毎日コンビニの新商品を食べ続けていただけの俺、なぜか食品開発会社のエースになる 作:赤坂龍之介
翌朝。
「おはようございます」
「おはようございます、佐伯さん」
いつものように商品開発部のフロアへ入り、自分の席に座る。
入社して、今日でちょうど四週間。
社員証を首から下げていることにも、少しずつ慣れてきた。それでも、まだ不思議な感覚は残っている。
ほんの一か月前まで、俺は就職活動をしていた。何社受けても落ちて。面接ではまともに喋れなくて。自分には何の取り柄もないと思っていた。
それが今では。
「……商品開発部、か」
机の上には、昨日の夜に書いたメモがある。
『温かい状態では問題なし。冷めるとパンの食感が硬くなり、具材の味も少しぼやける。油っぽさも強く感じる。原因は不明。要調査』
昨日、コンビニで買った惣菜パンについての記録だ。
別に、会社から宿題を出されたわけじゃない。ただ気になった。十年以上続けてきた習慣だった。
新商品を食べる。違和感を探す。感想を書く。
それだけだった。
今までは。
「……原因が知りたい」
俺はメモを見つめた。
すると。
「佐伯さん」
「うわっ!」
背後から声がした。
振り返る。
「……田村さん」
「そんなに驚きます?」
「人の背後から急に話しかけないでくださいよ」
「普通に声をかけただけですよ」
「俺、人が近づいてくる気配とか分からないんで」
「そうですか」
田村さんは俺の机を見る。
「昨日のメモですか?」
「はい」
「持ってきたんですね」
「気になったので」
「では、調べてみましょう」
「……本当に?」
「昨日、そう言ったでしょう」
田村さんがメモを指差す。
「まず確認です」
「はい」
「この商品を食べて、温かい状態ではどう感じました?」
「普通に美味しかったです」
「具体的には?」
「パンは柔らかい。具材の味も分かりやすい。油っぽさも特に気になりませんでした」
「香りは?」
「問題なかったと思います」
「では、冷めると?」
「パンが硬くなる。具材の味が少しぼやける。あと……」
俺は少し考えた。
「後味に油っぽさが残る感じがしました」
田村さんがメモする。
「なるほど」
「原因、分かります?」
「今の情報だけでは分かりません」
「ですよね」
少し安心した。
もし田村さんが一瞬で答えを出したら、俺が何も知らないという現実を改めて突きつけられそうだった。
「ですが、調べることはできます」
「どうやって?」
「条件を揃えて比較するんです」
「条件を?」
「はい」
田村さんは立ち上がった。
「試作室に行きましょう」
「はい」
俺も立ち上がる。
こうして。
俺の人生で初めての、本格的な「原因調査」が始まった。
⸻
三つの惣菜パン
試作室。
テーブルの上に、同じ惣菜パンが三つ並べられていた。
「三つ?」
「同じ商品です」
「同じものを三つ買ったんですか?」
「はい」
「もったいなくないですか?」
「研究用です」
「……会社ってすごい」
田村さんが温度計と時計を用意する。
「今回は、まず温度と時間の影響を見ます」
「なるほど」
「購入直後の状態を基準にします」
「はい」
「その後、同じ条件で一定時間置いたものを比較します」
「保存条件も同じにするんですか?」
「もちろんです」
そこまで管理するのか。
今までの俺は、家に持って帰って、好きなタイミングで食べていた。そんな自分との違いに、少し驚いた。
「まず一つ目」
購入直後。
俺は一口食べる。
「パン、柔らかいです」
田村さんが記録する。
「具材の味もはっきりしています」
記録。
「油っぽさは、ほとんど気になりません」
記録。
「香りも問題ないです」
記録。
「次です」
一定時間が経過したものを食べる。
「……」
俺は眉を寄せた。
「どうです?」
