今日の俺はというと――
「パパー! どう? 上手に飛べてる?」
「いい感じだぞ。あとはもう少し風に身を預けて滑空するんだ」
新居となった人間の街の上空で俺は空を飛べる年齢に成長した我が子たちと鬼ごっこをしながら、空を飛ぶ練習に付き合っていた。かつて親父にやってもらったように、今は俺が子供たちの導き手だ。
「速いよパパー!」
「当たり前だ。これでも空の王者だぞ? ほら、捕まえた!」
「きゃー!」
我が子のまだまだ小さな身体を大きな翼に乗せる。
「お前、今日も元気で偉いぞぉ!」
「パパ、僕も乗せて!」
「もちろんいいぞ」
俺がパパの顔全開で笑った、その途端だった……。
「レウスゥ〜?」
……背後から聞こえてきた、心臓に悪い声に、俺の動きがピタリと止まる。冷や汗を流しながら振り返れば、そこにはレイアを筆頭に、我が家の妻たちが完璧な包囲網で勢揃いしていた。
「……な……なんだ、みんな?」
「最近、子供たちとばっかり遊んでません?」
「そうだぞォ。ずるいぞ旦那」
「旦那、私たちとの大切な時間も忘れてないだろうな?」
「……いや、忘れてないが」
「なら――」
レイアが、それはそれは綺麗な笑みを浮かべる。
「今日は私たちとたっぷり遊びましょうか」
「……」
嫌な予感しかしない。逃げ道を計算する俺の耳に、子供たちの無邪気な声が届く。
「パパー! またママたちに連れてかれるのー?」
「すまん子供たち! パパはちょっと――」
「確保ォ!」
「お、おい!?」
様式美とはまさにこのこと。またしても俺は抵抗虚しく、肉食獣の目を引き立たせた妻たちに揉みくちゃにされ、城の寝床へとズルズル連行されたのだった。
……まぁ。こんな風に体力と命を削られる毎日も、悪くない。むしろ最高だ。そんな、平和で賑やかな日々が続いていた、ある日のことだった。
◆
「最近、狩りに行ってないからかねぇ……」
街の一角、ギルドカウンターの隅で、あのほぼ引退しているようなハンターの『文明担当』が自分の腹をさすりながら唸っていた。
「お前の子どものベビーシッターも、十分カロリーの消費は激しい仕事なんだがな……。全然引っ込まねえ」
「なら運動しろ、運動を」
俺は呆れ顔で、机の上の書類を片付けるハンターを見下ろした。
「狩りに行ってないから腹が出たんじゃなくて、単純に飯を食いすぎなんじゃないか?」
こいつ、ここ数ヶ月で妙に図々しくなってきたな。まあ、付き合いも長い。気付けば俺の鳴き声を完璧に翻訳して会話してるレベルの相棒だ。そんなことを考えていると、ハンターがニヤリと下衆な笑みを浮かべた。
「まあ、運動するなら――」
あいつはわざとらしく俺の腰のあたりに目を向け、ひどく嫌な顔をしてみせる。
「お前みたいに、夜の運動をすればいいんじゃねぇか?」
「………」
「ほら、毎晩毎晩城の奥で、ズッコンバッコン……」
「やかましいわぁぁぁぁ!!」
俺は思わず怒鳴り散らした。しかしハンターはどこ吹く風。王の怒号を前にしても、全く気にする様子もなくケラケラと笑っている。
「ははは、傑作だな」
「何笑ってんだ!」
「いやぁ、やっぱりお前、分かりやすいなと思って。完全に図星じゃねえか」
「うるさい。まあ……お前との付き合いが長くなったからな、俺の反応が読めるのも当然か……」
俺が少し照れ隠し混じりにそう言った、まさにその瞬間だった。
「……旦那様?」
背後から、地を這うような、妙に低い声が聞こえた。
「…………」
振り返る。いつの間にか、妻たち全員がこちらをじっと見ていた……なんだ? 何故だ? 何故、さっきまで普通に子供たちの毛繕いをしていたはずのこいつらの目が、一瞬で肉食獣のそれに――
「レウス?」
レイアが笑っている。笑っているのだが……完璧に目が笑っていない。
「まるで私たちよりも、そのハンターの方があなたを理解しているような言い方ですね?」
「……いや、そういう意味じゃ――」
「旦那ぁ……」
ゼクスがバチバチと不穏な電撃を帯びさせながら、ニヤニヤと近づいてくる。
「随分とハンターといちゃついてんじゃねぇの、あぁ?」
「してない!」
「見せつけてくれるな? 嫉妬しちゃうぞ?」
「だから違う!」
俺は必死の思いでハンターに視線を送った。おい、助けろ!
