「コテツ、コテツ! どこに行ったんだ、コテツ!」
紡木は叫び声をあげて被弾したコテツ機を探していた。
残った二機は雄敵の名に恥じぬ相手だった。
紡木は必死に戦い、そして二機とも爆散させた。
そして、そのときには赤地に黒のストライプを施した機体の姿はどこにも見あたらなくなっていたのである。
「ええい、落ち着け」
紡木は自分を叱咤した。
コテツ機が被弾したときの状況を思い出す。
「……引火する燃料も弾も残ってなかったのか、コテツ機が爆発した様子はなかった。もしかしたら、まだ生きているかも知れない」
そう、コテツは生きているかもしれないのだ。
だが、操縦不能になってどこかを漂流しているのだろうコテツを探しに行こうにも、紡木機も燃料切れ寸前である。
「一度、空母に戻るしかないか……」
くやしそうに紡木は歯噛みした。
「コテツ機を探せないとはどういうことだ!」
母艦へ戻った紡木は艦橋で声を荒げた。
「カリーヤ艦隊は撤退していったのだろう! コテツ少佐の捜索をする余裕ぐらいはあるはずだぞ!」
「落ち着いてください、紡木少佐」
技術将校が紡木をなだめにかかる。
「センサー類が電磁パルス兵器の影響を受けて麻痺してしまっているんです。空母の対パルスシールドが突破されてしまっている。どうやら、カリーヤ軍は本当に新型電磁パルス兵器の開発に成功したらしい」
「そんな……」
「われわれとしても、コテツ少佐を見殺しにするつもりはない」
ヴィレッド艦長が重々しく口を開いた。
「捜索は目視情報に頼るしかない。紡木少佐。われわれもできる限りの便宜を図ります。捜索隊の指揮をお願いできますかな」
無論、紡木に否やは無い。
愛機の補給が終わり次第、休息もそこそこに紡木は捜索へと空母を飛び出していった。彼女の部下だけでなく、コテツの部下も捜索隊に加わっている。
この時点ですでに捜索範囲は途方も無く広くなっている。しかも、時間が経過すればする程、コテツが漂流している可能性のある宙域は、さらに拡大していくのだ。コテツ機が被弾した座標を中心に、戦闘機に出せる最大速度で球状に膨らんでいくのだから。
「ええい、あのときコテツがどこへ向って飛んでいったかすらも把握しそこねるとは。余裕がなかったにしても、我ながら不覚が過ぎる」
手分けをして探すしかなかった。
「未だに救難信号の反応はないか」
今のところ使えるのはごく原始的な無線機ぐらいなのだが、それらしい信号は感知できていない。
「そもそも、もしもコテツ機の無線機が壊れているのなら、これも捜索の役にはたたないではないか」
やむなく紡木は双眼鏡での目視捜索をはじめた。
「なんて迂遠な……まどろっこしいにも程がある」
あまりに宇宙は広大だった。
「砂漠に落とした一粒のダイヤを探すようなものだな」
思わず漏らしてしまった言葉を打ち消そうとするかのように、紡木は頭を激しく振った。
「なにを弱気なことを……!」
忌々しげにつぶやき、捜索を続ける。
「どこにいるんだ」
ふと、戦闘中に異様に勘が冴えることがあるのを紡木は思い出した。
あの感覚を呼び出せないかと試してみたが、そう都合よくはいかないらしい。
「所詮、私は人殺ししか能のない怪物ということか」
一瞬だけ、皮肉げに口元が歪むが、紡木はすぐにそれを打ち消した。
「あきらめるのはいつだってできる。私には、今しかできないことがまだあるんだ!」
そして、懸命に己を鼓舞するのだった。
捜索開始から、十五時間が経過した。
「未だに手がかりひとつ掴めぬとは」
三度目の補給に空母に戻ってきた紡木は焦燥を隠し切れぬ口調でつぶやく。
「……愚痴を言って事態が好転するものでもないか」
補給の間に仮眠をとるべく自室へ向かう。いらだちを無理やりねじ伏せて眠りにつき、格納庫へと戻ってくる。宙域図をチェックする。
「捜索宙域がこんなに拡がって……しかも、未捜索の宙域がこんなにあるのか」
宇宙空母のセンサーを総動員しても大破した戦闘機の回収は困難だというのに、九機の戦闘機による目視捜索で、発見の可能性がどれほどあるというのだろう。そして、わずかな可能性も、時間の経過とともにさらにそぎ落とされていく。
だが、紡木はあきらめない。捜索予定宙域を描きこんで、三つ巴のノーズアートが施された愛機に乗り込む。
「紡木機、出るぞ!」
自分自信も奮い立たせようとするかのような声を彼女はあげた。
瞬くことの無い星々へ向かって愛機を駆けさせながら、紡木は自問自答していた。
