毎日コンビニの新商品を食べ続けていただけの俺、なぜか食品開発会社のエースになる   作:赤坂龍之介

4 / 13
第4話 俺の予想、外れました

 

翌週。

 

「佐伯さん、これ見てもらえますか?」

 

「はい」

 

 商品開発部の会議室。

 

 目の前には、先週から調査している惣菜パンの資料が並んでいる。俺が最初に、「冷めるとパンが硬くなって、具材の味がぼやける」と感じた商品だ。

 

 その後、田村さんたちが何度も試験をして。温度を変えて。時間を変えて。パンの配合を変えて。複数の社員にも食べてもらって。少しずつ、原因を絞り込んできた。

 

「この結果を見る限り、パンの水分量がかなり関係しています」

 

 田村さんが資料を指差す。

 

「なるほど」

 

「ただし、それだけでは説明できない現象もあります」

 

「……?」

 

 俺は資料を覗き込む。

 

 試作品A。試作品B。試作品C。それぞれの評価結果が並んでいる。

 

 パンの硬さ。具材の味の明瞭さ。油っぽさ。香り。後味。

 

 数字が細かく並んでいた。

 

「試作品Bは、パンの硬さが改善しています」

 

「はい」

 

「でも、冷めたときの油っぽさがあまり改善していない」

 

「……」

 

「逆に、試作品Cはパンの硬さは少し悪化しましたが、油っぽさが軽くなっている」

 

「……」

 

 俺は資料を見る。

 

「じゃあ、原因はパンだけじゃない?」

 

「その可能性があります」

 

「具材側?」

 

「それも考えています」

 

 田村さんが別の資料を出す。

 

「そこで、今日は具材の条件を変えて試します」

 

「分かりました」

 

 俺は頷いた。

 

 ここまでの話なら、問題ない。

 

 俺が最初に感じた違和感。それを開発チームが検証している。俺はその試験に参加しているだけ。それでいい。

 

 ……そう思っていた。

 

予想を立てる

 

 試作室。

 

 テーブルの上に三種類の惣菜パンが並んでいる。

 

「今日は具材の油分を変えています」

 

 田村さんが説明する。

 

「パンは同じ条件です」

 

「なるほど」

 

「具材だけを比較します」

 

「じゃあ、これなら原因を切り分けられますね」

 

「その通りです」

 

 A。B。C。

 

 順番に食べる。

 

「A」

 

「はい」

 

「普通です」

 

「B」

 

「……」

 

「少し軽い」

 

「C」

 

「……」

 

 俺は首を傾げた。

 

「Cが一番、油っぽくないですね」

 

「そうですね」

 

「じゃあ、具材の油分を減らせばいいんじゃないですか?」

 

 俺は思わず言った。

 

 田村さんがこちらを見る。

 

「そう思いますか?」

 

「はい」

 

「なぜ?」

 

「食べた感じが一番軽いからです」

 

「なるほど」

 

 田村さんはメモを取った。

 

「では、それを仮説として検証してみましょう」

 

「はい」

 

 俺は少し自信があった。

 

 先週から何度も調べてきた。パンだけを変えても完全には改善しなかった。

 

 なら、具材の油分。それが原因なんじゃないか。

 

「今度こそ、分かったかも」

 

 小さく呟く。

 

「何か言いました?」

 

「いえ」

 

 俺は笑った。

 

 でも、その日の夕方。

 

 結果が出た。

 

外れた

 

「……どういうことですか?」

 

 俺は資料を見つめた。

 

 試作品C。具材の油分を減らしたもの。俺が、「これが一番軽い」と思った商品。

 

 ところが。

 

『冷却後の官能評価』

 

 パンの硬さ――改善。油っぽさ――改善。具材の味の明瞭さ――悪化。総合評価――低下。

 

「……」

 

 俺は言葉を失った。

 

「油っぽさは確かに減りました」

 

 田村さんが説明する。

 

「でも、具材の旨味まで弱く感じられるようになった」

 

「……」

 

「結果として、商品全体の満足度が下がっています」

 

「……俺の予想、外れました」

 

「はい」

 

 田村さんはあっさり言った。

 

「外れましたね」

 

「そこ、もっと優しく言えません?」

 

「事実ですから」

 

「……」

 

 俺は資料を見る。

 

 油っぽさを減らした。確かに軽くなった。でも、それだけじゃ駄目だった。

 

「じゃあ、俺の感覚って間違ってたんですか?」

 

 田村さんは少し考えた。

 

「違います」

 

「え?」

 

「佐伯さんが『Cの方が軽い』と感じたのは正しい」

 

