白亜の城の中は、美麗な外観にはそぐわない廃墟だった。
内部の構造も歪だ。
私は城に足を踏み入れる機会など滅多にない民草の身の上ではあるが、本丸に侵入して直ぐに主の寝室と思われる部屋に繋がるのは不自然であるという教養くらいは持っている。
『おかしいよ』
同意だ。
窓から差し込む月光が血のように赤い時点で、何らかの力が働いているのは明白だ。
地続きに見えて、此処もまた切り離された領域なのだろう。迷宮ならば時空が歪んでいて当たり前と言えばそれまでだが。
『違うよ、そうじゃないんだ。此処はぼくの知るステージじゃない』
明滅するペンダントから伝わる思念に、何故そう思うのかと問う。
城内に足を踏み入れはしたが、まだまともに探索していないだろう。面食らいはしたが、こういう形態をとる迷宮は珍しくはない。
『ぼくが置いた転移の魔法が、違う領域に繋がってる』
『たぶん、ここは裏ステージだ』
確か、難易度が上がったと言っていたな。
ならばそういう事もあるだろう。
『? ぼく、そんな事言ってた?』
ご自慢の茶番の際に、インフォメーションなどと銘打って書き記していただろうに。迷宮の真髄をお楽しみ下さいとはよく言ったものだと感心していたところだ。
『何それ知らない、ぼくそんな事書いてない』
慌てた様子でログを確認してみると告げ、沈黙したペンダントに訝しむ。
確かに、言われてみればあの一文は迷宮から追い出そうとする奴の言葉ではない、のか。
空気に流されて言及はしていなかったが、煽るつもりでなかったのであれば、先に進むことを促すような言葉を記す意味はない。
帰って欲しいなら報酬だけ寄越して適当に褒めていれば良かったのだ。
少女が書いたのではないのなら、誰が、などと推測するまでもない。
あの茶番に、迷宮が“自ら”介入していたということだ。
『やっぱり、改変されてる。・・・・・・気をつけておくれ冒険者君。迷宮は、君を逃すつもりがないみたい』
何処か怒りを滲ませる思念に首肯で返す。
元より引く気など更々なかったが、門の管理者を欺いてまでご執心とは。はて。
私も、罪な女になったものだ。
▶︎
迷宮おまえいい加減にしろ!
ぼくが手ずから作った自信作(リザルト)にまで割り込んでくるなんて、何ていやらしいんだ!
あれはぼくと冒険者君が分かり合えたきっかけになった大事な大事なメモリーだぞ(憤怒)
いくらぼくが迷宮にとって不都合な存在だからって、やっていいこととダメな事があるじゃないか!
ゆ、許せん。許せたことなんて何もないけど尚更ゆるせんぞ!
あの手この手で子供達を懐柔しやがって!
・・・・・・あれ?さては、今までも同じような事してきてるな?
なんか手口が鮮やかすぎるんだよ!やり慣れた奴の所業だよ!ぼくの念話(ガイド)が妙に迂遠な言い回しになるのも、全部おまえの嫌がらせだな?(確信)
うおおーっ!あれ地味に恥ずかしいんだぞ!
ふー。(深呼吸)
ま、ぼくには冒険者君に渡したペンダントがあるし?着いていくのはどうしても譲ってもらえなかったけど、ペンダントを介していつもぼくらは繋がっているし?
ペンダントはぼくの分身、言ってみればぼくそのものだから干渉なんて絶対できない。させない。
物理的だろうが次元を曲げようが、距離なんてまるで意味をなさないし、この前みたいな精神を狙う罠だって勿論対策済み。同じ手はもう通じないぞ。
そう、お前が用意したトラップなんて本気を出したぼくの前では何の意味もなさないんだよ!!!(煽り)
この通り、冒険者君に対するセキュリティは万全。
冒険者君の実力は言うまでもないよね?
多少難易度が上がったとしても、あの子の前には微塵の差もないんだぜ。
それに邪魔者だってわかってるくせに何百年も排除できてない時点で、迷宮(おまえ)がぼくをどうこうできる訳がないって自明の理なんだよなあ。
つまりふたりは最強!Q.E.D!
お前の企みなんてぼくらの絆の前には無力なんだよばーかばーか!
「お前の気持ちはわかったが、もう少し静かにできんのか」
!?
▶︎
ペンダントから伝わる思念に思わず口を出して、存外に自分が絆されていることに驚きを覚える。
普段ならば喧騒ごときになんの感慨も浮かばないんだがな。
迷宮という極限の環境下で、軽口を叩く余裕など不要の筈なのだが、気がつけば道化のような少女の言動に付き合ってしまっている。
悪い傾向だ。だが、悪くないと感じている。それが何より恐ろしい。
「切り替えろ」
次の瞬間にはこの身が地に伏せている、などという事が常に起こり得るのが迷宮だ。この部屋を出た矢先に怪物が待ち受けていたとしても驚きはない。
「行くぞ」
ごめんなさいと、多少しおらしくなったペンダントに軽く触れて、我々は探索を再開する。
部屋を出て、カビ臭い渡り廊下を歩き、木の根が蔓延る地下の階段を降ったかと思えば見張り塔のバルコニーに出る。引き返そうと扉を潜れば枯れた水路。そこからまたあちらへこちらへ節操なく飛ばされて、最終的には崩落した玉座の間に辿り着く。
道すがら、装飾に扮した首なし騎士を粉砕し、粘液の怪物を蒸発させ、襲いくる剣の群れを叩き折り、蛇の尾を持つ鶏を解体し、巨人の首を落とした。
「ぬるい」
チグハグな道程は感覚を狂わせる罠だろう。これはまだいい。
出てくる敵は弱くはないが、それぞれが不得手であろう場所に出現し、故に脅威を示す事なく刈り取られる。己の特性を活かせる場であったなら、多少は楽しめたものを。
まるで資源の無駄遣いだ。
『そう言い切れるのは君くらいだよ』
呆れたように明滅するペンダントを軽く撫で、それでも不満は溜まっていく。
高難易度を謳っておきながらこの体たらく。
せめて罠のひとつでも仕掛けて置けよ。毒の沼とは言わないが、槍衾の迫る壁やら落とし穴くらいはあって然るべきだろうに。迷宮は、冒険者を嘗めているのか。
──ああ、いや、そうでもないか。
「おお、おお!怖い怖い」
動作を見せずにナイフを飛ばし、避けた先で首を刈り取る二段構え。
確殺のそれを涼しく捌いておいて、白々しく戯ける商人風の小男。揉み手をしつつわざとらしい笑みを浮かべる怪しい人物の登場に、ようやっと本番かと笑みを返した。
『え?』
理解が追い付いていない様子の少女の動揺の声に応えず、私は武器を構えるのだった。