レスリングスライムが現れた!【マットの上では格は不要!】 作:ヒツジ(ラム肉
殴った!!
蹴った!!
投げた!!
絡んだ!!
潰した!!
そしてついに――
煽ったァァァァァ!!
フォールできた!!
終わらせられた!!
なのに!!
大型スライム!!
倒れたガルドの足を掴み!!
持ち上げ!!
観客へ!!
見せつけたァァァァァ!!
しかも!!
ぺち。
ぺちぺち。
軽く叩いたァァァァァ!!
何の意味がある!?
知らん!!
誰が教えた!?
知らん!!
だが観客は怒った!!
笑った!!
叫んだ!!
そしてもっと見たくなった!!
勝てばいい?
否!!
倒せばいい?
否!!
リングの上で必要なのは!!
相手を!!
観客を!!
会場そのものを!!
沸かせることだァァァァァ!!
最弱魔物。
大型スライム。
その身体の奥で眠る謎の先割れスプーンとともに!!
ついに!!
何か!!
非常によろしくない何かを!!
覚え始めたァァァァァ!!
対するは!!
十二戦九勝!!
《鉄壁のガルド》!!
もう息は荒い!!
脚も重い!!
腕も上がらない!!
だが!!
まだ立っている!!
まだ拳を握っている!!
まだ終わっていない!!
第一章!!
始まりの戦い!!
ついに決着!!
さあ!!
最後まで!!
魅せろォォォォォ!!
「はぁ……はぁ……」
ガルドの呼吸は、もう隠しようもなく荒かった。
額から流れた汗が顎を伝い。
ぽたり。
ぽたり。
マットへ落ちる。
胸が上下する。
脚も重い。
右腕にも鈍い痺れが残っていた。
それでも。
拳は下げない。
「……ったく」
ガルドが笑った。
目の前。
大型スライム。
「ぷる」
ぷるぷるしている。
相変わらず。
疲れているのか。
元気なのか。
そもそも何を考えているのか。
さっぱり分からない。
ただ一つ。
分かることがある。
「もう……ただのスライムだとは思わねえよ」
「ぷるん」
「褒めたつもりなんだがな」
観客席から声が飛ぶ。
「ガルドォォォ!」
「まだやれるぞォ!」
「スライムも行けぇぇぇ!」
「今度は誰を叩くんだ!」
ガルド。
「俺しかいねえだろ!!」
笑い。
歓声。
怒号。
そして。
例の。
勝手に生えた実況。
「両者ァァァ!!」
木製の漏斗を握りしめ。
完全に自分の持ち場だと思い始めた男が叫ぶ。
「長かったこの一戦!!」
興行主。
「いやまだそんなに長くない!」
実況。
「体感時間では大長編です!!」
「知らんがな!」
「そして今!!」
聞いていない。
「ガルド選手!!」
「明らかに疲労!!」
「対するスライム!!」
「相変わらずぷるぷる!!」
ガルド。
「それ毎回言うのか!?」
「重要情報です!!」
「どこがだ!!」
スライム。
「ぷるる」
身体を低くした。
ガルドの顔から笑みが消える。
「……来るな」
スライムが前へ。
ガルドも前へ。
互いに。
腕。
いや。
腕のようなものを伸ばす。
がっ。
組み合った。
ガルドの両腕がスライムの身体へ沈む。
スライムは逆に。
身体の左右を伸ばし。
ガルドの肩から背中へ巻き付く。
「ぬっ……!」
押す。
スライム。
「ぷるるる……!」
押し返す。
足元。
ガルドの靴が。
ずる。
マットを擦る。
「うおおおお!」
ガルドが力を込める。
大型スライムが後ろへ。
一歩。
いや。
ずるり。
下がる。
観客。
「押してる!」
「ガルドが押してるぞォ!」
実況。
「ここに来て純粋な力比べェェェ!!」
興行主。
「スライム相手に力比べって何なんだよ」
「成立しています!!」
「見れば分かる!」
ガルド。
「まだ……!」
歯を食いしばる。
「まだ終わってねえぞ!!」
スライム。
「ぷるるるるる!!」
身体が。
一瞬。
沈んだ。
ガルド。
「?」
次の瞬間。
スライムの下側が。
ぎゅっ。
細く。
硬く。
まとまった。
それが。
下から。
跳ね上がる。
まるで。
膝。
ドッ!!
「ぐっ――!」
ガルドの腹へ。
直撃。
身体が浮く。
僅か。
本当に。
僅か。
だが。
疲れ切った身体には。
十分だった。
「か……っ」
ガルドの腕が。
緩む。
その瞬間。
スライム。
動いた。
身体を捻る。
右。
左。
ガルドに巻き付いたまま。
ぐるり。
重心を。
奪う。
「しまっ――」
遅い。
ごろん!!
