ペタペタと足音が響く…足についた血は乾き、足跡なんて当然の如く残さない。
あれから、幾文か時間が経った…時刻にしてみれば大凡午前四時から午前五時の間くらいであろうか、季節によっては徐々に明るくなっていく時間帯だった。
ムグムグとパンを食いながら子供が歩く…先のコンビニで漁ってきた食べ物だった…レジの近くにあった籠の中に入るだけ入れてきた子供はそれをムシャムシャと食べながらその小さな歩を進める…表情筋こそ動いていないが、その内心は上機嫌そのものであった。
更に時間が経過する…時刻にして大凡午前七時辺り…この辺りから人間は本格的に活動を始める、学校に仕事にバイトに理由としてはそれこそ様々だった。
人混みが生まれて、その中に埋もれるように子供はその中を歩いた、人混みに押されるのも気にせずただ進みたい方向に気儘に歩みを進めた…その姿を、不審に思う人間は何人も居た。
当たり前の話だし、何度も言ったと思うが…この子供の姿は傍から見たら真っ当に不審案件なのである…薄汚れた身体にボロボロの姿、所々に付着した血痕にコンビニの一件で店員を殺害した際に浴びた大きな返り血…これで不審に思うのは無理があった。
だから、これは必然だった。
「君、ちょっといいかい?」
優しげな声と共に肩を叩かれ、子供は後ろを振り向いた…そこに居たのは二人の人間、其々が其々の特徴を持った明るい色の服を着た大人達だった。
青一色の服装の大人に黄色と赤と青の三色の大人、笑みと共に話しかけてきたそれがヒーローと呼ばれる人種であることは誰の目から見ても明らかなものであった。
これにて一件落着、後はヒーローがあの子供をどうにかしてくれる…それが単純な心配であれ、不信であれ不安であれ、少なくとも通報したであろう彼の心中は平和に包まれる…普通なら、多分そうなっていた。
だが…そうはならなかった…何せその瞬間、子供の脳裏を過っていたのは、自分を笑いながら嬲る大人の姿だったから。
もう既にいない人間、自分自身の手で殺したのだろう大人の姿、その片割れ共々慈悲も容赦も無く殺してやったあの大人の姿が、何故だか目の前の笑みを携えた大人と重なってしまっていた。
忘れた、どうにかなった、もうなんとも思っていない…そう思っていた感情が一気に中で膨れ上がる、別人だと分かっていてもそんなの関係無しに全てが重なり合ってしまう…故に、それは引き起こされる。
ヒュゴッ…空気を裂くような音と共に振り抜かれる尾、白亜の色をした高い殺傷力を秘めたその凶器がいとも容易くヒーロー目掛けて振るわれる。
至近距離からの不意打ち、子供自身の過敏な反応故にその当の本人すらも殆ど自覚していない反射的な個性の使用、コンビニでの一件の二の舞…このままいけば、同じことを繰り返すことになったはずだった。
しかし、運の良いことに…いや、運悪くであろうか、その凶器を差し向けられたヒーローにはどうしようもなくセンスと呼ばれるものがあり、そしてその個性もまたこの状況に非常に適していた。
男の個性は『硬化』だった、身体を鋼のように硬質化させ相手の刃も銃弾も何も通さない…そんな盾のような能力だった、シンプルであるが故の強さを持った個性だった。
それ故にそのヒーローは子供の個性を防ぐことに成功していた…振るわれた個性に対して即座に個性を発動、何処に飛んでくるかを見極めてその箇所を硬化の能力を集中させた…結果として、男はその一撃を防ぐに至る…正確に言うならば、防いだだけとも言えるが。
「───ぐ…うぅ…!」
鋼と鋼とが激闘したような音と共に吹き飛ぶ男、火花と血潮を散らして後方へと転がった男は奔った痛みと肉を抉る感覚に反射的で傷跡に手を当てる…ダクダクと流れる血が今の一撃の鋭さを物語っていた。
その姿を相方らしいもう一人のヒーローは驚愕と共に見つめていた、周囲の人間だってそうだ、突然の出来事に理解が追いついていない。
それもそうだろう、突然のことだ…白い影が振るわれたと思ったら相棒が吹き飛んでいたと…そんな認識しか出来ていないでいるのだから。