「……」

 

「ただ、それと『Cの方が良い商品になる』は別です」

 

 俺は黙った。

 

「……」

 

「佐伯さん」

 

「はい」

 

「違和感を見つけることと、正解を選ぶことは違います」

 

「……」

 

 胸に刺さった。

 

「食品開発では、一つの問題だけを直せばいいわけではありません」

 

 田村さんは資料を指差す。

 

「油っぽさを減らす」

 

「はい」

 

「でも、旨味まで減ってしまう」

 

「……」

 

「なら、次は『油っぽさを減らしながら、具材の味を維持する方法』を探す必要があります」

 

「……」

 

「そこから先が、食品開発です」

 

 俺は資料を見る。

 

 今までの俺なら、「油っぽい」と感じたら、「油を減らせばいい」と思っていただろう。

 

 でも、商品はそんなに単純じゃない。

 

 何かを減らせば。別の何かが変わる。

 

「……難しいですね」

 

「だから面白いんですよ」

 

「田村さん、それ何回目?」

 

「さあ」

 

 俺は苦笑した。

 

初めて知った「トレードオフ」

 

「ちなみに」

 

 田村さんが資料をめくる。

 

「こういう関係を、トレードオフと呼ぶことがあります」

 

「トレードオフ?」

 

「一方を良くすると、別の何かが悪くなる関係です」

 

「……」

 

「商品開発ではよくあります」

 

「なるほど」

 

 俺はメモする。

 

『トレードオフ』

 

「じゃあ、今日の俺の予想は――」

 

「一つの問題だけを見ていた」

 

「はい」

 

「そういうことになります」

 

「……」

 

 俺は少し恥ずかしくなった。

 

 今まで、俺は食品を消費する側だった。

 

 だから、「ここが駄目」と言えば終わりだった。

 

 作る側は。「じゃあ、どう直す?」だけじゃない。「直したら別の問題は出ないか?」まで考えなければならない。

 

「……」

 

 食品開発。思っていたより、ずっと難しい。

 

初めてのチーム会議

 

 その日の夕方。

 

 開発チームの小さな打ち合わせが行われた。

 

 俺も端の席に座っている。

 

 目の前には試作品。

 

 議題は、『濃厚さを維持しつつ、冷却後の重さを減らす方法』。

 

「現状、単純に油分を減らすだけでは問題があります」

 

 田村さんが説明する。

 

「パン側の調整だけでも不十分でした」

 

 企画担当者が資料を見る。

 

「価格への影響は?」

 

「大きな変更なら出ます」

 

「発売時期は変えられません」

 

 製造担当者も口を開く。

 

「工場のラインで対応できない方法は難しいです」

 

「……」

 

 俺は黙って聞いていた。

 

 以前なら、ここで何か言いたくても、怖くて黙っていただろう。

 

 でも、今回は違った。

 

 何か。

 

 引っかかる。

 

 俺は資料を見る。

 

 商品コンセプト。

 

『濃厚で満足感のある惣菜パン』

 

 俺が最初に感じた。「重い」という感覚。

 

 でも、油分を減らすと、今度は旨味が足りなくなる。

 

 じゃあ。

 

「……あの」

 

 声を出した。

 

 全員がこちらを見る。

 

「はい、佐伯さん」

 

 黒川主任が促した。

 

「僕、素人なので間違ってるかもしれないですけど」

 

「はい」

 

「油分そのものを減らすんじゃなくて」

 

 俺は資料を見る。

 

「油っぽく感じる部分だけを減らす方法って、ないんですか?」

 

「……?」

 

「俺はさっき、Cが一番軽く感じました」

 

「はい」

 

「でも、旨味も弱くなった」

 

「はい」

 

「じゃあ、油を全部減らすんじゃなくて、旨味に必要な部分は残して……」

 

 そこから先が言えない。

 

 専門知識がない。

 

「……すみません。ここからは分かりません」

 

 田村さんが考え込む。

 

「なるほど」

 

 資料を見る。

 

「油脂の種類や量だけでなく、具材とのなじみ方を変える方法なら……」

 

「何かありますか?」

 

 田村さんはすぐには答えなかった。

 

「いくつか試せるかもしれません」

 

 俺は少しだけ安心した。

 

「よかった……」

 

 だが、製造担当者が言った。

 

「ただ、その方法だと工場の工程変更が必要になる可能性があります」

 

「……」

 

 企画担当者が続ける。

 

「工程変更となると、発売時期との調整が必要です」

 

「……」

 

 黒川主任が資料を見た。

 