「何故、私はこんなに躍起になってコテツを探しているのだ……」
あの男は仇なのだ。自分の部下を殺した男なのだ。
「……そして、私たちに部下を皆殺しにされた男なのだ」
お互い様、の一言で片付けるつもりはない。
だが。
「皮肉屋で、妙に気取り屋で、ちょこちょこ面倒くさいし素直じゃなくて、部下思いで、呑むときはいつも私と同じ『とりあえずビール』で、サンドイッチを食べるのがへたくそで……」
あの男を知れば知るほど、怒りも憎しみも薄れていく。部下を殺された怒りと憎しみが冷め、部下を守れなかった後悔と部下を喪った悲しみが心を凍えさせてゆく。
「あいつもそうなのだろうか」
思い出す。初めて言葉を交わしたあのときのコテツの言葉を。
確かめたかった、とあいつは言った。
オマエたちが血も涙もない破壊と殺戮に飢えた悪鬼だということを確かめたかった、と。部下たちを皆殺しにした連中には、ぜひとも、そういうヤツでいて欲しかったと。
「私も、お前には血も涙もない破壊と殺戮に飢えた悪鬼でいて欲しかった。そうでなければ憎み続けられない。お前も、殺し合いなんてしたくなかったなんて。殺し合いなんてさせたくなかったなんて……」
紡木の声が震える。
「それでもどうにもならなかったんだなんて! 私と同じように、どうにもできなかったんだなんて! 知りたくなかった!」
爆発した。
「そんなの! 同じじゃないか! 私と同じじゃないか! なのに、どうして私たちは殺しあったりしたのだ! 殺しあわねばならなかったのだ! どうして! どうして! こんな馬鹿なことがあってたまるか! どうして、こんな……こんなことに……」
無言になった。
うつむきかける。
それをどうにか押しとどめて顔をあげる。
「コテツ。お前は言ったな。憎くもないのに殺しあって、殺されて、殺し返して……その繰り返しを止める。それこそが、本当のかたき討ちだって」
激情を抑え込んだ声をだす。
「言ってくれたものだ。だがな、言いたいことを言うだけ言ってどこかへ行くなど、私は許さんぞ」
静かな決意が、力強い声となって紡ぎだされた。
「逃がさない。捕まえてやる」
六度目の補給に帰投したときも、手がかりは得られなかった。
「タイムリミットが迫ってきている……」
つぶやく声に、焦りがにじむ。
「だが、あきらめるのはまだ早い」
懸命に自分を鼓舞し、また発進してゆく。
今回の捜索予定宙域に到着した紡木は、ヘルメットのバイザー越しに双眼鏡を覗き込む。
収穫もないまま、時間だけが過ぎてゆく。
「このままだと、この捜索がラストチャンスになるかも……いや、弱気になるな! これがラストチャンスなら、それをものにすればいいだけだ!」
ことさらに大声をあげた紡木の耳朶を、電子音が叩いた。
「無線機に反応が! これは救難信号! 微弱だが間違いない! ついに見つけたぞ!」
さっそく信号の発信源の方向を割り出し、そこへ向けて急旋回。ブースターを全開にして紡木は叫ぶ。
「待っていろよ、コテツ!」
それはまぎれも無く、「銀鞠」と呼ばれる戦闘機だった。
だが。
その機体は赤地に黒の歪な縞模様ではなく、野堤機と同じ銀色。
ところどころに、カリーヤ連邦の、復活したばかりの国旗がプリントされている。
「……あれだけ大規模な宙戦だったのだ。この宙域に漂流しているカリーヤ機があってもおかしくはないし、それを私が発見する確率もゼロではない。ゼロではないのだが……何故こんなタイミングで……」
奇跡のような低確率の邂逅がこんな状況下でなされたことに、自分の幸運を勝手に使い果たされたような気分がぬぐえない。
キャノピーの外れたコクピットで大きく両手を振るカリーヤ軍パイロットに、紡木は射殺(いころ)しそうな視線を注ぐ。
この男を連れてコテツの捜索を続けるのは危険すぎる。だが、母艦まで連行すれば、どれほどのタイムロスになるか。
今回の捜索がラストチャンスになるかも知れないのに……。
紡木の葛藤を知ってか知らずか、カリーヤ軍パイロットは必死に両手を振り続けている。
「ありがとう、ありがとう……。何度も、もう駄目かと……。あきらめなくてよかった。あきらめなくてよかったよおおおお」
厳重に拘束された上に、お世辞にも広いとも快適とも言えないコクピットシートの後ろのスペースに長時間放り込まれていたにもかかわらず、紡木の母艦に捕虜として連行されたカリーヤ軍パイロットは、格納庫でヘルメットを外されるなり、泣きながら感謝の言葉を口にした。
