毎日コンビニの新商品を食べ続けていただけの俺、なぜか食品開発会社のエースになる   作:赤坂龍之介

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第8話 俺たちは「売れる理由」を作る

 

 入社して、もうすぐ二か月。

 

 俺の机の上には、相変わらず食品化学の教科書と商品開発に関する資料が積まれている。最初の頃は専門用語を見るだけで頭が痛くなった。今でも難しい。でも、以前とは少し違う。知らない言葉が出てきても、「これは商品開発のどこに関係するんだ?」と考えられるようになってきた。

 

「佐伯さん、会議室お願いします」

 

 朝、黒川主任に呼ばれた。

 

「はい」

 

 会議室へ入ると、昨日までとは少し違う顔ぶれが揃っていた。田村さん。企画担当の女性。製造担当の男性。そしてもう一人。

 

「初めまして、佐伯さん。営業部の高橋です。今回の商品案件を担当しています」

 

「……営業?」

 

「はい。コンビニ本部への商品提案や、先方との条件調整を担当します」

 

 俺は少し背筋を伸ばした。

 

 今までの商品開発は、基本的に社内の話だった。でも、営業が来ているということは、この商品が次の段階へ進もうとしているということだ。

 

「では、始めましょう」

 

 黒川主任が資料を配る。

 

『惣菜パン企画・改良版消費者モニター評価』

 

「まず、今回のモニターについて説明します」

 

 企画担当の女性が話し始めた。

 

「グランテーブルでは、開発初期の商品について、継続的に協力いただいている消費者モニターの方々に簡易試食をお願いしています。今回は32名。20代から40代の会社員を中心に、今回の商品のターゲットに近い方を選びました」

 

「前回より多いですね」

 

「はい。前回は方向性を見るための初期評価でした。今回は、改良した商品の購入意向や再購入意向まで確認します。ただし、正式な市場調査ではありません。開発途中の方向性確認が目的です」

 

「なるほど」

 

 俺は資料を見る。

 

 味、香り、食感、満足感、価格評価、購入意向、再購入意向。

 

「では、結果です」

 

 最初に出てきたのは味の評価だった。

 

 五段階評価――4.3。

 

「……高い」

 

 思わず呟いた。

 

 前回のIより高い。Gと比べてもほとんど差がない。

 

 香り――4.1。

 

 食感――4.0。

 

 満足感――4.2。

 

「かなり良くなっていますね」

 

 黒川主任が言った。

 

「はい。自由回答でも、『美味しい』『濃厚だけどしつこくない』『具材の味が分かりやすい』など、好意的な意見が多くありました」

 

 俺は少し嬉しくなった。昨日まで、自分たちが何度も試作してきた商品だ。それが実際に食べた人から評価されている。

 

 ところが。

 

「次に購入意向です」

 

 ページが変わった。

 

「……3.0?」

 

 会議室が静かになる。

 

 味――4.3。

 

 香り――4.1。

 

 食感――4.0。

 

 満足感――4.2。

 

 なのに。

 

 購入意向――3.0。

 

 再購入意向――2.9。

 

「味を改善したのに、購入したい気持ちはあまり変わっていない」

 

 俺が呟く。

 

「その通りです」

 

 企画担当の女性が頷いた。

 

「つまり、問題は味以外にもある可能性が高い」

 

「……」

 

 俺は自由回答を見る。

 

『美味しいけど、価格を考えると少し迷う』

 

『この価格なら、別の商品を選ぶかもしれない』

 

『味は好き。でも他の商品との違いが分からない』

 

『パッケージを見ても、商品の特徴が強く伝わらない』

 

『仕事帰りに食べるなら、もう少しボリュームが欲しい』

 

『美味しいけど、これじゃなきゃいけない理由がない』

 

「……これだ」

 

「何か気づきました?」

 

 高橋さんが聞いた。

 

「『これじゃなきゃいけない理由がない』です」

 

 俺は資料を指差した。

 

「味の評価が高いのに購入意向が低いなら、『美味しい』以外の理由が弱いんじゃないですか?」

 

 高橋さんが頷く。

 

「営業でも、よく聞かれるんですよ」

 

「何をです?」

 

「コンビニ本部に商品を提案するときです。『この商品は既存商品と何が違うんですか?』と」

 

「……」

 

