「ン…」
二日酔いみたいな気持ち悪さを感じたままネフェルピトーは体を起こした。隣には絨毯に丸まって寝ているウタがおり、少し寒そうにしていたのでジャケットを脱いでかけてやる。
「もうすぐ夜明けだ…」
窓から吹き込んできた風に誘われて視線を動かせば空が明るくなり始めていた。どうやらかなり長い間眠ってしまっていたらしい。
「ふぁっ………え?」
欠伸を零しながら眠気を飛ばすために体を伸したその時、頭から何かがずり落ちる。ネフェルピトーは床に落ちたそれを見て、一気に心臓を震え上がらせた。
「…なんで、コレがここに」
それは青い帽子であった。しかもカイトが持っているものと同じキャスケットだ。新品には見えずどこか長年使ってきた雰囲気がある。ネフェルピトーはその帽子を唖然としたまま見つめると、徐に手に取って中を覗いた。
「……」
もしコレが本当にカイトの物だったなら内側にネフェルピトーがつけた傷がある。昔戦った時にうっかりして引っ掻き、かなり大きく裂けたのだ。それを隣でカイトに文句を言われながらチクチクと縫ったのをネフェルピトーはよく覚えている。
「っ…!?」
ネフェルピトーは大きく息を吸い込むと、眼窩から目玉が零れ落ちてしまいそうな程に目を見開いた。
何故って、そこに見覚えのある“下手くそな縫い跡”があったからだ。
「夢じゃ、なかったの…?」
これにネフェルピトーは動揺を隠せない。バクバクと心臓が音を鳴らし、血液が勢いよく体中を巡るのが分かる。
もし夢の中で話した事が真実で……この帽子がカイト本人から渡されたものなのなら、
「……カイト、生きてたんだ」
ネフェルピトーは涙を堪えて絨毯に倒れ込んだ。それから胸の中で帽子をギュッと抱き締める。今までずっと不安で凍っていた心が、ゆっくりと溶け出していくのが分かった。
「よかったぁ」
それは何とも情けない声であった。この人殺しが普段出せる音といえば「バキッ」や「ゴキンッ」といった人体破壊音である。しかし、そんな怪物がまるで男を知らない生娘のような声を出した。正しく天変地異。
もしかしたら明日世界が終わるのかもしれない。
「ピトー……?」
帽子をむぎゅっ、と抱き締めながら啜り泣くネフェルピトーの物音で眠っていたウタも目を覚ました。そして彼女の涙と、胸に抱いている帽子を見てすぐに理解する。
「……そっか、ちゃんと逢えたんだね」
それはなんの奇跡か、まるで夢のブナの木のような御伽噺である。悪魔の実に世界と世界を繋ぐ力があるのかは分からない。しかし今宵はふたりの女がお互いの為を想い勇気を出した。
きっとそれを見ていた神様が、気まぐれに叶えてくれたに違いない。
「カイトは生きてた……ボクちゃんと、助けられたんだよ」
「うん……良かった。良かったよ、本当に……」
しどろもどろに声を漏らすネフェルピトーを見て、ウタは少し羨ましいなと思った。彼女は夢の中で大切な人と再会し、想い出のある帽子を託された。加えて不安だった彼の生死が分かり、全てが丸く納まったのだ。
ならば、自分は?
