「何者だ」
問えば、少女は困ったように頬を掻き、まずはここを出ようよ、と促す。戦闘の痕跡が色濃く残る闘技場では落ち着いて話せやしないとの言に、そんなものかと了承する。いずれにせよこの場で詰問する事に意味はない。
少し待ってて。そう告げて口を閉ざした少女を油断なく観察しつつ、思考をまわすことにする。
不思議な少女だ。得体が知れないとも言える。
首を刎ねた際に確信しているが、この娘は人ではない。人は死後、霞にならない。仮に先の件がなくとも、瞳を見ればわかる。黄金は、最も世に知られた魔眼の色だ。
美しい容姿と、騒がしく幼い言動は擬態と見ていいだろう。この時点で迷宮に招かれた同業者の線は消える。では迷宮が用意した高位の魔物か。否、それならば行動に説明がつかない。
・・・・・・出会い頭に助けを懇願していたな。ならば、この娘もまた、迷宮に囚われた英霊の成れの果てか。
魔眼は、おそらく死後に得たものだろう。人が人であるうちは、魔眼に目覚める事はない。
「じゃあ、今からここを出るからぼくの手を握っておくれ」
此方を伺う黄金の視線に首肯し、差し出された手を取った。
▶︎
なんかすっごく視線が痛い。
どうしよう、そんなにじーっと見つめられると、ぼく照れちゃうっ。
自分の容姿に自信がないわけじゃないんだけど、何百年も此処に引きこもってたから今どきの子の美的センスが分からないよ。
冒険者君、女の子にしては身長高いし、お顔も凛々しいから見下ろされるとドキドキしちゃう。──だ、ダメだよ冒険者君、君もぼくも女の子だよぅ。
そんな冗談を横に置いて、帰還の陣を構築していく。おふざけしてないと怖いんだもん。首を刎ねられた恨みは絶対に忘れないからな!
それにしても、冒険者君が生きていてくれて本当によかった。
剥き出しの精神は脆く傷つきやすいんだ。蓋を開けてみたら元気ピンピンしてるみたいだけど、これ、冒険者君以外なら致死の罠だったんだよ。
それに、あのよく分からない外法を使う前に割り込めたのは我ながらファインプレーだと思う。
冒険者君、アレを割と軽いノリで使おうとしてたように見えたけど、溢れ出た魔力だけでとんでも無いものだって分かるんだからね?
それにしても、四百年前のあの子。肉体はとっくに亡くなってたのに、魂だけあんな酷い改造されちゃってさ。こんな所にいたんだね。
倒された事で解放されていればいいのだけれど。魂は専門外だからよくわかんないや。本当にごめんね。
少なくとも、このトラップはもう起動することがないように完全に解体しておくから、もう戦う必要はない。どうか、せめて安らかに。
「じゃあ、今からここを出るからぼくの手を握っておくれ」
笑いかければ、無愛想な表情のまま手を握ってくれる。あれ、予想に反してなんか優しい手付きだぞ?もっと素っ気ないかと思ってた。
ああ、そっか。
妹さんいるもんね、いいお姉ちゃんじゃないか。
怖くて強い冒険者君の意外な一面に触れて、ちょっとだけほっこりした。
そうして、ぼく達は城下街のステージに帰還したのだった。
▶︎
目を開けば、瞑想の為に座り込んだ姿勢のまま、青白い月明かりの下にいた。
竜を殺した広場と、白亜の城の中間辺りだろうか、あの闘技場での戦いが起こる前に腰を下ろした位置そのままだ。
「おかえり、冒険者君」
黄金の瞳が優しく細められる。
此方の様子を暫く伺い、満足したのかのように再度笑うと、少女はよっこいせっと呟いて腰を下ろした。
黄金を月に向け、語り出す。
「さて、ぼくが何者かって聞いたね」
ながくなるぜ。
そう前置きをして語り出したのは、少女の正体と、その背に負った運命の物語だった。
「──という訳で、ぼくの役割は君達みたいな子を迷宮の餌にしてしまわないように帰してあげる事なのさ」
話が長い。
要約すると、この迷宮は異界への渡り口になっており、それを封印するための装置としての門と、その管理者として少女が存在する。
迷宮は封印を解きたがっており、その為の燃料として力があるものを誘き寄せ喰らうという行動をとる。
少女は、それを阻止するために迷宮に囚われた人々を帰すことを目的に動いている。間接的にしか動けないのは、迷宮自体を非活性化させるために力の大半を使っているからという事らしい。
成る程。
「解らん」
知りたかったのは敵か味方かの判断材料だけだ。
少女の生い立ちや使命、ましてや迷宮の思惑など長々と語られても、攻略に必須の情報でないのなら、然程の興味は持ちはしない。
だが、疑問はある。
「何で迷宮そのものを殺さないのかって?」
苦笑する少女は、言い聞かせる様に続ける。
『それが出来るのなら、私はここに囚われていません』
曰く、異界に繋がるこの迷宮は、世界に散らばる他の迷宮とは比較にならない規模を誇る。
最奥に到達した者は居らず、かつて攻略したとされている者達は、少女が迷宮の目を盗み、何とか作り出した安全地帯から送り帰しただけにすぎないという。
『迷宮の深淵は未踏の領域です。私の干渉すら届かぬ奥地に座する核を、どうやって砕けましょう』
かつて神と共に門を築き、自らを人柱とする事で迷宮を封印し続けているという少女は、困った様に言葉を重ねる。
だから、貴方はもう帰って良いのだと。
「知らん」
え、と驚きの表情を見せる少女に、心持ち丁寧に言い聞かせてやる。
何を驚く事がある。冒険者が迷宮の踏破を目指すなぞ、パン屋がパンを焼くのと同じ様に当たり前の事だろうに。
未だ迷宮は攻略されていないのだろう?ならばそれをするのは私の仕事だ。
私が足を踏みいれて、まだ一つも階層を進めていない。
やったことなど、竜を殺し、夢の中で英雄相手に立ち回っただけだ。階層を渡ってもいなければ、財宝も霊薬も手に入れていない。この体たらくでは冒険者と名乗れないだろう。
そして、迷宮を殺すのが私の使命だ。そうやって生きてきたし、今後もそれは変わらない。
何より未踏の迷宮の完全攻略など、極上の土産話だ。
「君は、おかしな子だなあ」
──呆れた様に、黄金が細められた。
この手の作品、設定集とか登場人物紹介とかよく見かけますけど、私も書いた方がいいですかね?
あった方が読みやすいよって方は教えていただければ大変参考になります。
よろしくお願いします