「おい! お前のくだらない下ネタのせいだぞ!」
「知らん知らん。俺ハンターだからモンスターの痴話喧嘩には介入しない主義なんだわ」
「ふざけるな!」
「まあ、今夜はいつも以上に頑張れ、絶倫王」
「他人事みたいに言うなぁぁぁ!」
その瞬間。妻たちの視線が、一斉に、より一層ギラギラと俺へ向いた。
「旦那様」
「今日はたっぷり、朝までお話しましょうね?」
「逃げんなよォ、旦那」
「旦那、覚悟しろよ」
「……」
俺の背中に、冷たい汗が文字通り滝のように流れる。今夜の俺の命は本当に風前の灯火だ。
「ハンター……お前のせいで、今夜は大変なことに――」
「パパ〜!」
その時、遠くの大通りから、我が子の慌ただしい鳴き声が響き渡った。
「大きなモンスターがきたよ!」
その一声で、場の空気が一瞬にして切り替わった。俺も、さっきまで修羅場を形成していた妻たちも、そしてハンターも一斉に、子供が走ってきた防壁の方向へと鋭い視線を向ける。
「どうしたんだ?」
「街の外に、大きなモンスターがいるよ!」
「種類は?」
「ジンオウガ!」
「……ジンオウガ? 様子はどうだ?」
「泥で汚れていて、かなりくたびれてた」
「敵意は?」
「ないよ。とっても元気がなさそうだった……」
子供の報告を聞き、俺は少しの間、沈黙して考えた。普通なら、自分たちの縄張りに侵入してきた大型の牙竜種を警戒し、即座に排除へと動くところだ。
だが――泥に汚れ、くたびれていて、敵意がない。その様子なら、縄張りを奪いに来た襲撃目的とは思えない。俺は喉の奥の殺意を完全に消すと、子供に向けて優しく頷いた。
「取り敢えず、ここに呼んできなさい。パパはそのジンオウガと少しお話がしたいからな」
「分かった!」
子供が嬉しそうに再び防壁へと駆けていくのを見送りながら、即座にパパの顔から王の顔へと切り替え、街の入り口をじっと見据えるのだった。
◆
――怖い。それが、今の私の率直な感想だった。
私は今、巨大な石造りの防壁に囲まれた、街の入り口に立っていた。風の噂に聞いた――「竜の都」
かつて人間たちが築き上げたという巨大な街。そこを、一頭の規格外の赤い飛竜が完全に支配しているという。そして、私はここまで来た。
もう……私には、この広い世界のどこを探しても、他に行く場所なんて残されていなかったから。成熟して間もない私の身体は、荒野の泥にまみれて薄汚れている。長い距離を歩き続けた四肢は鉛のように重く、お腹もすっかり空いて鳴り止まない。天災に追われた時の傷がズキズキと痛む。
それでも、ほんの僅かな噂の光だけを頼りに、私はここまで歩き通した。覚悟を決め、街の中へ、人間の大通りへと静かに一歩を踏み込む。
「……っ」
見られている。あちこちの建物の影から、果ては屋根の上から、無数の視線が私へと突き刺さるのを感じて、甲殻がキュッと強張った。
だが――おかしい。
誰も、私を襲ってこない。
縄張りを侵した不審者に対して、こちらへ牙を向けたり、威嚇の咆哮をあげる者すら一頭もいないのだ。ただ、静かに見守っているだけだった。
私は少しだけ戸惑った。こんな不思議な場所、野生の世界では初めてだ。大型モンスターが別の大型の縄張りへ入ってきたというのに、誰も騒ぎ立てないなんて。すると――
「ねぇ」
不意に、すぐ足元から声がした。ビクッと飛び退くようにして振り返る。そこには、私の膝丈ほどしかない小さな子供の飛竜が一匹、ちょこんと私の前に立っていた。
「パパがお話がしたいって呼んでるよ」
その無邪気な言葉に、私の身体は最悪の警戒心で強張る。
パパ。つまり、この都を統べるという、あの噂の恐ろしい赤い王のことだ。