「……みんな」
勿論決まっている。シャンクスに逢いたい。ベックマンやホンゴウ、ルゥやライムにスネイク、パンチとガブ……あとヤソップ。過去に自分がしでかしてしまった事のせいで離れ離れになってしまった、大切な家族達。
「大丈夫……ボクね、忘れてたんだけどシャンクスにキミを殺すって言ったんだ。だから、もうすぐ皆を引き連れて逢いに来てくれる……」
するとネフェルピトーが唐突にそんなことを言った。涙を拭い、胸に抱いていた帽子をゆっくりと被ってからウタの事を抱き上げる。一方でウタはというと、殺す?私を?と突然の事に混乱し「へ?」という間抜けな声を出した。
その瞬間___
「ウタから離れろッ!!」
バンッ、という銃声が部屋の中に響き、ネフェルピトーの足元に黒い焦げ跡を作る。その後も連続で放たれる銃弾をネフェルピトーは紙一重で躱しながらバランスを整え、懐から取り出したピストルで応戦する。
「はは!!ベックマンが来た!!」
しかし打ち出した弾丸がひとつずつ丁寧に相殺される様子を見て、ネフェルピトーは狂ったように声を上げた。正しく神業。こんな気持ち悪いやり方をするのはベックマンしかいないだろう。
「なっ、なんなの…!?」
ひょんな事から始まった銃撃戦にウタは思わずネフェルピトーの首元に抱き着いて首を絞める。それに「ぐぇっ」という呻き声を上げながら弾切れのピストルを捨て、ネフェルピトーはウタの部屋を飛び出した。
なんと、世界は今日終わるらしい。
「この野郎!!やっぱり怪物だったか!!」
「っライム!?」
追いかけてくるベックマンから逃げて突き当たりを左に曲がると、そこには昔よりも髪が伸びているライムが待ち構えていた。彼はビリビリと巨大な音を立てて棒に電撃を纏わせ、ネフェルピトーに向けて打ち出す。
当たればタダじゃすまないが、生憎逃げ場はない。
「チッ」
「えっ!?ちょっ__!?」
ネフェルピトーはもどかしそうに舌を打つとウタの身体を覆い、そのまま窓目掛けて突っ込んだ。パリンっ、という音と共にウタを襲ったのは酷い浮遊感。体の内蔵がひっくり返るような重力を受けて、思わず気絶しそうである。
「待ちやがれ!!」
城壁に爪を引っ掛けて移動し、塔を跨いで屋根に飛び移り頂上を目指す。これを片腕でやるのは重労働だ。素早く動いてはいるがそれでも見えない所から狙撃される。円が得意で良かったとネフェルピトーは心の底から思った。
「ンーっ!!皆相当怒ってるニャ…!!」
彼らはボクを容赦なく殺すつもりだ、とネフェルピトーは湧き上がる興奮を堪えながら屋根の瓦を尻尾で剥がし、隠れているヤソップに向かって投擲する。既にピストルは弾切れで使えない。
近くに武器はないし、味方もいないのだ。
「ネフェルピトー!!おれの娘を返せ!!」
「っ娘?7年もウタをこの島に置き去りにしたキミは、父親失格だよ」
遠く離れた位置から一瞬にして肉壁しこちらに斬り掛かろうとするシャンクスを、ネフェルピトーは牙を剥き出して威嚇する。彼女の腕の中に隠れていたウタは長年待ち望んでいた男の声を聞いて……少しだけ振り向いた。
「……シャンクス」
「ウタ、」
数年ぶりに見たシャンクスは、酷く傷ついた様な顔をしていた。全体的にやさぐれていて路地裏が似合う男のようになっている。それでもその瞳だけは、ウタの記憶の中にある彼そのままだ。
「なんでっ…!!」
「なんで今更っ…!!」
逢いたかった、ずっと待ってた、と言って彼に駆け寄り今すぐにでも抱きしめて欲しい気持ちと……どうしてあの時置いていったんだという術無しの怒りが、ウタの心の中でせめぎ合っていた。
「おれは…!!」
「っ処刑場は頂上だと昔から決まってるんだ!!ウタが大切なら、そこまで来てみなよ!!」
動揺を顕にして身動きの一切が取れなくなっていたシャンクスの足元をネフェルピトーは右足を踏み込んで破壊する。そうして瓦礫と共に教会の中へと落ちていく彼に、ウタは思わず手を伸ばした。
「あぁっ!!シャンクス!!」
ネフェルピトーの腕の中から逃れ、闇の中へと沈んでいくシャンクスを追いかける。しかし…それが届くことは無い。