その言葉をコテツの口から聞きたかった。その台詞を懸命に飲み込んで、紡木はそっけなく頷くだけにした。
時間が惜しい。
補給のあいだに少しでも仮眠をとるべく、紡木は自室へと向かった。
無言のままに。
「……時間だ……」
瞬かぬ星々をキャノピー越しに見つめて、紡木は力なくつぶやいた。
タイムリミットだった。
コテツ機に積まれていた酸素が尽きてしまうタイムリミットが訪れたのだ。
紡木は自分の腰に手をやった。そこには拳銃を収めたガンホルダーがある。拳銃は真空中でも使えるように設計されたごく単純な構造の火薬式単発銃である。ちなみに、火薬は酸素を含有しており、真空中でも水中でも爆発させることができる。
戦闘機乗りの最後の武装、などと呼ばれることもあるが、実情は異なる。
公式に明言されたことはないが、これは自決用の銃なのだ。
宇宙漂流の果て、酸素が尽き、死を目前にしたパイロットを、恐怖と苦痛からすみやかに解放するための銃なのである。
「コテツ……お前は今、なにを見ている? なにを思っている?」
紡木はふと、とある星に視線をやった。
ひときわ強く青く輝くその星を、紡木は自分の位置と方向を把握するための目印のひとつにしていた。
「いつだったか、言っていたな。この宙域では、お前もあの星を道しるべにしていると……。ちょうど反対方向に、赤く輝く星があるから目印にちょうどいいと言っていた……」
そのときだった。
道しるべの星が、一瞬だけ瞬いたのは。
「星が……瞬いた? ここは真空の宇宙空間だというのに? ……いや、違う。何かが星の前を横切ったんだ! 何かがこの先にある!」
星の前を横切ったのがコテツ機である確証などはない。
別の機体の残骸かも知れないし、ただの石ころかも知れない。
それでも、その星に向けて紡木は愛機を駆けさせた。
そして、紡木が向かうその先で、星が小さく小さく瞬いた。今度は一瞬だけ光ったのだ。
しばらくして、また一瞬だけの星が生まれて消えた。
星が瞬く。
また、瞬く。
そして、一瞬だけの星を目指して銀色の砲弾は天翔けてゆく。
「見つけた……!」
赤地に黒の歪な縞模様が描かれた球形型戦闘機。銃痕で穴だらけの機体。狙ってのことだろろう、抜け目無く、コクピットの反対側で銃弾を受け止めていた。
それが紡木の目の前にある。
キャノピーの外れたコクピットのシートには、宇宙服を兼ねたパイロットスーツに身を包んだ青年が、シートベルトで固定されていた。
その手に握られているのは。
……単発式拳銃……。
まさか。
あの一瞬だけの星の正体は、この銃のマズル・フラッシュ……?
一発では死に切れずに、何度も、何度も……?
「コテツ!」
命綱を着けて、紡木はコクピットを飛び出した。
「何故だ! 何故そんなことを! お前はそんなことをするやつではないだろう! 最後の最後で生き残ることをあきらめた死に様を、お前があの子たちに遺すわけがないだろう! 私の知っているお前は、そんなやつじゃないだろう!」
その叫びはもはや慟哭であった。
慟哭しながら紡木が手を伸ばしたその先で。
単発式拳銃を握ったままの手が動いて。
「よお」
そんなさばけた口調が聞こえてきそうな、とぼけた敬礼を切った。
「コテツ!」
紡木はヘルメットのバイザーを、コテツのバイザーに押し付けた。すかさず、自分のパイロットスーツからチューブを伸ばしてコテツのヘルメットに繋ぎ、酸素を供給する。
「……っかあー、生き返るなあ」
「……………………………………………………………まるで温泉につかった中年おやじだな……」
触れ合ったバイザーを通してコテツの声の振動がのんきに届き、紡木は涙声でぼやいた。
「よ。空気の差し入れありがとよ。たすかったぜ」
「……なんで拳銃なんか握ってるんだ」
「それがな。このままじゃあ、いよいよ酸素が切れるよ、やっべーなーって思いながら道しるべの赤い星を見てたらさ、なんと一瞬だけ瞬きやがんの。あ、こりゃあ誰かがあの先にいるかもってなってな。実包から弾丸を外しては、合図代わりにぶっ放したって寸法さ。手持ちの弾薬、景気よく全部撃ちつくして、さあて、あとは何ができるかなって考えていたところに、白銀の砲弾に乗ったお姫様が颯爽と登場したわけだ」
「まぎらわしいやつだ。酸欠に怯えて早まったまねをしたかと思ったぞ」