「ついて来て」
子供は、私の巨大な体躯を怖がる様子も一切なく、小さな身体とは思えないほど堂々とした態度で反転した。私は一瞬、激しい躊躇いに襲われた。
だが――ここまで来たのだ。今さらこの極限状態のまま、冷たい雨の荒野へ逃げ帰るわけにはいかない。私は黙って、その小さな背中の後をついていくことにした。
街の奥へ進むにつれ、人間の残した立派な建物がいくつも視界をよぎる……まるで、ここだけ別の世界、おとぎ話の国のようだった。
そして――。拓けた大きな中央広場へと出た。そこにいた。噂に聞いた、この都の「王」が……いや、正確には――
「……?」
私は自分の目を疑った。そこには確かに、巨大な赤い飛竜がいた。漆黒の模様を帯びた紅蓮の翼。圧倒的な巨体。ただそこに佇んでいるのを見るだけで、私の身体が本能的な恐怖で震えるほどの、凄まじい威圧感を放っている。間違いない。この街の王だ。
……なのだが。
「旦那様、こっち向いてください!」
「ちょ、お前たち待て!? 今はちょっとタンマ――」
「ほら、逃げるなよォ、旦那!」
「旦那様、今日は絶対に私の番ですよ?」
「おい! 順番を守れと言っているだろ!」
「そんなの、今この瞬間は知らないわよ♪」
「ぎゃあああああああああッ!?」
…………何だ、これは。あれほど恐ろしい姿をした王が……今……リオレイア、リオレイア亜種、さらにタマミツネやライゼクス、ナルガクルガにティガレックス、ベリオロスといった、本来なら殺し合いを始めてもおかしくない複数の強力な雌たちに全方位から取り囲まれ――完全にもみくちゃにされながら、ズルズルと引きずられていた。
「レウス!」
「お前たち、ちょっと待てって! 離せ!」
「待ちません♪」
「俺は、今から大事な客人を迎えるんだ――」
「そんなの、後でいいだろォ!」
「よくない! 痛い! 翼を引っ張るなゼクス!」
「……」
私は、ただただ呆然と、そのカオス極まりない光景を凝視していた。開いた口が塞がらない、とはまさにこのことだ。
これが――風の噂に聞いた、どんな弱者も守ってくれるという「竜の都」の王。そして。どうやら私は今から、この番たちに完膚なきまでに蹂躙されている滅茶苦茶な王と、命がけの対話をしなければならないらしい。
……本当に。私は、こんな場所に命がけで来て、よかったのだろうか?自分の選択に、これまでとは全く違う意味での凄まじい不安を覚えながら、私はその修羅場の中心を、ただただ見つめ続けるしかなかった。
はっきり言って…変な王。それが、私が初めて彼を見た時に抱いた率直な印象だった。噂では聞いていた。この人間の残した巨大な街を支配する、圧倒的な力を持った『王』がいると。
外の世界に生きるモンスターたちが、その名を聞くだけで恐怖のあまり身を竦めるほどの、恐ろしい空の王者。だから私は、ここへ来る前、もっと威厳に満ち溢れた姿を想像していた。
誰も近づくことを決して許さず、己の絶対的な力を誇示し、他者を恐怖で従わせるような――そんな冷酷な王を。
だが――
「だから待てって! 俺は今、大事な客人と話を――」
「旦那様、逃げないでくださいねぇ♪」
「逃げてない! 俺は逃げてないから!」
「だったら大人しくしてろよォ、旦那!」
「お前まで乗っかるなゼクス!」
目の前にいるこの街の王は、凄まじい数の雌たちに囲まれていた。首筋を甘えるように擦り付けられ、大きな翼をがっしりと掴まれ、尻尾には無邪気にじゃれつかれ。挙句の果てには、二頭の獰猛な雌に左右から完全に身体を挟み込まれている。
「おい、ミツネ!ヌルヌルしている泡を出すな! まだ朝だし子ども達が起きているぞ!」
