――ギルドを通していない違法な大軍勢を引き連れ、王はついにリオレウスの縄張りへと足を踏み入れた。
植物に囲まれた広大な巣。しかし、そこにいるはずの何頭もの側室の姿はなかった。ただ、巣の入り口にぽつんと、巨影が1頭だけ佇んでいる。
「ふん、側室どもは恐れをなして逃げ出したか。所詮は獣の群れよ」
王は重厚な鎧の奥で勝ち誇ったように嗤った。だが、異変にはすぐに気づいた。
リオレウスの双眸――それは通常の蒼い眼ではない。まるで太陽のように、赫々と黄金に輝く眼。そこから溢れ出しているのは、狂暴性などという生ぬるいものではなく、純然たる、底なしの「殺意」だった。
リオレウスの黄金の眼が、王の軍勢を冷酷に値踏みする。
王が金に糸目をつけず、ハンターどもに買い与えた大量の防具。それらはすべて、このリオレウスの番の素材から作られた鎧だった。愛する者たちの同族の骸を剥ぎ取った仇敵が、何十人も目の前に並んでいるのだ。
そして――リオレウスの視線が、軍勢の奥に立つ「王」へと注がれる。王が身に赤黒い鎧。それこそは数年前、この地に君臨し、このリオレウスの父親であったかつての『空の王者』の素材から作られた、呪われた装備だった。
親の仇。そして、妻たちの同族の仇。すべてを奪った元凶が、いま、目の前に揃っている。
「――グ、ル、ル、ル、ア、ア、ア、アッッッ!!!」
大気を裂くような咆哮とともに、リオレウスが怒りに任せて突撃してくる。爆風のような速度で迫る巨躯。
「慌てるな! 予定通りにいけ!」
前線のハンターが叫び、すかさず閃光玉を投げつけた。刹那、巣全体が猛烈な白光に包まれる。
――見事に的中した。
「かかったぞ!」
「落ちてくるぞ!」
「ふん、所詮は獣よ。バカの一つ覚えのように突撃するしか脳がないのだろう」
目が眩み、自慢の視界を奪われた「空の王者」は、そのまま無様に地面へと墜落する――はずだった。
「……!陛下っ!」
しかし、リオレウスは速度を落とさない。それどころか、さらに加速した。黄金の眼は光に焼かれようとも、その奥にある「殺意のコンパス」は、親の仇が放つ特有の気配を、血の臭いを、寸分の狂いもなく捉えていた。
目など見えずとも構わない。この一撃で、すべてを踏み潰すと。
「なっ――」
閃光の中を直進してきた紅蓮の暴風が、前線のハンターたちを容赦なく撥ね飛ばした。激突の凄まじい衝撃音。肉と骨が同時に粉砕される鈍い音が響き渡り、一瞬にして5名のハンターが物言わぬ肉塊へと変わった。
降り注ぐ鮮血が、王の赤黒い鎧を染めていく。特注の閃光玉が効かない。その絶対的な現実を前に、王の顔から一時に血の気が引いていった。
――絶望とは、抱いていた希望を無残に毟り取られた瞬間に、最も深くその表情へ刻まれる。
「撃て! 撃てぇっ! 近づけるな!!」
後方に控えていたライトボウガンのハンターたちが、半狂乱になって引き金を引いた。放たれた無数の弾丸が、凄まじい風切り音を立ててリオレウスの巨躯へと殺到する。
だが、リオレウスはそれを避けようともしなかった。甲殻に弾丸が激突し、火花が散る。それだけの衝撃を受けながらも、その歩みは止まらない。
空の王者はただ、弾丸が飛んできた方向を――恐怖に顔を引きつらせ、震える指で次弾を装填するボウガン兵たちを、冷酷に見据えていた。
(ああ……恐怖しているな。絶望しているな?)
リオレウスの黄金の眼が、そう嘲笑っているかのようだった。
(けど……足りねぇな?)
