Pドル破局をしました。
※本作品はpixivにも投稿しています
私たち、別れよっか。
梅雨の雨の中で彼はそんなことを言われた。
……冷静に考えれば、当然の帰結だった。彼女はアイドル。本来手を出してはいけない。
だから……告白してきた本人から自分を振ってきたというのはアイドルとしては1つの成長になり得るのだろう。
……だから?
*
「………」
自分の彼氏を、つまり自分とプロデューサーの関係をあくまでビジネスのものに戻した。その報告を三峰結華から聞いたときに月岡恋鐘の内心は複雑だった。
何度目かのアンティーカ全員が参加するお泊り会。恋鐘の部屋でそんな報告があった時メンバーたちは一瞬言葉が詰まった。
「それは」
摩美々がひと言。それだけ言ってため息をついた。しかしそれが呼び水となって発言を続けた。
「……三峰の本意なの?」
「だって私、アイドルだよ? アイドルがプロデューサーと恋愛してるってマズくない?」
「……別に良いでしょ。三峰、アイドルに本気だったじゃん。それとも三峰は甲子園に出るような高校球児は恋人いないって言うつもり?」
「これは私が『アイドル三峰結華』になるには仕方がないの」
「……そっかぁ」
結華の表情は、目は真剣そのものだ。あの決意の視線は、きっと崩れないだろう。
早々に摩美々は説得をあきらめた。霧子は戸惑った視線を見せたが彼女も説得をあきらめたようだし、咲耶に関してはもとより「三峰結華が恋人を捨てた」という重要性が理解できていないらしい。
だから――プロデューサーを取られ、横恋慕であった恋鐘はその思いの重さを理解できた。
しかし……
*
大崎甘奈は自身のプロデューサーに恋をしていた。
過去形なのは、彼女が足踏みしている間に彼女さんを作ってしまったから。
でも過去形は、さらに過去のものになった。
これはチャンスだ。
自分の恋を叶えるチャンス――……
(いや、でもきっと……告白できないんだろうなぁ)
ファンとかアイドルの立場とかは関係ない。自分の性格上、相手に好意を伝えるのはきっと出来ないだろう。
このままじゃ、いられない。でもこのままじゃないと、いけない……。
*
三峰結華にとって――さんという恋人は完璧な恋人だった。おそらく――適切な表現ではないかもしれないが――社内恋愛のカップルとしては恋愛ドラマで起こるであろう問題ごとを一切引き起こさない。
彼はどこまでも優しかった。プライベートであっても「優しいプロデューサー」だった。
職場でもプライベートでも、彼は変わらない。
しかし結華は違う。ただの少女である結華とアイドル三峰結華は切り替えなければならない。両者はノットイコールで結ばれており、共生はできても共存はできない。
ステージの上で推されるためには、ただの少女を封印するほかない。
だから二つの存在を明確に分断するために、共通する要素である「彼」を捨てた。彼がずっと「プロデューサー」である以上、結華は「少女」と「アイドル」を分割できない。
(……これでいいんだよね?)
わからない。
*
彼がプロデューサーという肩書を持ちながらも三峰結華の告白の言葉を受け入れた理由は正直現在においてもしっくりくるものは浮かび上がっていない。
ただ、楽しかった。
彼女との会話が、気の置けない言葉が、その声が好きだった。
だけど彼はプロデューサーだった。年齢も差を数えるには片手でぎりぎり数えられる程度。だから彼女に甘えるわけにはいかない。「プロデューザー」と「プライベート」を簡単に切り替えられるほど、彼は切り替え上手ではなかった。
ずっと彼女の前では「プロデューサー」でいたかった。きっと三峰結華が恋をしたのはスーツを脱いだ弱い自分などではなく、アイドルたちを支え導く「プロデューサー」のほうだと思ったから。
その選択は正しかった。彼女は自分という止まり木から見事アイドルとして飛び立ってくれた。
だけどそれで自分は一人になった。
……別れないで、って言えばよかったのだろうか。そんなことを言えば、プロデューサー失格だというのに。
*
事務所の共有スペース。アンティーカのミーティングは外から見ればどこかぎくしゃくしていた。
他ユニットのメンバーたちも、恋人関係であった三峰結華とプロデューサーがアイドル活動の専念を理由に破局したという事実は何よりのチャンスだというのに、それ以上に彼らを気遣う気持ちのほうが強くて何も行動できない。
「――で、今週の予定の確認は終わりだ。何か質問はあるか?」
プロデューサーの言葉には感情が載っていなかった。つい先日に自分を振った女が目の前にいるにもかかわらず。そんな彼の様子に戸惑いと居心地の悪さをアンティーカの面々は隠せない。
ただ当事者――三峰結華は意図的に自身の感情を押し殺し、いつものように天真爛漫な仮面を外さずに振る舞う。
「ねぇPたん」
「なんだ――三峰」
「いつものように『結華』でいいよ。Pたんはプロデューサーなんだから、元カノだからって他のアイドルと違う特別扱いは私が傷つくかなぁ」
「……そうか。じゃあ『結華』。質問はなんだ?」
その言葉に一瞬だけ結華は寂しそうな表情をするが、すぐにいつもの笑顔に戻って続けた。
「そろそろ大きな仕事があるでしょ? アンティーカ内で決起会みたいなのやりたいなぁって」
「……微妙だな。休んでほしいし、場所も――」
「**スタジオの――ほらあそこ。少し前に二人で食べに行った……」
「あーあそこなら味は保証されてるか。ほかのみんなは良いか?」
「………?」
さてどのように言うべきか。言い淀んでいた4人の代わりに、部外者として聞いていた甘奈が辟易した様子を隠さずに忠告する。
「二人は知ってるかもだけど、ほかの4人は分からないと思うよ~……」
そのひと言にプロデューサーは「あぁ……」とようやく納得したような声を漏らした。
部外者たちは思う。この別れというのは案外円満に分かれたみたいなもので、気にしていないのかもしれない。
だからこの空気感をどうにかしたいと思って摩美々がひと言、からかう。
「ねぇー……別れたってのにいちゃつくの、やめてくれますー?」
「……いやぁー私たち、付き合う前からこんな感じだったよ?」
(『私』……ね。もしかしてからかったのは間違いだったかも……)
思えばここまでの会話で彼女は打ち解けたような、慣れ切っているような声色はすべて予想の範囲内の発言で自分たちも彼も反応できる程度の内容でしかない。
「じゃあ五人が開いているのは……**日だ。店はこっちで予約しておくから」
「ん、わかった」
当然のようにプロデューサーが参加しない意思を表明している。
三峰もプロデューサーも、ビジネスの関係に戻ったから必死に取り繕っているけどまだお互いのことを割り切れていない。
(これ……結構長引くかも)
摩美々は思ったが、どう指摘すればいいのだ?
2人をこれ以上刺激することは出来ない。他のアンティーカのメンバーもきっと同意見なのだろう。
アイドルにおいて恋愛は不可侵な話題である。
だからこれ以上触れてはいけない。
2人がこの恋を本当の意味で受け止めれる日が来るのだろうか。答えがとうにわかっている問いは誰の頭にも浮かんではいたが、現実に放たれることはなかった。
∴
数学における「したがって」「ゆえに」など結論を導くための数学記号