達が望む限りは」
つい溢れた願いの言葉は、力強く肯定される。
うん。冒険譚も好きだけど、やっぱりこっちの方がいい。
そうだよねとお姉ちゃんの腕を取り、そしてとびきりの笑顔で返された。
【Tips】
《エンドロール》
・物語はこれにてお終い。
門の迷宮に翻弄された人々は全員が幸せにはなれなかったけれど、それでも彼等は懸命に生きた。
彼女達は特別に恵まれていた。それは疑いようのない事実だけれど、それでも掴み取ったのは彼女達自身の意思と絆によって成された奇跡だ。
──嗚呼、嗚呼! 実に素晴らしい。これぞ人間賛歌というものだ。さあ、次はどんな物語を見せてくれる? どんな物語で魅せてくれる? 私の可愛い愛し子達よ。
ご読了ありがとうございます。
この物語はこれにて完結となります。
お付き合いいただき本当にありがとうございました。
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