そう言わんばかりに、巨躯がドスンと一歩近づく。それだけで地響きが起き、ハンターたちの恐怖は極限まで跳ね上がる。
さらに、もう一歩近づく。捕食者が獲物をじわじわと精神的に追い詰めるような、絶対的な強者の歩み。
「ひ、うあああッ!」
錯乱した一人のハンターが放った弾丸がリオレウスの眼球へと飛び込もうとした、その刹那。リオレウスは咄嗟に瞼を閉じ、肉の盾でその弾丸を受け止めてみせた。その眼は…傷一つついていない。
(少し……苛ついたから消すか)
そしてリオレウスは退屈そうに顎を開いた、次の瞬間。戦場全体を昼間のように照らし出したのは、通常の火球などではない。周囲の酸素を一瞬で吸い尽くすような、劫火の濁流だった。
「ぎゃっ―――!!!」
断末魔の悲鳴すら一瞬。ハンターたちは、肉片一つ、灰一つ残さず、その超高熱の炎に包まれて完全に消滅した。
だが、それだけでは終わらなかった。我らがリオレウスを仕留めるために大量に持ち込んでいた、予備の火薬や大樽爆弾。それらに劫火が引火し、連鎖的に大爆発を巻き起こした。凄まじい爆風が巣を揺るがす。リオレウスを殺すために用意したはずの爆弾が、皮肉にも己の陣営を跡形もなく吹き飛ばし、自らを滅ぼす凶器と化してしまったのだ。
当然、補給班だったハンターとそのオトモアイルー達は全滅した。
「あ……、あ……」
爆風に煽られ、床に無様に転がった王は、煤まみれになりながら周囲を見回した。つい先ほどまで、金に糸目をつけずに集めた数十人の軍勢がいたはずだった。
だが、いま生き残っているのは、腰を抜かした数人の男たちと、自分の傍らに立つセバスチャン。残りは、余を含めて、わずか5人しかいない。爆炎の向こうから、傷一つ負っていない化物が、ゆっくりとこちらへ歩みを進めてくるのが見えた。
生き残った者たちの震えを嘲笑うように、リオレウスはゆっくりと首を傾げた。その黄金の双眸が、激しい憎悪を通り越し、酷く冷ややかな光を湛えて余を見据えてくる。
(安心しろ。俺に甚振る趣味は本来はない。その証拠に、痛みを与えず一撃であの世に送ってやってるだろ?)
その眼は、確かにそう語っていた。人間の王が抱く、歪んだ独占欲や身勝手な嫉妬など、この空の王者にとっては知ったことではないのだ。
(お前が親父の鱗を身に纏っていても関係ない。俺が嫁と子ども達を平等に愛しているように……お前も他の奴らと『平等』に消してやるさ。……肉体だけな)
魂までをも焼き尽くさんとする絶対的な拒絶。
次の瞬間、地獄の幕が上がり――『公開処刑』とも呼ぶべき一方的な蹂躙が始まった。
「ひぃ、あ、悪魔だ――」
腰を抜かして這いずり回るハンターの一人が、リオレウスの巨大な爪によって容赦なく踏み潰された。岩盤ごと肉体が陥没し、悲鳴を上げることすら許されない。
「おおおおおッ!」
覚悟を決めたもう一人の剣士が、死に物狂いで頭上から斬り掛かる。だが、リオレウスはそれを避けることすらしない。跳躍した男の身体を、空中でありのまま受け止め、その強靭な顎で腹から無惨に噛み千切った。凄まじい血飛沫が、残された者の顔を濡らし、王の目の前に上半身が転がった。
「嫌だ、死にたく――」
逃げようとした者は、振り向きざまに放たれた超高熱のブレスによって、肉片も、身につけた鎧もろとも、瞬時に跡形もなく燃やし尽くされた。
「…っ…陛下ぁ!お逃げ下さ――」
そして最後の一人。かつては闘技場にて、その頂へ上り詰めた強者である執事のセバスチャンすらも、リオレウスの圧倒的な質量を乗せた尻尾の一撃により、足を残して遥か彼方の岩壁へと突き飛ばされた。そして骨の砕ける嫌な音が響き渡った。