「少しパンが硬くなりました」
「他には?」
「具材の味が……」
舌の上で味を探す。
「少し弱く感じます」
「油っぽさは?」
「さっきよりあります」
「香りは?」
「少し弱くなった気がします」
田村さんが記録する。
さらに時間を置いたもの。
一口。
「……やっぱり」
「どうですか?」
「パンがさらに硬いです」
「具材の味は?」
「ぼやけています」
「油っぽさは?」
「さっきより強く感じます」
「香りは?」
「……弱くなってると思います」
田村さんが時計を見る。
「分かりました」
目の前の表には、
『パンの硬さ』
『具材の味の明瞭さ』
『油っぽさ』
『香り』
『後味』
と並んでいた。
「こうやって数字にすると、変化が分かりやすいですね」
「今回は簡単な五段階評価ですけどね」
「それでも、俺一人の『なんとなく』だけじゃなくなる」
「そこが重要です」
田村さんがペンを置いた。
「佐伯さんが『なんとなく変わった』と感じるのは、大切な情報です」
「はい」
「でも、その感覚を他の人間が確認できる形にしないと、開発には使いにくい」
「……なるほど」
俺は表を見る。
今までの俺のメモは、
『甘い』
『微妙』
『うまい』
そんなものだった。
自分には分かる。
でも、それを他人に伝えようとすると、全然足りない。
「メモの書き方から勉強ですね」
「その通りです」
⸻
仮説を立てる
データをまとめる。
俺は表をじっと見る。
「…………」
「何か思いつきました?」
「まだ、分かりません」
「それでいいですよ」
田村さんは急かさない。
「じゃあ、分からないなりに考えてみましょう」
「はい」
俺は表を見る。
温かいとき。パンは柔らかい。具材の味もはっきりしている。
時間が経つ。パンが硬くなる。具材の味がぼやける。油っぽさが強く感じられる。香りも少し弱くなる。
「……パンの水分?」
「可能性はあります」
「時間が経つとパンの状態が変わる」
「はい」
「それが、具材の味の感じ方にも影響しているんじゃないか……」
「一つの仮説ですね」
「でも、それだけで油っぽさまで説明できるかは分からない」
「その通りです」
俺は頭を掻く。
「難しいな」
「だから面白いんですよ」
「田村さん、こういうの好きですよね」
「好きですよ」
「即答だ」
「食品開発部にいますから」
田村さんが笑った。
俺も少し笑った。
「じゃあ、次は何を調べます?」
「原因を切り分けます」
「どうやって?」
「パンだけ条件を変えてみましょう」
「パンだけ?」
「はい」
「具材は同じまま?」
「同じロットの具材を、同じ量使います」
「それなら、パンの違いだけを見ることができる」
「その通りです」
「逆に、パンを変えても同じなら?」
「別の要因を調べます」
「……」
俺は少し目を輝かせた。
「これ、ゲームの攻略みたいですね」
「ゲーム?」
「条件を一個ずつ変えて、原因を探す感じです」
「……まあ、似ているかもしれません」
「じゃあ俺、得意かも」
「何がです?」
「ゲーム」
「それは初耳です」
「今、初めて言いましたから」
「そうですか」
田村さんが笑う。
俺も笑った。
少しだけ。
この仕事が楽しくなってきた。
⸻
初めての失敗
翌日。
試作室。
テーブルには三種類のパンが並んでいる。
「A、B、Cです」
田村さんが説明する。
「具材は同じロット、同じ量、同じ条件です」
「パンだけ違う?」
「はい」
「なるほど」
俺は一つずつ食べる。
「A」
普通に美味しい。
「B」
「少し硬いです」
「C」
「……」
俺は眉を寄せた。
「C、なんか変です」
「どう変です?」
「パンがパサパサしてます」
「ほかには?」
「具材の味が強く感じます」
「なるほど」
「……パンが違うだけなのに、具材の印象が変わってます」