背後からウタの手を引き、ネフェルピトーが止めたからだ。
「太陽が登り切るまでがタイムリミットだ。夜明けと共にウタが死ぬか、それともボクが死ぬか……楽しみだネ」
「っ待て…!!」
シャンクスがウタに向かって伸ばした左腕は、虚しくも宙を切った。
「ピトー…!!なんで、なんで皆とこんなっ…!!」
再びネフェルピトーの腕の中へと戻されてしまったウタは、彼女の胸に縋り付く。久しく感じていなかった死の恐怖。
それは孤独の中にいたウタにとって、酷く耐え難いものであった。
「これが海賊と海賊の戦いだよ…!!この世界で生きていく覚悟が、キミにあるのかニャ…っ!!」
止まらず四方八方から飛んでくる攻撃を躱し、ネフェルピトーは城の頂上を目指す。いつまで経っても怪物を仕留められない現実に、赤髪海賊団の幹部らは焦りを増していく。
「待て!!待ってくれ!!」
四皇としての驕りが出たのか、何があっても大丈夫だと思い込んでいた。
「っ頼む!!ウタを返してくれ!!」
それは既に、7年前には通用しなかったというのに。
■
「はぁ。流石に疲れるニャ」
ネフェルピトーは幹部らの猛攻撃から逃げ切り、無事に城の頂上へと辿り着いた。疲労を安らげる為、屋根に座って呼吸を整える。その隣でウタは顔を突き出して下を見た。そうしてやっぱり見なければよかったと後悔して、ネフェルピトーの近くに腰かける。
「…ねぇ、何でこんなことをしたの?」
そう言って口を開いたウタを横目で見たネフェルピトーは、静かに笑う。自分でもこんな事をするなんて馬鹿げていると思った。ただ普通に連絡を入れて、ウタが赤髪海賊団に戻りたがっているから迎えに来いと言えばいいだけの事。
「ンー。強いて言うなら、キミと一緒に夜明けを見たかったから」
しかし、それでは足りない。煮え湯を飲まされる気分を……彼等にも味わわせてやりたかった。あの時はごめんで済むなんて、それじゃあウタが可哀想だ。彼女が耐えてきた7年分の苦しみを与えてやりたい。望んだ物をいつまで経っても手に入れられない不自由さを、せいぜい数十分楽しめばいい。
「ピトー…」
「ウタもよーく見ておきなよ。彼等がどれだけキミに必死になってくれるのかをさ」
海賊には裏切りが付き物。もしまたウタを置いていくなんて事があったら、名前のない怪物が殺しに来るということを教えこんでやる。
夜明けは、すぐそこだ。
「っ待ってくれ、ネフェルピトー!!」
「…やぁゴードン。無理させちゃったみたいだね」
それからたったの数十秒、という所で何者かが登ってきた。ネフェルピトーは円にて気配を察知していたが、まさか彼が一番最初に辿り着くとは思っておらず笑いを堪えるのに必死である。
「ゴードン、さん?どうやってここに…」
ウタが視線を向けた先には脂汗を額に滲ませているゴードンが立っていた。酷く呼吸を乱し肩を上下させて此方に近づいてくる様子は少々不気味である。
「ウタ、すまなかった…!!このエレジアは、私の慢心によって滅んだも同然…!!その罪を君に押し付ける事となった挙句、真実から遠ざけてしまった私の行いは、全て間違っていた…!!」
足場の不安定な屋根の上で、ゴードンはどうにか頭を下げた。そんな彼の様子を目にしたウタは慌てて立ち上がり傍に近寄った。
「私は君から何もかもを奪い取ってしまった…。正しくトットムジカの名の通り、この国は死の音楽によって溢れていたのかもしれない……」
消え入りそうな声でそう言ったゴードンに対しウタは悲しそうに顔を歪める。その言葉をゴードンにだけは言わせたくはなかった。
「そんな事ないっ!!」
「ゴードンさんは私に沢山のことを教えてくれたじゃない!!音楽の素晴らしさや尊さは、世界中の人の心を救えるんだって……!!」
故にウタは彼の背中に手を添えて声を荒らげる。この7年間という時を共に過ごしてくれた恩人に頭を下げさせた自分が、不甲斐ない。誰よりも音楽を愛した男に、この国が死の音楽に溢れていたなんてことを言わせてはダメだ。