「『美味しいです』だけでは、なかなか提案理由になりません」

 

 俺は言葉を失った。

 

「……商品を売る側も、同じことを考えてるんですね」

 

「もちろんです。店頭に並べる理由が必要ですから」

 

 俺は資料を見る。

 

 これまで俺は、商品を「美味しくすること」を考えていた。

 

 でも、営業は「この商品を店に置いてもらう理由」を考える。

 

 消費者は、「この商品を買う理由」を考える。

 

 同じ商品なのに、見る立場によって必要なものが違う。

 

「……難しい」

 

 思わず口に出る。

 

「そうですね」

 

 黒川主任が笑った。

 

「でも、今回はかなり大事なところまで来ています」

 

 

商品コンセプトを見直す

 

「では、ここから商品コンセプトを見直します」

 

 企画担当の女性がホワイトボードに現在のコンセプトを書く。

 

『仕事終わりに食べたくなる、濃厚で満足感のある惣菜パン』

 

「まず、『濃厚』」

 

 彼女が言った。

 

「これはモニター評価でも好意的でした」

 

「はい」

 

「『仕事終わり』も、方向性としては悪くない」

 

「では、『満足感』?」

 

 田村さんが尋ねる。

 

「そこが少し曖昧です」

 

「曖昧?」

 

「満足感という言葉だけでは、人によって何を想像するかが違います」

 

「量ですか?」

 

 俺が聞いた。

 

「それもあります」

 

「味の濃さ?」

 

「それもあります」

 

「具材の多さ?」

 

「はい」

 

「……」

 

 なるほど。

 

「満足感って、一つじゃないんだ」

 

 企画担当の女性が頷く。

 

「だから、消費者に伝わりやすい具体的な価値に置き換えたいんです」

 

 俺は資料を見る。

 

 仕事終わり。

 

 濃厚。

 

 満足感。

 

 コンビニ。

 

 俺だったら。

 

 仕事で疲れている。腹が減っている。でも、弁当を買うほどではない。

 

 そんなときに。

 

「これ一個で結構満たされそう」

 

 そう思えるものがあれば、手に取る。

 

「……」

 

 俺は口を開いた。

 

「『仕事終わりの一個で満足』っていう方向は、どうですか?」

 

 全員がこちらを見る。

 

「もちろん、量だけじゃなくて。濃厚な味で満足できて、食べ終わった後に『ちゃんと食べたな』って思える感じです」

 

 企画担当者がホワイトボードに書き込む。

 

『仕事終わりの一個で満足』

 

「いいですね」

 

 高橋さんも頷いた。

 

「営業としても、説明しやすいです」

 

「どうして?」

 

「お客様に伝える言葉がシンプルだからです」

 

「……」

 

 なるほど。

 

 コンセプトは開発者のためだけにあるんじゃない。

 

 営業が説明できて。

 

 消費者が理解できて。

 

 商品そのものも、その言葉を裏切らない。

 

 そこまで考える必要がある。

 

 

パッケージを変える

 

「次にパッケージです」

 

 企画担当者が現在のデザインをモニターに表示した。

 

「……普通ですね」

 

 思わず言ってしまった。

 

「ですよね」

 

 企画担当者も苦笑する。

 

 商品の写真。商品名。ブランドロゴ。

 

 大きく外れたデザインではない。

 

 でも、棚に並んだら他の商品に埋もれそうだ。

 

「他社の商品を見てきたんですけど」

 

 俺は話す。

 

「『濃厚』『具材たっぷり』『食べ応え』みたいに、商品を買う理由が一目で分かる言葉が大きく書かれていました」

 

「はい」

 

「今のパッケージは、商品の特徴が少し分かりにくい気がします」

 

「なるほど」

 

 高橋さんが頷く。

 

「営業としても、そこは気になります」

 

「本当ですか?」

 

「商品棚では、説明してくれる人はいませんから」

 

「……」

 

 確かに。

 

 コンビニに入る。

 

 棚を見る。

 

 何十種類もの商品がある。

 

 その中から、「これ」と選ばれる。

 

 誰かが商品の魅力を説明してくれるわけじゃない。

 

「じゃあ、パッケージが店頭で商品の魅力を伝える役目をするんですね」

 

 俺が言うと、高橋さんが笑った。

 

「その表現、分かりやすいですね」

 

