一人の異常者の末路を書く。
もし仮に私が主役の物語を書くならば、
それはきっと笑劇(ファルス)だと彼は笑った。
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もし仮に私が主役の物語を書くならば、
それはきっと笑劇(ファルス)だと彼は笑った。
東京喰人
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ある寂れたアパートの一室。
東京の中心部にありながら比較的静かな住宅の並ぶ一角。
私は気怠さの残る身体にエールを送りながら、水を飲むために立ち上がる。
冬の水は冷たくて、東京の水は塩素の味を口に広げる。
それは少し、血のように、綺麗な味がする。
全て飲み干したら、いつものように朝食の準備を始める。
フライパンに敷いた油の音が心地よく響く。
今日の朝食はホットケーキだ。
肉を数枚、脇に添える。
同時に冷凍食品や夕飯の残りを弁当箱に詰め込む。
私にとって、食事とは決して欠かせない日々のスパイスだ。
私は三大欲求の全てを愛している。
そのうち二つは一般的なソレとは、少しズレているけれど。
朝食の時間は一日を過ごすための準備運動だ。
焦らず、ただ、良く味わって食べる。
周りの人の話を聞くに、こんなにゆっくりと食事はしないらしい。
東京の人間はみな性急すぎると、いつも思う。
二十分ほどの後。
歯磨きの時間。
女子という肩書を捨て去っいても、流石に口臭がするとなどと言われては敵わない。
常人以上に気を使って五分ほど、何も考えず手を動かすだけの時間。
歯磨きの後、着替えを済ませると、家を出るには程よい時刻。
いつもと何ら変わらないリズムで動く。
しかし、今日はなんだか良い予感がする。
これからのご飯の献立を頭に浮かべながら、私は家を出た。
冬も近づき、外の空気は身体に染みた。
スースーとする空気は、まるでミントに包まれるようだと友人の弁。
淡々と、それでいて軽やかに道を行く。
景色が少し変わる頃に、ふと声をかけられる。
「おーい、玲央(れお)!おはよう」
凛とし、涼やかな声の主は友人の文(あや)だ。
見目は、名が体をなすという言葉の通り、黒髪長髪の文学少女風。
「おはよ、文は今日も元気そうだね」
少し目を細めて私は軽く横を見やる。
いつも通りの茶々を彼女も分かって、笑って返す。
「そりゃ元気だけが取り柄だからね」
「そんなことないと思うけど」
「そう言ってくれるのは玲央だけだよ、もう」
私が唯一気軽に話せる彼女との話は静かに弾み、
学校の門を過ぎ、予鈴を聞いて共に駆け出すまで続いた。
所変わって教室、授業の時間。
学校の勉強は酷く退屈だ。
教師の言葉は念仏のようでまるで伝わってこない。
私自身理解する気もなく、教科書を読み込むほうが性に合っている。
しかし、学生は教師に縛られる宿命で、話を聞き逃すと、手痛いしっぺ返しが来るのだ。
今日の被害者は我が親友だった。
退屈な授業を終えた後は、昼食だ。
気怠い授業の後の憂鬱も、まとめて吹き飛ぶ。
文と向い合せで手を合わせる。
『いただきます』
赤いウィンナーは冷めてもなお、独特の甘みと旨味を口に広げる。
鮭の切り身は調度良い塩加減と、脂のノリがたまらない。
白いご飯は日本に生まれたことへの感謝とともに食す。
友と語らい食事をするのも、ランチの醍醐味だ。
朝は静かに、昼は賑やかに、夜は激しく食べるのが私の食事だ。
うん、ちょっと物足りないけれど、すごくオイシイ。
昼食の後、午後の授業は思考に耽る時間になる。
今日の晩御飯、明日の朝御飯、考えるべきは山ほどある。
昼食の前はお腹が減るので考えない。
教師の言葉に耳を傾ける振りをし、ノートは真っ白、時々ラクガキ。
長いようで終われば短いと感じる授業。
次は夕飯を
――狩りに行こう。
今日も今日とて狩り日和。
私は人気の少ない裏路地にて待ち人を想う。
数分の後、人を見つける。
今日の晩御飯は、とても美味しそうだ。
二十代前半の女性といったところか。
ポニーテールが可愛らしくて、思わず食べちゃいたい程。
音を殺して忍び寄り、一太刀ナイフをグサリと挿れる。
さる骨董品店で買ったナイフの切れ味は、いっそ、この世のもととは思えない。
『くいんけ』とかいう銘らしい。
二分とたたずバラバラに。
お肉を、全部かばんに詰める。
一口味見をしようか、と悪魔が囁く。
一口だけ、と言い訳し、口にした。
…………くちゃり、ぐちゃり
――あゝ、思わず逝ってしまいそうだ!
新鮮な女性の身体は質の良い麻薬のようで、私の躰を満たしてイク。
ソレは快楽に似たナニかで、私の全てを掴んで離さない鎖。
人ではない何かに引きずられ、ドコまでも堕ちてイキそうだ!