「…私、やっぱりまだよく分かってない。自分がどれだけのことをしてしまったのか、理解するには時間がかかると思う」
「ウタ…」
「でもね、もう泣くのは辞めることにした。泣いたって死んでしまった人たちは生き返らないし、救われないと思うから」
「……だから私に必要なのは、後は自信だけなの!!」
ウタはゴードンにそう告げるといきなり屋根の端に向かって走り出した。見ているのは遠い海。ただ一直線にそこを目指し、ウタは屋根から飛び降りる。
「っウタ!?なんて事を…!!」
勿論そんな奇行を至近距離で見せられたゴードンも後を追うようにして屋根から身を乗り出すが、今までずっと無言だったネフェルピトーが手を引いて止めた。
「大丈夫だよゴードン」
「だがっ…!?」
思わずネフェルピトーの手を振りほどこうとしたゴードンだったが、彼女が指さす方向に視線を向けて納得した。
「もうウタは大丈夫」
そこには必死な顔をして頂上から落ちてくるウタを受け止めようとする男たちで溢れていた。あの四皇の船員達が武器を放り投げて両手を空に突き出す様は圧巻である。
「彼等はまさか、しかし何故ここに…?」
「ボクが呼んだのさ、キミの娘を殺すって脅してね。マァ、来なけりゃ本当に殺すつもりだったけど」
ネフェルピトーは酷く冷淡に告げた。そんな彼女の態度にゴードンは顔を顰める。それは正しく海賊らしい姿であり、ネフェルピトーには良く似合っていたからだ。ゴードンは彼女もウタのように普通の女の子のように生きて欲しい気持ちがあった。
だというのに、本当に『海賊』という言葉が彼女には似合っている。
「……なら、早く逃げた方がいいだろう。ウタは無事に助かったが気絶しているようだからね、私の言葉も信じて貰えるかどうか…」
「ンー。もっと皆と殺し合いをしたかったけど、ボクがウタを突き落としたって勘違いしてるみたいだし。これ以上はエース達に迷惑がかかるからね」
ゴードンは屋根から顔を突き出し、無事にウタが彼等の腕の中に収まったのを確認した。シャンクスの腕の中にいるウタの安否を確認しようと大勢が彼の周りに集まり、和気あいあいとしている。しかし、一方でネフェルピトーに対する殺意は消えていない。
「さっさとずらかるニャ」
ネフェルピトーは姿勢を低く落とし、太腿に力を込めて筋肉を盛り上がらせる。片手でカイトの帽子を抑えてゴードンの方を振り返った。
「キミは大丈夫なの?ゴードン」
「……あぁ、これからこのエレジアを再建するつもりだ。勿論彼等の力を貸してもらうよ」
「そっか。…なら今度は王様じゃなくてさ、音楽の先生にでもなったら?キミにピッタリだと思うニャ」
「ははは!!そうだね、それもいいかもしれない…」
この後のゴードンの行先を不安に思ったネフェルピトーだったが、彼の表情を見る限り平気そうだ。なんだかんだ言っても、ゴードンはやっぱり王様だったのだ。
「じゃあね。ゴードンが作る料理は美味しかったよ」
トン、と軽い音を立ててネフェルピトーは城の頂上から消え去った。そのまま暫く立ち尽くしていると海から運ばれてきた暖かい潮風が顔にあたり、ゴードンは口角を上げる。彼はジャケットのポケットから1枚の紙を取り出して、ちょうど世界にその姿を見せ始めた太陽に透かしてみせた。
「…ありがとう。名前のない怪物」
そう言うとゴードンはぐしゃり、とネフェルピトーの手配書を握り潰す。彼は全てを知っていた。ネフェルピトーがどれほど危険な海賊だったのかを。彼女の悪行は耳に入っていたし、ウタに近付けるのは得策ではなかった。
しかし、それでも彼は信じてみたくなったのだ。
「……はは、私も歳をとったな。夜明けを見て涙を流すなんて…」
後もう一度だけ、海賊という存在の事を。
■
「やぁルゥさん。なんか凄いケーキ作ってるね」
あれからネフェルピトーはぴょんぴょんと小さな音を立てて岸壁を飛び渡り、レッド・フォース号の甲板に降り立った。そこには二階建ての家くらいある巨大ケーキに生クリームを塗っているルゥが居る。
「おっ……おぉ、ネフェルピトーか。あれ?そういえばお頭達がお前がウタを殺そうとしてるとか何とか言ってエレジアに降りてったけど…あれ嘘だよな?」