「面白いですね」
俺はCをもう一度食べる。
「でも」
「はい」
「商品としてはAの方がいいです」
「なぜ?」
「食べやすいから」
「Cは?」
「口の中にパンが残ります」
田村さんがメモする。
「では、この試験は成功でしょうか、失敗でしょうか?」
「……」
俺は少し考えた。
「商品としてはCが失敗です」
「そうですね」
「でも」
「はい」
「試験そのものは……失敗じゃない?」
田村さんが笑った。
「その通りです」
「……」
「Cは商品として採用できない可能性が高い」
「はい」
「でも、パンの状態が変わることで、具材の味の感じ方にも変化が出る可能性を確認できた」
「……」
「だから、この試験には意味があります」
「なるほど……」
俺は少し嬉しくなった。
「失敗しても、何か分かるんですね」
「食品開発では、よくあります」
「じゃあ、失敗って無駄じゃないんだ」
「結果が次の試験につながるなら、無駄ではありません」
その言葉が、妙に胸に残った。
就職活動で何度も失敗してきた俺にとって。
少しだけ救われる言葉だった。
⸻
黒川主任の質問
昼過ぎ。
試作室から戻ると、黒川主任が待っていた。
「どうでした?」
「失敗しました」
「何を?」
「パンの試作です」
「そうですか」
「でも、失敗したことで、少し分かったことがあります」
「聞かせてください」
「パンの状態が変わると、具材の味の感じ方も変わる可能性があります」
「可能性?」
「まだ断定できないので」
黒川主任が小さく笑った。
「少しずつ、開発者らしい言い方になってきましたね」
「そうですか?」
「はい」
「嬉しいです」
黒川主任が俺のメモを見る。
「ずいぶん書きましたね」
「今までのメモより多いです」
「何が変わりました?」
「今までは、自分が美味しいかどうかしか書いてなかったんです」
「はい」
「でも今は、どうしてそう感じたのか考えるようになりました」
黒川主任は黙って俺を見る。
「それは大事な変化です」
「そうですか?」
「はい」
そして。
「佐伯さん」
「はい」
「あなたは、どうしてそこまで新商品を食べ続けてきたんですか?」
「……」
突然だった。
「どうしてって……」
俺は少し考える。
高校生の頃。
たまたま食べた新作おにぎり。
それが妙に美味しかった。
それから新商品が出るたびに食べるようになった。
「……楽しかったから、ですかね」
「楽しい?」
「はい」
俺は笑う。
「新商品って、ちょっとしたイベントみたいじゃないですか」
「……」
「知らない味が出てくる。食べてみる。予想より美味しかったり、逆に微妙だったりする」
「はい」
「それが面白かったんです」
黒川主任が少し笑う。
「なるほど」
「だから十年以上続いたんだと思います」
「……」
「別に、何かに役立てようと思ってたわけじゃありません」
俺はメモを見る。
「ただ好きだっただけです」
黒川主任は少し考えるように黙った。
「……それが、一番強いのかもしれませんね」
「え?」
「いえ。こちらの話です」
「?」
黒川主任はメモを返した。
「午後から、また研修ですよ」
「……」
「顔が死んでますよ」
「食品化学、難しいんですよ」
「頑張ってください」
「主任は教えてくれないんですか?」
「私は企画担当です」
「冷たい」
「田村さんに聞いてください」
「田村さん、すぐ実験始めるんですよ」
「いいじゃないですか」
「俺、まだ新人ですよ?」
「だからですよ」
「……」
この会社。
新人を休ませる気がない。
⸻
四週目、少しだけ仕事が見えてきた
入社して四週間。
俺はまだ食品開発の素人だった。
食品化学の専門用語は全部覚えられていない。
料理も相変わらず得意ではない。
試作では何度も失敗する。