ガルドがマットへ転がされた。
背中。
肩。
腰。
一回転。
観客。
「倒したァァァ!!」
レフェリーが走る。
「フォールか!?」
スライム。
乗らない。
「また!?」
レフェリー。
「またフォールしないのか!?」
スライムが。
ガルドの足を掴んだ。
「おい」
ガルド。
嫌な予感。
非常に。
嫌な予感。
「……おい」
スライム。
「ぷる」
両足。
まとめる。
持ち上げる。
ガルド。
「まさか」
観客。
「あ」
実況。
「ああああああ!!」
興行主。
「なんだ!?」
実況。
「分かりません!!」
「じゃあ叫ぶな!!」
スライムが。
回った。
一周。
ガルド。
「うおっ!?」
二周。
「うおおおお!?」
三周。
観客。
「回してるゥゥゥ!!」
「ガルドを回してるぞォォォ!!」
「何だあれ!!」
「知らん!!」
「でもすげえ!!」
実況。
「遠心力ィィィィ!!」
興行主。
「そこだけ急に正しい!」
スライム。
ぐるぐる。
ぐるぐる。
大型の身体。
そこから伸びた部分が。
ガルドの両足を保持。
その先で。
人間一人が。
ぶんぶん回る。
「やめろおおおおお!!」
ガルドの叫び。
観客。
「もっと回せぇぇぇぇ!!」
「殺す気かお前ら!!」
実況。
「一周!!」
「二周!!」
「三周!!」
「さっきから数が合ってません!!」
興行主。
「実況ォ!!」
「細かいことは気にするなァァァ!!」
ガルド。
「俺は気にするわァァァァ!!」
スライム。
「ぷるるるるるるる!!」
さらに。
回転。
その身体が。
大きく。
ねじれる。
そして。
一気に。
止まった。
ガルドの身体。
慣性のまま。
浮く。
「……あ」
その瞬間だけ。
時間が。
妙に。
ゆっくりになった。
観客。
口を開ける。
レフェリー。
目を見開く。
興行主。
身を乗り出す。
酒場の娘。
「ぷるちゃん?」
ガルド。
宙。
スライム。
両足を掴んだまま。
身体を。
下へ。
振る。
ドッッッゴォォォォン!!
マットが。
跳ねた。
リングが。
軋んだ。
観客席まで。
震えた。
ガルド。
仰向け。
動かない。
実況。
「叩きつけたァァァァァァァ!!」
観客。
「うおおおおおおおおお!!」
レフェリー。
「ガルド!?」
駆け寄る。
反応。
ある。
意識も。
僅かに。
ある。
「……まだ……」
ガルドの口が動く。
「……まだだ」
腕。
震える。
起きようとする。
だが。
上がらない。
スライム。
見る。
「ぷる」
ここで。
押さえ込めば。
終わる。
誰もがそう思った。
今度こそ。
フォール。
ワン。
ツー。
スリー。
それで。
終わり。
だったはず。
スライムが。
動いた。
ガルドから離れる。
「……?」
レフェリー。
「おい、どこ行く?」
スライム。
リング端へ。
「まさか」
実況。
声が。
裏返る。
「まさかァァァァ!!」
コーナー。
柱。
その上。
スライムが身体を伸ばした。
巻き付く。
登る。
ぬる。
ぬる。
ぷる。
「登ってる!!」
「スライムがポールに登ってるぞ!!」
「落ちるだろ!」
「落ちても平気だろ!」
「そういう問題か!?」
酒場の娘。
「ぷるちゃん、高いところ危ないよー」
興行主。
「今それ言う!?」
スライム。
ポールの上。
ぎりぎり。
身体をまとめる。
ぷるぷる。
揺れる。
観客。
気づく。
「……飛ぶぞ」
誰かが。
呟いた。
次の瞬間。
全員。
「飛ぶぞォォォォォ!!」
ガルド。
うっすら。
目を開ける。
視界。
上。
大型スライム。
「…………」
「嘘だろ」
スライム。
「ぷるるるるるるるるる!!」
跳んだ。
一瞬。
青緑色の巨大な身体が。
空を。
飛んだ。
実況。
絶叫。
「フライング!!」
「ボディ!!」
「プレェェェェェェス!!」
べちゃああああああああああ!!
「ぐぉっ――!!」
ガルド。
完全に。
潰された。
会場。
静寂。
その上。
スライム。
広がっている。
レフェリー。
一瞬遅れ。
慌てて滑り込む。
「フォール!!」
今度こそ。
肩。
マット。
確認。
手。
上げる。
バン!!
「ワン!!」
観客。
「ワン!!」
バン!!
「ツー!!」
「ツー!!」
ガルド。
動かない。
レフェリー。
三度目。
腕を。
高く。
振り上げる。
バァン!!
「スリー!!」
鐘。
カァァァァァァァン!!
