※このお話はpixivでも投稿しています。
【⚠ 注意書き ⚠】
ぬるいですが完全に事後の描写があるのでお気をつけください。
――――――――――――
音楽室は夕焼けで染まっていた。昨日までと同じ色だけど、滲んで見えるのはあたしのせい。
目が熱くて溶けちゃうんじゃないか。
端っこの席で、目の前の窓とにらめっこしながら、そう思っていた。
「めぐちゃん」
机を挟んで、真向かいに座るさつきが頭をずっと撫でてくれる。相変わらず細くてきれいな指。
この指が、教室の奥にあるピアノをいつも弾いていたんだ。
思い出すとまた泣けてくる。
「あんなに練習したのに……」
突っ伏して嗚咽を漏らせば、さつきを困らせるのは知っている。
だけれども自分の力不足が申し訳なくて他にどうしようもなかった。
「めぐちゃんのせいじゃないよ」
「だって指揮間違えちゃったもん」
「そんなの関係ないよ」
「関係なくない!」
みんなの歌声がずれたのは、まさにそのタイミングだった。最初は指揮なんて見ていなかったみんなが合唱祭までに指揮者であるあたしを、ちゃんと見てくれるようになった証拠だった。それを大事なところで裏切ってしまった。
全力を出し切ってダメだったなら納得もいくけれど、ミスをしたうえで何の賞ももらえなかったのは悔やんでも悔やみきれない。
「あたしのバカ! バカバカバカバカ~ッ!」
頭をぽかぽか殴っていたら、さつきがその手をそっと握った。見上げると柔らかな笑みを浮かべている。白い顔に、夕陽を照り返して橙に染まった頬。
大きな瞳がかすかに潤んで、じっと見つめてくる。
「めぐちゃんの真面目なとこも大好きだけど、あんまり自分を痛めつけるのは、やだな」
きゅっと力を込められ、手の甲へ紅いくちびるを寄せられる。
「練習のときも、本番でも、この手が指揮棒を振っているの見ていて、ドキドキしてた。めぐちゃんの指揮に合わせて、ピアノを弾いているんだって思ったら、凄く嬉しくて」
さつきの声はその指から紡がれる音色とどこか似ていた。
音の一粒一粒が連なって、その場をやんわり包んでいく。
そして、あたしはいつも音の連なりにぐいと引き込まれてしまうのだ。
「もうやめよう? めぐちゃんとそれだけ頑張れたってだけで、わたし幸せ。みんなだってそうだと思う」
それはあたしだって同じだ。それでも、
「でも、だからこそ、あんな」
「今日までお疲れさま。完全燃焼したあとには、ごほうびがないとね」
こつんと押し当てられたおでこから火が点くんじゃないかと思った。
***
学校で何をしているんだろう。リボンを緩めているせいか、首元が少しスースーする。さつきの肩に火照った頭をのせて、細い指が紡ぐメロディを聞いていた。
ピアノの鍵盤で踊る指。先ほどまであたしの肌のうえでいやらしいことをしていたのと同じもの。感覚とともに胸の高鳴りがよみがえってくる。
「めぐちゃん。指揮やって」
「へ?」
ふいに頼まれたので変な声が出てしまった。さつきがにこにこと笑って、覗き込んでくる。
「また、めぐちゃんの指揮で弾きたいな」
「まだ頭がうまく回らない」
「いいよ。めぐちゃんと一緒なら何でも」
有無を言わさぬ物言いに、あたしは手をあげてゆっくりと拍子をとりはじめる。これまで何度も練習して身体に染み込んでいるリズム。今は気怠いせいで調子が狂ってしまっているけれど、さつきはしっかりと合わせてくれる。
肩から頭をあげて、さつきのはだけた胸に顔を埋めてみる。ふわふわとした膨らみの奥から響く心臓の音。そこにピアノの音色が重なって、胸の鼓動から指先へ、すべてのメロディがあたしの中を駆け抜け、夕焼けの音楽室へ溶けていく。
「来年も一緒にできたらいいね」
もちろん、あたしもそう考えていた。寸分違わず繋がりあった今が、とても幸せだから。
だったら、やっぱり来年は失敗できないや。そうならないように、これからも練習を続けよう。
この紅い陽に染まる音楽室で、大好きなさつきと。
おしまい