「それなら、別の方法も考えましょう」

 

「はい」

 

 会議は続く。

 

 俺は黙っていた。

 

 そして気づいた。

 

 商品開発って。

 

 味だけじゃない。技術だけでもない。価格だけでもない。全部だ。

 

 味。原材料。製造。コスト。発売時期。ターゲット。

 

 それぞれが、別の方向へ引っ張っている。

 

「……大変だな」

 

 俺は小さく呟いた。

 

 でも、なぜか。嫌じゃなかった。

 

田村さんの言葉

 

 会議が終わった。

 

「佐伯さん」

 

「はい」

 

 田村さんに呼び止められる。

 

「今日の発言、良かったですよ」

 

「……本当ですか?」

 

「はい」

 

「でも、俺の予想外れましたよね」

 

「それはそれです」

 

「……」

 

「予想が外れたことを気にする必要はありません」

 

「でも」

 

「むしろ、外れた方が勉強になります」

 

「……」

 

「正解を一発で当てる必要はない」

 

「……」

 

「仮説を立てて」

 

「はい」

 

「試して」

 

「はい」

 

「違ったら修正する」

 

「……」

 

「その繰り返しです」

 

 俺は先週、自分が書いたメモを思い出した。

 

『原因は不明。要調査』

 

 あの頃は、原因が分からないことが、少し悔しかった。

 

 でも今は。

 

「……分からないから調べる」

 

 それが普通なんだと、少しずつ思えるようになっていた。

 

「佐伯さん」

 

「はい?」

 

「あと、もう一つ」

 

「なんですか?」

 

「今日の会議で、途中からちゃんと質問していましたね」

 

「……」

 

「少しだけ、人前で話すのも慣れてきました?」

 

「いや」

 

 俺は苦笑した。

 

「めちゃくちゃ緊張してます」

 

「そうは見えませんでしたよ」

 

「心臓は爆発してました」

 

「それなら十分です」

 

「何がですか?」

 

「口に出せたなら」

 

「……」

 

 俺は少しだけ笑った。

 

帰宅後

 

 その日の夜。

 

 俺はいつものようにコンビニへ向かった。

 

 新商品。パッケージ。価格。購入。帰宅。開封。一口。

 

「……」

 

 二口。

 

 そして、スマホを取り出す。

 

『新作○○』

 

 少し考える。

 

『一口目は香りが強い』

『二口目から少し甘さが目立つ』

『後味は軽い』

 

 ここまではいつも通り。

 

 でも、今日は、その先も考えてしまう。

 

「……」

 

 俺は商品を見る。

 

 もし、香りを残したまま、甘さだけを少し抑えたら?

 

 でも、甘さを抑えたら、今度は香りが弱く感じるかもしれない。

 

「……」

 

 昨日までなら、そんなことは考えなかった。

 

 でも今は。

 

 一つを変えたら。別の何かが変わる。

 

 今日、初めて知った。

 

「……トレードオフ、か」

 

 俺はスマホに書く。

 

『味の調整は、一つを変えれば終わりではない』

 

 その下に。

 

『原因は不明。要調査』

 

 いつもの一文。

 

 そして、少しだけ書き足す。

 

『でも、調べるのは面白い』

 

 保存。

 

 スマホを伏せる。

 

 俺はまだ、食品開発の素人だ。

 

 今日も予想を外した。

 

 知識も足りない。

 

 料理もできない。

 

 人前で話すのも苦手。

 

 それでも。

 

 昨日より、今日。今日より、明日。

 

 少しずつ。

 

 分からないことが減っていく。

 

 それが、思ったより楽しかった。

 

翌朝。

 

 商品開発部に出社すると。

 

「佐伯さん」

 

「はい?」

 

 黒川主任が一枚の資料を持って立っていた。

 

「昨日の会議の件です」

 

「はい」

 

「田村さんたちが、追加の試作案を出しました」

 

「もうですか?」

 

「はい」

 

 資料を見る。

 

 そこには、『試作品D』『試作品E』『試作品F』と書かれている。

 

「……また三つ」

 

「今回は三つで済むと思わない方がいいですよ」

 

「え?」

 

「商品開発ですから」

 

「…………」

 

 黒川主任が笑う。

 

「今日も頑張りましょう」

 

「はい……」

 

 俺は資料を持った。

 

 試作品D、E、F。

 

 その違いを。

 

 俺はまだ知らない。

 

 そして。

 

 その中の一つが。

 

 後に俺が初めて、「自分の意見で変えたい」と思う商品になることも。

 

 このときの俺は、まだ知らなかった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。