会議で発言するときも緊張する。
でも。
少しずつ変わったことがある。
コンビニに入ったとき。
新商品を見る。
そして。
「……これ、どういう狙いなんだろ」
そう考えるようになった。
パッケージを見る。
価格を見る。
原材料表示を見る。
食べる。
「……」
以前なら、すぐ感想を書いて終わっていた。
でも今は。
「甘い」
ではなく、
「最初に甘さを感じる。でも、後味はそれほど残らない」
と書く。
「パンが硬い」
ではなく、
「具材の水分量に対して、パンの食感が少し強いように感じる」
と書く。
それでも。
原因までは分からない。
改善方法も分からない。
だから最後には必ず。
『原因は不明。要調査』
と書く。
それが今の俺の限界だった。
でも。
「……いつか、この『要調査』がなくなる日が来るのかな」
そう思うと。
少しだけ楽しみだった。
⸻
開発チームからの相談
その日の午後。
「佐伯さん」
黒川主任に呼ばれた。
「はい」
「少し会議室に来てもらえますか?」
「分かりました」
入ってみると。
田村さん。
企画担当の社員。
それから、製造担当の社員までいた。
「……何ですか、これ?」
机の上には、先日の惣菜パンと資料が並べられていた。
「例の惣菜パンです」
「俺が気になったやつ?」
「正確には、佐伯さんの指摘をきっかけに、開発チームでも再評価している商品です」
「……」
資料には、
温度別の評価。
時間ごとの食感変化。
社内の複数人による官能評価。
簡単な測定結果。
いくつものデータが並んでいる。
「今朝、開発チームでも追加の評価を行いました」
田村さんが説明する。
「佐伯さんだけの感想ではありません」
「……」
「同じ条件で複数の担当者に試食してもらい、どの商品か分からない状態で評価してもらいました」
「ブラインドテスト?」
「簡易的なものですが」
「……なるほど」
「その結果」
田村さんが資料を指差す。
「温度が下がるにつれて、パンの硬さと油っぽさが気になる傾向が、複数の評価者で確認されました」
「本当ですか?」
「はい」
「じゃあ、俺の気のせいじゃなかったんだ」
「気のせいではありませんでした」
田村さんは頷いた。
「ただし」
「はい」
「これは、原因が分かったという意味ではありません」
「……」
「佐伯さんの指摘と、他の評価者の結果が一致した」
「はい」
「だから、調べる価値が高いと判断したんです」
「なるほど」
黒川主任が資料を指差す。
「ここから先は、開発チーム全体で調べます」
「俺も参加していいんですか?」
「もちろん」
「でも俺、まだ何も分からないですよ」
「だから、分かることをやってください」
「……」
「佐伯さんは違和感を見つける」
黒川主任が言う。
「田村さんたちは、その違和感がなぜ起きるのかを調べる」
「はい」
「製造担当は、実際に工場で再現できるか考える」
「なるほど」
「企画担当は、その変更が商品コンセプトやコストにどう影響するかを見る」
俺は周囲を見渡した。
初めて。
商品開発がチームで行われていることを実感した。
「……俺、一人じゃ何もできないですね」
「最初から一人でできる人はいませんよ」
田村さんが笑う。
「だからチームなんです」
「……」
その言葉が、妙に胸に残った。
⸻
再試食
数日後。
いくつかの追加試験を経て、改良した試作品が用意された。
「条件を一部変更しています」
田村さんが説明する。
「ただし、まだ原因を完全に特定したわけではありません」
「はい」
「複数の要因を一つずつ確認しています」
「なるほど」
「今回の試作品も、昨日までの結果を踏まえた仮説の一つです」
俺は試作品を受け取った。
一口。
「…………」
二口。
「…………」
昨日とは違う。
でも。
どう違う?
