ベリオロスかルナガロンでもいい。撫でさせてくれ。
あのレウスファミリーとの奇妙な共同生活が始まって、もう数ヶ月が経った。人間の姿が完全に消え失せ、今や飛竜たちの巨大な巣へと変貌したこの街で、俺はつくづく思う。
――俺は……ハンターだったはずの男だ、と。
今や俺の主な仕事は狩猟ではない。小説のタネ探しとあいつの子供たちの相手だ。
妙に俺に懐いてしまったチビどもは、見かけるたびに「遊べー!」とばかりに猛スピードで突撃してきたり、上からどさりと身をよじってのしかかってきたりする。
いくら子供とはいえ、そこはモンスターだ。余裕で100キロを超えているから油断すると普通に潰されそうになる。だが、そんな生活にもすっかり慣れた今の俺は、正直に言うと、この過酷な育児を結構楽しんでいる節すらあった。
そんな俺は今、無人のギルドカウンターに座って、ある地味な作業に没頭していた。
「よし、これはナルガクルガの子の毛だな……で、こっちがベリオロスの子の鱗と毛、そんでもって……あれはタマミツネの子どもの鱗、と」
ピンセットを使い、机の上に散らばった大量の鱗や体毛を種類ごとに分別していく。
普通のハンターが見たら「なんで一つの巣からこんな別種族のモンスターの子供の素材が同時に採れるんだ!?」と発狂するような光景だが、これが絶倫王の家庭の現実だ。
こうして丁寧に分けた生体サンプルは、定期的に街の外まで補給物資を届けに来てくれるモンスター学者にそっと手渡す。
すると、生態学の歴史をひっくり返すような超一級の貴重データに目を輝かせた学者から、毎回目玉が飛び出るような額の謝礼金が支払われるのだ。
ギルドマスターから入る小説の印税。そして、学者からの生体サンプルの謝礼金。おかげで俺の財布は、今や金貨でパンパンに膨れ上がっている。
「……まぁ、店が全部なくなって無人だから、使い道なんてねぇんだけどな」
いくら大金を持っていても、この街には売り子が一人もいない。そんな俺が、この膨大な資産を使える場所はただ一つ。定期的にやってくる、あの補給物資の注文書だけだ。
「よし、次の注文は……最高級の干し肉と魚を山ほどと、赤葡萄酒と達人ビール、鬼芋酒を樽で十個、灼炎のスピリタスを一樽。あとは、あのチビどもが喜びそうなドライフルーツも大量に頼むか」
こうして、稼いだ大金に物を言わせて、一人じゃ絶対に食い切れない量の物資をこれでもかと買い漁るのが、最近の俺の日課だ。
買い込んだ美味い酒と飯を自分で消費しつつ、残りは子供たちや、いつも子守の苦労をねぎらってくれるレウスの嫁たちに配ってやる。そうすると、またチビどもが懐いて俺に乗っかってくるという、永久機関が完成していた。
「……はは、流石に買いすぎたな」
大量の補給物資が積まれた倉庫を見上げ、俺は自嘲気味に呟いた。これほど大量の酒や飯を買い漁ったところで、今の俺には、これらを一緒に囲んでバカ騒ぎしてくれる飲み食いの相手なんて一人もいないのだ。
かつて共に死地を巡り、背中を預け合った戦友たちは、遠い昔に冷たい土の中。
俺を「先輩!このモンスターはどうやって戦えば良いんですか?!」と慕ってくれたあの若い後輩たちは、今頃海の向こうの新しい街で元気にやっている。
……金はあるのに、心の中には冷たい風が吹き抜けていく。俺は一人、寂しさを紛らわせるように大きな酒樽を抱え、かつてハンターたちで賑わっていたお気に入りの巨大な酒場へと足を向けた。
だが、木造りの扉を押し開けて中に入った瞬間、俺の足が止まった。
「……おいおい、マジかよ」
見上げた空には、美しい星空が広がっていた。いや、ロマンチックな話じゃない。酒場の屋根が綺麗にぶち抜かれて無くなっているのだ。
それもそのはずだ。あのレウスが巨体を丸めるようにして、我が物物顔で酒場の真ん中のステージ上に居座っていた。ここ数ヶ月、人間の建造物をあちこちおもちゃにしているとは思ったが、まさかここを寝床に選ぶとはな。