彼はいきなり背後に現れたネフェルピトーにビクッと柔らかな頬の肉を揺らし、ドキドキと煩く鳴り響く心臓を抑えた。やっぱりただの猫だと思ってみても女の子は苦手だ……と溜息を吐くルゥ。彼の周りには見習いのコック達がおり、突然現れた名前のない怪物に驚いてひっくり返っている。
「ウン。前もって連絡しておいた通り、ただのサプライズ演出のひとつだ」
「はぁ……お頭達にも内緒にしたいって言ったのはおれだけどよ、もうちっと他にやり方があったんじゃねぇのか…?」
甲板の上に大量に落ちている見習いコックの屍をつつきながらカリカリと尻尾の毛繕いを始めたネフェルピトーに対し、ルゥはドン引いていた。そりゃあ全員に内緒でウタを出迎えるケーキを作りたいと相談したのはおれだ、しかしやり方があまりにも物騒すぎる。
「下手な事するとバレるからこうしたんだよ」
ネフェルピトーはカイトの帽子を外し、少し蒸れてしまった耳を掻く。その様子をジト目で見ていたルゥは諦めた様子で強ばらせていた肩を落とし、部下にネフェルピトーの荷物を持ってくるように指示を出した。
「にしても本当に小舟で行く気か?スペード海賊団と約束してるシャボンディ諸島の海域まで送ってってやるのによぉ」
腰の引けた部下から自分の荷物を受け取ったネフェルピトーは、ふわふわのリュックの中身を確認すると中からエースのビブルカードを取り出した。今からこれを頼りにエース達と合流しなければならない。
「7年ぶりの家族団欒にボクが居たら台無しだろ?だからおじゃま虫はさっさと退場するに限るんだニャ〜」
ぐぐぐ、と背伸びをしてレッド・フォース号から降ろされていく小舟の中に飛び乗った。ルゥの部下達がせっせと働き、無事に着水する。
「ありがとうな、ウタともう一度やり直すチャンスをくれて。きっとお頭達もみんなそう言うぜ?」
「ハハ、そう言われる前にボク殺されちゃうかも」
小舟に繋がれている縄を解くネフェルピトーにルゥは食糧の入った小袋を投げ渡す。このエレジアあらシャボンディ諸島に小舟で行くというのは普通に考えれば自殺行為だ。しかしマァ、結局この猫はなんとかするのだろう。
「ルゥさん。後でウタに伝えておいて欲しいんだ。カイトともう一度逢えるチャンスをくれてありがとう・・・ってね」
最後にそう言うとネフェルピトーは波に乗って去っていく。
「…自分で伝えりゃいいのに、難儀な奴だな」
そんな彼女の姿を見送りながらルゥは独り言ちる。本当に不思議なやつだ。四皇に恩を売れる大チャンスだというのに、自ら破綻させて消えていくなんて。
「っなんでピトーを引き止めておいてくれなかったの!?」
「すみません…」
その後ルゥは無事に巨大ケーキを完成させ、お頭達と共に帰ってきたウタを出迎えた。しかしウタはそんなケーキに目もくれず一生懸命に船内を走り回りネフェルピトーの姿を探したのだ。
きっと先に船に戻っているのだという甘い希望を抱いて隅々まで探したが、彼女の痕跡は何ひとつとしてなかった。故にウタは最後にネフェルピトーと一緒に居たルゥに詰め寄りクレームを入れる。
「確かにやり方は良くなかったけど、立役者のネフェルピトーを皆で寄って集って殺そうとするなんて人としてどうなの?」
「いや、あの……おれ達海賊…」
「言い訳は聞きたくない!!」
「ハイ、スミマセン」
結局とばっちりをくらい幹部連中は軒並み甲板に正座させられウタから説教を受けた。シャンクスなんか船長の癖に1番前で怒られている。そんな彼らの様子を赤髪海賊団の下っ端たちは震えながら見ていた。
「ピトーと一緒に、夜明けを見たかったのに……」
それからウタは一時間程怒り続けた後、ようやくエネルギーが切れたのかふらふらと心許ない足取りで船縁にもたれかかった。既に真上へと移動してしまった太陽を睨み、痛んだ目を抑える。
「なら今見りゃいいんだ、海はひとつに繋がってるんだからよ」
そんな彼女の淋しそうな背中に手を添えたのは誰よりも早く立ち直ったシャンクスである。先程怒られたことはきちんと胸の中にしまい込みながらも、緊張で荒ぶる心臓を抑えて隣に立った。