「いいじゃないですか~♪」
「よくない!」
……何だ、この王は。これでは、とてもではないが、外のモンスターたちが畏敬の念を抱くような恐るべき王には見えない。むしろ――大好きな家族に全力でもみくちゃにされている、ただの大きな飛竜だ。
……変な王。本当に、私の想像とはまるで違っていた。けれど――私は、そんな彼の姿から、どうしても視線を逸らすことができなかった。
不思議だった。見た目の構図だけなら、確かにふざけた王にしか見えない。それなのに。私の身体が、細胞が、その圧倒的な存在感を本能で敏感に感じ取っている。
この場にいる誰よりも強大で、恐ろしい存在であることを。あれほど騒がしくしている周囲の雌たちですら、じゃれつきながらも彼の一挙一動を無意識に気にしているのが、見ていてよく分かった。
そして何より――この、空気をピリピリと震わせるような圧倒的な気配。私は、天災によって引き裂かれた、かつての自分の群れを思い出した。
群れの長は私の父。群れの誰もが心から尊敬し、絶対に従っていた偉大な存在。あの父でさえ、これほどの威圧感は持っていなかった。
単なる力だけではない。そこにただ佇んでいるだけで、周囲へ自然と伝わってくる、真の王としての風格。圧倒的なオーラ。それは、私の知る父を遥かに凌駕していた。
……変な王。だけど。確かに、間違いなく王だ。何故そう思うのか、自分でも論理的な理由は分からない。ただ――このリオレウスは、間違いなくこの地を統べる「王」なのだと。私の本能が、そう確信していた。
「……」
ならば。話をしなければならない。私は、そのために命がけでここまで来たのだ。私は恐怖に震える足を叱咤し、一歩前へ出た。王はまだ大勢の雌たちに囲まれている。だが、こちらの接近に気づいたようで、その太陽のような美しい金色の瞳が、すっと私へ向いた。
「……それで?」
「……!」
声を掛けられた瞬間、心臓が跳ね上がり、身体がガチガチに強張る。何と言えばいい?私は、あなたの庇護下に入りたい。この安全な街に住まわせてください。どうか――どうか、孤独な私を、新しい家族として受け入れてほしい。そう伝えなければ。
「わ、私は――」
喉を開き、必死に言葉を紡ごうとした、その瞬間だった。
ぐぅぅぅぅぅ……。
「…………」
静まり返った広場に、やけに大きくて、マヌケな音が響き渡った。他でもない、私のお腹の中から。
「……あ」
一瞬で、顔がカッと熱くなる。違う。これは、その……。決して今の真面目な話とは関係なくて…
「いや、その、これは……っ」
私は慌てて、恥ずかしさのあまりお腹を隠すように身体を小さく縮めた。恥ずかしい。死にたい。王の目の前で。よりにもよって、こんな大切な交渉の場面で、こんな大きな音を響かせてしまうなんて。
自分は一体何をしているの?!待って! お願いだから、怒らないで!呆れて見捨てたりしないで! ここから追い出さないで……っ!ぎゅっと目を瞑り、訪れるであろう拒絶に身構えていた。しかし――。
「……ああ」
王は、怒ることも、私の大失態を笑うこともしなかった。ただ、少しだけ眩しそうに空を見上げて、ぽつりと呟いた。
「朝食を摂るには、丁度いい時間だな」
「……え?」
パチリと目を開けると、王が私を見ていた。その顔には、先ほどまで私の呼吸を止めていたあの凄まじい威圧感など、欠片も残っていなかった。ただ、ごく普通に。まるで、ずっと前から一緒に暮らしている家族へ話しかけるかのように。
「食事にしよう」
「……」
「勿論、君もだよ」
そう言うと、王は何事もなかったかのように、私の前で悠然と身体の向きを変えた。