俺は舌の上に残る味を確かめる。
パン。
具材。
ソース。
油。
後味。
「……後味が軽いです」
田村さんがすぐにメモする。
「具体的には?」
「前は油っぽさが先に残ったんですけど、今回は具材の味が残る感じがします」
「味の濃さは?」
「薄くなった感じはしません」
「パンの食感は?」
「冷めても、前より硬く感じにくいです」
俺はもう一口食べる。
「……うん」
「どうです?」
「こっちの方が、最後まで食べやすいです」
「理由は分かりますか?」
「……分かりません」
正直に答える。
「まだ俺には、そこまでの知識がないので」
「なるほど」
田村さんが頷いた。
その横で、企画担当者が資料を見る。
「他の評価結果は?」
「こちらです」
田村さんが表を示す。
複数の評価者による比較。
温度ごとの評価。
改良前との違い。
「……」
俺は数字を見る。
「かなり一致していますね」
「はい」
田村さんが言う。
「佐伯さんの感覚だけではありません」
「……」
「複数の評価者でも、後味の軽さと具材の明瞭さについて同じ傾向が出ています」
黒川主任が口を開いた。
「もちろん、ここからさらに確認が必要です」
「はい」
「でも」
一拍置いて。
「佐伯さんが最初に感じた違和感が、開発上の検討課題として正式に扱われるようになった」
「……」
俺は試作品を見る。
自分一人の舌だけで何かを決めたわけじゃない。
自分の感覚がきっかけになって。
他の人が確かめて。
データが集まって。
その結果をもとに、また試作品が作られた。
「……なんか」
俺は小さく笑った。
「ちょっと、仕事っぽいですね」
「今までは何だったんですか?」
黒川主任が言う。
「研修?」
「今も研修ですよ」
「ですよね」
全員が笑った。
俺も笑う。
まだ俺は素人だ。
専門知識も足りない。
経験もない。
一人で商品を作れるわけでもない。
でも。
初めて。
自分の「好きだっただけの習慣」が。
仕事として誰かの役に立つかもしれないと思えた。
⸻
その日の帰り道
俺はいつものコンビニに入った。
新商品を一つ手に取る。
家に帰る。
開封する。
一口。
「……」
二口。
さらに少し時間を置いて、もう一口。
スマホを取り出す。
いつものメモを開く。
以前なら、
『美味しい』
と書いて終わっていた。
でも今は違う。
『最初は香りが強い。後半になると香りが弱まり、甘さが目立つ』
そこまで書く。
そして。
『原因は不明。要調査』
「……まだ消えないな」
俺は少し笑った。
でも。
いつか、この一文を書かなくてもいい日が来るかもしれない。
そのためには。
もっと勉強しなければならない。
もっと食べなければならない。
もっと考えなければならない。
そして。
もっと人と話さなければならない。
「……難しいな」
俺はスマホをポケットにしまった。
まだ俺は新人。
食品開発のことなんて、ほとんど何も知らない。
それでも。
少しずつ。
本当に少しずつ。
「食べるだけだった俺」が。
「作る側の俺」に変わり始めていた。
⸻
そして翌週。
「佐伯さん」
「はい」
黒川主任から一枚の資料を渡された。
「これ、見てください」
「……?」
資料のタイトルを見る。
『惣菜パン試作品・改善検討資料』
その中に。
『消費者目線による指摘』
という項目があった。
「……これ」
「はい」
「俺が言ったことですか?」
「佐伯さんの発言を、開発担当者が正式な資料として整理しました」
「……」
俺は資料を見つめた。
そこには。
『温度低下時にパンの食感が硬く感じられる』
『具材の味がぼやけ、油っぽさが強く感じられる』
と書かれていた。
もちろん、俺の感想だけが根拠ではない。
複数の評価者による結果や試験結果も、同じ資料に並んでいる。
でも。
その一番最初のきっかけになったのは。
俺だった。
「……俺の意見が、仕事の資料になってる」
「そういうことです」
黒川主任が笑う。
「これが、佐伯さんの最初の成果です」
「成果……」
そんな大げさな。
俺はただ。
「おかしいな」
と思っただけだ。
でも。
その違和感を誰かに伝えて。
誰かが調べて。
みんなで確かめて。
その結果が、資料になった。
俺は初めて。
自分の趣味が。
ただの趣味では終わらない可能性を感じた。
「……なんか」
「はい?」
「もう少し、勉強してみたくなりました」
黒川主任が笑った。
「それなら、明日の研修も頑張ってください」
「……明日も?」
「もちろんです」
「……」
やっぱり。
この会社。
新人を休ませる気がない。
でも。
不思議と嫌じゃなかった。
むしろ。
明日、会社に来るのが少し楽しみだった。
食品化学も。
製造工程も。
原価も。
マーケティングも。
まだ何も分からない。
だけど。
いつか。
自分の感じた「違和感」を。
自分の知識で説明できるようになりたい。
そして。
自分の手で。
「これなら、また買いたい」
そう思える商品を作りたい。
そのための一歩が。
今日だった。
俺はそう思いながら、会社を後にした。
――まだ誰も知らない。
この新人が。
数年後。
商品開発部で、誰よりも消費者の気持ちを理解する男になっていくことを。
そして。
このときはまだ小さな「違和感」だったものが。
俺自身の武器へ変わっていくことを。