一瞬。
無音。
そして。
爆発。
「うおおおおおおおおおおおお!!」
「勝ったァァァァァ!!」
「スライムが勝ったァァァァ!!」
「ガルドォォォォ!!」
「すげえぞォォォ!!」
「なんだこの試合ィィィィ!!」
実況。
漏斗を握り。
泣いていた。
「決着ゥゥゥゥゥ!!」
興行主。
「なんで泣いてるんだよ!」
「分かりません!!」
「俺も分からん!!」
レフェリーがスライムを叩く。
「試合終了! 離れろ!」
スライム。
「ぷるっ」
即座に。
離れた。
ガルド。
仰向け。
意識。
ない。
だが。
呼吸はしている。
レフェリーが確認。
「大丈夫だ! 気絶してるだけ!」
観客から。
拍手。
歓声。
そのとき。
スライムが。
リングの外へ。
身体を伸ばした。
「……ん?」
興行主。
見る。
その先。
売店。
飲み物。
食べ物。
皿。
鍋。
そして。
料理人の手。
その手に。
お玉。
料理人。
「え」
ぬるっ。
取られた。
「おい」
スライム。
お玉を持つ。
「返せ!」
口。
ない。
だが。
口元らしき場所へ。
お玉。
持ってくる。
観客。
「……?」
実況。
「……何を」
スライム。
リング中央。
意識を失ったガルド。
その横。
お玉を。
高く。
掲げる。
そして。
「ぷる……」
会場。
静まる。
誰も。
何も。
言わない。
スライム。
ゆっくり。
観客を見渡す。
ような動き。
右。
左。
正面。
ガルドを指す。
自分を指す。
お玉を口元へ。
そして。
「ぷるるるるるるるるるるるるるる!!」
観客。
「…………」
次の瞬間。
「うおおおおおおおおおおおおお!!」
実況。
「マイクパフォーマンスだァァァァァ!!」
興行主。
「お玉だよ!!」
料理人。
「俺のお玉だ!!」
観客。
「『見たかァァァ!』だ!!」
「違う!!」
「『次は誰だ』だ!!」
「『このリングは俺のものだ』だろ!!」
「いや絶対『腹減った』だ!!」
酒場の娘。
「それはありそう」
スライム。
「ぷるるるるるる!!」
お玉。
観客へ向ける。
ブーイング。
歓声。
入り混じる。
「ブーーーー!!」
「もっとやれぇぇぇ!!」
「ガルドに謝れ!!」
「最高だァァァ!!」
リング中央。
倒れたガルドの横。
最弱魔物。
お玉片手。
観客を煽る。
先割れスプーンは。
その身体の奥。
静かに。
沈んでいる。
白い。
安っぽい。
異世界の。
何でもない。
道具。
だが。
その奥に眠る何かが。
確かに。
大型スライムの身体へ。
少しずつ。
染み込んでいた。
相手を。
魅せろ。
自分も。
魅せろ。
観客を。
怒らせろ。
笑わせろ。
叫ばせろ。
そして。
最後まで。
目を。
離させるな。
その意味を。
スライムが理解していたかは。
分からない。
たぶん。
分かっていない。
「ぷるん」
満足したらしい。
お玉を。
料理人へ。
返した。
「……あ、どうも」
料理人も。
受け取った。
しばらくして。
酒場《跳ね鹿亭》。
裏口。
大型スライムが。
いつもの場所へ。
ぬるり。
戻ってきた。
「おかえり」
店主の娘。
手に。
木皿。
中には。
残り物の肉。
野菜。
少し固くなったパン。
スライム。
「ぷるっ!」
試合会場で。
あれだけ。
観客を煽り。
人間を回し。
ポールから飛び。
謎のマイクパフォーマンスまで披露した生物が。
全速力。
いや。
全速ぬるり。
娘のところへ。
「はいはい」
皿を置く。
スライム。
食べる。
「ぷる♪」
娘。
頭らしきところを。
ぺちぺち。
「楽しかった?」
「ぷるん」
「ガルドさん、大丈夫だった?」
「ぷる?」
「分かってないか」
娘が笑った。
酒場の中。
客たちは。
まだ。
興奮していた。
「あれ絶対わざと受けてたぞ!」
「最後の飛び方見たか!?」
「お玉だぞ!?」
「なんでお玉であんなに盛り上がったんだよ!」
「知らん!!」
その喧騒の外。
道。
一人。
立っている男がいた。
興行主。
腕を組み。
酒場を見る。
スライムを見る。
娘を見る。
リング。
歓声。
ブーイング。
ガルド。
投げ。
打撃。
足払い。
回転。
空中。
そして。
お玉。
頭の中で。
全部。
繋がる。
客が。
沸いた。
試合前より。
はるかに。
沸いた。
途中から。
誰も。
スライムだから。
弱いから。
見世物だから。
そんな理由で見ていなかった。
ただ。
試合を。
見ていた。
そして。
次も。
見たい。
興行主の口元が。
ゆっくり。
上がった。
「……これは」
もう一度。
酒場裏。
飯を食べている。
大型スライム。
「ぷる♪」
を見る。
「いける」
商売人の目が。
光った。
「これは……」
大きく。
息を吸う。
そして。
誰にも聞こえない声で。
「いけるぞ……!」
この日。
地方都市の小さな即席リングで。
一つの試合が。
終わった。
そして。
誰もまだ知らない。
これは。
最弱魔物が。
世界中の強者と。
リングの上で。
殴り。
投げ。
受け。
魅せ。
そして。
ときどき。
意味不明な道具で煽り散らかす。
長い長い興行の。
ただの。
第一試合だった。