 企画担当者がメモする。

 

「では、『パッケージが店頭で商品の価値を伝える』という考え方で整理しましょう」

 

「はい」

 

 俺は少し嬉しくなった。

 

 自分の言葉が、開発チームだけじゃなく、営業や企画の人にも使われている。

 

 

味は変えない

 

「では、味についてはどうしますか?」

 

 田村さんが聞いた。

 

「味は高評価でしたよね」

 

 俺が答える。

 

「はい」

 

「じゃあ、大きく変えない方がいいんじゃないですか?」

 

 田村さんが頷く。

 

「私もそう考えています」

 

「問題ないところまで変えたら、また別の問題が出るかもしれない」

 

「その通りです」

 

 俺はトレードオフを思い出した。

 

 一つ直す。

 

 別のところが悪くなる。

 

 だから。

 

「良いところは残す」

 

 俺が言った。

 

「問題がある部分だけ変える」

 

「そうです」

 

 田村さんが笑う。

 

「少しずつ開発者らしくなってきましたね」

 

「……」

 

 また言われた。

 

 でも、今回は少し嬉しかった。

 

 

営業が見る商品

 

 会議が一段落した。

 

 高橋さんが資料をまとめている。

 

「佐伯さん」

 

「はい?」

 

「営業にも興味ありますか?」

 

「営業ですか?」

 

「はい」

 

「正直、ちょっと怖いです」

 

「なぜ?」

 

「人と話すの苦手なんで」

 

 高橋さんが笑う。

 

「そうでしたね」

 

「……」

 

「でも、商品開発と営業は結構近いんですよ」

 

「そうなんですか?」

 

「はい。商品を作る側と、商品を売る側。立場は違いますけど、どちらも『相手にどう伝えるか』を考えています」

 

「……」

 

「営業は、取引先に商品を提案する」

 

「はい」

 

「企画は、商品の魅力を設計する」

 

「はい」

 

「開発は、その魅力を味や品質として形にする」

 

「なるほど」

 

「全部つながっています」

 

 俺は少し考えた。

 

 今まで。

 

 食品開発という仕事を、「試作して味を確認する仕事」だと思っていた。

 

 でも、実際には。

 

 企画。

 

 研究。

 

 製造。

 

 品質。

 

 営業。

 

 そして消費者。

 

 全部がつながっている。

 

「……会社って、すごいですね」

 

「大きな声で言うほどのことではないですよ」

 

「いや、本気です」

 

 高橋さんが笑った。

 

 

パッケージを売り場で確認する

 

 数日後。

 

 企画担当者が、二つのパッケージ案を用意してくれた。

 

『A案』

 

 大きく、

 

『仕事終わりの一個で満足』

 

 と書かれている。

 

『B案』

 

 商品の断面写真と具材を大きく見せている。

 

「では、実際の棚を想定して見てみましょう」

 

 会議室に、コンビニの棚を模した簡易什器が用意された。競合商品も一緒に並べられている。

 

「……本物みたいだ」

 

 俺は思わず声を出した。

 

「実際の売り場に近づけています」

 

 企画担当者が答える。

 

 俺は三メートルほど離れた。

 

「……」

 

 A案。

 

 B案。

 

 競合商品。

 

 しばらく眺める。

 

「Aの言葉、意外と見えないですね」

 

「そうなんです」

 

「Bの方が写真は目立つ」

 

「はい」

 

「でも、Bだと商品の特徴が分かりにくい」

 

「その通りです」

 

 俺は腕を組んだ。

 

 Aの文字を大きくすると、デザインが崩れる。

 

 Bの写真を大きくすると、コンセプトが伝わりにくい。

 

「……」

 

 まただ。

 

 何か一つを良くすると、別の何かが悪くなる。

 

「トレードオフ……」

 

 俺が呟くと、田村さんが笑った。

 

「また出ましたね」

 

「食品開発って、何でもトレードオフなんですか?」

 

「全部ではありませんよ」

 

「ですよね」

 

「でも、よくあります」

 

 俺はAとBを見比べた。

 

 そして。

 

「じゃあ、Aの言葉を残して、Bみたいに写真を大きくするのは?」

 

 企画担当者が少し驚く。

 

「なるほど」

 