……何だ。何なのだ、この王は。野生の世界において、別の群れの王に謁見するというのなら、まずは何よりも先に自分の『価値』を相手に示す必要がある。己の強さを見せるか、絶対の忠誠を誓うか、あるいは、何か価値のあるものを献上するか。
それなのに、私は何一つできていない。天災に追われ、泥だらけで傷だらけの無様な姿。挙句の果てには、交渉の最中にお腹を派手に鳴らして、価値を示すどころか、ただの弱者として無様に晒されているだけなのに――
「ほら、こっちだ」
王が振り返り、私を呼んでいる。
「腹減ってるだろ?」
私は、しばらくその大きな背中を見つめていた。やがて――小さく首を縦に振り、私は王の少し後ろをトボトボと追った。
そして、その先に待っているものが、自分の想像を遥かに超えた異次元の光景だとは――この時の私は、まだ知る由もなかった。
王の案内に従って奥へ進むにつれて、鼻腔をくすぐる匂いが急速に強くなっていく。肉の匂い、そして魚の匂い。さらには、荒野に生きる私には嗅ぎ慣れない、様々な食べ物の匂い。
……何だ? 一体、この奥には何があるというの?私は好奇心と飢えに突き動かされ、思わず歩みを速めた。そして――その場所に足を踏み入れた瞬間、完全に言葉を失った。そこに広がっていた光景は、私のささやかな想像を、文字通り遥かに超えすぎていた。
まず、真っ先に目に入ったのは――アプトノスの肉だった。しかも、どれもが丸々と肥えている。私が荒野を彷徨っている間に辛うじて見つけていた個体とはまるで違う。健康に、何不自由なく育ったことが一目で分かる見事な肉付きだ。
その隣には、巨大な魚が何匹も並べられている。驚くべきことに、その鱗は瑞々しく輝き、身は今さっき綺麗な水から引き上げてきたばかりのような新鮮さを保っていた。ここは人間の街の地下だというのに、どうしてこんな新鮮な魚が、これほど大量に集められているのだろう
……私は、ただ飢えをしのぐために、食事をするだけの場所に来たはずだった。なのに、目の前に整然と並んでいるものを見ているだけで、私の本能がすべてを理解してしまう。
この「竜の都」が、一体どれほど豊かで、圧倒的に安定した場所なのかを。獲物がたまたま一頭獲れた、魚が数匹手に入った。そんな野生の行き当たりばったりな程度ではない。肉も、魚も、そして植物までもがある。
しかも、そのどれもが常に一定の量を潤沢に保たれているのだ。誰かが計画的に狩り、採集し、この冷たい部屋で保存している。そして、それを皆で平和に分けている。私には、そんなことを考える余裕すら今までなかった。
ただ、その日を生き延びるために獲物を探し、運良くあれば食べる。なければ、痛むお腹を抱えて腹を空かせたまま、冷たい雨の中を歩く。それが私の「当たり前」だった。
なのに――ここでは「食料がそこにある」ということが、完全な「当たり前」になっている。しかも、その質も、量も、どちらも野生では有り得ないほどに高い。
「……っ」
私は、思わず喉をゴクリと鳴らした。口の中に一気に涎が溢れ出してきそうになる。だめ、はしたない。私は今、偉大なる王の前にいるのだ。そう思って必死に口元を引き締め、理性を保とうとした。だが――
「好きに食っていいぞ」
「……え?」
リオレウスが、優しくこちらを見る。
「いくらでもあるからな」
いくらでもある?その言葉の意味を正しく脳が理解するまで、少しだけ時間が掛かった。
いくらでもある。つまり――私がここで一匹分の肉を食べたところで、この都が困ることはない。いや。一匹どころか、私のこの空っぽの胃袋が、完全に腹いっぱいになるまで貪り食べてもいい。そんな夢のようなことが、本当に許されるのだろうか?