…ヒーローは、子供の一撃を防いでいた…ピンポイントに的確に防いでいたのだ…だがしかし、そうして尚まだ足りなかった。
突き抜けたのだ、子供の一撃は的確な判断と共に構築された盾を容易く貫通せしめた、堅牢な城の一角を破城槌が如く打ち抜いてみせたのだ。
行動が無駄であったとは言わない、そんなことは断じて無い…ヒーローがそうしていなければ今頃そこは重症の跡になっていた、出血多量か大事な器官を傷付けられたが故か…何方にせよ、今よりも遥かに酷いことになっていたのは想像に難くない。
それはソレを受けたヒーローも、そしてその惨状を目撃していた相方も理解していることだった…だから、その視線がそこに向くのは至極当然のことであるわけで。
何処か呆然としたように自身の尾を見る子供の姿を、相方は見つめた…それに釣られるように周囲の一般人の視線もまた子供へと向けられる。
血に染まった白亜の尾、ゆらりと揺れるそれは鋭く硬質そうな見た目をしていた…例えるのならば竜であろうか、それを思わせるような形をソレはしていた。
誰もが理解しただろう、それをやったのが誰なのか、それを成したのが誰なのか…理解すれば、それは自ずと次の行動を決める指針になる。
「───『
誰かが言った…誰が言ったかも分からない言葉だ、たった一人がぽつりと呟くように言った言葉だ…しかし、それはこの場に於いて爆発的な侵食力を見せる。
だってヒーローを傷付けたのだ、ただ話しかけただけのヒーローを、声を掛けただけのヒーローその個性で傷付けたのだ…ならば、それは『敵』以外のなんであると言うのか、ソレ以外のなんだと言うのか。
「───『敵』だ」
「───『敵』だ…!」
「───『敵』だ…!!」
少しずつ大きくなっていく声、それが自身を指す声であることに子供はなんとなくではあるが気が付いていた…ただ、子供はそれが何を指す言葉であるのかを理解していなかった…しかし、理解していないが故に気にも留めない…なんてことが出来る人間でもなかった。
視線を向けた、声のする方向へと…結果、子供は真正面から
「───『敵』だぁぁっ!!!」
その言葉と共に、子供に叩きつけられたのは無数の恐怖の視線と異形を見る目…子供ではなく怪物を見る目、同じ人として見ることは無い理解の出来ない化物を見る目だった。
最早誰も子供を子供として見ていない、我先にと逃げ出そうとしている彼等は最早目の前の存在を『敵』という名の怪人程度にしか思っていない。
怒号のように叩きつけられたそれが子供の過敏な防衛本能を刺激する…集団で引き起こされるそれは最早悪意となんら変わりがない、未来で起きるであろう自身の下に災厄を運びかねないヒーローに向けられたものとはまた別種のソレが、たった一人の子供へと注がれてしまっていた。
それが反射的なものであることをヒーローは理解していた…手を伸ばした瞬間、怯えたように後退った子供の姿が視界に焼き付いていた…自分が何かあの子供のトラウマを刺激したのではないかと言う認識が鋼鉄ヒーローこと『アイアン』にはあった。
だがそう思っているのは彼だけで、他は全て子供を単純な『敵』としてしか見ていなかった…そしてその中には、彼の相方も含まれている。
駆け出したアイアンの相方が躊躇無くその個性を子供へと向けた…その目は最早目の前の存在を『敵』としか見ていない、周囲の民衆同様にその目は目の前の『敵』の感情なんてまるで考えていない。
待て、やめるんだ…そう叫ぼうとしたアイアンよりも尚も早く、相方はその拳を躊躇無く子供目掛けて叩きつけんとし、ソレに対して子供もまた個性を発動した。
今までの反射的なソレではない、明確な意思を持った末に振るわれる個性、一番最初に片割れの女の方へと振るったソレを子供は今度はヒーローへと向けた。
激突する尾と拳…ガントレットを装備したソレに容易く罅を入れながら子供は生まれて始めての戦闘行為に言いしれぬ恐怖と緊張感を孕んでいた。
此処に、『悪』は芽吹いた
子供について
男に嬲られてから一日も経っていない…大人でさえ割り切るのに時間がいるのを子供が振り切れるかって言ったらそんな訳が無い…と個人的に思う、人殺してるけど。