静寂が、戦場を支配した。
爆炎の煙と、立ち込める血生臭い匂い。気づけば、残るは……余だけだった。すべての軍勢を失い、誇り高き赤黒い鎧は返り血と煤で黒く汚れ、王としての威厳はどこにも残っていない。目の前には、ただ静かに息を吐き出し、次の標的を余一人に定めた『空の王者』が立っている。
「う、おおおおおおッ!」
残されたのは余一人。恐怖が限界を超え、狂気へと反転した。余は大剣を闇雲に振り回し、最後の足掻きとしてリオレウスへ突撃した。
しかし、その刃が届くことはなかった。リオレウスは羽虫をあしらうかのように、三本の指で余の身体を足で簡単に掴み取ってしまった。
ミシリ、と特注の鎧が軋む。リオレウスの黄金の眼が、上から下へとゆっくり動いた。余の兜、上半身、下半身の防具、そして武器へ。それはかつて己の父親の肉体だったもの。
だが、その眼に宿るのは感傷ではない。ただの冷徹な事実の確認だった。
そして…こんなときでも、泥を塗られた王としてのプライドというものが叫びをあげる。
「離せ! 離せぇっ! 余は王だぞ! 貴様ら獣風情が気安く触れて良い存在などではないのだ……!」
暴れる余を掴んだまま、リオレウスの喉の奥から、地鳴りのような低い音が漏れた。
(王だと? 貴様が? ……じゃあ……見てみるか? 空の王者が見ている景色を)
一瞬、確かにそう聞こえた気がした。
次の瞬間、世界が反転した。リオレウスが巨大な翼を一度羽ばたかせると、凄まじい大気の壁を突き破り、遥か上空まで一気に上昇した。
急激な気圧の変化と、身体にかかる絶望的な負荷によって視界が真っ白に染まり、余の意識はあっけなく闇へと沈み――気絶した。だが、奴は眠ることさえ許さない。
「がはっ……、ぁ……!」
肉体を直接、強烈に締め付けられる感覚。内臓が限界まで圧迫された凄まじい激痛によって、余は強制的に目を覚まさせられた。
雲を突き抜けた、遥かなる高空。眼下には、余が統治していたはずの国が、まるで砂粒のように小さく広がっている。
あまりの高度に息ができない。窒息しそうな余の耳元で、風の咆哮に混じって、王者の声が響いた。
(……起きやがったか。そうさ。これが俺たちがよく見ている景色だ)
黄金の眼が、至近距離で余を見つめていた。そこには何の慈悲もない。
(……ここから落とす。ゆっくり加速する死の恐怖を味わって……逝くがいい)
リオレウスの爪から、ふっと力が抜けた。身体を支えていた唯一の命綱が消え、余の肉体は虚空へと投げ出された。
「ひ……、あああああああああああああああッッッ!?」
叫びは風に掻き消される。重力に引かれ、真っ逆さまに、世界で最も美しい景色の中を墜ちていく。
王としての権力も、金も、化け物の父親の鎧も、何の意味も持たない。ただのひとつの肉塊として。死が……世界で最も冷酷な速度で、加速して近づいていく――耳を裂く暴風の中、余の肉体は更に加速して落ちていく。
…だが、余が落下すると同時に、リオレウスもまた、余に平行して凄まじい速度で急降下を始めていた。巨大な翼を畳み、弾丸の如く落ちていく。その黄金の瞳は、どこまでも冷徹に、落下する余を捉え続けている。
(ああ……もう、終わりだ……)
余は死を覚悟し、恐怖から逃れるように強く目を瞑った。
――グッ!!!激しい衝撃が全身に走る。しかし、それは硬い大地に叩きつけられた衝撃ではなかった。
……恐る恐る、余は目を開けた。余の身体は、再びあの強靭な足の爪に、ガッチリと掴み取られていた。 地面は、目と鼻の先。激突の寸前で、竜は余を救い上げたのだ。
(……安心したか? 命拾いしたと思ったか?)