…………落ち着け、今は犯行中。
引かれる尾は、もう五万とあるが、ひとまず家に帰ってゆっくりと楽しもう。
やはり、今日はいい日だった。
コレほどのご馳走はそうそうないし、何より、穫れない日もまた多い。
そのまま帰路を目指し、人目を気にして歩いていると、ふと物音に気づいた。
気づいてしまった。
軽く様子を見ようと、音を頼りに近寄った。
私は、そこで、地獄を見た。
-2-
――あたりには喰種の屍並ぶ紅い世界。
人の皮を被る化け物から、仮面を引き剥がすことが僕の仕事だ。
正義の代行者を謳う、CCG準特等捜査官 雲英 宏唯(きら ただひろ)。
僕は正義の名のもとにあらゆる残虐を肯定する。
なぜなら正義の味方は、悪の敵、殺されるための存在なのだから。
喰種を殺して喰種を犯して喰種を嬲る。
それが自身の歩むべき正しい道程。
人を守り喰種を倒す。
弱きを助け悪しきを挫く。
これほどの正義、大義を成すことが楽しくないわけがない!
喰種の泣き叫ぶ顔も、人間の感謝の言葉でも僕にとっては等しく甘露だ。
昔、友に狂っていると言われたことがある。
最近、部下の顔はいつも引きつっている。
仕方のないことだ。
凡俗な人間は完全に正しく生きることなどできない。
僕の持つ、あまりに真っ直ぐな正義は、彼らには少し眩しすぎるのだ。
しかし、理解されなくとも構わない。
例え誰に嫌われようと、僕の体現した正義に救われる人がいるのなら、それで十分だ。
「たすけて」「たすけて」「たすけて」「たすけて」
「たすけて」「たすけて」「たすけて」「たすけて」
「たすけて」「たすけて」「たすけて」「たすけて」
「たすけて」「たすけて」「たすけて」「たすけて」
助けを求める声が聴こえる。
この声は僕にしか聞こえない。
ならば救いを差し伸べよう。
そう思い、何度か得物を揮う。
あたりの声はもう、聞こえなくなった。
――変わりに一人の少女がそこに立ちすくんでいた。
-3-
地獄の中に絶望を見た。
屍の頂点に居る男にではなく、その散らかされた屍の一つに、友の姿を見た。
その時、私は解ってしまった。
私が、友を、文を食べたいと思わなかったのは、彼女が人外だからだ、と。
彼女は喰類だったのだ。
だから殺された、死体の眼は、皆、黒く紅かった。
「あなたがこれを殺ったの?」
そう知って、少し落ち着き、私に湧き上がった感情は、憎悪だった。
「ああ、一般人には目に毒だったね」
少し間を置いて私の頬を伝う涙は悲哀だった。
「私の友達、ふ、み」
文に近づく。
目の前の男が厭らしい笑みを浮かべる
「君は騙されていたんだよ」
そう言って彼は文を踏みつけた、そして、踏みつぶした。
「もう今夜は帰るといい、なんなら車を寄越そう」
視界が赤く染まる。
失ったものは戻らない。
ならば、償わせなければならない。
「――――あなたを、決して許さない。骨の髄まで犯し喰らう」
「――――偶にいるよ、君みたいな哀れな子。たとえ死骸でも庇うならば殺すよ?」
コレ以上、言葉は要らない、面倒くさい、話す価値が皆無。
生まれて、初めて、ホンモノの殺意を識った。
それでも、人の殺し方は変わらない。
私は人を殺すことが得意だ、自分で言うのも何だが天才という奴だ。
誰に言われるでもなく、ドコをどうすれば、死ぬのか、一目で分かる。
今までは、食事の調達以外、なんら役に立たないと思っていた特技が今は愛おしい。
目の前の男がソレが許すかは定かではないが。
あのカバン型武器のリーチがわからない以上、私には後の先しかない。
歴戦越えた殺し屋の反射神経をくぐりぬける術などは、持ってない。
しかし、これまでに無い程、頭の中はクリアだ。
突如、彼の右手の、鈍銀に光るアタッシュケースがブレた。
しかしその軌跡は容易に追える。
直後、彼はすぐそこまで迫ってきた。
チャンスは、一度きりだ、逃せば死ぬ、死が見えた。
彼の攻撃は神速というにふさわしく、また愚直だった。
目の前の死を掻い潜って、軽く私のナイフが疾走る。
直後。
左腕を飛ばされた。
右目を貫いた。
後に、立っていたのは私だけだった。
私に勝てる理由などなかったのに。
良くて相打ちは覚悟していた。
そして、ふと、彼は人間だったのだと思った。
私と違って人間である彼に、私は殺せなかったのだと、思い立った。
私は、殺せた。
私は人間ではなかった。
喰類でもなく、人でもない。
彼を、食べた、生まれて初めて人を不味いと思った。
その日から私は文の仮面を被ることにした。
人として生きるための仮面と、
喰類として生きるための仮面。
二つの世界で生きようとした友の思いを真似て。
そうすれば、人に、喰類に、なれると縋って。
視界にふと、死神が映った。
-了-