「余計な事をする」
溜息を吐く。
少女と別れた後、城に辿り着いたと思った矢先、間の抜けたファンファーレが何処からともなく流れ、何事かと身構えれば『おめでとう!』などと白々しい声が辺りに響いた。
視界一杯に広がるコングラッチレーションの文言と、小さく弾ける花火が小賢しい。
リザルトと称して私の行動や詳細を開示するのは構わないが、これを空中に描く意味は何なのだろうか。妙に読ませる文章である辺り芸が細かいと感心はするが。
別れ際に交わした問答と、そもそも当人が門の管理者を自称していたが故に、この茶番の仕掛け人があの少女である事は明白だった。
それ以前に、彼女以外に迷宮内で言葉を交わした相手がいない。仮にこれが迷宮の仕業なら、あの少女も数百年もの間、苦労はしていないだろう。
譲り受けたペンダントが落ち着きなく明滅しているのを見るに、これを媒体にして魔法を行使しているのだろうか。
まさかこの戯れの為に渡してきたのか?
幼なげな言動は擬態だと断じたが、なるほど認識を改めよう。
「出てこい」
隠れていても無駄だと声を上げれば、おずおずと言った様子で少女が現れた。全く、怒られまいかと萎縮するくらいなら、最初から下らないことをするんじゃない。
「こんなもので騙せると思ったか」
・・・・・・何故そこで驚愕している?
察するに階層をクリアしたと思わせて迷宮から追い出そうという算段なのだろうが、それで冒険者を欺ける等とどうして思えるのか。
数百年の時をこの迷宮で過ごしている割に、迷宮に挑む者への理解が恐ろしく浅い。
「何だって!?ぼくのとっておきだぞっ!」
よく考えてみろ。命を賭けて挑む迷宮の探索は娯楽ではないのだ。踏破の証が無駄に陽気なファンファーレなどと、ある訳がないだろうに。
それに、棲家に戻るまでが迷宮探索だ。祝宴ならば帰還の後に各々が好む所で好むように催すだろうさ。
憐れみを込めた視線を向ければ、少女は心の底から信じられぬと言った様子で弁明をはじめる。
「だ、だって、前に来た子はすごく喜んでくれたんだ」
羞恥心か焦りか、次第に身振りが大きくなっていく。その様は己の勘違いを指摘されて戸惑う幼子そのものだ。
「それに、あの子は外の世界じゃこれが常識なんだって言ってたよ!?」
そんな適当な話を誰に聞いたのかと問えば、興奮した様子でやたらキラキラした男の子だったと答える。
ああ、歴史上において門の迷宮を踏破したとされている者達でその特徴ならば、おそらく下手人は【輝く勇者】か。彼が登場する物語はどれもキラキラしていると書いてある。間違いなかろう。
逸話では相当に愉快な性格であったらしいな。彼にどんな意図があっての事だったのかは知らないが、お前はかの勇者に騙されているぞ。
「なん、だと」
迫真といった表情が、かつて訪れた劇場で観た喜劇のようで、私は笑みを噛み殺すのに苦労するのだった。
▶︎
騙されていただと?
このぼくが、時代が時代なら賢者だなんて持て囃された大魔法使いが、当時は二十数年くらいしか生きてない子供に?
し、信じられないっ(動揺)
もし仮にそうだとして、エルフの女の子はどうなるんだい?
あの子も、ぼくを騙していたっていうのか!?
ちゃんと覚えてるんだ、何の疑いもないような素振りだったのは間違いないんだ。本当にこれが当たり前みたいな態度だった。
冒険の終わりはやっぱりこれがないと締まらないよって言ってたのも覚えてるぞ、だからぼくはこれが迷宮攻略の証で間違いないんだって!!
「エルフの女、・・・・・・【剣王】の事か」
「そいつの事は詳しく知らん。だが、私は此処に呼ばれる前に幾つもの迷宮を攻略してきたが、こんなものを見た覚えは一度もない」
そんな馬鹿な。
それじゃ、今までのぼくは一体なにを・・・・・・。
し、信じないぞ(困惑)
そうか!それもこれも迷宮の罠だったんだ!
ちくしょう!やられた!
餌を取られる腹いせに、あの子達を介してぼくを騙して嘲笑ってたんだ!
もう許せないぞ、悪いのは迷宮!閉廷っ!
「・・・・・・ふふ」
!?
今、笑ったのかい?
「何を驚く。愉快ならば笑いもする」
私を何だと思ってるのだ、そう言って呆れたようにまた笑う冒険者君。
その笑顔は優しくて柔らかくて、竜を素手で倒したり初対面で首を落としたりするような怪物と同じ人物にはとても見えなかった。怖いばかりの子ではないと分かってはいたけれど、こんな風に笑うんだ。
そっか、君もやっぱり人の子なんだね。
「そうとも。私は人間だ」
鷹揚に頷く。
「だから、もう一度話そうか」
今度はちゃんと全部聞く。
そう宣言して腰を下ろした彼女を前に、ぼくは驚き以上に嬉しい気持ちが溢れてきちゃう。
連れ立っては歩けないと一度は振られたけど、こうしてまた向き合ってくれた。興味はないと切って捨てた筈の言葉に、今度は耳を傾けようとしてくれている。
自爆というか、ちょっと失敗しちゃったけど、あの頑固な冒険者君がぼくに歩み寄ってくれている。それだけでも、あれをやってよかったなって、そう思えた。
「まずは此度の茶番について詰問させて貰おう」
そんなあ。
【tips】
《英雄達》
・《輝く勇者》は他人を騙し揶揄う事で心の安定を保っていた。
辛く長い試練の中で、理解者だった《渡り》の友との記憶が唯一の拠り所であったが、不慮の死別が思い出ごと彼を歪めてしまった。
晩年は友人との素晴らしい日々を思い出し、その尊さに気付いた彼は、多くの人を笑顔にする為に奔走した。
・掟と慣習に縛られる生涯を嫌い、森を飛び出した少女は、やがてその天賦の才に魅入られた人々から剣の女王、《剣王》と讃えられる事になる。
輝かしい功績を数多く残したが、唯一の欠点は、秘境の出身である故に物を知らぬ少女が己の無知を隠した事だ。
肥大化する民衆の理想は“完璧な英雄”に、無垢な少女である事を許さなかった。