脱出は出来ていません
※本作品はpixivにも投稿しています。
マンションのエレベーター。プロデューサーは上っている間にポケットを探り、そういえばカギを恋人に預けているんだったと思い出した。
ドアが開き、廊下を歩く。湿度だらけの夜の空気は夏であることを示しており、クールビズでネクタイを締めていない胸元をパタパタと仰いだ。
自宅の玄関のインターホンを鳴らす。少し待つと鍵が開く音が聞こえた。
「ただいま」
「お帰りなさいっ!」
恋人の結華と付き合い始めてからすでに数年が経過している。恋人らしいことと言えば映画や水族館などのデートが多いが、最近はプロデューサーの家でのお泊りをすることが増えていた。
理由としては……
「――お風呂にする? ごはんにする? それとも……わ・た・し?」
最近、これにハマっているらしい。
いや別に構わないのだ。いわゆる鉄板のシチュエーションであるというのはプロデューサーとしても1人の男としても理解している。
エプロン姿ではないが、パジャマ姿だ。アイドル的にも、一般的な恋人としても本来ならば十分満足できるシチュエーションだ。
ただ可愛くないというか、いまいち入れ込めないのは……
「ラジオの収録の後に一緒に夕食は食べたけど……足りなかったか?」
「Pたーん、ノリわるーい」
唇を尖らせて文句を言うが、何度も同じやり取りに付き合わされるこちらの身にもなって欲しい。
こういうのは夕食を摂っていないときに成立するのだ、と過去にクレームをつけてみたら「お腹すいている時にベッドを優先できるほどお互いお猿さんじゃないでしょ?」と返したのは誰なのだ。否定は何一つできないが。
「今日で禁煙2週間? 隠れて吸ったりしてない?」
「吸ってないよ。気になるんだったら確かめればいい」
そう言って彼は胸を張って見せた。禁煙2週間。ニコチン不足の体はどこか物足りなさと気だるさを感じている。
少し自慢げな彼の様子に結華は少しだけ目を細めた。
「んー……じゃあ、失礼しまーす」
え、と言う間もなく。
結華はまだ着替えていないし革靴も脱いでいないプロデューサーの体に抱き着いてきた。
「えっと――」
「ぎゅうー………」
可愛らしい擬音と共にプロデューサーの胸元に結華のメガネが押し付けられる。ボディタッチが少なめな結華にしては珍しい甘え方だ。
「あ、ホントだ。タバコの臭いしない」
「だろ」
「……うん」
しかし服の匂いを嗅ぐにしては長い時間が流れる。彼は少し迷ってカバンを靴箱の上に置いて彼女の頭を撫でた。
「……頭じゃなくって、ハグして。思いっきり」
「――うん」
先ほどとは少し変わって少し冷たく棘がある言い方だった。こうなれば何があっても態度を改めないことを知っていたから、彼は結華の背中に手を回して、ぎゅっと体を締め付ける。彼女の表情は見えないが、苦悶にも恍惚にも似たため息が聞こえてきた。
「……普通、恋人よりも仕事優先する? 一緒に帰るって約束だったじゃん。なのに先に帰らせちゃって」
「ごめ――」
「謝らないで。……あの時送り出したのは、私だから」
急遽入った急ぎの連絡。あれは仕方なかったし、別れたときの結華も快く送り出してくれた。
だけど心はどこか納得はしていなかったのだろう。仕事に理解はあるし、こういう仕事であるというのはお互い知り尽くしてはいるが……恋人としては不満に思ってしまうというのは――彼としても経験があった。
それでも……悲しいかな、結華は良くも悪くも聡く己の状況を理解して自分がとんでもなく面倒くさい態度を取ってしまっていることにも気づいている。
「――……~~~~っ」
だから結華は目の前の恋人を許すために1つだけ強引な行動をした。
思いっきり背伸びをして、対応に困っている彼の唇を強引に奪う。