「『仕事終わりの一個で満足』だけ残して、他の説明を減らす。それなら、商品の写真も目立たせられるんじゃないですか?」

 

「……」

 

 企画担当者が案をメモする。

 

 高橋さんも頷いた。

 

「提案資料でも説明しやすいです」

 

「……」

 

 俺は少しだけ嬉しくなった。

 

 まだ具体的なデザイン技術は分からない。

 

 でも。

 

 問題を見て。

 

 条件を整理して。

 

 両方を満たせる方法を考える。

 

 少しずつ。

 

 俺の「食べるだけだった経験」が、商品を作るための考え方に変わり始めていた。

 

 

初めての営業同行

 

 さらに数日後。

 

「佐伯さん」

 

「はい?」

 

 高橋さんが声をかけてきた。

 

「コンビニ本部への商品提案資料が、ある程度まとまりました」

 

「もうですか?」

 

「はい。まずは社内で内容を確認して、問題なければ先方へ提案します」

 

「なるほど」

 

「その社内確認に、佐伯さんも同席してもらえませんか?」

 

「俺も?」

 

「はい。まだ社外には出しません。今回は、開発担当として商品の強みを説明する練習です」

 

「……」

 

 それを聞いて、少し安心した。

 

 まだ本格的な営業同行ではない。

 

 社内で説明の練習をするだけだ。

 

「分かりました」

 

「ありがとうございます」

 

 資料を受け取る。

 

 そこには、

 

 商品コンセプト。

 

 味の特徴。

 

 想定ターゲット。

 

 価格。

 

 競合との差。

 

 消費者モニターの評価。

 

 そして、

 

『仕事終わりの一個で満足』

 

という言葉が書かれていた。

 

 俺は資料を見つめる。

 

 最初は。

 

 ただの惣菜パンだった。

 

 冷めると少し重い。

 

 その違和感から始まった。

 

 そこから。

 

 パンを変えた。

 

 具材を変えた。

 

 原価を考えた。

 

 製造を考えた。

 

 消費者モニターに食べてもらった。

 

 パッケージを考えた。

 

 そして今。

 

 営業担当と一緒に、商品を「どう伝えるか」を考えている。

 

「……すごいな」

 

 思わず呟いた。

 

「何がです?」

 

 高橋さんが聞く。

 

「一個のパンなのに、こんなに人が関わるんですね」

 

「そうですよ」

 

 高橋さんが笑った。

 

「だから、商品が店頭に並んだときは嬉しいんです」

 

 俺は資料を見る。

 

 まだ発売されていない。

 

 採用されるかどうかも分からない。

 

 まだ問題も残っている。

 

 それでも。

 

 この商品に関わる人たちの顔が、少しずつ見えてきた。

 

 そして、その中に自分もいる。

 

 ほんの少しだけ。

 

 俺も、この商品の作り手側にいる。

 

 そう思うと。

 

 不思議と胸が熱くなった。

 

 

そして、社内提案

 

 翌日。

 

 会議室には、商品開発部だけではなく、営業部の担当者も集まっていた。

 

「では、佐伯さん」

 

 黒川主任が言う。

 

「この商品の強みを説明してみてください」

 

「俺が?」

 

「はい。高橋さんが営業として説明するのではなく、開発側の人間として、佐伯さん自身の言葉で」

 

「……」

 

 俺は資料を見る。

 

 味。

 

 原価。

 

 製造性。

 

 消費者評価。

 

 パッケージ。

 

 コンセプト。

 

 今までの二か月間で学んできたことが、全部そこに書かれている。

 

 でも。

 

 俺はそれを、上手く説明できる自信がなかった。

 

「……」

 

 数人の視線が俺に集まる。

 

 喉が渇く。

 

 心臓が速くなる。

 

 面接のときと同じだ。

 

 人前で話す。

 

 苦手だった。

 

 でも。

 

 今回は。

 

 何を話せばいいのかは、分かる。

 

 俺は一度、深呼吸した。

 

「この商品は……」

 

 声が少し震えた。

 

「仕事終わりに、これ一個で満足できる惣菜パンを目指しています」

 

 会議室が静かになる。

 

 俺は続けた。

 

「最初は、味を濃くして満足感を出そうとしていました。でも、それだけだと、食べ終わったときに重く感じることが分かりました」

 

 田村さんが静かに頷く。

 