「まぁ、いいか……。邪魔するぞ」
俺はあきらめて、潰れていないカウンターの席にどっかりと腰を下ろした。持ち込んだ最高級の干し肉を嚙みちぎり、大きな木樽からビールを喉に流し込む。
ガランとした空間、パチパチと燃える遠くの火。一人寂しく、過去の思い出に浸りながら飲む酒は、やっぱりどこか苦い。
――ズシン。不意に、巨大な影が俺の視界を遮った。床を揺らして顔を寄せてきたのは、あのレウスだ。その瞳が、じっと俺の手元を見つめている。
「ん? なんだよ、お前も美味いもんが食いた――」
俺が言いかけるより早く、レウスはおもむろに大顎を開けると、樽の中の酒をダイレクトにゴクゴクとすべて飲み干しやがった。
「ぶっ!? おい! 高級品だぞそれ!」
一瞬で空になった樽を見て俺が怒鳴ると、レウスはプハァと満足げに鼻から息を吹き出し、俺の隣でどっこいしょと腰を落ち着けた。その姿は、まるで一日の激務を終えて一杯引っ掛けに来た、人間のオッサンそのものだった。
あまりの人間臭さに呆気にとられながらも、俺の胸の奥の寂しさが、ほんの少しだけ和らいでいく。
「……なんだ? もしかして、俺の晩酌に付き合ってくれるのか?」
俺が苦笑しながら問いかけると、レウスは面倒くさそうに、だが確かに、深くその大きな頭を縦に頷いた。
「そうかよ。じゃあ、今度はあっちの倉庫から一番高い樽を持ってくるぞ。……おいレウス、今夜はとことん付き合えよ?」
戦友も後輩もいない無人の街。だけど俺の前には、言葉は通じずとも、酒の味がわかる世界一贅沢な『飲み友達』が出来た。俺は空になった酒樽を叩き、夜空の下でレウスと静かにグラスと樽を交わした。
◆
ハンターがよくこの建物に入ることは、数ヶ月の共同生活で知っている。だからあいつを驚かせてやろうと、あらかじめ屋根をぶち抜いて中で待っていたんだが……酒場に入ってきたハンターの目は、酷く寂しそうだった。
俺に呆れていつも通り文句は言ってくるが、その奥にある感情は俺にだって分かる。あいつが食っているあの肉は、補給物資の中でも一番美味い奴だ。ちびちびと飲んでいるあの水は……よく分からんが、多分すごく珍しい、美味い奴なんだろう。
けれど、そんな極上のご馳走を一人で口にしているあいつの目は、やっぱり寂しそうだ。
「……孤独だからか……」
家族を失った過去の俺がそうだったように、こいつも一人、誰にも言えない寂しさを抱えているんだろう。お前との付き合いも、随分と長くなった。うちの子供たちはお前に懐いているし、お前もそんな我が子たちの面倒を本当によく見てくれている。
俺の『番』じゃないが……お前だって、もう俺の大切な「家族」みたいなもんだ。
だから……その寂しさを、俺が解消してやる。そう思いながら、俺はおもむろに顔を寄せ、ハンターの近くにある樽の中に残っていた水を一気に喉へと流し込んだ。
「――っ!? なんだこれ、美味いぞ!?」
喉を焼くような熱さと、口の中に広がる芳醇な香り。ハンターがこの水を飲む理由が、今のでよく分かった。俺がプハァと息を吐きながら隣にドカッと座り込むと、一瞬呆気に取られていたハンターが、どこか少しだけ嬉しそうな顔で苦笑した。
「……なんだ? もしかして、俺の晩酌に付き合ってくれるのか?」
あいつがそう聞いてくる。答えは、もちろん肯定だ。俺は頭深く縦に揺らした。言葉は通じなくても、今夜は俺が、お前の隣にずっといてやる。
毎日を嫁たちの爆発的な情熱と子育ての喧騒で過ごす俺にとっても、こうして静かに一人の男と酌み交わす時間は、そう悪くない。嬉しそうに笑う新しい『家族』を見ながら、俺は尾を軽く振って、人間の街の美しい星空を見上げた。
「よおし、ちょっと付いてきてくれ」
ハンターがそう言って酒場の外に出て、手招きしている。俺は身体をのそりと動かし、あいつの後ろを静かに着いていった。
着いていった先――補給物資が山積みになった大きな倉庫を見て、俺は即座に理解した。