「ああ、正直そこんとこは俺もどうしたもんかと思ったんだがな。窒息死したあとで、なんかの拍子にあいつらに見られるかも知れないって思ったら、どーにも、ね。あいつらに、生き残るのをあきらめるなって日ごろ偉そうに言ってる手前、最後まで足掻いて見せないとカッコつかないからな。隊長はつらいぜ」
「…………………まあ、なんにしてもだ」
「うん? どうした」
訝しがるコテツに、紡木はささやく様に言った。コテツに通じる筈もない地球公用語で。
「お前が生きていてくれて、うれしいよ。ありがとう」
「どういたしまして。また会えて俺もうれしいよ、綾子ちゃん」
「なっななな!」
コテツが流暢な地球公用語で返事すると、紡木綾子は慌てた声をあげた。
「どうしたのかな、綾子ちゃん。あれれー。もしかして、相手の言語を勉強してるのが自分だけだと思ってたのかい?」
「あ、あああ、綾子ちゃんって言うなあ!」
「そんなつれないこと言うなよ、綾子ちゃん」
「だからあ! もー! もー! あーもー!」
「ご生還おめでとうございます、コテツ少佐」
紡木機に乗せてもらって空母に戻ってきたコテツをジョーギリ准尉が出迎えた。
「よっ」
「……ピンピンしてますね。なんでですか。いや、わりとマジで訊いてるんですけど」
「なんでって言われてもなあ。というか、けっこう往生してるんだぜ。紡木機は副座式じゃないから乗り心地が最悪でな。もう体中バッキバキ」
「普通は生きて帰ってこられただけで感謝感激雨あられってなるんですけど」
「おいおい、俺は感謝も感激もしてるぜ、見ての通り」
「あんまり、そんな感じはしませんけど」
「まあ、俺は奥ゆかしい男だからな」
「……奥ゆかしいって、どういう意味でしたっけ」
「俺みたいなやつって意味だろう」
「つまり底抜けに図太いって意味ですか?」
「言ってくれるぜ。……ってまあ、じゃれるのはこのくらいにしてだな、あれを返してくれるかい」
「……………あれ、ですか?」
「あれだよ。出撃前に預けた眼鏡ケースさ。いやあ、直接あいつらに渡さなくてよかったぜ。こうなってみると、あの遺髪のなりそこないはどんだけ扱いに困ったことやら。とんだ黒歴史の遺物だ、こっ恥ずかしいったらありゃしねえ」
「………………えーと」
「おい、どうしたんだ。なんで、そんなに目が泳ぐ?」
「…………………………そのー、ですね」
「おい、まさか」
「…………………………………あの娘(こ)たち、すっごい落ち込んでましてね」
「おいおいおいおいおい」
「いやホント、見てらんなくてですね」
「なあなあなあなあなあ」
「少佐どのがあの娘たちをどんだけ大切に思ってるかを伝えたくてですね」
「冗談だよな? たちの悪い冗談なんだろ?」
「少しでも励ましになればと思ってですね」
「冗談だと言ってよ、ジョーギリ准尉」
「その………すんませんでしたあっ!」
「うっそーん!」
「ホント、すんません」
「渡しちゃったの? アレを? あいつらに? ホントに? マジで? ホントのホントにマジで? 生きてるじゃん、俺。こうして還ってきたじゃん」
「すんませんしたあっ」
「えええー。あんなこっ恥ずかしいのは、自分がおっ死んだあとのことだと思ってるからできるんであってさあ」
「せんしたあっ」
「自分が生きてる間にあんな痛々しいことをやらかしちゃ、男の美学というか、男のロマンというか、そういうのが色々と台無しぃぃぃぃっ!」
「せっしたっ!」
「いいかげんにしたらどうだ」
紡木がコテツの頭をぺしんと引っ叩いた。
「よせやい、痛いよ」
「見苦しいまねはよせ。だいたい、お前が似合いもしないのに、なにかと気障なことをしたり言ったりするのがいけないんだろうが」
「そんなこと言うなよ。俺はね、似合いもしない気障が格好よくキマる男を目指しているんだから」
「なんだそれは」
「うーん。なんて言やあいいのかな。俺流ダンディズム的な?」
「めんどくさいやつだな」
「そいつはお互い様ってもんさ」
コテツが肩をすくめたところに。
「隊長……」
「隊長さん……」
「隊長どの……」
「コテツ隊長……」
四人の女の子が駆け寄ってくる。
見れば、フィーナ准尉、ムギ准尉、サラ准尉、シュノ准尉が泣きはらした瞳でコテツを見つめていた。
四人とも、胸に見覚えのある眼鏡ケースを抱きしめている。
それを見たコテツはちょっとだけ顔をこわばらせて、それから。
「ただいま」
照れたように笑い、照れくさそうな声で帰宅の挨拶をするのだった。