「同じ空の下におれ達は生きてるんだぜ」
そう続くシャンクスの言葉を聞いて、ウタはゆっくりと瞳を閉じた。確かにそうだ。この海にいる限り、ネフェルピトーも同じ潮風を感じている。
「……でも、やっぱり何も言わずに消えちゃうなんて酷いよ」
けれどウタは頭の中でネフェルピトーと過した大切な記憶を思い浮かべ、不機嫌そうな声を出した。別れるには深く関わりすぎたのだ。この先もずっと一緒に居るもんだと思っていた。だからこそ、唐突な別れはウタの心を傷付ける。
まるで7年前みたいで嫌だった。
「あ、あの……ネフェルピトーが行っちまう前によ、ウタに伝えてくれって話してたんだけど」
ウタが何気なく呟いた言葉で死んでしまったシャンクスと幹部達の中で、ルゥだけが息をしていた。そして恐る恐るといった様子で右手を上げ、口を開く許可をウタに求める。
「なんて?なんて言ったの…?」
彼女は必死になってルゥに縋りついた。恨み言だったらどうしよう。シャンクス達のせいで怖い思いをさせちゃったこと、怒ってるかな……?というウタの不安を尻目に、ルゥはただ平然と言葉を述べた。
「えーっと、『カイトともう一度逢えるチャンスをくれてありがとう』って言ってたが……カイトって誰だ?」
「っもう…!!何それ、直接言えばいいのに…!!」
「痛っ、痛いです…」
ルゥを通じて伝えられたネフェルピトーの最後の言葉に、ウタは嬉しそうにして彼の腹を殴っていた。照れ隠しか一生懸命にルゥの腹を執拗に責め、顔を真っ赤に染め上げる。
「…みんな、私を迎えに来てくれてありがとう」
それから深呼吸を数度繰り返したウタは心の切り替えがすんだらしく、改めてシャンクス達に向き直り頭を下げた。愛しい娘から伝えられた感謝の言葉に彼等は息を吹き返し、シャンクスが「よーし!!気を取り直して宴だ!!」と何処から取り出したのか酒の入ったジョッキを高く持ち上げる。
「これからゴードンさんと一緒にエレジアの再建をするって話、シャンクス達も手伝くれる…?」
唐突に始まった数年ぶりの宴に緊張気味のウタは、甲板のど真ん中で浴びるように酒を飲んでいるシャンクスに近付いてそう言った。ルゥから渡されたケーキをつついて緊張を解しながら、おずおずといった様子で小さな声を出す。
「当たり前だろ」
「有り金全部つぎ込んでやるさ」
しかしそんなウタとは裏腹にシャンクス達はしっかりとした声色で返した。何もかもを奪ってしまった自分達に、再び何かを求めてくれるのなら全力で応えよう。
「ネフェルピトーもさ、今度会ったらうちの船員にしたいなぁ」
そんな彼等の様子を嬉しく思ったウタは、更にオネダリをする。もしまたネフェルピトーと逢えたら、絶対に仲間になってもらうのだ。彼女がどんな海賊団に所属しているのかは結局最後まで教えてくれなかったけど、きっとうちの方が待遇はいいし、私も居るんだから…!!とウタは心を踊らせる。
「え、あ……う、うん」
「あー、まぁ……会えたら、な?」
「…ふん。いいもん、ピトーは私が捕まえるから」
だか高いテンションのウタとは違い、先程ネフェルピトーにおちょくられた彼等は皆顔を歪めて歯切れの悪い返答をした。四皇としてのプライドか、あんな小娘に良いように踊らさた事が恥ずかしかったのである。
「捕まえるって言ってもよ、彼奴には手焼くぜ?」
空になったジョッキを樽の上に起きながら、シャンクスは不貞腐れた声を出した。しかしそんな彼の言葉に対し、ウタはニヒルに笑う。
「欲しいものは自分で手に入れなくちゃ」
皿の上にあるケーキを一気に口の中に放り込んだウタは喉を詰まらせないようにゴクリと飲み込むと、船縁に飛び乗って腕を大きく広げる。
「私は赤髪海賊団音楽家の、海賊だからね!!」
海に落ちてしまっては危ないからと立ち上がっていた幹部らは、ウタの言葉を聞くとみんな一斉に腕で顔を隠して空を見上げ始め「くっ…」という情けない声を漏らして涙を隠すのであった。
「待っててね、ピトー…」
彼女とまた逢えたら、私は何を話そうか。