「成る程な。一人じゃ運ぶのに時間がかかるから、俺に運んで欲しいのか」
いいぞ、お安い御用だ。俺はニヤリと大顎を緩めると、最高級の酒が詰まった大きな木樽を、強靭な足の爪で器用に潰さないようにがっしりと掴み上げた。
そのままバサバサと軽く羽ばたき、さっきの屋根の抜けた酒場へとひとっ飛びで戻る。
ゼーゼー言いながら樽を抱えて戻ってきたハンターの前に、ドサリと大量の樽を並べてやった。
あいつは「相変わらずとんでもねえパワーだな……」と呆れ返っていたが、その顔はさっきよりずっと明るい。
「よし、第二ラウンドだ、レウス!」
新しく開けられた木樽から、琥珀色の美味い水が溢れ出る。俺はハンターと並んで、この酒という不思議な水をガブガブと豪快に飲み干していく。
飲むたびに胃袋の底からカッと熱くなり、不思議とさっきまでの疲れも吹き飛んでいくようだ。
さらに、ハンターは時折、自分が口にしているあの干し肉を切って俺へと分けてくれた。
「ほらよ、お裾分けだ」
大顎で受け止め、ハフハフと噛み締める――美味い!噛めば噛むほど濃厚な肉汁が溢れ出すその肉は、これまた、この熱い酒にめちゃくちゃ合う絶品だった!
「美味すぎるな、これ!」
「だろ? 学者どもから巻き上げた金で買った、最高級ブランゴのカルビだ!」
屋根のない酒場の星空の下で、俺たちは交互に酒を煽り、肉を突っつき合った。言葉は交わせなくても、樽をぶつけ合う音と、美味い肉があればそれで十分だった。
宴が進むと、ハンターは「飲み友達が出来たから、今度から注文する量を増やさないとなぁ!」と言った。
「是非とも増やしてほしい。特にこの酒をな!」
俺は間髪入れずに、空になった樽を鼻先で小突いてアピールした。
「分かった分かった。灼炎のスピリタスな。たくさん頼んでやるよ」
俺はさらに、大顎を動かして食べるジェスチャーをした。肉もほしい。それも、あのちまちました干し肉じゃなくて、とびっきりデカいやつがほしい。ポポを丸ごと一頭分とか、そういう豪快なやつだ。するとハンターは、顎に手を当てて本気で悩み始めた。
「デカい肉なぁ……。保存が難しいし、あの倉庫じゃ調理に時間がかかる。何より運搬も難しいんだよ」
「……ん?」
俺は動きを止め、ハンターの顔をじっと見つめた。
「お前、俺の言葉を完璧に理解してねぇか?」
俺が喉の奥でそう鳴らすと、ハンターはハッと目を見開いた。
「……はぁ? 俺がモンスターの言葉を理解できるわけ……え? 待て、お前、今なんて……え?」
こいつ……無意識のうちに、完全に俺の言葉、いや鳴き声を理解してやがる。さすがは数ヶ月間、俺の子ども達の面倒を見続けてきた男だ。知らず知らずのうちに、飛竜の生態どころか言語まで理解したらしい。
「ふはは……面白いな、お前……」
俺は可笑しさが込み上げて、喉を鳴らして笑った。
言葉の通じる人間の『家族』。しかも、酒の好みが合って、子供の面倒見もよくて、飯の手配までしてくれる。最高の『相棒』じゃないか。
俺は上機嫌のまま、心の中で呟いた。
お前なら……背中に乗せて、大空を跳んでやってもいいかもしれんな。
あ、アンケートなんですけど、二つ名をつけるとこうなります。
天喰らうイビルジョー
絶角の修羅マガイマガド
混沌を統べるゴア・マガラ
飢怒髪天黒凶星ネルギガンテ
執事と正妃を地獄に落とすならどれが良い?
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空飛ぶイビルジョー
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レウスが連れてきた怨嗟童貞マガド
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何故か死んでない混沌ゴア
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レウスにボコられ、八つ当たり中のネギ