「だから、味や後味のバランスを調整しました」

 

「はい」

 

「さらに、原価や製造条件を確認しながら、商品として成立する形を探しています」

 

 俺は資料を見る。

 

「でも、それだけでは足りませんでした」

 

「……」

 

「消費者モニターでは、味は高く評価されました。でも、『この商品を選びたい』という気持ちは、そこまで高くなかった」

 

 高橋さんがこちらを見る。

 

「だから、俺たちは考えました」

 

 少しだけ。

 

 言葉が出てくる。

 

「美味しいだけじゃなくて、『仕事終わりなら、これを選びたい』と思ってもらえる理由が必要なんじゃないかって」

 

 会議室が静かだった。

 

「だから、今は味だけじゃなくて、パッケージやコンセプトも含めて、商品の価値を伝えられる形にしようとしています」

 

 最後に。

 

「……それが、この商品の一番の強みだと思います」

 

 言い終わった。

 

「…………」

 

 静かだった。

 

 俺は不安になった。

 

「……変でしたか?」

 

 すると。

 

「いいと思います」

 

 高橋さんが言った。

 

「とても分かりやすかったです」

 

「……」

 

 田村さんも頷く。

 

「技術的な説明ではありませんが、消費者がどう感じる商品なのかが伝わりました」

 

 黒川主任が笑う。

 

「十分ですよ、佐伯さん」

 

「……」

 

 胸の奥から、ゆっくり息が抜けていく。

 

 人生で。

 

 初めて。

 

 俺は仕事として、自分の言葉で商品を説明した。

 

 まだ上手くない。

 

 声も震えた。

 

 専門的な知識も足りない。

 

 それでも。

 

 ちゃんと、伝えられた。

 

 

 会議が終わったあと。

 

「佐伯さん」

 

 黒川主任に呼び止められた。

 

「はい」

 

「今日はよく話せましたね」

 

「……死ぬほど緊張しました」

 

「顔に出ていました」

 

「ですよね」

 

 黒川主任が笑う。

 

「でも、最初の頃とは違います」

 

「……」

 

「以前の佐伯さんなら、『味はこうです』で終わっていたでしょう」

 

「……そうかもしれません」

 

「今は違う」

 

 黒川主任は資料を見る。

 

「なぜこの商品を作るのか。誰に、どう感じてもらいたいのか。そこまで考えて話せています」

 

「……」

 

「それは、開発者として大きな一歩です」

 

 俺は資料を見る。

 

 そこには。

 

『仕事終わりの一個で満足』

 

という言葉。

 

 最初は、ただのキャッチコピーだと思っていた。

 

 今は違う。

 

 この言葉のために。

 

 味を考えた。

 

 原価を考えた。

 

 製造を考えた。

 

 消費者の反応を見た。

 

 パッケージを考えた。

 

 営業にも説明した。

 

 一つの商品に。

 

 いろんな人の仕事が詰まっている。

 

「……商品って、すごいですね」

 

 俺が言う。

 

「そうでしょう?」

 

 黒川主任が笑った。

 

 そして。

 

「でも、まだ終わっていませんよ」

 

「……ですよね」

 

「ここから先は、実際に取引先へ提案します」

 

「はい」

 

「そこで、また修正が入るかもしれません」

 

「……」

 

「採用されない可能性だってあります」

 

「……」

 

 俺は少しだけ黙った。

 

 でも。

 

「それでも」

 

 俺は資料を握り直した。

 

「やってみたいです」

 

 それが。

 

 今の俺の正直な気持ちだった。

 

 まだ新人。

 

 まだ何も知らない。

 

 それでも。

 

 自分が食べて。

 

 気づいて。

 

 考えて。

 

 誰かと一緒に作った商品だ。

 

 この先、どうなるのか。

 

 少しだけ、見てみたかった。

 

 ――そして翌週。

 

 俺たちは初めて、コンビニ本部への正式な商品提案に臨む。

 

 そこで待っていたのは。

 

 俺が想像していた以上に厳しい質問だった。

 

「この商品を、既存の商品より高い価格で置く理由は?」

 

 その質問を聞いた瞬間。

 

 俺は思った。

 

 商品を作るって。

 

 本当に難しい。

 

 でも。

 

 今度は。

 

 少しだけ、答えられる気がしていた。

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