私は思わず、食料へ向けていた視線を、隣に立つリオレウスへと移した。その時だった。
「パパー! これ取っていいー?」
「おう。好きなものを、遠慮せずに食べなさい」
リオレウスの背後から、小さな影がいくつもワラワラと飛び出してきた。彼らは王の周囲を楽しげに走り回りながら、小さな爪で器用に食料を取り出していく。
「僕、これ食べたい!」
「私はこっちー!」
「あ、それ僕の!」
「早いもの勝ちだよ〜」
……賑やかで、騒がしい。なのに、何故だろう。本来なら他人の子供の雑音など不快でしかないはずなのに、不思議と嫌な気持ちには一切ならなかった。むしろ――
「可愛い……」
私の口から、思わず小さな本音がぽろりと漏れていた。隣にいたリオレウスが、驚いたようにこちらを見る。私は自分の失言に気づき、慌てて視線を逸らした。
だが、私はもう一度だけ、視線を戻して子ども達を見る。ナルガクルガなどの飛竜種にリオレウスの特徴が現れていることから、あの子たちはあの王とその番たちの子供なのだろう。
つまり――本来なら決して交わるはずのない、奇跡のような混血の子供たち。その子供たちが、何の恐れも、何の不安もなく王の周囲を無邪気に走り回っている。そして王も、大きな翼を優しくすぼめながら、それを当たり前のように受け入れている。
私はこれまで。あの理不尽な天災によって群れを失ってからずっと。ただ、明日を「生きること」しか考えていなかった。
明日食べるものはあるか。今夜眠る場所は安全か。自分を襲ってくる凶暴な外敵はいないか。
脳裏を占めていたのは、それだけだった。生き残ること、ただそれだけのために、心を殺して擦り切れる日々だった。
なのに、この場所では――こんなに小さくて非力な子供たちが、何一つ怯えることなく笑っている。私はゆっくりと、その広大な部屋の周囲を見渡した。様々な種族が、当たり前のように同じ場所で食事をしている。
姿も、骨格も、生態もそれぞれ全く違うのに、誰も互いを追い払おうとはしない。異質な私を排斥しようとする者すら、ここには誰一人としていない。
……これが。これが、風の噂に聞いた『竜の都』。荒野で噂を聞いていた時は、ただ単に外敵の来ない安全な場所なのだろうと、頭のどこかでそう思っていた。けれど、違う。
ここは、ただ生き延びるためだけの、窮屈な避難所ではない。
美味しいものを食べ、家族と寄り添い、子供たちの成長を見守る。
そんな、「生きる」ということそのものを心から楽しめる場所なのだ。
私は知らず知らずのうちに、隣に立つリオレウスの姿をじっと見つめていた。その黄金の瞳の奥にある、計り知れない強さと、それに裏打ちされた圧倒的な包容力。
そして――私は初めて、思った。あの冷たい雨の荒野を這いずり回って、この街へ来て本当に、本当によかったのかもしれない、と。まだ見ぬ未来に、ほんの少しだけ、温かな希望の光が胸に灯るのを確かに感じていた。
練ってある構想を取り敢えず整理してみたが…体感4パート食らい続きそうな気がする…。今までは過去回想だったから簡潔にできたが、現在進行系にすると端折る事ができないから文字数が増えてしまう…。
執事と正妃を地獄に落とすならどれが良い?
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空飛ぶイビルジョー
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レウスが連れてきた怨嗟童貞マガド
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何故か死んでない混沌ゴア
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レウスにボコられ、八つ当たり中のネギ