「はぁ…!はぁ…!助かっ――」
喉の奥から、乾いた安堵の息が漏れた。一国の王としてのプライドも忘れ、生への剥き出しの歓喜が余の脳内を満たす。あの蹂躙から、この絶望の墜落から、自分は生き残ったのだと、そう思った――次の瞬間だった。
眼前にあるリオレウスの、あの太陽のような黄金の目が、ギラリと不気味に輝いた。
そしてリオレウスは余を掴んだまま、爆音を立てて再び遥か上空へと、凄まじい速度で舞い上がった。 再び近づく、命を拒絶する極限の空。そして今度は――上昇の勢いをそのままに、空へと余の身体を力任せに放り投げた。
「ひっ、あ、ああああああッ!?」
余の身体は、天空のただ中に放り出された。上昇の慣性が消え、重力と拮抗した一瞬…
余の身体は空中で一度、完全に静止した。
青い空の上で、ただ一人の人間が文字通り宙吊りになる。
そして――再び、死へと向かう落下を始めた。
余の心は、今度こそ完全にへし折れた。
リオレウスは余を助けたのではない。
絶望の底で「助かった」と膨らんだ希望を、その膨らんだ瞬間に丸ごと最悪の絶望へと変えに来た。ただそれだけだった。
なぶり殺しにする趣味はない。だが、己の家族を侮辱し、親の遺骸を汚したこの男にだけは、人間が、生物が味わいうる「最大最悪の精神の崩壊」を与えてから殺す。
それが、空の王者が下した冷酷な判決だった。
「いやだ、嫌だ、いやだあああああッ!!」
再び加速していく死の恐怖。今度は、もう希望などどこにもない。ただ涙と鼻水で顔をくしゃくしゃに歪め、ただ狂ったように叫びながら、二度目の、そして本当の終わりに向かって、真っ逆さまに落ちていった――
◆
遥か彼方で、爆音と重い地響きがバルコニーまで微かに届いた。
「……終わりましたか」
それを感知していたのは…レウスによって遥か彼方の岩壁へと突き飛ばされたはずの執事、セバスチャンだった。
セバスチャンは静かに目を離した。彼がさっきまで視線を向けていた場所、ハーレムレウスと呼ばれる火竜の縄張りだ。
王がどうなったかなど、確認するまでもない。
あのリオレウスは、己の番や父親を侮辱した人間どもを決して許しはしない。怒りのままに翼を広げ、これからこの都へと進軍し全てを滅ぼしに来るだろう。
「まあ、それは全て予想通りです。何も問題はないでしょう」
セバスチャンの口元が、冷酷な歪みを描く。ギルドがあのリオレウスの群れを『狩猟禁止個体群』に任命していたのは他でもない。
強すぎる。そして危険すぎる。
ただそれだけだ。触れてはならない神の如き暴威。あのリオレウスを討伐しようなどと考えた時点で、あの愚鈍な王の末路は、最初から決まっていたのだ。もっとも…王を狂気へと誘導し、裏のハンターを焚きつけ、自滅へと追いやったのは他でもない…
「王を消す計画は少々前倒しになってしまいましたが……まあいいでしょう」
セバスチャンだった。
すべては盤上を進む駒に過ぎない。セバスチャンは静かに身を翻し、豪奢な私室の扉を開けた。そこには、不安と恐怖に身を震わせながら、荷物を抱えて待つ一人の美しい女性の姿があった。
王の正妃である。
「セバスチャン…… 陛下はどうなりましたの?あのリオレウスは…この都を滅ぼしに来るの…?」
「ご安心を、我が光よ。すべては計画通りに」
セバスチャンは不敵に笑いながら、優しく、しかし力強く正妃の手を取った。王都にはすでに、緊急避難を促す鐘の音が不気味に響き渡っている。
これから訪れる「魔王」の劫火から逃れるため、セバスチャンは彼女を、密かに用意させていた避難用のプライベートな飛行艇へと案内する。
喧騒に包まれる城内、誰も自分たちを気にしていない。セバスチャンは周囲を見回し、誰にも見られていないことを確認すると――愛おしげに正妃の腰を引き寄せ、その唇に深くキスをした。正妃もまた、拒むことなく彼の首に細い腕を絡ませる。
そう、正妃とセバスチャンは……深く狂おしい、不倫関係にあった。
後に「狂王」と呼ばれる王は、畜生への醜い嫉妬の末に、天空から墜落して肉塊となった。国が滅び、民が焼け出されようとも、彼らには関係のないこと。
王の財産と美しき正妃、そのどちらもが、いまやセバスチャンの掌の上にあった。空の向こうから、都を破滅へと導く、黄金の目を持つ竜の咆哮が響く。
それを最後に、二人の影は闇へと溶けるように、飛行艇の中へと消えていった――
さてと…その内やりますよ。タイトルの通りに「愚か者には死を」与えますとも。ええ…はい。どういう最期にしてやろうかね…。
ではもう一つアンケートを。この中なら次は誰がいいですかね?
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