「……!」
「――タバコの後味、しないね」
「そりゃ……禁煙してるし」
「ほら、もっと屈んでくれない?」
「……いや、まだうがいも何もしてない――」
「いいから。私に**さんを許させて?」
少し逡巡して彼は玄関と廊下の境目で膝立ちをした。見上げる彼の唇を結華は強引に奪う。
「――っ!?」
彼が驚きの声を漏らしたのは結華が強引に彼の口内に舌を侵入させてきたからだ。そこまでディープキスが好みではないはずの結華らしくない行動だった。
結華の唾液が、舌を伝って、彼の舌に纏わりつく。それを潤滑油のようにしてお互い委の舌を絡め始めた。
結華らしくない愛情表現だった。性的なものに関してあまり積極的でない彼女が、ここまで情欲に塗れた行動をするとは思えなかった。
結華が唇を離した。彼は口内に溜まった唾液を飲み込んで尋ねる。歯磨き粉のミントの味がした。
「やけに……積極的だな?」
「だって、私ばっかり**さんが好きみたいじゃん。だから――あなたが好きだってこと、きちんと伝えなきゃいけないって思っただけ」
そんなことは、と言いかけた彼の唇を結華は再び塞いだ。今度は少しだけ歯を立てて甘噛みするように。
無理やり沈黙を強いさせた結華は、接吻を終わらせると膝立ちのままの彼の頭を胸に抱きかかえた。
結華の柔らかさと、その中に通っている硬さ、そして心臓の鼓動まで確かに感じられる。
「私にばっかり、『好き』『だい好き』って言わせないで」
「ごめん」
相変わらず彼からは恋人の表情は伺えなかったが、彼に不満を持っていることは十二分に肌で感じ取れた。
しばらくして結華が溜息をひとつ。そして彼の頭を解放した。
立ち上がって見る彼女の表情は不満をある程度吐き出して、ようやく普段の笑顔に戻せた様子だった。
「――よしっ。これで説教……というかただの文句は終わり! 早くお風呂済ませちゃってね。三峰はもう入った後だし」
そう言って結華はこちらに背を向けてリビングに戻ろうとする。
その背中を、彼は抱きしめた。かなり驚いたのか、一瞬だけ肩がびくんと震えた。
「うわっ……! もー……なに? 早くお風呂入ってくれないと」
「言い忘れてたことがあって。――だい好きだよ、結華」
その言葉を聞いてどう思ったのか。
ややあって、結華は胸元に回った彼の手首をぎゅって掴んで言った。
「……足りない」
「好きだ」
「………もっと」
「一生はなさない」
「………他には?」
「………一緒にお風呂入らないか?」
正直この回答はネタ切れによるその場しのぎの物だった。
愛もロマンも無い、欲まみれの言葉に結華は落胆したように「え~……」と不満を漏らす。
「もうちょっと気の利いた、さぁ……。いやPたんにそこまで期待する方がダメか……」
「あぁ――ごめん。なんか、思いつかなくって。嫌だったよな……」
「別に……嫌とは、言ってない――し。そのつもり……だったから」
彼からは結華の表情が伺えない。だけど耳が赤くなっているのだけは確認できた。
対応に困ったのは彼のほうだった。だから黙っていたが、それが余計に結華の羞恥を煽ってしまったらしい。
しばらくの沈黙。それに耐えられなくなったのか、結華が口を開いた。
「――ずっと抱きしめたまま、好きって言って。キスも……たくさんして欲しい。それで許してあげる」
そう言って彼女は体をねじらせ、こちらに顔を向けた。目は潤み、頬は紅潮し、唇は先ほどの苛立ちと封殺のためのキスで濡れている。
お互いの服が乱れるのを気にせずに、彼はその唇をそのまま奪った。
えー……生存報告です
スランプ脱却用に書きましたが、出来ていません。
蛇足の更新はもうしばらくお待ちください。今年中には……一本ぐらい……多分……。
たぶん誰も待っていないだろうけど。